「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」


『巨人の星』を乗り越えろ


~ 平昌五輪 メダル13個では決して喜んではいけない ~


◎過去最高のメダル獲得数には喜べない

 平昌で開催された冬季オリンピックは、日本人選手が過去最高のメダル獲得数を記録したことで盛り上がりをみせた。四年に一度しかれ行われないスポーツの祭典。そんな大舞台で日本人選手が世界のトップアスリートたちと競り合いながら世界一の称号を勝ち取る姿に、テレビの前で手に汗を握りながら声援を送った方も多いのではないだろうか。

 日本選手勢のメダル総獲得数が1個に終わった2006年トリノ大会や、5個しか取れなかった2010年バンクーバー大会と比べれば、2014年ソチ大会の8個や1998年長野大会の10個を上回る、13個のメダルを獲得できた。いずれもスケート部門ではあったが、合計4つもの金メダルを獲得できたことは、同じ日本人として素直に喜ばしい限りだ。選手たち本人の想像を絶する努力の積み重ねや、コーチ陣や関係者の並々ならない貢献には心からの敬意を表さずにはいられない。しかし、この数字は本当に喜べるものなのだろうか。

 今大会で金メダルの獲得数だけでも金・銀・銅を合わせた日本人選手のメダル総獲得数を上回り、合計では日本の3倍ものメダルを獲得してナンバーワンとなったノルウェーの人口は約5,233万人と、日本の20分の1以下でしかない。別の言い方をすると、今回のオリンピックでメダリストになった国民は、ノルウェーでは13万人に1人もいたのに対し、日本では977万人に1人しかいない。ノルウェーは日本より人口比で70倍以上も多くのメダルを獲得している。その他にも、スイス(53万人に1人)、オーストリア(63万人に1人)、スウェーデン(71万人に1人)とオランダ(83万人に1人)、以上の5か国は日本より10倍以上も効率よくメダルを獲得している。

 スポーツの結果を数字だけで表すことにはためらいも感じるが、この事実の背景には、日本社会が抱える重大な問題が絡んでいることを見逃してはならない。メダル獲得数からは明暗3つのことが読み取れる。まずは、「結果を残すために自分の考え方の妥当性を確認する必要性」、そして「日本スポーツ界の選手育成能力の後進性」、もう一つは、「日本スポーツ界の今後の躍進への期待」だ。


◎結果を出したいのなら、自分の信念の正しさを確かめるべき

 スポーツ競技の成績にはもちろん「運」が関係することもあるが、それを除けば、「心」・「技」・「体」、3つの要素の相乗効果が世界の頂点を極めるための条件だ。この考え方には多くの裏付けがあり、各選手がもつ3つの要素を、いかにしてバランスよく高めていくかが競技の勝敗や成績を決める。しかも、最新の研究によれば、3要素のバランスのよさが「運」をも引き寄せるという説が唱えられている。

 「心」・「技」・「体」、3つの要素のなかでも、一番分かりやすいのが3番目の「体」だろう。スキーの滑降競技のように、体格や体力の差が競技成績に大きく影響し、基本的な身体能力に劣る日本人選手には不利な競技種目が多くあることは、メダルの獲得数にはマイナスに働いている。

 一方で、その発展が近年著しいスポーツ科学の研究では、競技レベルが高くなるほど精神的要素が勝敗や記録に影響を与えるという証拠が次々と見つかっている。数値で表しやすいフィジカル面と同等に、測定することが難しい精神面、すなわち「根性」などもスポーツ競技に不可欠なものだと考えられるようになってきている。そのような研究結果を目にすると、精神性をとても重んじる日本人にとって、スポーツ競技にはバラ色の世界が広がっているように想像しても不思議ではない。

 日本人は、明治維新以降に世界の列強と競い合うようになってからというもの、取り立てて「心」・「技」に対して非常に強い自負心を持ってきた。「大和魂」という言葉を多くの人が好んで口にするように、私たち日本人は困難な状況にも挫けることなく、目標に向かって邁進する格段に高い精神力を具えていると信じている。ところが、世界レベルの競技会で日本人選手たちが発揮する精神性の評価は愕然とするくらいに低い。日本人が得意としているはずの「根性」や「頑張り」が現実のパフォーマンスに実を結ぶことは滅多にない。


◎誤解に満ちた精神論が日本を選手育成能力後進国にとどめている

 日本のスポーツ界において「根性」は、勝敗の決め手を説明する言葉として用いられてきた。勝利したときには「根性で勝ち取った」、負けたときには「根性が足りなかった」、そして、能力向上を目指すときには「根性を鍛えなおせ」。これらが、いまでも多くの選手育成の現場で盛んに使われているメンタル・モデルだ。残念なことに、スポーツ科学の研究によれば、このような指導方法が、他の指導方法よりも優れて選手の能力や精神力を高めることができるという証拠はどこにも見つかっていない。それどころか、選手にストレスを与えて奮起を促すという考え方が、根本的に選手の成長の妨げになっているという事実が指摘されている。

 競技力の向上にとって、ある程度のストレスは欠かせないというのも事実だが、ストレスそのものが精神性を高めるようなことはあり得ないということが明らかになっている。現在、世界の一流コーチが選手を怒鳴りつけることは滅多にしない。もし激しい言葉遣いをしてしまったような場合には、なぜそのような言い方をしてしまったのか理由を分かりやすく説明し、さらに、叱責した選手の良い点を数多く褒める。選手が失敗して落ち込んでいるときにミスを責めるようなことは一切せず、1秒でも早く前向きな気持ちになれるように支えようと懸命に努めている。高みを目指す選手は、目標とする技能にすぐさま到達できるわけではないから、チャレンジを繰り返すたびごとに放っておいてもストレスに晒される。そこにコーチが追い打ちをかければ、ストレスは選手自身が自分でコントロールできる範囲を超えてしまう。ストレスが一切ないのは問題だが、その量は選手各人の処理能力に応じて適度なものでなければならない。

 21世紀にはいって、選手が能力を最大級に発揮できる状態でプレーできるようになることを目的としたメンタルトレーニングが、ほぼあらゆる選手育成プログラムに取り入れられるようになった。困難に直面したときに周りにいる指導者などから適切なサポートを受け、失敗の中にも学習したり成長したりした点を認めて褒めてもらうことで、はじめてストレスは精神力の強化に貢献するというメンタル・モデルを活用するようになっている。

 確かに日本のコーチも技術的な面ではそれなりの指導を行うことが多い。しかし、その内容といえば、理想的なプレーと選手本人の現状とを比較し、足りないところを指摘、あるいは非難するやり方が中心で、選手を甘やかすことになるからといって褒めることはしない。ストレスを与えるだけ与えておいて、「やる気の問題は自分で何とかしろ」と突き放しているようなものであり、選手のメンタル面への配慮が十分になされているとは言い難い。これははっきり言って指導者による責任放棄に他ならない。そんなやり方で人間の精神力が高められるという考えは完全に間違っている。いまだに少年野球の練習場でも、怖い顔をしたおじさんの怒声が飛び交い、小学生相手に「根性」や「気合」を要求している日本は、コーチング後進国だ。


◎『巨人の星』型のメンタル・モデルが日本スポーツ界の大きな足かせ

 金メダリストを育成するようなコーチは、選手を過度なストレスに晒したままにしないことが、自分にとって最も重要な役割だと知っている。ところが、根性論をいまだに信奉している指導者は、選手に大声で「やる気はないのか?」「根性を鍛えなおせ!」「気合で何とかしろ!」と圧力をかけ続けている。

 現在日本のスポーツ指導者の多くが子ども時代に熱中したものの一つが『巨人の星』ではないだろうか。発刊後50年以上がたち、アニメ放送がブームになってからも30年近くが経過するが、『巨人の星』は今でも「スポ根漫画」を象徴する作品だ。主人公の星飛雄馬は幼少期から、父一徹に「大リーグボール養成ギプス」という肩・肘・手首を強力なスプリングで固定するサディスティックな筋トレ装置を着けたまま生活することを命じられ、箸や茶碗を持つにも苦労するような状況で筋力の強化に励む。小学生の飛雄馬が早朝の走り込みをしているとき、決められたルートが工事中で通れず、迂回しなければならないことがあった。曲がり角で待っていた父一徹は、近道をした飛雄馬を殴り倒し、鼻血を流している我が子をさらに何度も蹴りあげる。そして、血まみれで泥の中に横たわる我が子に向かって鬼の形相で「辛い遠回りを選んでこそ人間は成長する」と怒鳴りつける。今なら、明らかに児童虐待と判断されるのは確実で、父一徹は即刻逮捕されることになるだろう。

 ところが、日本人はこの場面から、ストレスにさらされることが何よりも人を成長させるという強烈な印象を受け取ってしまった。「スポ根漫画」では「努力型の主人公が、親やコーチによる罵声と鉄拳に追い立てながらも常軌を逸した特訓を重ね、不屈の闘志と根性で超人的な魔球などの必殺技を編み出し、最後には天才型のライバルに勝利する」というストーリーが図式化されている。選手に強力な精神的圧力をかけることで不可能が可能になるというメンタル・モデルは、スポーツ界のみならず、さらには一般社会をも覆いつくすようになってしまった。星飛雄馬の成功物語が、いまだに多くの大人たちの心の奥底に、誤った思考様式を形作っている。


◎平壌オリンピックでのメダル13個は日本スポーツ界大躍進ののろ

 いまだ体罰事件などが相次ぎ、根性論にどっぷりとつかったままの日本スポーツ界、最先端を行くスポーツコーチングの世界ではようやくメンタル・モデルの大きな革命が進んでいる。トップアスリートを担当するコーチ陣には、怒鳴り声を張り上げて圧力をかけることで選手を指導するような人はめっきり減っている。フィジカル面だけでなく、メンタル面についてもスポーツ科学の教えを活かしていこうとする流れが、今回のオリンピックでの日本人選手によるメダル獲得数の大幅な増加に結びついていることは間違いない。

 金メダル4個をはじめとして合計13個のメダルを獲得したオリンピック選手団を背後から支えたコーチ陣に、どのようなメンタル・モデルの変化があったのかについてメディアが報じることは少ないだろう。しかし、ただ喜びに浮かれているだけでは、今後の日本スポーツ界、さらには日本のビジネス界が発展を続けていくことはできない。日本人は失敗から学ぶことが大好きだが、成功からはさらに多くのことを学習することができる。

 今回のオリンピックで目覚ましい活躍を見せてくれた日本選手たちの周囲を支えた人々の取り組み方について関心を持っていれば、多くのことが学べるはずだ。ミスを責め立て、「なにがあっても試合に勝て」と圧力をかけ、ストレスを与え続けるが、決して褒めることはない。それが選手を強くする道だという根性論しか知らなかった人たちの無意識の思い込みを変える良い機会になることを願っている。




   バックナンバー
 
  2018年2月 『前略 部下の無能を嘆いておられる管理職のみなさま』 ~ 理屈と気合では働き方改革は成功しない ~  
  2018年01月 「新年の誓い」を実現させる方法  ~ 自分自身の心の仕組み、その真実を知れば変革へのチャレンジはうまくいく ~  
  2017年12月 あなたの職場にも連続殺人犯と同じ精神構造をもつ人が潜んでいる ~サイコパスは犯罪だけでなく社会の活力と成長を阻害する~  
  2017年11月 希望の党が失望しかもたらさなかった本当の理由 ~人気取り政治の限界 ~  
  2017年10月 経済が低迷している本当の理由 ~古き良き時代、三丁目の夕日を懐かしむ ~  
  2017年09月 「55年体制」の終焉が見えはじめた 無党派層の増加は政党政治の限界を示す  
  2017年08月 誰が北朝鮮の核開発に力を与えているのか?   
  2017年07月 チンパンジーの生態から読み解く英のEU離脱とトランプ現象  
     



会社案内|個人情報|著作権|リンクポリシー
本ページに記載の記事・写真などの無断転載を一切禁じます。
著作権は㈲マジカルネットワークまたはその情報提供者に帰属します。

Copyright (C); 2017,
Magical Network Inc. All Rights Reserved.