電池が開く明るい未来
伊藤 敏憲
電池の進化が未来を大きく左右する
電池が注目されています。携帯型・移動型電気製品、電動自動車など電池で駆動する電気製品・機器・システムの普及、出力が安定しない太陽光発電や風力発電など再生エネルギーの導入などが進み、電力貯蔵のニーズが高まっているからです。電池の性能・機能の向上とコストの低減によって、様々な経済活動や人々の暮らしが今後大きく左右されることになると予想されます。
電池とは、化学反応、熱、光などによって電気を発生させる装置のことです。物質には固有の電位があり、二種類の物質の電位の差を利用して化学反応によって電気を発生させることができます。化学反応による放電によって電気エネルギーを一方向に変換させる電池を一次電池(使い切り電池)と呼び、化学反応によって電気エネルギーを発生(放電)させたり、放電時と逆方向に電気エネルギーを供給(充電)したりすることで放電時と逆の化学反応を起こして繰り返し充放電できる電池を二次電池(蓄電池)と呼びます。
一次・二次電池は、電位が高い側の正極材料、低い側の負極材料、正極・負極で発生した電気イオンを行き来させる電気伝導性がある電解液、正極と負極を分けるセパレーター、構造に気密性・液密性を持たせる固定用シール材のガスケット、電気を通さない絶縁体、ケースなどによって構成されています。
一次電池、二次電池以外に、水素と酸素に触媒を用いて反応させて水を生成する際に電気エネルギーと熱を発生させる燃料電池、熱を電気に変える性質を持った物質によって熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換して電気を発生させる熱電池(熱電素子)、光と反応して電気エネルギーを発生する物質によって電気を発生させる光電池(太陽電池など)などもあります。
今回のコラムでは、一次電池と二次電池について簡単に解説させていただきたいと思います。
携帯型・移動型電気製品の普及を促した一次電池
電気製品の普及に大きな役割を果たした一次電池は、形状の違いによって乾電池、ボタン電池。異形電池などに分類されます。
マンガン乾電池は、正極に二酸化マンガン、負極に亜鉛、電解液に塩化亜鉛・塩化アンモニウムを用いたもっとも古い時代から使われている一次電池です。コストが安く、放電しないとある程度出力が回復するといった特長から、懐中電灯、電池式の置時計や掛時計、リモコンなどのように低電力で長時間利用される製品の電源に向いています。
アルカリ乾電池は、正極に二酸化マンガンと黒鉛、負極に亜鉛、電解液に水酸化カリウムを用いた一次電池で。マンガン電池に比べてエネルギー密度が高く、長寿命で。連続的に大きな電流が流れる機器に使用されています。
ボタン電池は、ボタンのような平べったい形状をした小型電池で、使われている正極・負極材料の違いによって、酸化銀、空気亜鉛、水銀などに分類されます。酸化銀電池は、電圧が残量によって変動しにくいという特徴があり、小型時計やカメラなどの精密機器に用いられています。正極材に空気中の酸素を用いる空気電池は補聴器や気象観測用の機器に主に用いられています。水銀は、1995年以降は他のタイプも含めて電池材料として使用されなくなりました。
これらの一次電池の性能の向上や価格の低下によって携帯型・移動型電気製品の普及と性能・機能の向上が図られてきました。
電気製品の可能性を飛躍的に高めた繰り返し利用できる二次(蓄)電池
二次電池も電極材などの違いによって名称が異なり、それぞれ、電圧、電流、耐久性などに差があります。主なものに、鉛蓄電池、ニッケルカドミウム電池(ニッカド電池=Ni-Cd電池)、ニッケル水素電池(Ni
H電池)、リチウムイオン電池(Liイオン電池)、ナトリウムイオン電池(NaS電池)、レドックスフロー電池などがあります。
もっとも古くから用いられている鉛蓄電池は、蓄電容量当たりのコストが安く、放電が安定しているため、自動車・二輪車のバッテリーや非常用電源などに使用されています。
ニッカド電池は、内部抵抗が小さく大電流放電が可能で小型化しやすく低温での動作性に優れているといった特長から、マンガン乾電池やアルカリ乾電池の代替用分野などで使用されていましたが、自己放電が大きいので減衰しやすく、毒性があるカドミウムが使用されていたこともあり、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の台頭もあり、現在はほとんど使用されなくなっています。
ニッケル水素電池は、1990年に製品化された二次電池で、ニッカド電池に比べて蓄電容量が大きく、大電流を発生させることができるといった特長があります。AV機器や電動工具用に使用され、トヨタのプリウスの動力源にも用いられていました。旧三洋電機(現パナソニック)が2005年に発売して大ヒット商品となった充電式乾電池「エネループ」はニッケル水素電池です。
リチウムイオン二次電池は、1991年に実用化された電池で、軽量で、エネルギー密度が高く、自己放電が少ないといった特長から、携帯電話、スマートフォン、携帯パソコン、タブレット端末、デジタル機器などの電源として幅広く使われています。これらの製品の性能・機能の向上を動力源として促しました。また近年は、HV、プラグインハイブリッド自動車(PHV)、電気自動車(EV)などの電動自動車の電源にも使われています。ただし、電極、電解液などに用いられている材料の性質から、電解液の液漏れや短絡による膨張・破裂・発火などが起きやすく、高温及び低温の環境下では使用しづらいといった問題点を抱えており、これらの問題を克服するための材料の開発や構造の改良、低コスト化などが図られています。
電力の貯蔵・需給安定化用の電池
ナトリウム・硫黄電池、レドックスフロー電池は、ともに、エネルギー密度が高く、大容量化しやすく、自己放電が少なく、長寿命であるため、大量の電力の貯蔵が可能で、電力の負荷平準化(ピークカット、ピークシフト)、非常用電源、気象条件によって出力が変動する風力発電や太陽光発電によって発電された電力の貯蔵による供給安定化などに用いられています。わが国では、2012年に再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)が導入されたことをきっかけに、太陽光発電の導入が急拡大し、風力発電の導入も今後拡大すると見込まれていますので、これら再生可能エネルギーの導入可能量を拡大するために、電力貯蔵及び負荷平準化のニーズが拡大すると見込まれています。
ナトリウム・硫黄電池は、βアルミナを素材とするセラミックス製の電解質セパレーターで正極材の液化硫黄と負極材の液化ナトリウムを隔てた構造で動作するしくみのため、ナトリウムと硫黄が液化する300℃前後の高温に保つ必要があります。このため保温のためのエネルギーロスが生じますので長時間の電力貯蔵には向きません。また、ナトリウムは水と反応すると爆発的に燃焼し、硫黄も上記動作温度において空気と反応して燃焼する性質があり、過去に火災事故を複数回おこしています。また、ナトリウム、硫黄ともに毒性がありますので、安全性確保の面でも問題を抱えています。
レドックスフロー電池は、電解液循環型電池の一つで、実用化されている電池には、電解質の正極液として金属バナジウム、同負極液として硫酸バナジウムが用いられており、これらの電解液を循環させながら充放電する仕組みです。充放電寿命が長く、室温で動作し、大容量化が可能で、ガスが発生せず爆発・火災の発生リスクもなく、メンテナンスが容易いといった特長がありますが、一方で、ナトリウムや硫黄に比べるとバナジウムが高価で充電効率が低いといった問題点も抱えています。
このように電力貯蔵用として実用化されているナトリウム・硫黄電池とレドックスフロー電池は、一長一短で、コスト低減にも限界がありますので、再生可能エネルギーの大量導入や電力の需給対策を進めるためには、蓄電池を含めた電力蓄電技術のさらなる向上、新技術の開発、コスト低減、電動車の蓄電池など浄化側の蓄電機能の活用などが必要になると考えられます。
全固体電池は次世代蓄電池の本命の一つ
現在使用されている二次電池のほとんどが電解液を使用していますが、電解液を用いず、正極材料、負極材料とイオンのみを通す性質がある固体電解質のセパレーターで充放電できる電池を全固体電池と呼びます。
全固体電池は、電解液を使わず構造がシンプルなので、液漏れなどに伴う劣化・発熱・発火が起きにくく安全で、エネルギー密度を上げやすい、自己放電が少ない、短時間で充電できる、様々な形状に加工できるといった特長があります。強みだけを挙げるといいことずくめですが、まだ、電解液と同等以上の性能があり低コストで量産化できる固体電解質が開発されていません。優れた性能で量産化・低コスト化が可能な材料の開発、電池の製造・量産化には年単位の期間を要する見通しですが、高性能な全固体電池が実用化されてコストが十分に下がれば、電動自動車の航続走行距離の延長、充電時間の短縮化、安全性の向上などを図ることができますので、自動車の電動化・EV化が一気に加速化されることになると予想されます。
電池、とりわけ二次電池は、その可能性の高さから、世界各国で製品及び素材の開発が進められています。現在実用化されている電池の量産化・低コスト化では、中国が急速に台頭してきていますが、上述した次世代電池の本命の一つである全固体電池に関しては、現時点では、わが国が関連技術の特許申請・取得件数で世界をリードしています。様々な経済活動や暮らしを大きく変える可能性がある電池の開発状況には注意を払う必要があると思われます。
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