㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲

景気に大きな影響を及ぼすエネルギー事情


伊藤 敏憲

 




国内景気の回復続くも…


安倍政権による「三本の矢」政策は、為替の円安、低利資金の潤沢な供給などを通じて景気浮揚効果を発揮しています。①輸出比率が高い、海外事業の収益構成比が高い、あるいは、輸入品と競合する産業を中心に企業業績が改善、②競争力が回復した一部工場の稼働増、③業績が改善した一部の企業における賞与・給与の引き上げ、④消費税増税の駆け込み需要増、⑤株価の上昇による保有資産価値の増加、および資本市場の機能回復、⑦対外資産の邦貨価値の拡大、これらを背景にした、⑧消費の拡大、⑨設備投資の拡大などです。


しかし、Jカーブ効果があまり上がっていない上に、その理由の一つとなっているエネルギー事情が景気に悪影響を及ぼしかねない状態が続いています。発電分野における原子力利用率が低下(現在は全機停止中)し、火力依存度が高まった(現在は90%以上)結果、LNG、石油、石炭など火力発電燃料の輸入が大幅に増加し、貿易収支、並びに、経常収支が赤字に転落し、エネルギーコストが大幅に上昇しているからです。国内の生産設備の稼働率の上昇が限定されていたり、国内で生産設備を新増設する企業が少数派であったりする理由の一つはエネルギーコストの上昇、及びさらなる上昇懸念にあると考えられます。

 


エネルギー事情を左右する原子力


全国の原子力発電所で、大震災による知見や諸基準の見直しを背景に、設備の安全対策強化、地震・津波対策の強化、運用体制の改善などが進められていますが、昨年8月以降、すべての原子力発電所が停止し、再稼働のめどが立たない状態が続いています。原子力発電所の利用が進まなければ、火力依存度を引き下げることは難しく、貿易収支の改善はおぼつかない見通しです。なお「輸入の拡大による貿易赤字の拡大=国富の流出」と考える必要があります。


 ちなみに、原子力発電所が動いていない中で極端な節電が求められなくなったことから、「原子力は不要」との論調が見受けられますが、この判断には多くの問題が含まれています。エネルギー事業における公益的課題である「供給安定性(エネルギー安全保障)」、「経済性(コストの低減)」、「環境性(温室効果ガスの排出抑制)」、「安全性」のうち、供給安定性、経済性、環境性が崩れてしまっているからです。


東日本大震災以降に、6社(東京電力、関西電力、九州電力、東北電力、四国電力、北海道電力)が電気料金を引き上げ、1社(中部電力)が値上げを申請中です。ところが、電力各社の現在の料金は原子力発電所の一部が再稼働することを想定して算定されている上に、人件費、修繕費をはじめとする諸経費が維持できない条件に設定されていますので、原子力を利用できない状態が続くと、さらなる値上げが避けられなくなってしまう可能性があります。また、火力発電設備の一部は、設計基準を大幅に上回る高負荷状態で運転を続けていますので、大規模な停電につながる故障や事故の発生確率が高まっていることも理解しなくてはいけません。火力依存が高まったことで二酸化炭素の排出量が大幅に増加しています。このまま原子力発電を利用できない状態が続くと、日本の国力が押し下げられてしまう可能性が高いのです。


ちなみに、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)の導入をきっかけに太陽光発電設備の設置が急拡大しており、風力発電の導入計画も増加していますが、太陽光発電および風力発電は設備利用率が低い、需要に合わせた発電ができない、コストが高いといった問題を抱えていますので、火力燃料の消費を多少抑制することはできますが、ベース電源として運用される原子力発電を代替することはできません。


また、FITによる買取価格は、割増分が電気料金に加算されるしくみとなっています。この負担が、買取期間(太陽光は10kW以上が20年、10kW未満が10年間、風力は20年)の間、加算され続けることに留意しなくてはいけません。平均的な世帯の年間負担額は数年内に5千円程度まで増加し、さらに増加し続けると見込まれます。

 


エネルギーに関わる国際情勢や規制・制度改革の影響に対する誤解


一方、天然ガス依存度が高まっていますが、北米で起きたシェール革命やメタンハイドレートの利用などによってわが国の天然ガス調達コストが今後割安になると誤解されている方が多いことも気がかりです。

休止中の原子力発電所を再稼働されるのが最もコストが低く、次いで石炭火力発電の導入及び利用の拡大、これに政策的な判断によって決まる再生可能エネルギーの導入量が固まらなければ、天然ガス、石油、LPガスをどの程度利用する必要があるのか判断できません。

原子力を利用できなくなれば、現在の電気料金を維持することは難しいことを理解しなくてはいけません。

電気料金制度の運用が料金を過度に抑制する方向に歪められていることも懸念されます。複数の電力会社や関連産業が、給与の削減、賞与の不支給などによって人件費を大幅に削減している。電力各社の財務体質が著しく悪化しています。これらを考慮すると、仮に原子力発電所を利用できるようになったとしても、電気料金には、これらコストの反動増による上げ圧力が加わることになります。


電力システム改革によって、電気事業全体のコストが抑制できる余地はほとんどありません。例えば、電力小売が全面自由化されて、すべての需要家が電気事業者を自由に選べるようになったとしても、電気事業全体のコストが低減されなければ、現状に対してより良い条件で電気を購入できるようになる需要家は限定されます。条件が悪くなる需要家は確実に出てきます。また、発送電分離が公益的にみて効用を発揮するとは想定できません。これらは、自由化で先行しているすべての国や地域で実証されている事実です。

 


サイレントマジョリティに対する配慮が欠けている政治家やマスメディア


 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって原子力に対する信頼が著しく低下し、事故後の対応のまずさ、脱原子力政策の政治的利用、原子力に否定的な一部のマスメディアや有識者と称される方々などによる必ずしも正確でない情報の提供などによって、原子力に否定的な国民が増加しているのは事実です。


しかし、震災後に実施された様々なアンケート調査によって、原子力利用に否定的でない国民が多数派を占めていることが判っています。反原子力派には積極的な言動を行う方々が多く、原子力に肯定的な発言を行うことが難しい情勢にあるため、国民の総意が歪められてしまっている可能性が高いのです。


海外に目を向けても、福島原子力事故以降に脱原子力政策を打ち出したのはドイツ、イタリア、スイスのみで、ドイツは以前にも脱政策を打ち出して修正を余儀なくされた国で、イタリアは自国内に原子力発電設備を所有していません。新たに打ち出した国はスイスだけです。

政治家、マスメディアの対応は、原子力利用を肯定している国内のサイレントマジョリティや国際情勢に対する配慮を欠いているように思われます。


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