㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲


原油価格は年後半に上昇へ

 

伊藤 敏憲

 



原油価格が60ドル前後で推移し続けるとは思えない


原油価格は、昨年8月から今年1月にかけて急落した後に反発しましたが、力強さに欠ける展開が続いています。


原油相場が1月末に反発した際に材料視されたのは、アメリカの石油リグ(掘削設備)の稼働基数の減少でした。石油リグの稼働減によって原油生産量が減少して需給が引き締まるとみられたからです。ところが、アメリカエネルギー省(EIA)の統計によると、アメリカの原油生産量は3月まで増加し続けており、原油在庫も4月末まで増え続けていました。世界全体でみても、供給圧力が弱まっていないことに加え、世界第二位の消費国である中国の需要が伸び悩んできたことなども影響し、原油の需給は引き締まっていません。これが原油相場の反発後の上昇を抑制していたと考えられます。


ただし、経済性の面から考えると、原油価格が60ドル前後で推移し続けるとは思えません。この水準では、2000年代後半以降に急ピッチで進められた北アメリカのシェールオイル・ガス、カナダのオイルサンド、ブラジル沖の深海油田などコストが高いプロジェクトを中心に、探鉱・開発投資が抑制されてしまう可能性が高いからです。ちなみに、北米のシェールオイルの開発に関しては、原油価格と石油リグの稼働基数との相関性から、損益分岐点は60~80ドルに存在しているケースが多いと推察されます。

 



当面の注目点は需給、地政学リスク、そして為替相場


 原油相場の先行きを予想する上で、当面の注目されるのは、主要消費国の景気動向、アメリカの生産動向、昨年米国を抜いて世界最大の原油輸入国となった中国の需要動向、在庫の水準及び増減などファンダメンタルズの変化、OPECの対応、産油国などの地政学リスク、そして、原油相場と強い相関性がみられるドル・ユーロ為替相場の動きなどと考えられます。


 ユーロ経済圏では、今年2月の反緊縮政策を唱える急進左派連合への政権交代を機に、債務不履行、銀行破綻、ユーロ圏からの離脱などの問題が表面化したギリシャ危機の動向が注目されています。ギリシャがデフォルト(債務不履行)、ユーロ離脱などを実施すると、短期的には心理的な影響から、EUにとどまらず、世界全体の経済・金融に影響を及ぼす可能性があるからです。ただし、ギリシャの経済規模は小さいため、その去就がユーロ圏全体の経済・金融に甚大な影響を及ぼすとは考えられません。ギリシャ危機が具現化すると、短期的には、ユーロが下落して原油価格を下押しする可能性もありますが、欧州では主要国の景気が回復傾向にあることもあり、中期的には、昨年8月以降に20数%低下したユーロの対ドル為替レートが反発し、原油相場を押し上げるものと予想されます。なお、2007年以降に強い相関性が見られた時期のドル・ユーロ為替レートと原油価格との関係を分析すると、ドル・ユーロ為替レートの変動率1%が2007年から2008年にかけての上昇局面では原油価格の3.4%、2008年から2009年の下落局面では同3.0%、今回の下落局面では同2.5%に相当していました。

 



アメリカの原油生産量は急減する可能性がある


原油の需給は、2013年から緩んだ状況が続いています。アメリカの原油生産量が増加傾向で推移しているのがその一因です。


アメリカの原油生産量は、2008年以降に急増した。2000年代半ばに300基に満たなかったアメリカの石油リグの稼働基数は、2009年前半に2008年後半の原油価格急落を受けて減少した後、2009年後半からシェールオイルの開発が本格化したことで急増しました。この結果、2008年に約500万BD(日量バレル)だった原油生産量は、2009年以降に急増、2014年は871万BD、2015年1~3月は940万BD、4月には970万BDと増加傾向で推移しています。過去5年間の世界の原油生産量の伸びの約60%はアメリカの増産によるもので、アメリカは、2014年にサウジアラビアとロシアを抜いて世界最大の原油生産国になっています。


原油価格が急落した昨年8月以降の動きを見ると、石油リグの稼働基数は、10月まで増加傾向で推移し10月には1,600を超えた後、原油価格の急落を反映して減少に転じ、14年12月1,540、15年1月1,380、15年2月1,080、3月880、4月760、5月660と急減、6月下旬にはピークの4割程度の630まで減少しています。原油価格が底入れした4月以降も減少傾向に歯止めはかかっていないのは、現在の1バレル60ドル台の原油価格では、十分な採算が確保できない石油リグが多いことを意味しています。


一方、14年8月に883万BDだった原油生産量は、10月913万BD、11月916万BD、12月939万BD、15年1月931万BD、2月943万BD、3月969万BD、4月970万BDと石油リグの稼働基数が減少に転じた昨年末以降も4月まで増加傾向で推移しています。リグの稼働基数と生産量との間で整合性が取れていないのは、生産量が減衰した生産性の低いリグから停止しており、価格の低下を補うため稼働中のリグでは増産体制が敷かれているためと考えられます。


ただし、原油開発の生産性は、探鉱・開発・生産技術の向上によって年々改善してはいるものの、設備を更新せずに短期間で大きく向上することはありません。油田にダメージを与えかねない無理な増産が行われているとも考えられることから、原油価格が上昇せず、新規開発が抑制された状態が続くと、近い将来、米国の原油生産量が急減することも予想されます。リグの稼働基数が600前後で推移すると米国の原油生産量は700万BD前後まで減少する可能性があります。

資源開発各社が公表している経営計画をみると、原油価格が急落した昨秋以降、新規探鉱・開発関連の投資を大幅に削減している会社が多いことが判ります。開発・生産段階に移行している油田・ガス田への投資が維持されているケースが多いため、原油の生産能力がすぐに減少することはないと予想されますが、原油価格が低迷し続けると、生産能力は、近く頭打ち状態になり、その後、縮小に転じると見込まれます。

 



原油価格は年後半に70~90ドルを目指すと予想


原油相場がほぼ同じ水準に3カ月以上とどまるケースは少ないので、今後、水準調整が起きると予想されますが、上述したような諸状況から見て、ユーロが暴落しない限り、原油価格は上昇に向かうと予想されます。


では、原油相場はどこまで戻す可能性があるのでしょうか。コスト面からみると、シェール開発の損益分岐点の60~80ドルがポイントになると考えられます。また、価格チャート面からみると、昨年8月に相場が崩れ始めた時期の90ドル近辺、あるいは、昨年11月以降に下げ足が速まった時期の80ドル前後が、戻り高値の節目になると考えられます。これらからNY原油価格は、年後半に70~90ドルのレンジまで値を戻すと予想されます。



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