㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲



需要急減・価格急落局面でも供給調整には時間を要する


伊藤 敏憲



原油価格の振幅を拡大することがある需給のミスマッチやタイムラグ



需給と価格には相関性があることが多く、一般に、需給が引き締まると価格が上昇しやすくなり、需給が緩むと価格が下落しやすくなります。一方、価格が高騰したり急落したりする局面では供給に影響が及ぶことがあります。価格が上昇すれば生産・供給事業の収益性が高まりますので供給量が増えやすくなり、下落すれば収益性が低下しますので供給量は減少しやすくなるからです。


ただし、価格が大きく変動しても、すぐに供給量が増えたり減ったりするわけではありません。供給量を増やしたり減らしたりするためには、その準備のための期間を要しますし、価格水準によっては供給量にほとんど影響しないこともあります。さらに価格下落局面で逆に供給が増えてしまうこともあります。生産・供給者が価格下落による収益へのマイナス影響を数量の増加によって補おうとすることがあるからです。


また、コストは生産設備毎に異なりますので、価格が低下傾向で推移した場合、採算が取れない水準まで価格が低下した段階になって、コストが割高な設備から順次生産が停止されることが多いので、価格の変動と供給の増減にはタイムラグが生じることが少なくありません。


これらの価格と需給のミスマッチやタイムラグが価格の振幅をさらに大きくすることがあります。今年3月以降の原油価格急落局面でも、供給が本格的に抑制されたのはOPECプラスが協調減産を強化した5月に入ってからで、このタイムラグが価格の下落を加速した感があります。



今年3月以降の原油価格急落を加速させた生産削減までのタイムラグ


原油価格が今年3月以降に急落した理由は、新型コロナウイルス(COVID-19)感染症のパンデミックと世界各国の感染予防対策が、経済活動や人の移動を制限し、産業用燃料や輸送用燃料の需要が急減した結果、石油製品並びに原油の需給が緩んで在庫が積み上がったことだったと考えられます。


米国では、ガソリンやジェット燃料を中心に石油製品の需要が急減した一方で、原油の国内生産が緩やかにしか減少しなかったこともあり、3月から4月にかけて原油在庫が約20%増加しましたが、貯蔵量に上限がありましたので、NYMEXの原油先物取引では史上初となるマイナス価格がつくなど、米国の原油市場は異例の事態に陥りました。需要の減少に合わせて生産・供給量がすぐに削減されていれば、このような事態にはならなかったはずです。


ちなみに、価格の変動が比較的早く生産設備の稼働に影響を及ぼす北米の石油掘削設備(オイルリグ)の稼働基数と生産量の今年の変化をみると、オイルリグの稼働基数は、原油価格が下落し始めてから半月あまり経過した3月下旬から減少し始め、4月に入って減少ペースが加速しました。オイルリグの5月22日の稼働基数は237基で3月13日の683基の約3分の1に減少しました。ところが、原油生産量は4月に入ってから減少し始めましたが、5月15日の週の生産量は1,150万BD(日量バレル)で米国の原油生産量が過去最高を記録した3月上旬の1,300万BDに比べて12%程度しか減少していません。コストが割高なケースが多い小規模なリグから稼働が停止されているからです。


原油に関しては、米国に限らず世界中で同様の動きが起きていますが、OPECプラスが協調減産を強化したのは5月に入ってからで、原油価格の反発もその動きを確認してからになりました。



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