「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」



なぜパワハラは無くならないのか


~パワハラの根っこにある「男らしさ」という理想像~

藤原 尚道

◎「女帝」と呼ばれた女性教員によるパワハラ事件の闇

 「パワーハラスメント」(以下パワハラ)という言葉が一般的になってから20年近くが経つ。今日ではパワハラに向けられる世間の目は厳しく、世界中の人々がパワハラ撲滅に向けて努力を続けている。2019年5月には日本でも企業などにパワハラ防止義務を課す法律が成立し、6月には国際労働機関(ILO)の総会で、職場でのハラスメント全般を禁止する条約が採択された。そのような状況の中で、今回明るみに出た神戸市の小学校教員間の暴行・暴言事件には空いた口が塞がらない。

 「女帝」と呼ばれる40代の女性教員を主犯格とし、30代の男性教員3人が加わったグループが、20代の複数の教員に対して執拗にハラスメント行為を繰り返していたという。犯行の内容は陰湿かつ悪質で、被害教員の人格を否定する暴言を浴びせるなどの精神的な攻撃にとどまらず、平手打ちや膝蹴りのほか、熱湯の入ったやかんを顔につけるなどの身体的攻撃にまで及び、もはや暴行・傷害事件の域に達している。

 しかも、保護者説明会で読み上げられた主犯格女性教員の謝罪文は驚くべき内容であった。日本中からバッシングを受ける状況に至っても、「女帝」の言葉には事件の重大性を理解していると感じられる言葉は含まれていなかった。「子どもたちの前に出られなくなり、申し訳ありません」、「被害教員に対しては、ただ申し訳ないというしかありません」と、大騒ぎになったことへの謝罪は述べられてはいるが、自分の行為が人間として恥ずべきものだったことを認識している様子はうかがえない。更に驚かされるのが「被害教員のご家族に画像を見せられ、入院までしている事実と、苦しんでいる事実を知りました」と言うコメントだ。これは、「私には人の痛みを理解する能力がありません」と自白しているようなものだ。


◎社会のいたるところに野放しにされる「情性欠如者」

 精神科医である片田珠美氏はコラムの中で、「主犯格である40代の女性教員は、『ゲミュートローゼ(情性欠如者)』である可能性が高い」との見解を示している。「ゲミュートローゼ」とは、20世紀前半にドイツで活躍した精神病理学者のクルト・シュナイダーが示した精神病質者がもつ異常な人格のひとつで、同情、良心、羞恥のような人間性が欠如した症状を指している。彼らは冷酷かつ陰険で、平気で残忍なことをする。しかも、罪悪感を覚えず、反省も後悔もしない。片田医師は「加害教員には司法の場で裁きを受けさせ、二度と教壇に立つことができないようにすべきである」と書いている。この考えに私も同意する。

 しかし、一人のゲミュートローゼを社会から抹殺しても問題は何も解決しない。教育現場に限らず、日本中のたいていの組織には大量のゲミュートローゼが平然とのさばっている。読者の皆さんもそれとおぼしき人物に何度も出くわした経験があるはずだ。まるで脅迫するかのような口調で命令を下す社長、明らかに遂行不可能なことを強制する部長、些細なことでスタッフを侮辱する国会議員、自分の意に沿わない部下を無視して仲間外しにする看護師長など、世の中にはゲミュートローゼが溢れている。ニュースに取り上げられた「女帝」とその一味をつるし上げるくらいでは、似たような事件がこれからも多くの組織で毎日のように繰り返され続けることだろう。


◎ゲミュートローゼは先天的な脳の欠陥か

 「人間として恥ずべきこと」を感覚的に理解できないということは、その人間がサルと同等であるということだ。サルをいくら教育しても人間のように他者を思いやる気持ちを身につけさせることはできない。だから、シュナイダー博士は、「ゲミュートローゼは教育によって改善することが不可能だ」と指摘したのだろう。では、この「共感能力の欠如」はどのようにして引き起こされるのだろうか。生まれつき脳の構造に問題があるのであれば、シュナイダー博士の主張は正しいことになる。道徳感情が育まれるはずの脳の部位に信号が流れない人に、善悪の感覚を教えることはできない。

 しかし、私はこの説を疑っている。私は「ゲミュートローゼの多くは文化によって生みだされる」と考えている。文化によって人々に加えられる普段の影響によって、他者の痛みに鈍感な性質が作り上げられているのではないだろうか。私たちの文化では「男らしさ」がリーダーの理想的な資質だと信じられている。現実に、周囲を見渡してみても歴史を辿ってみても、男性(と一部の男性的な女性)が多くの場合リーダーの地位を占め、大きな富を得ている。だから男の子が生まれると、たいていの親はわが子に「男らしくあってほしい」と願う。「男らしさ」を身につけさせようと訓練する。男の子たちは物心がつく前から泣くことは許されず、競争で勝利し、高い社会的ステータスを獲得するように求められ続ける。


◎リーダーシップに「男らしさ」を求める文化が諸悪の根源

 「男らしさ」とは、周囲の人たちの気持ちを汲み取り、譲り合うよりも、他人の立場など無視しても自分の主張を貫いてステータスを獲得しようとする態度である。社会の中で生きていくために、場の雰囲気を整えて周囲との調和を図るよりも、競争での勝利を目指して場を支配しようとする姿勢だ。つまり、「男らしさ」を身につけることはゲミュートローゼにも共通した共感の欠如を生みだす訓練にもなり得るのだ。「リーダーの資質」を得るために、攻撃性は称賛され、隙あらばその場の主導権を奪えと教えられる。他人の長所を評価するよりミスや欠点を批判することが毅然とした立派な態度だとされる。人の痛みには無関心で、ひたすら自分の優位性を大切にするように条件付けによって、後天的なゲミュートローゼが生みだされる。

 多くのリーダーが好んで他者への攻撃的な態度をとるのは、自分の力を誇示するためだ。これは、サルなどが立場の弱いものに馬乗りになって自分の優位性をアピールするマウンティングと同じだ。地位や権力を持った人間が行うマウンティングは、他者への共感といった人間独自の精神文化を辱める行動である。ところが、文化的に力を持った人間の横暴さが批判されることは少ない。「男らしさ」を基準にして、リーダーとはこうあるべきだというでっち上げの理想像が幅を利かせていることが、後天的なゲミュートローゼの大量生産と、弊害の黙認に繋がっている。

 組織のなかで「男らしさ」を発揮する人々がもたらす弊害についての証拠は山ほどある。リーダーによるマウンティングはチームのメンバーから主体性を奪い、自らの頭で考える能力を低下させる。日増しに重要性を増すチームプレーの重大な足かせにもなる。一方で、組織運営の場面で以前から軽んじられてきた「女らしさ」が、組織のパフォーマンスを最大化させるために不可欠な役割を果たすことが明らかになっている。素晴らしい成果をあげているリーダーは例外なく、「男らしさ」と「女らしさ」の長所を共に取り入れたリーダーシップを実践している。そろそろ私たちはリーダーシップを性差に基づいて考える伝統に終止符を打たなければならない。


◎男と女、それぞれの利点を活かしてリーダーシップを考える時代がやってきた

 高い地位に登りつめる女性が増えつつある今日、私には残念に思うことがある。それは彼女たちがせっかく生まれもった「女らしさ」の利点をあまり活かせていないことだ。21世紀に入って時代は急激に変化している。個人プレーよりもチームプレーが重要視され、一人の天才の発想よりも多くの人々の多様性に富んだアイデアが求められるようになった。私たちにはチーム内でメンバー同士が競争に明け暮れ、仲間の意見に耳を貸さずに自分の主張だけに執着している暇はない。このような時代に必要なリーダーシップは、メンバーが相互に思いやり、人それぞれの立場を尊重し合い、共通の目標を達成することを目指す中でチームの信頼関係を高めていくようなものでなければならない。それは、共感能力や相互尊重、柔軟な態度など、これまで女性的だとして軽視されてきた態度をベースにしたリーダーシップである。ところが、世の中の、大多数のリーダーたちは「男らしさ」を信奉し続けている。その結果、女性リーダーまでもが「男らしさ」を身につけようとして、せっかく生まれもった「女らしさ」という才能を無駄にいるのはあまりにももったいない。

 いまの社会に必要なのは、チーム内のメンバーが互いの優劣を競い合うことよりも、互いに尊重し合い、助け合い、高め合いながら成長して行けるような組織だ。男女のステレオタイプにとらわれている暇はない。優れた社会や組織を作るのに男も女も関係ない。この社会には全ての人間が必要だ。主導権を取りたがる競走好きな男性や何もかも人の言いなりになり、頭の弱いふりをする女性も必要ない。サルと98%共通する遺伝子をもっている私たちには、マウンティングへの欲求を完全に消し去ることは出来ないけれど、2%の違い、人間が独自に発達させた高度な共感能力を活かして、誰もがいきいきと輝くことができる組織を作ることもできる。人は自信を持ちながらも謙虚であり、誰でも率直に自分の意見を言えると同時に黙って人の話に耳を傾けることもできる。人々がお互い寛容に、相手に敬意を持って人に接することができる、そんな組織を作っていきたい。



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