「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」


めでたさに裏表あり新元号


~ トップダウン型政治体制の強化宣言とも受け取られた新元号と理想のリーダーシップ ~

藤原 尚道


◎ 新元号「令和」に込められた裏の意味

 4月末で平成の時代が終わり、代わって「令和」の時代がスタートした。読者のなかにも、一か月前に行われた新元号の発表会見を、固唾を飲んで見守っておられた方もいらっしゃることだろう。筆者も会見のテレビ中継を、春休み中の子どもたちと一緒に見守っていた。ところが、菅官房長官が、「新しい元号は『れいわ』であります」と発表し、漢字で令和と書かれた額縁を掲げた瞬間、一緒にテレビ中継を見ていた中学3年生の息子がつぶやいた。「これって『命令に従え、和人!』ってことだよね」

 「令和」という新元号の「令」という文字を目にして「命令」の「令」を連想した方が、読者のなかにも少なからずいらっしゃることだろう。この漢字に冷たさを感じる人が多いなかで、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」意味を込めたというという安部首相の説明には、どうにもこじつけ感が否めない。記者会見の直後からネットで行われた「新元号『令和』をどう思うか?」という内容のアンケート調査によると、「とても良い」「まあ良い」と回答した人は合わせて39%しかいなかった。一方で、「あまり良くない」「とても良くない」と回答した人は合わせて48%もいたそうだ。

 批判の多い新元号のイメージについて、別の調査では「昭和と似ていると思うか」と訊ねていた。この質問に、「オリジナルだ」と答えた人が12%しかいなかったのに対して、「昭和とかぶる」と答えた人は72%にも達した。新元号には、我が家の中学生が直観したとおり、「トップダウンによる国づくり」が、また、筆者の邪推では「昭和の復活」という安倍首相の思いが込められているのではないだろうか。


◎ 安倍首相は「トップダウンによる国づくり」を目指す

 
「トップダウンによる国づくり」という思いは安倍首相の発言の内容にも如実に表れている。新元号についての記者会見の内容を要約すると以下のようになるだろう

 
急速な少子高齢化が進み、世界が急速に変化していく中で、平成の30年間に改革の必要性は格段に増した。ところが、抵抗勢力の頑強な妨害でなかなか改革は進まなかった。

 しかし、安部首相が強い指導力を発揮したおかげで、ようやく改革を推進していくことができるようになった。ここ数年の間に実現した改革は、安倍政権でなければ実現しなかった。

 要するに、安倍首相は、トップダウンによる強力な指導力を働かせなければ、これからの国づくりは進めることができないということを発言の行間に込めている。

 長期政権が続き安倍首相に権力が集中することによって、多くの改革が進んでいる。既得権益を守るためだけに残されてきたいくつかの岩盤規制に穴が開き、組織票で選挙を支えてくれる企業への配慮から何十年も先送りにされてきた労働基準法もようやく改革された。改革の中身に不満を探し始めると切りがないが、これまでの政権と比べて、第二次安倍政権の6年余りの間に改革のペースが上がってきたことは間違いない。確かに、権力を集中させた安倍首相からのトップダウン型の「命令」が変化を促す局面が増えている。

 しかし、もし筆者の邪推が的を得ているのであれば、安倍首相は本音で語ってくれた方が良かった。「猛スピードで変化する世界に対応し、健全な日本を築いていくためには、細かいことに文句をいう連中を黙らせるトップダウンが必要だ。これから驚くような改革を行うが、明るい未来を築いていくために国民諸君は覚悟して、私の命令に従いなさい」と正直に語ってくれた方がすっきりしたのではないか。


◎ 「昭和」風の絶対的リーダーが「失われた30年」の元凶

 「アベノミクス」、「一億総活躍社会」、そして「改憲論」など、安倍首相が示す方針には多くの異論があるだろうが、平成の時代に日本の組織の多くで、リーダーシップが弱体化したことは紛れもない事実だ。群れ、つまりは家族や会社など人が集まって協力することでしか、ものごとを効率よく進めていくことができない私たちホモ・サピエンスにとって、リーダーシップはとても重要な問題である。ところが、リーダーシップの機能不全が多くの組織を停滞させ、問題を深刻化させている。

 
しかし、「和」の文字が「昭和」栄光の復活を夢見て「令和」に使われたのなら、リーダーシップの健全化という夢は遠のいていくばかりだろう。筆者がビジネスの世界に飛び込んだ昭和の時代、一万円札には聖徳太子の肖像が描かれており、「和を以て貴しとなす」ことが、健全な組織を築く上で大切にされた。そして、部下に有無を言わせず強力にチームを引っ張っていくリーダーと、「和」のために黙ってリーダーに従うタイプの部下の組み合わせで組織は大きな成功を収めることができた。しかし、世の中はすっかり変化し、これからの時代にはまったく違った種類のリーダーシップが求められている。

 伝統的な日本人にとって「和を以て貴しとなす」という場合の「和」は、集団のなかに波風を立てないために個人が独自の意見や考えを押し殺して、目上の人に盲従することで成り立つバランスである。ところが、変化のスピードが早く、すべてのメンバーが知恵と情熱を出し合ったうえでのチームワークが求められる現代に、日本古来の「出る杭は打たれる」という発想が大きな足かせになっている。伝統的な「和」の精神は、多くの貴重な意見やアイデアを活かすことなく葬り去ってしまう。


◎ 脳でさえ、私たちの体の唯一絶対の司令官ではない

 21世紀の医学の大発見の一つは、「脳だけが私たち生きものの思考や肉体をコントロールしているのではない」というものだ。ただの油だと思われていた脂肪は脳に働きかけて、私たちの欲望を操たり、免疫の働きを左右している。普段私たちの全身を覆う脂肪は余計なものだと考えられ評判が悪い。しかし脂肪細胞が放出するメッセージ物質は、実は私たちの食欲を抑制し、性欲をコントロールしている。

 筋肉もまた、他の臓器や脳に働きかけ、癌の増殖を抑えたり、記憶力をUPさせたりするという役割を担っている。つまり私たちの全身の脂肪細胞や筋肉繊維も“脳”の一部として機能しているのだ。同じように私たちの体を構成するすべての細胞は、相互に情報を伝える物質を出し合って、相互作用の上に成り立つネットワークとしての全身を作り上げている。

 リーダーシップを考えるうえで、「脳が唯一絶対の司令官であれば人は生きていけない」という発見は非常に示唆に富んでいる。進化が創り出したものの中で、私たち人類の脳ほど複雑で精密で高度なものはないとよく言われるが、そんな脳でさえ、全身の細胞一つひとつから意見をくみ上げることでようやく機能しているのである。現代の複雑で高度な機能を担わなければならない組織においても同じことが言える。国民や従業員は単なる部品ではない。私たちは一人ひとり様々な考え方や発想を持っている。その貴重な意見やアイデアを活用できないリーダーは、現代の社会においてはとても危険な存在だ


◎ 成功する組織は人体のように相互に影響し合うネットワークとして機能する

 様々な世界的な調査によって、成功する組織にとって欠くことのできない3つの要素が明らかになっている。その第一は、「チームのメンバーに、チームにとって実現したい価値」を明確に指し示すリーダーである。つまりメンバー全員に、チームの進むべき方向を理解し納得してもらえるようなリーダーシップが求められている。それによってメンバーはチームの成果を自分自身の成功と同じように喜ぶことができるようになる。

 次に、リーダーシップのあり方は「一人でも多くのメンバーから、ひとつでも多くの意見やアイデアを引き出せる」ものでなければならない。絶え間なく変化し続ける世界では、様々な情報をより多くの場所から持ち寄り、様々なアイデアをより多くの角度から検討できるチームだけが変化に適応し生き残ることができる。トップダウン型でチームに方向感を与えることが必要な場面は多い。しかしカリスマリーダーの「命令」だけに頼りきり、「頭を使うのはリーダーの仕事」などと考えている人がいるチームはあっという間に淘汰されるだろう。

 そして、もう一つ重要なのが部門間を横に貫くコミュニケーションの活発さだ。会社という大きな組織のなかで所属部署の異なるメンバー同士が、全社的な課題の解決に向けて、アイデアを出し合い協力し合うことがとても大切になってきている。各チームメンバーは、自分が所属するチームだけでなく、全社的な課題に対しても建設的に向き合っていかなければならない。

 
トップダウンとボトムアップ、双方向の働きかけのバランスをとりながら、ボトム同士の横の連携を強化していくという3つの要素がリーダーシップの成功のカギをにぎっている。「令和」が「良き和」、意見やアイデアを押し殺すことによってではなく、上下に左右に主張や発想をぶつけ合って、所属するすべての構成員が組織の成功に貢献していけるような組織文化が築かれる時代になることを祈ってやまない。


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