「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

あなたの職場にも連続殺人犯と
        同じ精神構造をもつ人が潜んでいる



~サイコパスは犯罪だけでなく社会の活力と成長を阻害する~


◎座間の連続殺人犯は特殊な脳の構造をもつサイコパス

 10月末に、小さなアパートの部屋から9人もの遺体が発見された事件は、一般の感覚や常識では理解不可能なものだ。被害者たちは、8月後半からのわずか70日ほどの間に連続して殺害されていた。これだけの凶悪犯罪を平然とやってのけられる者はサイコパスをおいて他にない。

 私たちには、罪もない人を騙して殺すことなど、たとえ強制されたとしても無理だ。「そのようなことをするのは間違っている!」と叫ぶ“心の声”を無視することなどとてもできないし、それを想像することさえ耐えきれない。しかし、逮捕された男はほぼ毎週のように人を殺害し、その遺体を積み重ねるように遺棄した部屋に、獲物となる女性たちを次々と誘い込んでいた。その異常さは、私たちの想像力の限界をはるかに超えている。サイコパスと呼ばれる人々は私たちとはまったく異なる精神構造を備えている。

 容疑者の人物像を描き出すためにマスコミには様々な“専門家”が登場する。彼らの解説のなかには、「理性の欠如によって衝動が抑えられなかった」という、あまりにも無邪気なものも含まれている。たしかに、この容疑者にまともな思考能力が備わっていなかったというのはもっともらしい話だが、私たちが想像することさえ難しい凶悪な犯行を、この容疑者がためらいも見せずにやってのけた理由を“理性”に求めていたのでは、サイコパスを理解することなど到底できない。


◎道徳は理性が生み出すというのは妄想、善悪は考えるものではなく感じるもの

 私たちが気に入らない上司を背後から包丁で刺したり、駅前ですれ違った女性のあとをつけていって押し倒したりしないのは、私たちの心の中に、非人道的な行為へのブレーキが備わっているからだ。この制御システムのことを、哲学者や道徳家たちは2000年以上も前から“理性”と呼んできた。「人間は理性的な生き物であり、理性を鍛えることで、合理的、かつ道徳的に振る舞わなければならない」と教えられてきた。

 たしかに“理性”は、人が危険で誤った方向へ突き進みそうになったときに、それを押しとどめるブレーキや、方向を修正するハンドルの働きをしているように見える。子供は母親から繰り返し「そんなことしちゃいけないってことは考えればわかるでしょ?」と諭されながら、社会のルールを学んでいく。しかし残念ながら、近年の科学研究によって、真に人を道徳的に振る舞わせ、正しい行いへと導くのは“理性”の論理的な判断のおかげだというのは妄想に過ぎないことが明らかになってきている。私たちが乱暴な行為をすることを躊躇し、たとえ見ず知らずの人であっても困っている人には援助の手を差しのべるのは、人間ご自慢の“理性”よりも、もっと原始的で本能反射的な制御システムによるものだった。言いかえれば、私たちは、善悪を考えているのではなく感じている。

 人がものごとの良し悪しについて考えるときの脳の様子をスキャンしてみると、わずか数十分の1秒という恐るべき速さで恐怖や快感、好き嫌いといった感情(嗜好)に反応する部位が活動し始めることがわかる。“理性”を担当していると言われてきた前頭前野が反応し始めるのは、それよりも15倍から30倍も時間が経ってからだ。おまけに、“理性”が“感情”の出したシグナルの方向を変えることはまずありえない。“感情”が「No」と反応すればたいてい“理性”も「No」だと言うし、“感情”が「Yes」と反応すればたいてい“理性”も「Yes」だと言う。つまり、ほとんどの場合、“理性”は感情の支配下にあり、“理性”がブレーキを掛けたりハンドルを切ったりしているように見えているが、“理性”は感情が決めた方針にただ従っているだけなのだ。“理性”はマニュアル操作でゆっくり“検討”することもできるが、直観的で素早い感情の反応を追認し、うまく言葉にして説明しているだけなのだ。

 私たちの脳の中には、オートマチックで瞬時に反応する超高性能な道徳判断マシンが組み込まれている。ビルの屋上の手すりにもたれて地上を見下ろすと勝手に足がすくむように、道徳マシンは不道徳な行いに対して自動的にブレーキをかけてくれる。自分が他人を傷つけたり、騙したり、裏切ったり、分不相応な振る舞いをしたり、誰かが傷ついたり、抑圧されているのを目撃したりすると、あるいはそれを想像しただけでも、ただちに全身にアラームを鳴り響かせるシステムだ。ところが、サイコパスの場合、道徳マシンそのものか、その配線が、私たちのものとは大きく異なっている。私たちの行動はほぼすべて、怖れを中心とした感情に支配されているが、サイコパスの感情はがらんどうなので、ブレーキなしで欲望の達成に向けて突っ走れる。


◎論理的に考える能力よりも普通の感情が欠けているサイコパス

 サイコパスの特徴を一言で表現すれば、「危険を避けようとする気持ちと、罪悪感や良心の呵責の欠如した人間」ということになる。標準的な人は病的なまでにリスクを嫌う。何千万年ものあいだずっと、トラやワシといった肉食獣のエサであった私たちの祖先は、身を守るために恐怖を発達させてきた。だから、恐怖を感じ、危険を避けようとする脳の働きが人間にとって根本的なシステムであり、私たちは通常、他の何ごとを差しおいてでも意識を恐怖へと向ける。ところがサイコパスはリスクを好む。

 サイコパスの脳では、快楽に関連する部位(側坐核など)が平均よりもはるかに発達していて、報酬を手にしたときのドーパミン分泌量は平均の4倍近い。一方で、恐怖センサーである扁桃体は通常より小ぶりで反応が鈍く、私たちを日ごろ悩ませる不安の多くを感じない。彼らには、怖れといった普通の感情が欠落していて、平気で嘘をつく。食料や金銭、セックスなどの物理的ニーズには強い欲求を示すが、家族や精神性などの社会的ニーズには無関心だ。サイコパスの脳では、報酬への期待が恐怖のメカニズムの反応を圧倒し、彼らは犠牲やリスクを気にせずに欲しいものを手に入れようとする。

 サイコパスは連続殺人などの凶悪犯罪によって話題になることが多く、ついつい彼らを暴力性と結びつけてしまいがちだ。しかし、サイコパスを定義するものは、「危険回避と罪悪感の欠如」であって、彼らに“理性”が欠如しているとは限らない。むしろ“理性的”な思考力に優れたサイコパスが多く存在する。合理的な判断は普通にできるのに、恐怖や他人の痛みに無頓着なら、情に流されることもなく、論理的で合理的な決断ができる。また、彼らは、冷静に他人の感情を“理解”できる。感じるのではなく、記号を読み取るように相手の感情を知覚し認識することができることから、自分の感情を偽るのも上手い(連続殺人犯は口の達者なスカウトマンだった)。だから彼らは、普通の人が縮み上がるような状況でも傲慢に、自分が目指す利益にとってもっとも合理的な手段で、自分の望むものを手に入れようとすることができる。



◎20世紀にサイコパスは大手を振って歩くようになった

 “理性”が欠如し、他人の痛みへの共感の欠如が暴力となってあらわれるタイプのサイコパスは遅かれ早かれ刑務所送りとなるが、“理性”を活用し、自制することを覚えたサイコパスにとって20世紀は天国のような時代だった。道徳性や精神性が軽んじられ、「合理性」の名のもとに「物質主義」と「個人主義」が唱えられ、何よりも結果が重要視されたことは、あたかもサイコパスの嗜好に合わせているかのように思われた。強欲であることを美徳であるかのように称賛する傾向さえあった。怖れを知らず、欲しいもの手に入れるためなら手段を選ばないサイコパスにとっては、非常に快適な世の中だった。

 サイコパスたちは、地位や立場が他人に影響を与え、支配することが容易な政界、企業、財界、学会、病院などのヒエラルキー組織で高い地位をものにしにいる。通常サイコパスが人口に占める比率は1%ほどだと言われるが、政治家やCEO、大学教授、医師の10%以上をサイコパスが占め、人を欺いたり、操ったりすることにためらいなく非情さを発揮することで、個人的に大きな物質的利益を手にできる。彼らは誰かに怪我をおわせるようなことはしないが、自分の行動が道徳的、法的、社会的にどのような結果を生もうがお構いなしであることが多い。しかし、その結果がどうなったかは皆さんもご存知の通り悲惨なものだった。サイコパスによる独裁政治は大量殺戮の悲劇によって注目を浴びたし、リーマンショック、巨額詐欺事件、ワンマン経営者による不正会計事件などは、みなサイコパスの仕業だが、サイコパスは世の中に広くはびこっている。

 セールスマンになったサイコパスは、「契約をものにするためなら嘘をついてもかまわない」と、顧客との信頼関係を犠牲にしながら販売成績を伸ばしたし、管理職の地位についたサイコパスは、「部下の人間性などにかまってはいられない」と言い放ち、非人道的なやり方で部下に仕事を強制した。「業績を上げるためならどんなリスクを取っても構わない」という態度によって企業業績を急成長させた経営者は、結局、企業を破綻へと導いた。そして、そのツケはすべて一般の人々が負わされることになった。

 サイコパスに勝手気ままを許すことや、ましてや独裁権力を与えることは極めて危険だ。自分より弱い相手には力を見せつけ、傍若無人に振る舞うことは、私たちの遠い祖先の時代のオスにとっては当たり前の行動だったが、チンパンジーのアルファ・オス(ボス猿)さながらに、自分より弱い立場の人々の迷惑には目もくれず、自分勝手に振る舞うサイコパスは、社会の活力と成長を阻害する最大要因のひとつになっている。


◎怖れを感じないサイコパスの野放しにピリオド

 世の中にはサイコパシー(サイコパス性)が必要な職業もいまだに多くある。改革を目指す政治家や宇宙飛行士、レスキュー隊員、爆発物処理係、心臓外科医などの職業で高度な成果を収めるには、逆境や危険に直面しても平静さを失わず、危機に瀕するほど冷静さを増すくらいの図太くなければならない。必要な時に怖れの回路をオフにできる人間は社会にとって必要不可欠な存在だ。しかし、怖れの回路が切れっぱなしのサイコパスは迷惑にしかならない。

 私たちの祖先は、道徳脳を進化させ始めた直後から、仲間同士がケンカの強さや狡賢さで競い合うことはやめ、信頼と協力を頼りに生き残りを図るようになった。私たち人間は、平均身長ではチンパンジーよりも2倍も大きいが、握力では200kg以上もの怪力を発揮するチンパンジーにはまったく歯が立たない。私たちは、弱い仲間を力で圧倒したり、欺いたり、裏切ったりするのではなく、利己的な衝動を抑制し、仲間の気持ちを思いやり、集団の全員が協力し合うことで生存競争を勝ち抜いてきた人々の子孫だ。

 道徳性を発揮できた者は仲間との信頼関係を維持し、より多くの人たちと臨機応変な協力関係を築くことで、より多くの子孫を残すことができた。しかし、チンパンジーと枝分かれする以前のオスの行動特性を残している者たち、つまりは平気で仲間の獲物を横取りし、仲間に思いやりを示さず、利己的に振る舞う者たちは排除された。力や狡猾さに任せて食料を独占しようとしたり、既にパートナーを持っている女性を奪い取ろうとしたりする男は、たちまち集団から追放されるか、ときには命を奪われた。私たちは、相互信頼に基づいた協力関係を築き上げられるように進化してきた。

 私たちは人間関係に満足し、仲間から自分が担っている役割に敬意を示されているときにこそ、最も高い能力を発揮することができる。最新の科学研究は、道徳にもとづいた豊かな人間性は、社会全体に富をもたらす源泉でもあるし、個人が能力を存分に発揮し、さらに能力を高めていく原動力になることを明らかにしている。

 ところが、自分勝手に振る舞うサイコパスを野放しにした20世紀以降、人間性は軽んじられ貶められた。思いやりが空っぽのボスが独裁的に権力を行使する状況で、私たちがコミュニティや職場に居場所を見つけて、自分の役割や仕事に情熱を燃やすことは難しい。結局、社会全体の活力は低下し、ダイナミックな発展が阻害されるようになってしまった。サイコパスは社会や組織に大きな損失をもたらすだけでなく、潜在能力の発揮と成長を阻害する。


 感情の制約を受けずに合理的に判断を下す能力は、リーダーに気が重くなるような決断を求められるような場面では有利になることもある。世の中にサイコパスが必要な場面があることは事実だが、サイコパスに好き勝手をさせることは絶対に避けなければならない。やむをえず権力を与えるにしても、必ず誰かがブレーキを掛けられるように監視しておかなければならない。




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