㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲


多くの問題を残したまま改定されたエネルギー基本計画


伊藤 敏憲


改定されなかったエネルギー需給見通し

エネルギー政策は、通常、エネルギー需給見通しを踏まえて検討・策定されます。2015年7月に改訂された現行の長期エネルギー需給見通しは、基本方針として、「安全性、安定供給、経済効率性及び環境適合に関する具体的な政策目標を同時達成する中で、徹底した省エネルギーと再生可能エネルギー導入の取組や火力発電所の効率化などにより、原発依存度を可能な限り低減させる」とともに「再生可能エネルギーの最大限の導入拡大に際しては、各電源の個性に応じた最大限の導入拡大と国民負担の抑制を両立する」とされています。


需給見通しを作成する際の具体的な手法は、最終エネルギー消費量を策定することから始まります。先ず、マクロフレームとして、政府系あるいは民間の専門機関、業界団体等の統計・分析に基づいて、①人口、労働力人口、世帯数等、②GDP、③産業部門の生産水準、業務部門の床面積、運輸部門の輸送量の前提などを策定。次に、各種経済水準に一単位当たりに必要なエネルギー量(エネルギー消費原単位)を乗じて用途別のエネルギー需要を算定し、省エネ対策、環境改善策、需要シフト策などの効果を勘案して、最終エネルギー消費量は算定されます。そして、エネルギー供給量の見通しは、基本方針、政策、内外の諸情勢、技術の進化などを考慮して策定されています。


第5回エネルギー基本計画を策定するにあたって、2030年の長期エネルギー需給見通しは、総消費量、総供給量、用途別、エネルギー別、電源・燃料別等の構成が2015年に策定された見通しから全く変更されていません。エネルギーを取り巻く諸情勢や状況、個別事情等が変化していないわけではありません。


例えば、原子力の供給見通しの達成は、この3年間に複数のユニットの廃止が新たに決定されるなどにより、さらに困難になっています。再エネも、様々な導入支援策が講じられているにも関わらず、このままでは導入目標を達成することが難しいことが明らかになってきました。これらの影響がエネルギー需給見通しに実勢通り反映されていたら、長期エネルギー需給見通しは、需給両面で大きな修正が必要になり、政策面でも抜本的な見直しが必要になっていたと思われます。この観点だけからみても、第5次エネルギー基本計画は実情を正確に反映していないと揶揄されても仕方がないと思われます。



ゼロエミッション電源に関する誤解


エネルギー基本計画では、環境目標を達成するため、徹底した省エネ、廃熱利用の拡大、二酸化炭素の排出量を削減しやすい電気へのシフト、ゼロエミッション電源の導入拡大、火力発電所の高効率化、燃料構成の見直しなどを進めるとしています。2030年のゼロエミッション電源の構成比の目標値は44%で、内訳は再エネが22%~24%、原子力が20%~22%です。ベースロード運用される原子力と天候の影響を受けて出力が変動する太陽光及び風力は電源の性質が異なりますので、相互補完は難しく、原子力、太陽光、風力のいずれも、その変化分は火力の増減で対応する想定が示されています。原子力及び再エネの導入量が不足すると、その一部は、蓄電・蓄エネ、DSM(Demand Side Management=デマンドサイドマネジメント;供給に合わせた需要調整)、DSI(Demand and Supply Integration)などでカバーすることはできますが、火力発電あるいは化石燃料利用が拡大することによって、環境目標の達成が難しくなるのです。このような事実すら国民一般には正確に理解されているようには思えません。


原子力の利用が政策通りに進んでいない理由の一つは、一部マスメディアやSNSを通じて正確ではない情報が流布され続けているため正確な世論形成が進んでいないと思われること、原子力規制庁の審査・認定基準がいまだに定まっていないこと、政府及び経済産業省が原子力政策の正常化を主導しようとしていないことなどが影響していると思われます。例えば、すべての原子力施設において、想定される最大限の地震・津波・台風などの自然災害やテロなどへの対策が基準に従って進められています。国連の機関によって東京電力の福島第一原子力発電所の事故によって放出された放射性物質による被ばくによって健康に影響が出た人がいないことが明らかにされています。福島県の農水産物は、コメなどの主な農産物に関しては全量検査が行われていますが、現状では基準値を上回る放射性物質がまったく検出されなくなっています。これらの事実は公知の事実にはなっていません。


 わが国では必要なエネルギーを再生可能エネルギーで100%供給する体制をつくることは極めて困難ですし、再エネの導入量を拡大するとエネルギー供給コストは押し上げられます。太陽光発電や風力発電は、自然条件によって発電量が変動しますので、需給をバランスさせるためには、需要と供給のアンバランスを調整するための設備や運用体制が必要で、これらのコストを考慮しなくてはいけないからです。太陽光・風力は発電量のピークとボトムの差が大きいので送電設備への負荷も大きくなります。一部有識者が送配電の平均利用率に基づいて送電設備に余裕があるとの見解を示した際には、多くのメディアが大きく報道しましたが、これなどは明らかにミスリードを誘う誤解です。


 地球温暖化など地球環境問題の深刻化により、温室効果ガスの大部分を占める二酸化炭素の排出量を抑制・削減することが国際的により重要な問題としてクローズアップされつつあります。エネルギーの需給構造を変えるためには10年単位の長い準備期間が必要です。脱炭素化に向けて、実情を踏まえた実現可能な具体策を講じ、実情を正しく国民の多くに知らしめて、国をあげて早急に対策に取り組む必要があると思われますが、残念ながら、そのように取り組まれていないことが憂慮されます。



わが国の経験則が反映されていない


化石燃料においては、石炭と天然ガスは具体的な利用策が検討されていますが、石油製品とLPガスに対する政策は、供給安定性の低下につながりかねない内容になっているように思われます。


石油製品とLPガスは供給安定性が高く、需給調整力にも優れています。供給(製品の生産・輸入)・流通・消費の各段階で製品あるいはその原料の原油がストックされていますし、国及び供給事業者が備蓄を行っているからです。現時点では十分な石油精製能力も備えられています。実際に近年起きた大地震、津波などの大規模自然災害時には、石油とLPガスが被災地の生活や経済活動において極めて重要な役割を果たしていました。エネルギー政策において「エネルギー供給における最後の砦」とされる所以です。


ところが、石油利用分野の多くで電気や都市ガスへの需要シフトが政策的に促されています。電気は、需給を常にマッチングさせ続けないといけませんので、東日本大震災時、及び、その後の原子力利用率の急減時には必要な供給力を確保することに窮したことがありました。都市ガスは、主原料の天然ガスの97%を輸入に依存していますが、需要が増加する冬季や夏季には2週間分程度の在庫しか確保されていませんので、石油やLPガスに比べて供給安定性に優れているとは言えません。


石油産業では、エネルギー供給構造高度化法によって原油処理能力の削減が促されています。このまま石油製品の需要が減少し、供給インフラの廃止・縮小を余儀なくされるようだと、安定供給の確保に支障が生じかねません。LPガスは、北米のおけるシェール資源の開発拡大によって米国からの輸入量が6割余りを占めるようになるなど、供給安定性が飛躍的に高まっています。資源小国であるわが国の実情を踏まえると、石油製品、及び、LPガスの健全な事業運営体制を維持するための対策を講じていく必要があるように思われます。




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