㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲

原油市況を支える地政学的リスク
                                                                  伊藤 敏憲


 

ファンダメンタルズからは説明がつかない原油価格の高止まり


原油高と円安が相まって原油の輸入コストが上昇し製品価格を圧迫しています。原油価格は、2011年以降、1バレル100ドル台で高止まりしていますが、原油の需給やコストなどファンダメンタルズから、高止まりしている理由を説明することはできません。

世界の原油需要の伸び率は、2011年以降、年率1%前後にとどまっており、スイングプロデューサーの役割を担っている石油輸出国機構(OPEC)加盟12カ国の2013年の原油生産量は前年比で約3%減少し、今年も減少傾向で推移しているからです。また、産油国、消費国ともに原油及び石油製品の在庫水準も高い状態のままです。なお、OPECの減産は需給が引き締まっていないことを意味しており、過去にOPECが減産した局面のほとんどで原油価格は低迷していました。

コスト面からみても、現在、生産を行っているプロジェクトのほとんどは1バレル80ドル台で採算が取れるとされており、石油製品価格の高騰も影響してガソリンの需要が伸び悩む傾向も世界各地でみられるようになっていますので、現在の油価はコスト的にみても説明することができません。

 すなわち、原油や石油製品の国際市況が高止まりしている理由は、ファンダメンタルズ以外、例えば、原油や天然ガスの供給不安が高まる理由となっている地政学リスクの顕在化や高まり、国際商品や株価の押し上げ要因となっている金融緩和や金余りによる過剰流動性、新興国・発展途上国における需要増観測などによるものと考えられるのです。


 

地政学リスクを高めるきっかけとなった「アラブの春」

2011年以降に中東・北アフリカの産油国や原油・天然ガスの輸送ルートにあたる複数の国・地域において、政情が悪化したり、不安定になったりしていることは、原油価格に少なからぬ影響を及ぼしていると考えられます。

北アフリカのチュニジアで発生した民主化運動に端を発し,中東・北アフリカ諸国に拡大した「アラブの春」は,長期独裁政権が続いていたチュニジア、エジプト、リビアなどで、反体制派との武力衝突を経た後に大統領の退陣や政権交代が起きるなど大規模な政変につながりました。

「アラブの春」の発端となったのは、2010年12月にチュニジアで路上販売に対する当局の取り締まりに抗議して失業中の青年が焼身自殺を図った事件でした。チュニジアでは、その後、各地でデモが発生し、政権打倒を掲げた民主化運動、いわゆる「ジャスミン革命」に発展、2011年1月にベン・アリ大統領が国外に逃亡し、23年間続いた独裁政権が崩壊しました。

次いで、エジプトで、2011年1月に首都カイロで反体制デモが発生し、デモが全国に拡大、同年2月にムバラク大統領が、国軍最高会議に権限を委譲し、30年に及ぶ長期政権にピリオドが打たれました。

リビアでも、2011年2月にカダフィ政権と反体制派との間で激しい戦闘が起きました。政府側の武力行使によってたくさんの犠牲者が発生したこともあり、国際社会はカダフィ政権を非難し、国際連合・安全保障理事会の決議によって、現地に英米仏を中心とした多国籍軍が派遣されることになりました。そして、2011年8月に反体制派が首都トリポリを制圧して42年に及んだカダフィ政権が崩壊。同年10月にカダフィ元指導者が死亡し、反体制派がリビア全土の解放を宣言し、移行政府の首相が選出されました。

イエメンでは、2011年2月からサーレハ大統領退陣を求めるデモが国内各地で頻発、軍幹部や有力部族がデモ隊の支持に回ったことから、政府の治安部隊と衝突して混乱が拡大しました。そして、同年4月にペルシャ湾岸地域の協力機構である湾岸協力理事会(GCC)が仲介に入り,大統領と野党に「大統領の副大統領への権限移譲と訴追免除」を盛り込んだ仲介案「GCCイニシアティブ」を提示、国連安全保障理事会が署名を促す決議を行ったことも影響し、サーレフ元大統領は同年11月に同イニシアティブに署名し退陣しました。

他の中東・北アフリカ諸国でも同様の反政府運動が頻発しており、バーレーン、オマーン、クウェート、ヨルダン、モロッコ、アルジェリアなどで、一時、大規模な反政府デモが発生し、バーレーン、ヨルダン、モロッコでは憲法が改正されました。

また、2012年3月には、2011年7月にスーダンの南部10州が分離独立した南スーダンとスーダンとの間で両国国境付近にある油田の帰属をめぐって武力衝突が生じました。

さらに、核開発問題を理由にしたイランに対するアメリカなど西側諸国の経済制裁や関係の緊張化が生じました。これらが、2011年以降に油価を押し上げる材料になっていたと考えられます。

2014年に入っても地政学リスクの顕在化が続いています。ウクライナ危機、イスラム教の宗派間での対立が激化したことをきっかけにしたイラクの政情悪化などです。これらも原油価格を一時押し上げたと考えられます。

ちなみに、ウクライナでは、原油及び天然ガスはほとんど産出されませんが、ロシアからヨーロッパに原油・天然ガスを輸送する主要パイプライが同国を通過しているため、原油の国際市況やヨーロッパの天然ガスの市況に少なからぬ影響を及ぼしましたと考えられます。

これらが、現在、原油価格を押し上げていると考えられますが、現時点では、上述した地政学リスクの顕在化によって、原油及び天然ガスの供給に大きな支障は生じていませんし、前述したように需給は引き締まっていません。その理由の一つが、北米におけるシェールオイル・ガスなど非在来型資源の生産量の拡大にあると考えられます。

「アラブの春」では、これまで政治に限定的にしか参加できず、経済的格差や独裁政権による統制,政治参加の制限等に対して不満が募っていた大衆が変革を引き起こす原動力となったといわれていますが、シェールオイル・ガスの増産に伴ってエネルギー資源の需給構造が変わったアメリカが産油国の治安への関与を弱めているからと指摘する向きもあります。

地政学リスクは、様々な原因が複雑に絡み合った結果生じているといえますが、現在政情が悪化している国や地域のほとんどですぐにリスクが解消するような状況ではありません。今後、他の国や地域に飛び火する可能性も高くなっています。需給に大きな影響が及ばない限り、押し上げ幅や期間は限定され、政情が安定に向かうと下げ材料になる可能性もありますが、当面、原油市況の押し上げ要因、中長期的には上下双方の変動要因として、地政学リスクに注意を払わなければいけない状況が続くと考えられます。


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