「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」


なぜ、私たちは演劇や映画、音楽に夢中になるのか


~ 私たち人間は特別な欲求を満たさなければ生きられない ~


◎ 人間は空腹を満たすだけでは満足しない

 8月24日のNHKニュースが、コンピュータ、つまりはAI=人工知能を活用した「ボット」と呼ばれる自動プログラム使って、コンサートなどのチケットを買い占めるケースが続出していると報じた。チケット販売サイト大手「イープラス」の調査によると、注文受付回線への通信の9割が「ボット」によるものだったという。チケットの発売 時刻の前から待ち構え、発売開始と同時にスマホを必死に操作したのにチケットを入手できなかった人たちには気の毒だが、この勝負、人工知能が相手では勝ち目はない。しかし、買い占められたチケットは高額で転売されている可能性が高いという。ビジネスで成功を収める秘訣はより多くの人の欲望に応えることだと言われる。これは、人気のあるコンサートなどは人々の大きな欲望を満たすことできるという証拠でもある。

 いま世界中で、映画、ミュージカル、コンサートなどの演劇文化が大隆盛している。中でも全世界で映画産業が隆盛を極めている。21世紀に入ってからの18年間で、興行収入が10億ドル(約1,000億円)を超えた作品が30本以上あり、2009年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の『アバター』は、28億ドル近い興行収入を記録した。 これは、マリやアルメニアといった小国の国家予算にも匹敵する金額だ。興行収入という点でははるかに見劣りするが、ミュージカルの人気もすさまじい。ブロードウェイの人気ナンバーワン作品『オペラ座の怪人』は上演回数が1万3,000回に迫っている。1988年1月の初演から30年、ロングラン記録を更新し続けている。舞台芸術を鑑賞するためだけにわざわざニューヨークまで出かけていく人も多い。人間は他の動物と違って、腹いっぱいになり、安心してぐっすり眠るだけでは満足しない。人間は精神的な欲求を満たさなければ幸せに生きられない。


◎ 人類は何十万年も前から、芝居や音楽が大好きだった?

 私たちは人種や性別に関わりなく、演劇や音楽に高い関心を持っている。その歴史を振り返ってみると、17世紀のパリでは王立オペラがはじまり、同じころ日本では全国各地に芝居小屋文化が花開き、文楽や歌舞伎などの舞台芸術が盛んに行われた。それよりもはるか昔、古代ローマやギリシアでは、巨大劇場で悲劇や喜劇が演じられていた。さらに遡って、人類が文字を手に入れるはるか前、先史時代から世界中で演劇は行われていたという証拠が多く見つかっている。世界中で発掘された、数万年~数十万年前の遺跡からは、仮面など演劇との関連性をうかがわせるものや、楽器として使用されたことが想像されるものが多く発見されている。

 人類史を研究する人の多くは、演劇や音楽は宗教と深く結びつきながら発展してきたと考えているが、一部の研究者は、人類は宗教どころか、言語を発明する以前から演劇を行っていたと考えている。原始時代、物まね遊びが集団生活の行事と結びついて演劇になったという主張だ。今日、演劇や演奏は舞台の上にとどまらずスクリーンやテレビ画面などのテクノロジーを介して、俳優の姿を見つめ、その言葉に耳を傾ける姿は、何万年も前の祖先たちがたき火を囲み、仲間が動物をまねて演じる姿や声、そして演奏する音楽や踊り夢中になっている姿と違いはない。私たち人類は、自然に備わった習性として、芝居や音楽、つまりは人が何かを演じる姿や音、そして言葉に強く反応する。



◎ 人類と他の動物との決定的な違いの一つは“物まね”の能力


 人間が演劇や音楽に強く惹かれるのは遺伝的な特性のようだが、その理由は、脳科学でも説明できるし、その証拠を体感することもできる。例えば、コンサートに行ったときの自分自身の様子を思いだしてみよう。きっとあなたは、あたかも自分が演奏しているかのような気持ちになったはずだ。ロック・コンサートなら、あなたの手は無意識に、ボーカルの姿に合わせてマイクを握りしめるような仕草をしてしまったり、ギタリストに合わせて「エア・ギター」のような動きをしてしまった経験があるのではないだろうか。YouTube で、犬がリズムに合わせてしっぽを振る動画を見たことはあるが、犬は決して演奏者の体の動きをまねたりしない。しかし私たちの脳は、演奏者を見ているとき、演奏者同じ経験をしていると錯覚する。

 私たちが無意識に、目の前にいる演奏者の身体の揺れや表情、指の動きなどをまねた行動をとってしまうのは、人間にはミラーニューロンという脳の神経細胞が発達しているおかげだと考える研究者が多い。「ミラー」とは「鏡」、つまりミラーニューロンとはその名が示す通り、誰かをまねたり、他人に共感したりする能力に大きく影響していると考えられている神経細胞だ。ミラーニューロンが脳の中でどのような役割を担っているのかについては、まだはっきりとはわかっていない。しかし、楽器を演奏したことがなくても、だれかが演奏している様子を目にすると、私たちの脳はあたかも自分自身が演奏しているかのように感じることができることは多くの人が経験していることだ。じつは、この“物まね”の能力、目の前のものを脳が模倣する能力こそが地球上での人類が大成功を収めるカギだった。


◎ 私たちは共感できるものに飢えている

 ミラーニューロンが人間の物まねの能力にどのように関わっているのかは、まだあまり解明されていないが、人間の模倣する能力がずば抜けていることは明らかだ。チンパンジーでも人の動作をまねることは出来るが、「猿真似」という言葉が示すように、サルには他人の行動の意味を理解したり、その意図を理解したりすることはできない。しかし、私たち人間は、他の人の行為を見ることで、間接的にではあるが同じ経験ができる。小説を読めば、作者の経験を追体験することができ、人生に幅と深みを加えることができる。人類は模倣する能力をさらに進化させて、他人の行動の意味やその意図を理解できるようになったと考えられている。そして、個の能力を活かして集団行動を高度なものに発展させ、様々な知恵や経験を継承・蓄積することで文化を発展させてきた。

 私たちは苦しんでいる人を目にすれば、その人の痛みに共感する。ユニセフから、飢えに苦しんでいる子供の写真が送られてくれば、それが何万キロも離れた地球の裏側の出来事であっても寄付金を振り込む。逆に家族や知人が何かに成功したときには喜びを分かち合うことができる。地元の高校が甲子園大会に出場すれば、自分の子どもではなくても応援に駆けつける。私たちは何かに共感したくてたまらない。地球上の動物のなかで、人類だけが特別高度に発達させた共感能力、他人の脳の中まで模倣することができる能力を活用したくてたまらない。ところが、人間の精神性の土台ともいえる共感能力は、現代社会においては活躍できる機会が減ってきている。地域でも職場でも人間的な触れ合いが減っている。ミツバチが花の蜜を求めるのと同じような本能的なレベルで共感することを求める私たちは、金さえ払えば手っ取り早く共感体験ができる演劇や映画、音楽などに走る。

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