㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲



有事にも反応しない原油市況



伊藤 敏憲


有事にほとんど反応しない今年の原油市況


今年は、中東における地政学リスクが何度も顕在化したにも関わらず、原油市況がほとんど反応しない状況が繰り返されています。


5月5日、米国は、諜報機関からイランの米軍攻撃計画に関する報告を受けて中東地域に空母とB52爆撃機4機を配備したと発表し、5月8日にはイランとの包括的共同行動計画から撤退しイランの核計画に対する制裁を復活させました。


イランは、これに対抗して、世界の石油消費量の約20%が輸送されているホルムズ海峡を閉鎖すると警告しました。


そして、5月12日に、オマーン湾に面したフジャイラ沿岸で、サウジアラビア船籍のタンカー2隻、ノルウェー船籍のオイルタンカー、アラブ首長国連邦船籍のバンカー船の計4隻が爆発物による攻撃を受け、6月13日には、ホルムズ海峡付近で日本とノルウェーの海運会社が運航するタンカー2隻が、リムペットマイン(吸着型水雷)によると推定される攻撃を受けて炎上しました。米国はこれらの攻撃にイランが関与していると主張し、サウジアラビアと英国が同調しましたが、イランは関与を否定しました。


この間、原油市況は、4月下旬に年初来高値をつけた後、5月中旬まで高値圏で推移していましたが、フジャイラ沿岸で船舶が攻撃を受けた際にはほとんど反応せず、5月下旬から6月上旬にかけて値下がりしました。ホルムズ海峡付近でタンカーが炎上した際にも大きく上昇することはありませんでした。


サウジアラビアの石油施設が爆撃を受けても原油相場の上昇は一時的


9月14日早朝、サウジアラビア東部のブカイクとヒジュラ・フレイスにある国営石油会社サウジアラムコの石油施設が爆撃されました。攻撃を受けた地域にはサウジアラビアの重要な石油施設が集中しており、この爆撃によってサウジアラビアの原油生産量の約6割に相当する日量570万バレルの原油生産が一時停止しました。


さすがにこの有事の際には原油市況は一時急騰しました。ニューヨーク商品取引所(NYMEX)の原油先物期近価格は、9月13日の引け値1バレル54.85ドルから、爆撃の第一報がもたらされた直後に時間外取引市場で64ドル台まで急騰し、週明け9月16日は前週末比8.05ドル高の62.90ドルで引けました。しかし、翌17日には下落に転じ、9月30日には爆撃直前より安い54.07ドルまで低下しました。原油相場が9月17日以降に値下がりしたのは、17日にサウジアラビアが十分な原油備蓄を利用することで原油輸出に影響が及ぶことはなく、すでに損傷した設備の一部が生産を再開しており、顧客との契約通りに出荷できるとの見通しを示したこと、サウジアラビア及び米国が攻撃を行ったと発表した組織やその組織との関与が疑われるイランへの報復攻撃を示唆しなかったため、爆撃直後に想定された懸念が後退したためと考えられます。


10月11日、今度はサウジアラビアのジッダ沖合を航行中のイラン船籍のタンカーがロケット弾によると思われる攻撃を受けました。この際にも、原油相場は、当日こそ上昇したものの、翌日に下落し、2日後には直前の水準より安くなりました。


過去に有事の影響で原油市況が急騰したケースとの今年の大きな違いは、攻撃主体が特定されておらず、報復攻撃などによって戦火が拡大するリスクが高まっていないため、原油の供給力が大きく低下することはないとみられていることでしょう。


緩い需給を背景に原油市況は上昇しにくい状態が続く見通し


原油の国際需給が緩んでいることも原油市況が上昇しない理由になっていると考えられます。原油の需要は、景気の停滞などを反映して年初見通しに対して伸び悩んでいます。その一方で米国の原油生産が高い水準を維持しており、この結果、OPEC及び主要産油国が協調減産を続けているにもかかわらず、原油の需給は引き締まっていません。


OPEC及び主要産油国が減産を強化すれば原油市況は上昇するとの見方が示されることがありますが、過去にOPECが協調減産を行った局面で原油市況が大きく上昇したことはありません。協調減産は需給が緩みやすい局面で実施されているからです。もしも原油需給が引き締まって原油市況が上昇すれば、協調減産は解除されて需給が緩みやすくなります。


当面、主要各国の景気、米中貿易摩擦などの影響を考慮すると、原油の需要が市場のコンセンサスを上回って拡大する可能性は低いと思われます。米国の原油生産も依然緩やかな拡大傾向にあります。供給に大きな影響を及ぼすような障害、あるいはその発生リスクが高まらない限り、原油市況は上昇しにくいと予想されます。今年の冬は、想定外の厳冬にでもならない限り、灯油やガソリンの価格が大きく値上がりすることはなさそうです。



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