「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

グーグルは現代に現れた神である 第二話


~ 神から学べない者は時代の変化に取り残される ~

藤原 尚道



  前回のシリーズ第一回目では、グーグルが「知恵の神」として世界中から勝ち取った信頼をもとに、恐ろしい力をもつ「破壊神」として既存の秩序を打ちこわし、トヨタのような伝統的な巨大企業の未来までをも脅かすようになっていることについて書いた。

 「知恵の神」と「破壊神」、 二つの意味でグーグルは神と呼ばれるのにふさわしい存在となったが、その凄さを支えているのは何よりもイノベーションを生み出し続ける革新力だ。今回のシリーズ第二回目では、グーグルが見せつける圧倒的な革新力が、どのような仕組みで生み出されているのか、偉大なイノベーション能力の根っこにある秘密に迫っていきたい。


◎神が考えていることを知ることは難しい

 現代に現れた神は、20世紀の巨人たちとは何が違うのだろうか。VUCAと呼ばれる混沌の時代に生きる私たちは、快進撃を続ける神を、ただ指をくわえて畏敬しているだけでは許されない。

 「私たちなりに一生懸命頑張っています」という負け組のぼやきが聞こえてきそうだが、変化し続ける世界で生き残りたいと本気で考えるのなら、腰を据えて神が神である理由を学ばなければならない。

 よくある通説では、「放っておいても世界中から優秀な人材が集まってくるから強いんだ」と言われている。たしかに、グーグルは1年間に200万通もの就職申込書を受け取るが、このうちグーグルに入社できるのはたったの数千人。競争倍率は500倍ほどだと言われている。ハーバード大学やスタンフォード大学など超名門大学へ入学するための競争倍率が約20倍であることと比べると、グーグルが人財獲得において極めて有利な地位にいることは間違いなさそうだ。

 しかし、全米、あるいは全世界から天才を集めても、上手くいかないことはあるという事実は、かつてGMやエンロンなどによって証明済みだ。ずば抜けた知能や教養を持つ人たちを集め、世界最高水準の技術力を持った企業であっても、かつてソニーは活力を失い、東芝は破綻の寸前まで進んでいった。最強組織とも呼ばれるグーグルであっても、この危険性を無視することはできない。

 長く勝ち続ける組織を築き上げるためには、常に生産性の低下を招く要因を特定してそれに対処し、同時に生産性を向上させる方法を探し続けなければならない。グーグルでは2009年から様々な仮説を立てて、社内でその正しさを検証する調査研究を行ってきた。ところが、この大量の人員と予算を投入した大規模な取り組みは、予想をはるかに超えて困難なものだった。グーグルという偉大な組織を築き上げた二人の創業者がそれまで信じて疑わなかった考え方までもが、足かけ5年におよぶ試行錯誤のすえに否定されることになる。


◎神を生みだした2人の天才が信じていた組織論は大外れ

 グーグルは、生産性の低下を未然に防ぐと同時に生産性を高めるために、時期はそれぞれ異なるが、次のような3つの仮説を立て、それを得意な統計的なアプローチによって証明しようとした。


仮説①「管理職は“必要悪”である」

仮説②「最高の人材を集めて上手く組み合わせれば、最高のチームができる」

仮説③「人は一人で仕事をするよりも仲間と一緒に仕事をした方が能力を発揮できる」

 仮説①は、2009年から行われた「プロジェクト・オキシジェン」と呼ばれる大規模な従業員調査で最初に立てられたものだ。ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、二人の創業者は、エンジニアは伸び伸びと働くことができれば、優れたアイデアを出すことができるのだから、彼らを「管理する存在」は邪魔なだけだと考えていた。二人はグーグルを創業するまでにサラリーマン生活を一度も経験したことがなく、自分たちの会社を出身校のスタンフォード大学のように、自由闊達な雰囲気こそが生産性向上の条件だと信じていた。グーグルは「管理職は“必要悪”である」ということを証明するために、「マネジャーの重要性は低く、マネジャーの質はチームのパフォーマンスに影響を与えない 」ということを統計的に確認しようとした。

 ところが、1年にもおよぶ調査の結論は、予想に反して「有能なマネジャーがいるチームは、エンジニアたちの満足度も生産性も他に比べて格段に高い」というものだった。正しい手法で集められたデータを厳密に科学的な手法で分析して導き出された答えには二人の創業者も納得し、廃止していたマネジャー職を復活させた。


◎21世紀の神はギリシャ神話の神々に似ている

 グーグルを神にたとえるなら、それは、キリスト教の神ではなくギリシャ神話の神々だろう。キリスト教の神は決して過ちを犯さないが、ギリシャ神話の神々はしょっちゅう失敗をしでかす。グーグルも度々間違えるが、彼らはギリシャ神話の神々よりも賢明だ。ゼウスは過ちが妻ヘーラーに見つからないように一生懸命だったが、21世紀の神、グーグルは喜んで自らの過ちや課題を探し出し、それを改善しようとする。

 一般企業の企業理念に相当するものとして、グーグルは「Googleが掲げる10の事実」と呼ぶ10種類の価値観や行動の規範を掲げている。その最後を締めくくっているのが「『すばらしい』では足りない」という考え方だ。グーグルにとって世界一になったという事実は「ゴールではなく、出発点」に過ぎない。グレイトであるだけでは満足しないグーグルにとって、現状の成果や方法に満足しない貪欲さこそが、さらにイノベーションを加速させるための原動力だ。しかし、貪欲であり続けることは口で言うほど簡単なことではない。自らの過ちを認めるためには、まず怖れを克服しなければならない。

 通常は地位や権威を手に入れるほど正しいアイデアを受け入れることが下手になっていく。たいていの人間にとって、自分の過ちを認めることは、せっかく手に入れた権威を傷つける行為のように思え、恐ろしくてたまらないものだ。しかし、グーグルの二人の創業者は圧倒的な権威を手にしていても、喜んで自らの過ちを認めて、更なる高みを目指すために新しい考え方を受け入れる。誤りを躊躇せずに受け入れられるからこそグーグルは、達成できそうにもない高い目標を設定してそれに挑むときでも、困難を克服して期待以上の成果を残すことができる


◎一人ひとりの能力と、その組み合わせ方で最高のチームを作ることは不可能


 管理職による優れたマネジメントの重要性を受け入れグーグルは、2012年から「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれる労働改革プロジェクトに着手した。この取り組みでは、仮説②「最高の人材を集めて上手く組み合わせれば、最高のチームができる」を前提として、生産性が最も高く完璧なチームを作るのに必要な方法を見つけ出すことが目標とされた。グーグルでは数百のチームが様々な業務を行っているが、すべてのチームが素晴らしい成果をあげるわけではない。中には何の結果も出せないチームもある。

 極めて優秀な人財ばかりを集めても、チーム・メンバーの構成方法を工夫しなければ成果は出ないと考えたグーグルは「最高のチームを作る方程式」を見つけ出すための研究を進めた。組織心理学者や社会学者、統計学者などを集め、社内の180以上のチーム、延べ5万人以上の社員が参加し、チーム・メンバーの性格や行動、出身校や学歴などの属性とその構成について、どのような組み合わせが生産性を高めているのかを、2年以上かけて考えられるありとあらゆる切り口から分析してみた。しかし、そこには決定的なパターンは何も見つけられなかった。

 メンバーが共通の趣味をもち、和気あいあいと好業績を収めているチームがある一方で、メンバーの好みがまるでバラバラなのに成功しているチームもあった。また、メンバーが頻繁に社外でも食事などを共にして親密になることで、新しいアイデアを次々とものにしているチームもあれば、社外でメンバーが交流することは一切ないのに、多くの斬新な企画を生みだしては成功させているチームもあった。時と場合によって多くのパターンが見つかるということは、パターンがどこにも見つからないことよりもたちが悪い。それは誰もがいつでもどこでも基準としてつかえるような「成功の原理」は、メンバーの構成方法のなかにはないということを意味している。


◎21世紀の神が足かけ5年を費やして見つけ出した「成功法則」

 膨大な費用と労力を投入した調査研究の末にプロジェクトが暗礁に乗り上げそうになったときに浮かび上がってきたのが、「成功するチームは何をやっても成功するが、失敗するチームは何をやっても失敗する」というパターンだった。また、革新的な製品は、一人のずば抜けたエンジニアやマネジャーがいるチームではなく、仲間全員が互いに刺激し合っているチームから生まれやすいということも明らかになってきた。

 チーム・メンバーが相互に高め合うような状況が生みだされる条件を探るために、グーグルはそれまでとは視点を変え、それぞれの職場で人々がチームとして活動するときに目安とする行動基準や不文律などの「組織規範」、つまりはそれぞれの職場を覆っている独特の空気の違いが、チームの成功にどのような影響を与えているのかを丹念に調べてみることにした。すると二つの意外な事実が明らかになった。

 一つ目は「均等な発言機会」だ。何をやっても成功するチームはどこでも、メンバー全員に均等に発言機会が与えられていた。発言の仕方には関係なく、全員がほぼ同じ割合で意見を出し合っていた。逆に、誰か一人だけが喋りまくって、他のメンバーがほとんど黙っているチームはたいてい失敗していた。もう一つは「社会的感受性の平均値の高さ」だ。社会的感受性とは相手の気持ちを理解する能力のことであり、一般には共感力と呼ばれている。つまり、チーム・メンバーそれぞれがもっている共感力の平均が高いチームは成功するが、共感力の平均が低いチームは失敗する確率が高い。

 チームの成功の鍵を握る二つの要素「均等な発言機会」と「共感力の高さ」、これらを実現させるチームの空気(文化)こそが、「ドリームチームを作り上げる秘訣」だった。「何をやっても成功するチームづくりに欠かせない条件」とは、チームに「心理的安全性」があることだった。「心理的安全性」とは、「こんなことを言ったら上司から叱られないだろうか」、あるいは「仲間から馬鹿にされないだろうか」といった不安が払拭された状況のことだ。

 2000年以上も昔にアリストテレスは「全体は部分の総和に勝る」と言った。グーグルが掲げた仮説の3番目、「人は一人で仕事をするよりも仲間と一緒に仕事をした方が能力を発揮できる」というのは、このアリストテレスの言葉を指している。彼らが掲げた仮説は3つのうち2つが間違いだったが、グーグルは最終的にアリストテレスの言葉の正しさを証明した。「心理的安全性」が満たされた職場では、1+1が2ではなく、3にも4にもなるのだ。そして、何をやっても成功するチームのマネジャーはチームのメンバーから必ず、” My manager treats me as a person.” と評価されている。つまり、「私の上司は自分を一人の人間として見てくれる」と。


◎現代の神は3種の報酬を与えて従業員と心で繋がる

 21世紀にはいってから多くの経営コンサルタントは、インセンティブとして給与(金銭的報酬)に頼るだけでは十分な成果を得られないことに気づき、賞賛を与えて誇りなどの精神的報酬を与えることでやりがいを引き出すことに着目してきた。そのために、従業員各人に明確な自分の目標や役割、つまりは達成すべき目標や、そのための行動の内容を理解させ、単に金を稼ぐ手段としてだけではなく、チームや社会への貢献として仕事に意味や意義を感じてもらうようにしてきた。しかし、グーグルの調査研究によって明らかになったように、最高のチームを作るために欠かせないのが、チームのなかでありのままの自分をさらけ出せる「心理的安全性」だ。

 「職場の空気をメンバーがどう感じているか」、つまりは「自分の職場を安全な場所だと感じている」のか、それとも「危険な場所だと感じている」のかによってチームの生産性が極めて大きな影響を受ける。このことは最新の進化心理学が導き出した人間についての理解と完全に一致する。私たちの100万年前の祖先たちは、現代の私たちのように高度な協調行動をとることはできなかったと考えられている。しかし、ホモ・サピエンスは他の哺乳類とは桁違いの協調能力を発達させることで地球の覇者となった。常に斬新なアイデアが求められる現代のビジネスにおいては、さらに高度な協調行動が求められている。

 各分野での専門性が極めて高くなり、複雑性を増している今のビジネス環境では、一人の人間が担える仕事の割合が限られたものになっている。18世紀にトマス・ニューコメンはたった一人で実用的な蒸気機関を作りあげたが、現代のプロダクトの大半は膨大な数の人々の知恵を結集して作られる。常にイノベーションを起こし続けることが求められている職場では、メンバー全員からどのようにしてより多くのアイデアを引き出すことができるかということが、競争力を向上させるために必要だ。チームのなかに意見を言わないメンバーが一人増えるごとに競争力は低下していく。


◎心理的安全性を確保できれば世界一優秀な日本人労働者は必ず輝く

 
日本企業の業績が振るわない最大の理由は、日本人が自分の感情や本音を表に出さないようにする傾向が強いことだ。さらに残念なことに、日本には心理的安全性が低い職場が多い。OECD 国際成人力調査によると日本人の能力は世界一だ。ところが世界一の従業員が“社畜”と呼ばれるほど長時間働いても、日本の労働生産性は先進国最下位。米国の3分の2以下の水準だ。グーグルは「金銭的報酬」「精神的報酬」「心理的安全性」3種の報酬によって、従業員から最高の活力とパフォーマンスを引き出し、従業員の幸せと会社の繁栄を結びつけている。

 スポーツの世界も含め、心理的安全性を確保することが競争優位を獲得するための最大の条件であるという理解が広がっている。日本企業はこれ以上職場の心理的安全性に無関心なままで世界とは戦えない。しかし、従業員一人ひとりを尊厳をもった人間として扱い、3種類の報酬をきちんと支払うことで、日本企業は再び世界一の座を取り戻すことができるだろう。



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