「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」



コロナ・パンデミックの後に様変わりする世界の景色


~私たちはニューノーマルに適応していくしかない~

藤原 尚道



◎新型コロナ・パンデミックに出口は見えてきたのか

 2月27日に突如として打ち出された学校の臨時休業は、2カ月たっても解除の見通しが立たない。4月7日に発令された緊急事態宣言は、その後対象地域が日本全国に拡大され、5月6日の当初期限を前にしても、外出制限を求める声は大きくなるばかりだ。

 日本に先駆けて対応を迫られた欧州や米国などでは、厳しい移動制限や活動制限が義務付けられてから1カ月以上が経過した。ここにきてようやく感染者数や死亡者数の増加に歯止めがかかってきたことから、一部の国では出口戦略を探る動きも出てきている。

 しかし、「あとしばらく我慢すれば元の日常を取り戻せる」と考えるのは時期尚早だ。WHOや各国の医療責任者が主張するように、効果的なワクチンや治療薬ができるまで外出の制限などの措置を続けざるをえないというのが世界中の現実だ。

 ハーバード大学の専門家チームは3月14日、「パンデミック終息後に流行を再発させないためには、2022年まで外出制限や自粛などの規制措置を断続的に続ける必要がある」とする見解を科学誌『サイエンス』に発表した。また英政府の医療責任者は22日、同国は新型コロナウイルス感染拡大防止の社会的制限を、少なくとも2020年中は継続しなければならないとの見解を示した上で、生活が直ちに平時に戻ると予想するのは「完全に非現実的」だと述べた。日本の緊急事態宣言も、小池東京都知事が繰り返す「瀬戸際」という発言も、「1ヶ月くらい我慢すれば何とかなる」というニュアンスで発信されている。そして、1カ月だけの辛抱だと、多くの人が思っている。しかし、それは本当だろうか。


◎コロナ恐慌で縮小が長期化する世界

 4月14日、IMFは今年の世界経済の成長率がマイナス3.0%になるという予測を発表した。これが事実になればリーマンショックを超え、大恐慌以来の深刻な事態である。日本については、マイナス5.2%と予測しているが、この数字は多くの人にとって、もはや納得せざるをえないものである。3月に日本を訪れた外国人旅行者数が前年同月比93%も減少し、4月前半の百貨店の売上高も同じく65%減だというから、マイナス成長は当然だ。

 IMFは来年以降の景気は回復すると予想している。しかし、この数字には「標準のシナリオ」というタイトルが付けられており、驚くべきは「最悪シナリオ」の方だ。IMFは、もし今回のパンデミックが夏を過ぎても収束せず、来年にも流行の第2波が起こるようなケースを仮定した予測も公表している。「最悪シナリオ」が現実化した場合、2024年までの5年間にわたって世界経済はマイナス成長が続くというのである。これはまさにコロナ恐慌、90年前の世界大恐慌にも匹敵する最悪の事態である。

 これからあと何年間も外出が制限され続ける世界など恐ろしくて考えたくもないが、万が一にもIMFの「最悪シナリオ」が本当になれば、仕事帰りに居酒屋で一杯飲んで帰ることや、好きな時に好きなところへ旅行するといったことができなくなるだけではすまない。安倍首相やトランプ大統領が唱える経済のV字回復など夢物語となりそうだ。経済の縮小が長引けば、消費を復活させる基となる雇用や所得が大きく棄損されてしまうからだ。企業活動が縮小し、失業者が町に溢れた状況では、パンデミックが終息したあとも長期間、消費は低迷し続けるだろう。世界経済はいずれにしても今後数年間、超低空飛行を続けることになりそうだ。


◎世界は元の姿には戻らない

 資本主義の国を何年間も封鎖し続けることは現実的には難しい。仮に有効なワクチンや治療薬が開発されていなかったとしても、人々は自粛疲れによって、新型コロナウイルスに感染するするリスクを犯してでも経済活動を再開させることになるかもしれない。現に米国の一部の州ではそういった動きがみられるようになってきた。日本でも多くの人は今すぐにでもコロナ以前の生活を取り戻したいと願っている。感染拡大のペースが鈍化し始めると、国内でも経済活動の再開を望む声が大きくなってくるはずだ。外出制限を長期間にわたって強制し続けることは難しくなるだろう。

 しかし、もはやこの感染症が根絶されることも、消えてなくなることもない。パンデミックが終息した後も、世界は以前とはかなり違ったものになる可能性が高い。少なくとも今後数年の間は、人々の感情の中に新しい感染症への恐怖が深く根を下ろした状態が続くことから、旅行や外出などの消費は自然と手控えられることになる。そもそも世界中の人々の心の中に本能的な排他性(ナショナリズム)が高まることはまちがいない。そうすると各国で外国人への入国制限が解除されたとしても、ワクチン接種の義務付けなど様々なハードルが課されることになるだろう。パスポートを持っているだけで気軽に海外に行ける時代は一旦終わるかもしれない。

 世界全体で新しい感染症による死亡者数は20万人を超えた。 しかし、今回のパンデミックによって奪われたのは人々の命や健康だけではない。私たちがこれまで当たり前だと思ってきた制度や価値観のいくつかは、「常識」の座を奪われることになる。資本だけでなくビジネスマンの自由な移動を前提としたグローバルなサプライチェーンは大幅な見直しを迫られることになるだろう。

 しかし、すべての変化が悪いことばかりではない。今回の異常事態がもたらす変化のなかにも、良いこともあるはずだ。


◎混乱の中に見えてきた課題

 4月26日に放送された「サザエさん」で、磯野家がゴールデンウィークにお出かけの計画を立てたり、一家で動物園を訪れたりという展開に対し、「不謹慎だ」といった批判が寄せられているという。全国民が一丸となって「ステイ・ホーム」を実践しなければいけない時に、たとえアニメの中とはいえ勝手なことをされては困るというわけだ。江戸時代につくられた「五人組」という制度は歴史の中の話ではない。この制度はいまだに多くの日本人の思考・行動パターンの土台になっている。

 今回は、このムラ社会的な相互監視と同調圧力つまりは「五人組イズム」がうまく機能したのかもしれない。欧米と違い日本では、法的な強制力を伴った都市封鎖を行わなくも大多数の国民は外出自粛の要請に従った。小池東京都知事等が発するアジテーションが社会的な同調圧力を刺激し、それだけで人々の行動を変えたのである。一方で、これには大きな弊害もあるようだ。政府や自治体が出してくる対策の内容について、一向に科学的な議論が進まない。政府の感染症対策専門家会議からは、「接触機会8割削減」といったスローガンは出てくるが、その根拠となるデータや前提条件などの数字はほとんど示されていない。その最大の原因は、「五人組イズム」があまりに社会に深く浸透しすぎているからだ。

 この大衆の恐怖心を煽って画一的な行動を強いる仕組みは、私たちの心の中から「なぜ?」という自然な疑問を奪い去る。私たちは考え方や好奇心にまで同調圧力をかけられている。その結果、今回のパンデミックのように、過去の経験や知識だけでは対処できない不確実な状況に対処する時に、最も大切なデータをより多くの科学者の目を通して様々な角度から解析し、多様なエビデンス(証拠)を積重ねながら最善の方策を探っていくということができない。その結果、具体的な数値目標を伴って検査体制などのプランを提示できない。「五人組イズム」は以前から日本の組織の硬直性、つまり「失われた30年」の大きな原因の一つだと考えられてきたが、今回は危機対応が後手に回る原因となっている。


◎トンネルを抜けた先に見える希望

 ここまで新しい感染症がもたらす負の影響について書いてきたが、中にはありがたいニュースもいくつかある。例えば、2月以降中国上空で二酸化窒素の含有量が大幅に減少し始め、4月に入るとロサンゼルスのスモッグは消えた。今では世界中の大気がきれいになっているそうだ。WHOによると、世界人口の90%が、大気中に汚染物質が多く含まれた環境で生活していることに起因して、毎年世界で1000万人以上が亡くなっているという。今回のような二酸化窒素含有量の急激な減少は観測史上初めてのことらしいが、おそらく今年は100万人単位、少なくとも数十万人の命が救われることになるらしい。

 私は決して、「数百万人の命を救うためなら数十万人を犠牲にしてもかまわない」と主張しているのではない。どんなに厳しい状況にも、たいていポジティブな一面がある。「禍福は糾(あざな)える縄の如し」、人生において不幸と幸福は交互にやってくるものだと考えられているが、そればかりではない。とんだ災難に見舞われたからこそ見えてくる明るい希望もある。2000年代に入って「日本の最重要課題」と言われながら一向に進展しなかった働き方改革が今後は一気に進展しそうだ。

 今後の失業問題などを考えると危機的な状況だ。しかし、今回のパンデミックは硬直していた日本社会に変化をもたらすきっかけになるはずだ。今回のパンデミックは日本企業の暗部に強烈なスポットライトを当てた。無駄な会議や不必要な手続き、そしてオンライン化の遅れなどが白日のもとにさらされることになった。そもそも考えてみれば多くの人にとって、これまでの働き方はそれほど良いものではなかった。「昔からそうだった」という理由だけで、実は意味のない労働習慣に辟易としていた。しかし、リモートワークの推進が強制されたために、これまで遅れていたデジタル化やペーパーレス化(脱ハンコ文化)が待ったなしの状況になってきた。併せて通年採用や副業の解禁など、延々と先送りされてきた働き方の構造改革が一気に進みそうだ。

 パンデミックの後に私たちの社会は様変わりする。これまでなかなか受け入れられなかったマネジメントの手法や働き方がニューノーマルに変わるだろう。前例よりも実態に即した意思決定、労働時間よりも労働効率を重視する働き方、そして経験や勘よりもエビデンスに基づいた判断が当たり前に求められるようになる。新型コロナウイルスによって日本社会にもたらされる変化はとても大きなものになりそうだ。私たちが支払う代償はとてつもなく大きいが、もはやこれをチャンスだと考えるしかない。


   
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