「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

「窮すれば通ず」働き方改革をチャンスに変える法


~ 企業の二極化が加速する時代、働き方改革に潰されないために ~

藤原 尚道

 新年明けましておめでとうございます。今年2019年は日本にとって大きな変化の年になりそうです。天皇の御譲位によって元号が改められますし、また、働き方改革関連諸法が施行されることで、多くの企業が変化への対応に苦しむことになるでしょう。しかし、一部の企業は変化の本質をとらえて大きな飛躍を遂げるはずです。2019年第1回目の連載は「窮すれば通ず」と題して、平成の30年間を振り返りながら、働き方改革を企業が大躍進を遂げるチャンスに変える方法をご紹介します。


◎ 平成の時代は日本が経済的に負け続けた30年だった

 30年続いた平成の世も4月30日に今上天皇の生前譲位により終わる。天皇陛下は御在位中最後の誕生日を前にした会見で、即位から30年の日々を振り返られ「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています。」と述べられた。確かに、幾たびかの台風、集中豪雨、そして大地震などによって多くの人命が奪われたが、明治以降の4つの時代のなかで初めて日本が直接戦争を行わなかった時代であった。しかも、この30年間で日本の名目GDPは421兆円から557兆円と1.3倍になった。つまり、日本人が1年間に生みだす付加価値の合計が、平成元年から約30年の間に3割も多くなったということだ。

 国際比較のためにドルベースでみてみると、日本のGDPは平成に入ってから1.7倍になっている。一見すると、「失われた30年」と言われる割には頑張っているようにも思える。実はこの1.7倍という数字は主要先進7か国の中では最低の成績だ。平成元年に比べて先進主要7か国のドルベースでみた名目GDPは何倍になっているかを比較してみると次のようになる。


アメリカ 3.6倍

スペイン 3.5倍

ドイツ  3.2倍

カナダ  3.1倍

フランス 2.8倍

イタリア 2.2倍

日本   1.7倍



国民の不満が爆発して過激なデモが相次いでいるフランスや、毎年1か月超のバカンスを楽しみ、仕事中も色恋のことばかり考えている人ばかりだとイメージされがちなイタリアのGDPも3倍には届かないが、日本の1.7倍と比べれば羨ましいような(トル)数字だ。こうして比較すれば日本の負けっぷりが一層際立つ。中国のGDPが29.2倍になっていることと比較することは野暮だからやめておくが、平成の30年間は日本が各国間で争われる経済成長の競争に敗れ続けた時代だった。

 日本人労働者一人ひとりは世界一優秀だと評判だ。このことはOECDの労働力調査などのデータによっても裏付けられている。ところが、「ジャパン・アズ・ナンバー1」と呼ばれてから30有余年、アメリカの8割程度にまで迫っていた労働生産性も、いまや6割程度にまで落ち込んでしまった。こんなことになってしまった本当の原因を突き止めないままでは、私たちは前には進んでいけない。


◎ わざと仕事の手を抜いで残業を作り出す人々

 アメリカ人労働者よりも優秀なはずの日本人労働者の多くは、表現は悪いが「手を抜いて」仕事をしている。OECDなどのデータを基にRPAマネジメント研究所で試算したところ、日本企業で働く人々は平均で潜在能力の50~60%しか発揮していない。このような現象が起こる原因は主に2つ考えられるが、まず1つ目は「なぜ多くの日本企業が残業時間の削減に苦労するのか」という問題の本当の理由を、当の従業員たちに本音を語ってもらうことで確認できる。

 私はかつて務めていた金融機関で労働組合の委員長を3年間ほど務めたことがある。その時期は金融不況で、会社側からは組合にコスト削減のために残業短縮の要請がきていた。組合の執行部が各支部(支店など)を回り、組合員たちの意見を聞いたところ、残業削減に反対する人々の本音が見えてきた。懇親会など酒の入った場所では特に顕著に彼らの本心を聞くことができたのだが、それは「残業代がもらえないと生活が苦しくなる」といった経済的な理由と、もう一つは「家に居場所がない」とか「家にいても退屈だから少しでも会社にいたい」といった個人的な理由だった。

 残業時間の削減に抵抗する人々の8割には、定時までに仕事を完了させようという気持ちがそもそも欠如している。本当にやむを得ない理由があって残業を減らせない人は、平均して2割ほどしかいない。ある経営者が実際に行った実験によると、あるホワイトカラーの職場で「残業代は一律に30時間分支払うが、今月は極力定時に退社するように」と指示したところ、8割の社員が残業なしでそれまで通りの業務を完了させることができた。なかには実際に過大な業務量を残業で補っている人もいたが、多くの人が残業を減らそうとしない本当の理由は「業務量が多すぎる」ということではなかった。つまり、多くの人は残業することを目的に、定時までの時間には手を抜いた適当な仕事をしているのである。


◎ 世界一優秀な労働者を半分遊ばせたままの企業が多い

 日本企業で働く人が能力を半分くらいしか発揮できない2つ目の理由は、組織の求める型に応じた自分を演じるために、本来持っている自分の可能性や創造性、情熱の一部を発揮させてもらえないというものだ。日本の多くの企業では「出る杭は打たれる」という言葉が好んで使われ、従業員全員が画一的に同じように仕事をすることを重んじ、個性や独自性は軽視されている。そして、メンバーが反対意見や新しいアイデアを出し合うことができない雰囲気がただよっている。つまり、日本の組織の多くは明治から昭和にかけての産業化の時代に、役に立った過去のやり方にこだわり続け、環境に適応して変化することを嫌う。そして、そんな組織で働く人々は「本来の自分ではない理想的な組織人」を演じるために膨大なエネルギーを消耗し、より大きな付加価値を生みだすために力を発揮することができない。

 これら2つの現象は、日本人の労働生産性がその能力から期待されるよりはるかに低い理由を説明している。8割の人々には生産性を上げていこうという意思をそもそも失ってしまっている。言いかえれば、一定の時間により多くの付加価値を生み出そうという気持ちをもてずに働いているということだ。世界一優秀だと評判の労働力を抱える日本が平成の30年間負け続けた原因はここにある。

 今でも「ヤル気になればどんなことでもできる」といった根性論の人気は高いが、そもそも「どうすれば人はやる気になるのか」という人の心の仕組みについて、多くの管理職は驚くほど無知だ。「従業員が会社のためを思い、能力を出し切って働く」ということは当たり前のことのように思えるが、規則や金銭的なインセンティブしか頼るもののない管理職が、それを実現させることは不可能だ。私たちは働く人たちの感情を味方につけ、彼らに「この組織の繁栄のために全力を尽くしたい」と心底思ってもらうための手段を本気になって探っていかなければならない。


 お金のためだけに働く人たちには、懸命になって会社に忠誠を尽くす理由がない

 世界的な研究によっても、国内の調査によっても、成長力を失わず長く繁栄を続けている企業に共通する第一の特徴として、「従業員がその企業で働くことに誇りを感じている」ことが挙げられている。人間は自分が所属している組織のファンになれば、仲間のために全力を尽くそうとするように遺伝子によってプログラムされている。人は愛するチームのためなら喜んで自分を犠牲にすることさえある、そもそも人は忠誠を尽くすことができるような組織に属して、そこで精一杯活躍することを本能的に願っている。企業が成功するための最短ルートは、そこで働く一人でも多くの人に誇りだと感じてもらえるようにすることだ。

 手を抜いた仕事をする人があまりにも多いことが残業ゼロ社会実現への大きな障害であることは間違いないが、それよりも、何ら付加価値を生みださない過去のしがらみや、人の心の仕組みを知らない管理職に型にはめられることによって人々が活力を浪費させられ、存分に能力を発揮していないことが企業にとって大きな損失につながっている。マニュアル通りに正確な仕事をしていれば成果をあげられる時代ではなくなった。常にすべての人が情熱的に知恵を出し合い、積極的にチャレンジすることができる組織でなければ成功できない時代になった。しかし、中途半端な気持ちで働いている人にそんな取り組みが期待できるだろうか。さらに、従業員にとっても、働くことで自己実現したり成長したり、また、かけがえのない人間関係を手に入れたりすることができる「誇らしい組織」のために全力を尽くすという喜びを感じる機会までをも台無しにしてしまっている。


◎ 働き方改革は企業が成長力を目覚めさせて大躍進を遂げるチャンス

 管理職が人の心の仕組みに無知であることの代償はとてつもなく大きい。売れる商品を作り出し、顧客に支持されるサービスを提供するために超えなければならないハードルが年々高くなっている。すべての人が情熱と知恵を出し合わなければ勝てない時代になった。すべての従業員にヤル気を発揮、つまり全力を出しきり、一人ひとりが知恵を絞り、会社のために尽くしたいと思ってもらえないようでは、その企業はゆっくりと死に近づいていくしかない。長い停滞を脱して企業が付加価値を生みだす力を増大させていくために、本当に必要なのは従業員の組織への感情を改革することだ。

 これまで多くの企業が残業など働き方の制度を定め、ルールを守るよう従業員に命じることや、ボーナスなどの報酬をちらつかせて改革を実現しようとしてきたが、実際のところ人の仕事への思いを制度やお金によって根本的に変えることはできない。制度の改革やルールを徹底することで働き方改革を実現させようと考え、従業員にヤル気を出すように命じたり脅したりするしか能のない企業は間違いなく失敗する。働き方改革をきっかけにして「心の時代」が幕を開ける。人々に今の職場で働くお金以外の意味を見つけてもらい、誇りに思ってもらえるような組織を築く為の考え方は、少し勉強するだけで学ぶことができるのに、そこに気づいている人は極めて少ない。従業員が働く意味を見つけられないような企業は時代に取り残されるが、誰もが手を付ける前に変革へ取り組めばとてつもなく大きなアドバンテージを手にすることができる。


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