「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」



部下や子どもの可能性を最高に引き出す人の心の操作術


~いつまでもアメとムチに頼っているようでは毒親・毒上司のそしりは免れない~

藤原 尚道

世の中には困った人があふれている。どんなに教えてもなかなか仕事をおぼえてくれない部下や、ゲームが気になって勉強に集中できない子供、そして、何度頼んでも脱いだ服をリビングに置きっぱなしにする夫。企業組織に限らず家庭にも、周囲の望み通りには動いてくれない人がたくさんいる。

 企業の管理職にしても、家庭の親や妻にしても、人の行動を変えようとする人には苦労が絶えないものだ。今回は、「アメとムチ」という伝統的な動機づけの限界と、あまり役に立たなくなったやり方に代わる、もっと高い確率で人をやる気にさせることができる新しくて古い方法をご紹介したい。


◎「アメとムチ」が架空受注やカンニングを生みだす?

 人をやる気にさせる時に役に立つのが「アメとムチ」だと多くの人が考えている。相手を思い通りに動かしたい場合、こちらの望み通りの行動には褒美を与え、出来なければ罰を与えるというやり方は、企業でも家庭でも今日最も一般的に用いられている動機づけの方法ではないだろうか。19世紀のドイツの政治家ビスマルクは、大衆の喜ぶもの(社会福祉)を与えて人々の歓心を買いつつ、同時に弾圧(暴力による社会主義者の排除)によって大衆を恐れさせた。この大衆懐柔策はその後、工場労働者を管理する手段として世界中で応用され、子育ての場面にも定着した。

 ところが、最近私たちは「アメとムチ」の限界に直面している。「ボーナス&懲罰」、「お小遣い&ゲーム機没収」、世の中には様々な「アメとムチ」があるが、そのほとんどが思うような効果を発揮していない。高額なボーナスを組み込んだ歩合制を実施し、ノルマに達しない者は解雇すると脅しても、売り上げが伸びるとは限らない。それどころか、顧客に無断で受注をでっち上げたり、不正会計を行ったりと、いかさま(犯罪)の原因になることが多い。また、テストでいい点を取ったらご褒美に新しいゲームソフトを買ってあげる。その代わりひどい点数だったらゲーム機は没収すると言われた子供は、カンニングなど不正行為に走る可能性が高まってしまう。工業化の時代、工場労働者を管理する手段として重宝された手法は、いまや効力が薄れてしまっただけではなく、深刻な弊害を生み出すようになっている。私たちはこの現実にどのように対処すれば良いのだろうか。


◎身体を動かして欲しいのか? それとも、頭を動かして欲しいのか?

 私たちがまず確認しておかなければならないことは、時代がどのように変わったのか、その変化の中身である。「アメとムチ」が最高に力を発揮したのは19世紀から20世紀中頃にかけての産業化の時代だった。仕事の大半は工場労働を中心とした肉体労働、つまりは体を動かす仕事だった。そこで求められていたのは、単純な作業をいかに正確に根気強く続けるかということだった。労働者が何か意見を言おうものなら「余計な事を考えている暇があれば手を動かせ」と怒鳴られた。労働者に求められたのは、命じられたことをその通りに実行することだけだった。工場労働では、作業内容のマニュアルを作り、その内容を労働者にしっかりと覚えさせ、仕事の出来栄えによって褒美や罰を与えれば十分だった。ところがマニュアルで定義できる種類の仕事は年々減っている。

 今や80%の人が広い意味でのサービス業につく時代になった。そこにマニュアルでカバーできる範囲は限られている。労働者には、刻々と変化する状況に応じた臨機応変な働き方が求められるようになった。今日必要なのは頭脳労働、感覚を研ぎ澄まして頭をフル回転させることである。工場のベルトコンベアではなく、気まぐれな顧客(消費者)、感情を持った生身の人間に向き合わなければならない仕事では、労働者には常にいろいろな智恵や工夫が要求される。労働者により賢くなってもらうために「アメとムチ」は役に立たない。「アメ」は労働者の関心を強く引き付け過ぎる。また、「ムチ」はストレスとなって労働者の思考を鈍化させてしまう。頭脳労働が求められる場面で「アメとムチ」は極めて無力だ。同じことが、子供にもっと勉強して欲しいと思う場面にも当てはまる。「アメとムチ」を使って勉強机に向かわせることは、子どもをズルくさせるだけでなく、勉強嫌いにさせてしまう危険性が高い。「アメとムチ」とはまったく違った動機づけの方法を知らなければ、上司も部下も、親も子どもも、ますます不幸になるばかりだ。


◎人は、相手が期待する通りの人間になる

 
今日、アメリカ陸海軍やイスラエル国防軍で、兵士たちのヤル気を高め、能力を向上させるために活用され、ビジネスの世界でもがぜん注目が高まっているのが「人が成果をあげる前に相手を信頼してしまう」ことで、「相手を自分が望む通りの人にしてしまう」という方法だ。「何を馬鹿なことを言っているんだ」というお叱りの声が聞こえてきそうだが、この話を逆状況から考えて頂くと、皆さんにもご納得いただけるのではないだろうか。人のヤル気や可能性は、周囲の動機づけで高められるばかりではなく、誤解や思い込みによっていとも簡単に葬り去られることだってあるのだ。

 例えば、失敗ばかり繰り返す部下に、上司が「ダメ社員」のレッテルを貼っているとしよう。上司がその部下に「失敗したらダメだぞ!」といくら警告しても、たいていその部下は結局失敗してしまう。なぜだろうか。最新の研究によれば、これは、上司の言葉が暗示のような働きをして、部下の頭の中に失敗するイメージを強くかき立て、それが原因となって実際に失敗してしまう。「失敗するなよ!」という上司の言葉の裏には、「こいつは失敗する可能性が高い」という上司の考えが潜んでいるものだが、このイメージは確実に部下への伝わるものだ。そして、部下が「上司は私が失敗すると予想している」と勘づいたとたんに、上司のイメージは「失敗しろ」という命令として部下に作用してしまうのである。この現象は自己成就予言と呼ばれている。群れの動物である人間は、相手が自分に対して抱いている先入観から強く影響を受けて、相手が抱いているイメージ通りの行動をとってしまうのだ。だから、逆に、上司が部下の能力、あるいは成長を信頼している場合、部下は上司が自分に対して抱いている良いイメージに沿って、良い仕事をするようになる。つまり人は周りからどのようなラベル(レッテル)を貼られているかによって、その通りの行動を取るようになってしまうのだ。この現象を「ピグマリオン効果」と呼ぶ。


◎『マイ・フェア・レディ』を実践してみよう

 「ピグマリオン」とは1913年のバーナード・ショーの戯曲のタイトルだ。この物語は、その後『マイ・フェア・レディ』と名を変えてミュージカル化され、さらにはオードリー・ヘプバーンが主役を演じた映画は大ヒットした。下町の花売り娘イライザが社交界のレディへと成長を遂げる物語は、半世紀以上経った今でも色褪せない不朽の名作だ。実は『ピグマリオン(マイ・フェア・レディ)』はリチャード・ギアとジュリア・ロバーツの『プリティ・ウーマン』の下敷きにもなっている。不思議なことに、人は好んで他人に悪いレッテルを貼りたがるものだが、人が周囲の人から期待され、信頼されることによって成功をつかみ取る物語も大好きだ。ところが、人を信じて期待をかけることで相手に影響を及ぼそうとする試みを実践に移すことは難しい。

 しかし、マイ・フェア・レディで下町の花売り娘イライザ(プリティ・ウーマンではコールガールのビビアンと実業家のエドワードの双方)が、相手からの期待と信頼によって、以前とは全く違う、格段に好ましい人格を手に入れることに成功する。 私たちにも、イライザを社交界のレディへと成長させたヒギンズ教授のように、信頼と期待によって相手の可能性を解き放つ力があるはずだ

 
長年の心理学の研究だけではなく、ビックデータを統計的に分析することによって、相手を信頼し期待することのメリットは明らかになっている。そもそも私たちは、周囲の人から手の付けられない悪ガキだと思われている子どもが、「この子は本当はすごく優しくていい子なんだ」と信じて疑わないおばあちゃんの前では、実際に良い子になってしまう現象を知っている。そして何より、人の失敗や弱点について批判的なことを考えるより、可能性や長所に意識を向ける方が気分もいい。いつまでも「アメとムチ」に頼っているようでは部下や子どもを、そして自分自身を傷つけるばかりだ。誰もが潜在能力をフルに発揮できる組織や家庭を築くために、人に影響を与える立場の人間から変わっていかなければならない。



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