「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

誰が北朝鮮の核開発に力を与えているのか?



人間の恐怖心が生み出す2つの価値



過激さを増す北朝鮮に国際社会の恐怖のボルテージが上がる

 アメリカ独立記念日の7月4日、北朝鮮は新型ミサイル「火星14」の発射実験を行なった。朝鮮中央テレビは、「ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射に成功した」と宣言し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、米独立記念日にICBMが発射されたことで、「(アメリカは)われわれからの“贈り物”を非常に不快に思っただろうが、今後も大小の贈り物を頻繁に贈ろう」と述べ、ミサイル発射を継続する意思を示した。

 これら一連の出来事を新聞やテレビは「北朝鮮の狂気」として描き出し、「何をしでかすかわからない北朝鮮の恐ろしさ」をやたらと強調している。その結果、北朝鮮は「常識」を知らず、理不尽なやり方で世界に不安をまき散らす悪魔のような存在だという世論ができあがっている。

 日本人の北朝鮮への嫌悪感は伝統的なもので、1990年代以降に行われた世論調査で、同国に好感を持つ人が0.1%を超えたことは稀だ。アメリカでは1990年代まで、北朝鮮という国が地球に存在していることすらほとんどの国民に知られていなかった。ところが、2002年に当時のブッシュ大統領が北朝鮮を悪の枢軸の一つとして名指しして以降、世論調査のランキングに入るようになり、昨年は「最も嫌いな国ランキング」で、イランを抜いて1位になった。昨年1位の座を北朝鮮に奪われたイランも、以前は一般のアメリカ人にとってほとんど認識すらされていない国だったが、核兵器開発疑惑の報道によってランク外から一気に1位の座を獲得していた。 



怖がる子供たちの悲鳴をエネルギーに変える『モンスターズ・インク』

 北朝鮮が「核兵器」への恐怖をテコにして国家の知名度を上げる様子は、2001年にヒットしたアニメ映画、『モンスターズ・インク』を連想させる。この物語は、人間の子供たちを怖がらせることで悲鳴を収集し、これをエネルギーに変換してモンスターの世界へ供給する「モンスターズ・インク」という怪物の世界のエネルギー企業を舞台として展開する。モンスターの世界では子供たちの恐怖をエネルギー源にして車が走り、明かりが灯り、工場が稼働している。ところが、「恐怖」が「力」となるのはアニメ映画の世界だけではない。現実の社会も同様に「恐怖」によって構成されている。

 報道の通り、北朝鮮がすでにICBMを保有しているとなると、それを恐れることは理に適っている。かつて、北朝鮮のミサイルの射程はソウル、北京、東京をとらえる程度だったが、ICBMの話が現実なら、今や米国西海岸のみならず、ヨーロッパ東部やオーストラリアまでが攻撃可能だということになる。しかも弾頭に核兵器を搭載できるとなれば、恐怖が増すのは当然だ。北朝鮮は国際社会の恐怖をエネルギーに変換している。金正恩はこの力によって国家体制の維持を狙っている。核ミサイルを保有することで、自国にとって都合のいい世界の均衡をつくりだそうとしている。北朝鮮は国際社会の恐怖から大きな力を得ている。

 恐怖は現代の人間社会において非常に重要な意味をもつ2つの価値を生み出す。その1つは世界秩序のバランスだ。


核保有以上の安全保障は存在しない

 現在、米国、ロシア、イギリス、フランス、中国の五大国のほか、インド、パキスタンが核保有を表明し、イスラエルも核保有国であると考えられている。これらの国は「核クラブ」と称されている。国際社会では核を保有することで政治的敬意が急上昇する。核を持たない国は核を持った国と戦争をしたくないことから、非核保有国に比べて格段に高い交渉力を有することになる。また、「核クラブ」のメンバーの間では、平和条約も相互不可侵条約も必要ない。なぜなら、核戦争が起きれば、どちらの側も勝利することはないという単純な恐怖から、もし、核を保有する国と戦争をして勝利したとしても、自分の国に一発でも核兵器を打ち込まれればそれは現実的には勝利とは程遠いものになってしまうから、核を持った国であっても「核クラブ」に名を連ねる国を本気で攻撃することはできない。これが現在の国際社会のバランスを保っている基本システムだ。


 冷戦から年月が経ち、世界の調和は、脅し合いや騙し合いではなく、和平や協調を中心に据えて話し合いで仲良しムードのなかでつくり上げられるものであるかのように思われている。しかし、現実には核兵器が、唯一最高のバランス装置であり安全保障である。だから、北朝鮮が核保有国になろうとする意思は理にかなっている。北朝鮮には核開発を諦める気など最初から毛頭ない。北朝鮮が核・ミサイル開発に執着する理由は、戦争に勝利するためではない。それによって、大国が北朝鮮を攻撃する意欲を削ぐためだ。

 社会や政治は『モンスターズ・インク』の世界とたいして変わらない。子供の悲鳴が飛行機を飛ばす燃料になるわけではないが、恐怖は人にルールを守らせ、真面目に仕事をさせる。宗教は昔から「悪いことをすると地獄に堕ちるぞ」といって人々を脅し民衆に規範や規律を守らせようとしたし、企業なら懲戒や減給、そして免職をちらつかせて従業員を従わせようとする。同じように、大国は核兵器というこの上ない恐怖を背後にちらつかせて、諸外国からの攻撃を思いとどまらせ、さらに自分たちに従わせようとする。どれも恐怖をエネルギー源とするシステムだ。

 「核クラブ」の顔役である五大国が自分の核を廃絶する気など毛頭ないのに、「核拡散をやめよう」と拡散防止条約や国際原子力委員会をつくり偽善を説く理由も明白だ。それは北朝鮮やイランのような弱い国の国際的地位を向上させたくないからだ。国連が唱えているような政治的平等主義は崇高な道徳であるかのように思われているが、この平等は、「核クラブ」の国々にしか当てはまらない。だから、既に核兵器によって一段高い政治的敬意を獲得している国々は、対等の力をもつ国が増えることを嫌う。どんな方法を用いてもそれを阻止しようとする。核開発疑惑をもたれたイラクやリビアなどは、すべて米国に壊滅的なダメージを与えられ国家が崩壊した。


恐怖は経済価値も生み出す

 恐怖が生み出すもう1つの重要な価値は経済的な利益だ。各国で恐怖が喧伝されるほどに、それで利益を得るのは視聴率で稼ぐマスコミだけではない。国民の恐怖を背景に政治家は軍事予算を拡大しようとするだろうし、兵器メーカーは高額な武器を売り付けようとする。恐怖に対処するために、毎年世界中で200兆円を超える予算が消費されている。

 日本でも、北朝鮮を恐れる世論が盛り上がり、もっと警戒しようというムードが高まることで、ミサイル迎撃システムの配備だけに数千億円の予算が投じられることが当然のことと正当化されている。また、憲法改正論議の後ろ盾となり、日本の再軍備化に正当性を与えている。これは軍事メーカーや関連産業、さらに右翼陣営にとってはとてもありがたい話だ。それは世界中で軍備拡充への動きと直結し、更なる恐怖を煽る悪循環が出来上がる。恐怖が生み出す経済価値は国民の税金によって負担され、ごく一部の人によってその利益は独占されている。


勝手に「核クラブ」に入会してしまった北朝鮮

 北朝鮮は5月29日付の労働新聞で「民族の未来と惑星の平和を保証する最高の安全装置である我々の核抑止力は日増しに強化されている」と論じた。これは金正恩の本音だろう。同国が国際社会の反発や経済制裁にもかかわらず、核・ミサイル開発を継続する本当の狙いは、単に国際社会の脅威を高めて国威を発揚することでも、米国との戦争に勝利することでもない。他に代えがたい北朝鮮の願望は、米国を攻撃できる核ミサイルをただ保有することだ。北朝鮮にとって核保有国の立場を確立することは、国家及び現体制を維持するための絶対条件なのだ。

 今年5月後半からは米国が、カール・ビンソンとロナルド・レーガン、2隻の原子力空母を日本海に派遣したときには、いよいよこれで北朝鮮も終わりかと考える人が多くいた。その直前の4月7日にトランプ大統領の命令によって、巡航ミサイル「トマホーク」がシリア軍の空軍基地に撃ち込まれたのと同じようなことが北朝鮮にも起こると多くの人が想像し、報道各社も盛んにそれをはやし立てた。

 しかし、金正恩は自国が危機的事態に陥ったとはほとんど考えなかっただろう。金正恩はトランプ大統領が狂人だとは考えていなかったからだ。トランプ大統領の考え方がこれまでの歴代大統領とは違ったタイプの人物であっても、トランプ大統領に判断能力が欠如しているとは考えなかったからだ。たとえアメリカが北朝鮮本土に数百発のトマホークを打ち込んだとしても、万が一にも北朝鮮が核弾頭を搭載したICBMを発射し、それがアメリカ本土に到達するという事態は決して起こってはならないからだ。

 核を持たない国が核保有国と対等な交渉をすることは難しい。核を持たない国を誰も恐れない。しかし、北朝鮮は、国際社会が恐れ手をこまねいている間に核を保有し、それをアメリカまで運ぶミサイル技術も持つようになった。アメリカは既に北朝鮮が「核クラブ」のメンバーであることを事実上認めている。兵器メーカーの収益見込みは向上し、北朝鮮の安全保障は強力なものになった。


人間は平和だけを愛するようにだけデザインされているわけではない

 『モンスターズ・インク』の世界では、ゲームや映画の影響から子供の多くがモンスターを怖がらなくなり、会社の業績は悪化、モンスター社会のエネルギー不足も深刻になってしまう。業績が悪化した「モンスターズ・インク」の社長は会社を救うために、子供を人間の世界から誘拐して「恐怖」を効率よく大量生産する陰謀を企てるが失敗する。代わって社長となったモンスターは、子供の笑い声がより強力なエネルギー源になることに気づいて、会社の経営方針を「子供を怖がらせる」ことから「子供を笑わせる」ことに一変させる。そして会社の業績は回復する。

 しかし、われわれ人間の社会では、平和や協調を重んじる考え方が次第に浸透しているにもかかわらず、結局は恐怖でしかバランスを取ることができていない。いまだ世界には信頼関係や相互尊重の精神に基づいた抑制と均衡は作り出されていない。グローバル化も大いに進んだようにも思えるが、各宗教間や民族間、国家間の相互尊重や信頼関係の構築といった面で、人々が互いに理解し合い、お互いに尊重し合えるバランスを築くには、世界はあまりに大きすぎ、多様すぎ、そして人間は臆病すぎるし自分勝手すぎる。

 核のない世界、戦争のない世界が実現することは人類誰にとっても願うところだろうが、人間はそのような世界を実現できるようには進化していない。理想を掲げ続けることももちろん重要だし、それがなければ人類の進歩は止まってしまう。しかし一足飛びにそこにたどり着けると思うのは、所詮はおとぎ話の世界の夢物語だ。日本は、たまたま偶然に直接的な戦争や紛争に巻き込まれていない現在の状況においては、憲法9条を大切にすることが平和と安全を担保する有効な方策だと考えていられるだろうが、現状がいつまでも続くと考えるのは夢物語でしかない。

 人間は心から平和を愛すが、それ以上に自分自身の利益を心から愛している。人間は分かち合いに喜びを感じるのと同じように、他人を差し置いても自分の利益を優先するようにデザインされている。だから、現実の世界が、人見知りの激しい狩猟採集民の部族社会とたいして違わなかったり、力の原理に基づいた独り占めがある程度まで許されるチンパンジーの群れ社会とバツが悪いほど似ていたりしても、実は何の不思議もない。

 人間が動物である以上、その基本は利己主義だし、人間の脳が哺乳類のものである以上、さまざまな感情のうち「恐怖」により強く反応するセッティングは変更できない。「恐怖」がわれわれの感情の主役の座を占めている限り、平和や協調を基本とした国際社会をつくることは難しい。


「恐怖」を抑制することはできなくでも、「恐怖」の悪影響をやわらげることはできる

 人間はあまりにも恐怖に翻弄されやすく、それによってやすやすと相手に力を与えてしまう基本的な性質をもっている。前述したモンスターたちは笑顔を基本的なエネルギーにして世の中を築くことに成功したが、人間がそんな世界をつくれるのはまだ当面先のことになりそうだ。しかし、だからと言って人間に打つ手がないわけではない。

 まずは、自分がたいていの場合必要以上に物事を恐れてしまうという事実を知ることだ。そうすれば、人々が無条件に恐れることが世界の軍備拡大を加速させるというメカニズムを逆手に取り、戦争のリスクが増すことに歯止めをかけられる。恐怖が軍備拡大のエネルギーであるなら、燃料供給を増やさないことが、軍縮や核廃絶に向けた最も大きな一歩になるはずだ。自分が恐れていることの理由や仕組みが分かれば、理性が恐怖に支配される回数が少しでも減る。

 政治家にリーダーシップを期待するには無理がある。彼らの第一の目的は選挙に当選することであって、未来を正しく語ることではない。マスコミに正しい報道を期待するのも間違いだ。彼らの第一の目的は注目を浴びることであって、正しいことを正確に伝えることではない。

 ただ恐れ、北朝鮮を批判しているだけでは、テレビの視聴率アップに貢献し、軍事費拡大を正当化し、右傾化に協力し、北朝鮮の安全保障に力を与え、結局は自分たちを更に大きなリスクにさらすことになるだけだ。難しいことではあるが、一人ひとりがバランスの取れた情報を見つける能力を高め、自分自身の感じ方を理解する努力を続けていく以外に、平和を実現する道はない。


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