「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

世界一不安を感じやすい日本人


~ より不安になることで、いっそう不幸になっていく日本人 ~


◎ 未来に希望が持てない日本人

 日本人は世界一「不安になりやすい」民族だといわれている。世界規模で行われる幸福度調査では、毎回、世界の最下位を争っているし、今年イギリスの教育団体が行った子供の教育に関する親の意識調査によると、「子供の将来を楽観視していると回答した日本の親は28%で、調査対象国の平均60%を大きく下回り、世界29カ国中で最低となった。(2018.3.19 共同通信)では、なぜ日本人はネガティブなことばかり考えてしまうのだろうか。その理由について諸説あるなかで、「遺伝的な影響」による説明が各種メディアやネットでは人気を博している。とくにセロトニン・トランスポーター遺伝子のタイプが影響するとした仮説が勢いをもっている。


◎ 日本人が不安になりやすいのは遺伝的な特性か?

 セロトニンは脳内で心のバランスを保つ役割をもつ神経伝達物質で、人の幸福感に関わっている。分泌量が多いと気持ちが安らぎ、満ち足りた気分になることから「幸せホルモン」とも呼ばれる。そして神経細胞にはセロトニン・トランスポーターという蛋白質がある。この蛋白質はセロトニンを効率よく再利用することで、その量をコントロールする役割を果たす。セロトニン・トランスポーターを多く持っていれば、「幸せホルモン」を安定して分泌できることから幸福を感じやすくなる。一方で、少ししか持っていなければ、「幸せホルモン」が不足したときに不安を感じやすくなってしまう。

 私はこの蛋白質を「喜びの運び屋」と呼んでいるが、これをどれくらい持っているかは人によって異なり、その量は概ねセロトニン・トランスポーター遺伝子によって決められている。この遺伝子にはL型とS型の2種類があり、L型の遺伝子はS型の遺伝子よりも多くの「喜びの運び屋」を生みだす。だから、L型の遺伝子をもつ人は幸福を感じやすく、S型の遺伝子をもつ人は不安を感じやすい。

 遺伝子は父親と母親から1つずつ、合わせて2つをもらってくるから、人によってL型を2本持つLL型、S型を2本持つSS型、そして、L型とS型を1本ずつ持つSL型に分類される。もっとも幸福を感じやすいのはL型を2本持つ場合で、最も不安を感じやすいのはL型を1本も持たずS型だけを2本持っている場合だ。したがって、人種や民族、国民ごとにL型の遺伝子を平均で何本もっているかを調べれば、それぞれの幸福、あるいは不安の感じやすさを予測できるというわけだ。

 2008年に発表された調査によると、日本人でS型の遺伝子を持ち(1本あるいは2本ともS型)ネガティブになりやすい人の割合は80%を超えており、調査対象となった29か国のなかで1位だ。45%に満たないアメリカやヨーロッパと比較すると日本人の遺伝子のネガティブぶりは際立っている。では、なぜ日本人には不安の感じやすさに関わる遺伝子を持つ人がこれほど多いのだろうか。テレビにも頻繁に出演しているある脳科学者は、「日本の災害の多さが遺伝子のタイプに淘汰圧を加えた」と主張している。


◎ 日本人が不安を感じやすいのは災害のせい?

 「災害大国である日本では、自然淘汰の結果、不安を感じやすい傾向をもつ者が生き残ってきた」とする主張は一般の人気が高い。たしかに、日本くらい大きな自然災害に繰り返し見舞われる国は世界でも他に例を見ない。日本は世界の総陸地面積の400分の1という小さな国土しかもたない。ところが、全世界で発生したマグニチュード6以上の地震のうち20%が、そんな小さな国の周辺に集中している。6月18日朝の通勤時間帯に発生した大阪府北部地震はパニックをもたらした。2016年4月に起きた熊本地震による被害額は約4兆円。2011年3月の東日本大震災ではじつに約17兆円もの被害がでた(原発処理によって更に膨らむ可能性が高い)。1995年1月の阪神・淡路大震災による被害額も約10兆円だ。その他にも、日本では毎年のように台風による被害も多発している。日本に住んでいる以上、いつ何時自然災害によってすべてを一瞬にして失うかもしれないというリスクが付きまとう。これらの事実から、災害の多さが日本人の神経質で、ことさら不安を感じやすい気質の人だけが生き延びてきたと主張する説は筋が通っているように思われる。

 しかし、自分たちが暮らす国の自然環境を悪い面からだけ眺めるのは適当ではない。不安になりやすい国民性ゆえに、悪いことが気になってしまうのかもしれないが、トータルで評価した場合、日本の自然環境は世界に類を見ないくらいに恵まれたものだ。化学肥料や農薬などの農業技術が発達する以前でさえ、日本の農業生産性は、ヨーロッパよりもはるかに高かった。農業に適した土と豊富な水に恵まれていたおかげで一定面積の耕地から収穫される作物の生産量や品質が高かった。また、全国多くの地域で川や森、そして海の幸にも恵まれていた。日本人は農耕を開始して以来、極めて豊かな自然の恵みに支えられて暮らしてきた。産業革命以前は、人口密度がその土地の自然環境の豊かさを比べるバロメーターだった。18世紀以前も、日本の人口密度はヨーロッパよりも格段に高かった。たしかに災害も多いが、日本はより多くの人が豊かに暮らしていけるだけの自然環境に恵まれている。では、逆転の発想で、「豊かな自然の恵みが人を不安にさせる」という仮説は成り立たないだろうか。


◎ ネガティブ感情は自然の恵みと文化によって育まれた

 先ほど、不安になりやすいS型の遺伝子を持つ人の割合は日本人では80%を超えて世界一だと紹介したが、南アフリカでは27%に満たず、欧米の45%よりもさらに低い。さらに注意しなければならないのは、アジア各国では、70%以上の人がS型の遺伝子を保有しており、日本の数字は1位ではあるものの、アジアのなかでは際立ったものではなく、アジア系の民族は、遺伝子のタイプからみると軒並み不安を感じやすいということだ。黒人がもっとも不安とは縁遠く、次いで白人が不安をあまり感じない。そして、アジア系はもっとも不安を感じやすい。この傾向は、人類発祥の地アフリカから遠く離れるほど、幸福を感じにくく、不安を感じやすくなっていく傾向があると言いかえることができる。

 私たちの祖先は数万年前にアフリカのサバンナを出立し、より豊かな生活環境を求めて地球の隅々にまで広がっていった。そして、1万年あるいは数千年前には、農耕や牧畜を開始した。それまでの狩猟採集生活とはまったく異なる暮らし方への変化は、遺伝子にも影響を及ぼした。それまでの人類も、群れでしか生きられなかった。しかし、自分が生活を共にする仲間のことが気に入らなければ、別の群れに移ることもできたようだ。ところが農耕生活や遊牧生活をするようになって群れていることの必要性がいっそう増して、狩猟採集生活では許されていた気まぐれがほとんど許されなくなった。遊牧民族よりも農耕民族のほうが不安の感じかたが強いのは、農耕民族では不安が生き残るためにより役に立ったからだと考えられる。

 着の身着のままで食料を探す生活が、集団で所有する耕地や家畜といった生産財によって食料を作る生活になると、今いる集団から離れて生きていくことが難しくなった。自分独自の考えで勝手なことをすることへの不安や、新天地を求めて冒険することへの不安は、生き残りのためにとても役に立つようになった。自然淘汰の結果、農耕や遊牧を始めたヨーロッパや中央アジアでは、不安を感じやすい遺伝子を持つ者が子孫を残せるチャンスが拡大した。さらに恵み豊かな土地を見つけたアジア人は、農耕に専念することで、より多くネガティブ遺伝子を持つようになった。自然選択は、未来を楽観してチャレンジするものよりも、不安を感じて今までの集団に留まる者の生存確率をあげた。しかし、遺伝子の影響はマスメディアで人気を博する脳科学が言うほど大きなものではない。


◎ 世界一心配好きな民族性は失敗を許さない文化によって強化された

 今では「一生懸命」と表現されることが多いこの言葉は、もともとは「一所懸命」だった。武士が一か所の領地を命がけで守り、それを生活の頼りにして生きたことに由来する。そもそもこれは、ポジティブにチャレンジするよりも、今の土地に留まって現状を維持した方が得策だと考える農耕民族ならではの発想だ。余計なことは考えずにひたすら現状を維持するという文化的発想は260年の徳川幕府体制を通じて徹底的に強化された。農民は農民らしく画一的であることが美徳とされ、人と異なることを、独自性を主張することは不道徳だとして恐れられた。恥の文化は、やがて武士社会から一般社会全体に浸透し、失敗することを、チャレンジできないことよりも恐れる価値観を定着させた。

 農耕や牧畜の必要性から、群れることを重要視する遺伝子と文化が強化され、大胆な変化よりも、コツコツと小さな改善を積み重ねていくことを重要視する民族性が確立されていった。集団の結束を維持強化するために、掟(おきて)などの社会倫理を生みだし、集団の結束を乱だそうとする者たちを脅した。江戸時代になるまでの日本には、戦国大名や堺の商人、東南アジアにまで勇名をはせた傭兵たち、失敗を恐れないチャレンジャーが多くいた。しかし、武家諸法度や融通の利かない士農工商制度に代表される、江戸幕府の徹底した政策によって日本人のチャレンジ精神は徹底的に封じ込められた。明治維新によって徳川幕府はなくなったが、「まずは失敗を避ける文化」は今なお健在だ。 

 原因が遺伝子であれ文化であれ、不安になりやすいことは現代社会においてはデメリットが大きい。とくに、未来のことを考えると不安になる、不確定なことは極力避けるといった姿勢はとても危険だ。国の債務残高は1000兆円を超えているのに、日本の国際競争力は低下の一途をたどっている。日本でイノベーションが起こりにくい原因の第一は「不安を感じやすい国民性」だ。次回は、不安を克服する方法について書きたい。


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