「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」



9割の働き方改革が失敗に終わるわけ


~時短を「命じる」のは働き方改革を失敗に導く愚行です~

藤原 尚道

◎企業と従業員、両方を苦しめる働き方改革

 「働き方改革関連法」の第一弾が施行されて10カ月が過ぎた。ところが、対応が順調に進んでいるという話はなかなか聞こえてこない。ただでさえ人手不足が叫ばれる環境下で、今いる社員の残業を減らすというのは難しい。オフィスのパソコンをシャットダウンした後で、近所のスターバックスで仕事をしている社員たちも気の毒だが、混乱する状況の中でとりわけ頭を抱えているのは現場の管理職だろう。

 兎に角今どきの管理職は大変だ。ものすごいスピードでビジネスのツールや常識が変化し、やれコンプライアンスだ、やれシステム化だ、やれハラスメント対策だと、対処すべきことが毎年のように追加され続け、未解決の課題が年々積み増されている。そんな状況で、更に時短だ、働き方改革だと言われれば、管理職は悲鳴を上げるしかない。


◎そもそも働き方改革は日本にとっての最重要課題

 一方で、日本の労働生産性は先進国の中で最低だ。時間当たり労働生産性で見ると、じつに米国の65%でしかない。言いかえれば、平均的な日本の労働者が米国の平均的な労働者に近づくためには、これまで3時間かかってやってきた仕事量を、2時間で終わらせなければならないというわけだ。今日の日本において、企業が業績を拡大し、従業員が所得を増加させ、景気を良くしていくためにも、働き方改革、特に時短は喫緊の課題なのに、働き方改革への取り組みでは悲惨な結果が相次いでいる。

 16歳から65歳の成人を対象として、社会生活において成人に求められる能力の調査(OECD 国際成人力調査)によると、日本は堂々の第一位だ。日本人の能力は世界一だと喜びたいところだが、同じ時間働いても、日本人はアメリカ人の3分の2の付加価値しか生みだすことができていない。世界一の労働力をもってして、なぜ、これほど非効率なことになってしまうのか。色々と理由は考えられるが、私が第一に指摘したいのは、最近の日本式社会マネジメントに特有の、権力についての考え方である。労働力の浪費をやめ、日本人がもっている潜在能力を解き放たなければならない。


◎働き方は変えるように命じても決して変わらない

 いまだ日本には、部下は上司に命じられた通りに動くべきだと信じて疑わない管理職がたくさんいる。上意下達の軍隊方式さながらに、考えるのは管理職の仕事で、部下は命じられた通りに手足を動かしていればいいといった風潮さえ根強く残っている。そのように考える管理職を象徴するマネジメント・ツールが権力だ。ところが21世紀の世界のビジネスシーンでは、権力に頼った組織運営は、部下の仕事への情熱や創造性を著しく低下させてしまう最悪のものだと考えられている。理由は単純で、部下がヤル気を発揮し、知恵を存分に絞り出してくれないことには、生産性を上げることが難しくなってきているからだ。

 一人の人間が1日のうちに行うすべての仕事の中で、命令やマニュアルによって規定できることの割合は、今や半分ちょっとしかない。生産性を向上させるためには、部下たちに当事者意識をもって、賢く働いてもらうようにするしかないのだ。しかし、非民主的で部下の人格を無視したようなパワハラもどきのやり方でも、徹底してやり切れば短期的には成果が出ることもある。それを、会社が優秀な管理職だと勘違いし、より大きな権力を与えてしてしまうことさえある。働き方改革の大半が失敗する最大の理由がここにある。残念なことに、命じられることで自主的に働くようになった人や、より多様なアイデアをひねり出すようになった人を私は見たことがない。


◎働き方は目指すべき山の頂上ではない

 管理職だけでなく、経営者にも「働き方改革をどう推進すべきか」という仮説すら持ち合わせていない人が多い。ただ、自分の成功体験や経験則、そして時代遅れのセオリーにしがみついて権力行使型のマネジメントを続けているケースをよく目にする。しかし、権力で抑え込まれ、主体性を奪われた人たちが仕事への情熱を失っていくことを、多くの人が自分自身の経験から学んでいる。ところが、人の上に立つ人には何がしかの権力が与えられる。その時、鈍感な人や流されやすい人は、往々にして権力という時代錯誤のツールを乱用し、部下の潜在能力にふたをし続けている。

 一方で、共感能力に優れた人は、権力を行使することに抵抗を感じる。一般的に男性よりも他人を思いやる気持ちが強いと言われる女性が、日本では管理職になりたがらない傾向が強いのは、日本で管理職になれば権力の行使を当然のことと見なされる風潮も関係している。ところが欧米では女性の管理職が年々増加している。フィンランドでは昨年末に34歳の女性首相が誕生して話題となったが、国会議員の女性比率も年々高まっている。フィンランドでは議員の4割、英国でも3割が女性だ。OECD加盟36カ国の平均は約3割。日本はこれを大きく下回り、1割にも満たず最下位だ。要するに、日本社会には共感型の組織づくりの利点に気づかず、軍隊方式の強権管理を信奉する時代遅れの人々がいまだに多くはびこっているということだ。

 チームのパフォーマンスを向上させる取り組みにとって最も重要なのは、従業員が自主的に活躍したいと思えるような環境を整えることである。働き方改革に失敗する企業は時短などを目的としているが、働き方改革の成果は別の目的を達成したときに副産物として現れる現象だ。山登りに例えれば、働き方改革の成功は富士山の山頂ではなく、山頂に到達した時に見えてくる景色である。従業員が働きやすく活躍しやすい雰囲気づくりを目指し、それが達成された時、従業員たちの誠実な努力や多彩な創意工夫によってチームの生産性は飛躍的に向上する。権力しか頼るものがないマネジメントに未来はない。管理職が部下一人ひとりの主体性を尊重し、多様な裁量や権限を委ねていくことが働き方改革を成功させる唯一の方法である。


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