「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」



東電旧経営陣への無罪判決があぶりだす大企業を蝕む不治の病


~大組織のトップに責任ある判断を求めることは無理なのか~

藤原 尚道

◎東電旧経営陣への判決が物語る日本の異常性 

 9月19日、福島第一原発事故の刑事責任を問う訴えに対し、東京地裁は当時の東電会長ら3人に無罪判決を言い渡した。朝日新聞は翌日の朝刊1面トップで「腑(ふ)に落ちない判決だ」と感情をあらわに批判した。この裁判が、家族だけでなく故郷まで失ってしまった人々の悲しみや怒りを背景に始まったことを考えれば、とんでもない大事故を起こした企業の経営者が刑事責任を問われないのはおかしいと考えることは私たちの感覚からすれば当然のことである。だから今回の無罪判決は庶民感情を逆なでされたと感じてしまう。しかし、責任の所在について、司法の判断と庶民の常識との間に接点を見つけることはできなかった。 

 裁判では「旧経営陣には巨大津波の発生を予測できたかどうか」が争点になった。しかし、東京地裁は旧経営陣には予見はできなかったと判断した。当初検察も、同様の理由から不起訴にしたことを併せて考えてみると、司法の場で大組織の経営陣に個人的な刑事責任を問うことが如何に難しいかが うかがい知れる。そのことを裏付ける事例は枚挙にいとまがない。2001年に死者11名を出す惨事になった明石市歩道橋事件では、警備に最終責任を持つはずの明石警察署の署長・副署長は免訴となった。また、2005年に107名もの死者を出す大惨事となったJR福知山線脱線事故では、JR西日本の歴代社長3名の無罪が確定した。 

 このような大惨事の原因を作ってしまったのが、従業員が数十人の中小企業であったら、その経営トップが不起訴や無罪となることはありえないだろう。しかし、大組織のトップが刑事罰を受けることは少ない。そこには、組織が大きくなるほど責任がトップに及びにくいという奇妙な現象が存在する。では、大組織のトップの無責任が許される理由は何だろう。


◎経営トップの無責任が無罪になる本当の理由

 今回の裁判のなかで3人の東電旧経営陣がどのような証言をしたのかを見てみると、彼らの無責任さが鮮明に浮かび上がってくる。私たちのイメージでは、「組織のトップに立つ」ということは「組織のなかで起こった不始末の責任を最終的に引き受ける」こととイコールだ。ところが、東電の元会長は驚くべきことに、「責任は原子力部門にある」と証言した。では、原子力部門を統括していた2人の副社長が責任を認めたかというと、そうでもない。元副社長たちは「部長たちが統括している」と言って自分たちには責任はなかったと主張したのだ。責任はただ下へ下へと押し付けられるだけだった。そして、裁判所は彼らの無責任な言い訳を認めたのである。 

 何とも私たちには理解し難い話である。朝日新聞が怒りを爆発させるのも無理のない話かもしれない。しかし、感情的に反応するだけでは問題は何も解決しない。そして、問題の深層も何一つ見えてこない。「この判決は間違っている!」と声を荒げるばかりでは意味がない。なぜこのようなことが起こるのか。奇妙な現象の背景を掘り下げていくと、更に信じがたい事実が見えてくることがある。今回見えてきたのは日本の組織文化の特異性だ。そもそも日本の多くの大企業には、トップが責任を持って経営判断できる体制が備わっていないのである。

 今回の裁判に限らず、明石市歩道橋事件やJR福知山線脱線事故でも、とんでもない惨事の刑事責任をトップに問うことができなかった最大の原因は、彼らが裸の王様であったからだ。日本の多くの大組織では、裸の王様が、責任を負うにはあまりにも不十分な情報しか持たず、ただ権威だけをまとって君臨し、たいてい意味のない経営判断を行っている。そのような組織文化が大組織には顕著にみられるのだ。そして、検察も裁判所も、この公然の秘密に気づいている。


◎経営トップの無責任体質は日本の伝統芸能?

 日本では、無責任な組織運営は大組織のトップにとっての伝統になっている。実は、この無責任文化の歴史はとても古い。その起源を探ってみると、1931年の南満州鉄道爆破事件にたどり着く。関東軍が独断で強行した陰謀は、満州事変、日中戦争へと拡大し、最終的には第二次世界大戦によって3百万人を超える犠牲者を出し、日本国土の多くを灰燼に帰す結果を招くことになる。ところが、軍の暴走が始まってから14年間、軍のトップは誰一人責任をとらなかったのである。そればかりか、軍隊式の無責任体質を日本国中に拡散し定着させていったのである。

 軍隊式では、上意下達と絶対服従、つまり部下が型にはまることを基本原則とする。すべての人を同じ方向へ向かせるために異端を排除する組織運営法だ。ところが、そこに組織の土台を揺るがす恐るべき癌が発症することになる。軍隊式では考えるのは上司の仕事、部下は黙って命令に従えばいいという風潮が生まれてくる。当然部下は考えていること、思っていることがあっても、それを上司に伝えることは難しくなる。意見を言うことがあっても、その内容は忖度され、上司にとって耳障りな内容を排除したものになる。そうして現場からの情報はほとんど上には届かなくなり、届いたとしても精度の低いものになってしまう。異議を唱えるものに罰を与えたり排除する状況では、組織のなかにある多様な情報やアイデアを活用することが難しくなってしまう。

 軍隊式の副作用を整理すると、まず、組織のトップは常に情報不足の状態での判断を強いられることになる。また所属員の主体的で、賢く、情熱的な活動は影を潜め、組織のなかから活力が消える。上司の顔色を見るといった非生産的な活動に大量のエネルギーが消耗され、自主性や創造性は低下し、組織全体の変化への対応力が弱まってしまう。さらには、上司に意見を言わないという習慣が、上司を批判しないというおかしな道徳を生みだし、組織としての自浄作用は働かなくなるのだ。


◎ 「そんな話、社長の耳には入れられない」= 組織に緩慢な死をもたらす合言葉 

 「生きて虜囚の辱めを受けることなかれ」という戦陣訓を下級兵士に強要した軍のトップや士官たちは、極東国際軍事裁判で外国人に裁いてもらうまで、ほとんどだれも責任をとらなかった。一人ひとりが自分の頭で考え、その意見を発信する文化を失った組織では、構成員の主体性が失われるだけでなく、トップの責任感も劣化してしまうのだ。彼らには、自分たちの過ちのために国民や国家に甚大な迷惑をかけたという反省はほとんどなかった。ところが、そんな人々が戦後経済界の主要なポストを占めるようになった。そして、多くの組織で軍隊式が組織運営のイデオロギーとなった。

 その後も軍隊式の組織運営は連綿と受け継がれ、今日でも、多くの大組織では、自らの考えや主張を押し殺し、我慢競争を勝ち抜いてきた思考停止の裸の王様がトップに君臨している。首を怖れず、組織にとって本当に価値があると信じ、耳障りなことでも上司に報告するような人物はあっという間に首を飛ばされてしまう。生き残れるのは思考停止できた人だけ。そんな傾向が令和になった今日の日本にも根強く残っている。「企業戦士」という言葉は単なる比喩ではない。多くの組織は一般の従業員をまるで兵隊のように扱い、上からの指示だけに盲従するように求める。軍隊式による思考停止は今日でも人々に「社畜」とさげすまれるほどの働き方をさせるために大いに活用されている。

 しかし、異端を排し、部下に思考停止を求めることは、多様な変化への適応力を放棄することになるし、また、自らの戦略や方向性を見直すきっかけを放棄することにもなる。 

「経営判断の目的が不明瞭で、長期戦略が欠如した行き当たりばったりの企業経営」

「過去の成功体験へ固執し、前例がない場面でトライアル&エラー(試行錯誤)ができない企業運営」


「人を恐怖で支配し、何でも根性論で片付けようとする非科学的なマネジメント」

これらはすべて軍隊式の異端排除と思考停止から生み出された病気である。

 「そんな話、社長の耳には入れられない」そんなふうに思う従業員が一人増えるごとに、組織は多様性に抗い変化の時代を乗り切る術を失っていく。1歩ずつだが確実に滅亡へと近づいていくことになる。しかし、軍隊式の組織文化を不治の病だと決めつけ諦めていては、やがて日本の大企業の大半が緩慢な死を迎えることになるだろう。組織の文化を変えていくには大変な苦労が伴う。だが、生き残りたいのであれば、組織の中の多様な意見をくみ上げて活用する能力をもった人物がトップに立てるような仕組み、組織文化を作っていかなければならない。


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