「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」



日本人がほとんど知らない差別のメカニズム


~ステレオタイプがアメリカを分断し、日本から活力を奪う~

藤原 尚道


◎トランプ大統領の落ち目に拍車をかける黒人差別問題

 米国のみならず世界が差別問題に揺れている。5月25日に米ミネソタ州で起きた白人警官による黒人男性暴行死事件は、毎年平均して100人以上の丸腰の黒人が白人警官に殺されている米国では「ごくありふれた事件」だった。しかし、その生々しい映像がSNSを通じて世界中に拡散したことや、トランプ大統領のお粗末な対応をきっかけに、反差別運動は黒人の人権問題だけでなく警察の組織改革や、奴隷制についての歴史認識の再考をも迫る広範な運動に発展している。さらにはトランプ大統領の支持率低下に拍車をかけている。今や「Black Lives Matter」という言葉を聞かない日はない。

 ある意味で、反差別運動の盛り上がりは、トランプ大統領にとって対処不可能な災難だったかもしれない。トランプ氏は「偉大なアメリカの復活」、すなわち白人労働者層にとっての「古き良きアメリカの復活」をテーマに掲げ、国民を分断してでも白人至上主義者の懐古主義に取り入ることで支持基盤を固めてきた。トランプ氏は、米国社会の中でしだいに勢力を増すマイノリティーへの反発、言いかえれば「差別意識」を悪用することで大統領の地位を手に入れたとは言い過ぎだろうか。

 人々を団結させて特定の行動をとらせるために、共通の不満を見つけ出し、その責任を集団外部の敵に転嫁することは昔からリーダーの常套手段である。トランプ氏の場合、近年次第に収入や地位が脅かされている白人労働者層の被害者意識に付け込み、彼らの絶望の原因を、メキシコ等からの移民や中国などの新興工業国に転嫁することで熱狂的な支持者を獲得した。


◎差別とは人間の本能的な心理プログラム

 差別は人間社会のあらゆるところにある。差別が存在しない国は存在しない。では、なぜ差別的な意識は生まれてしまうのだろう。一言で言えば、人間の心理には目の前の相手を敵と味方に分けて考えるシステムが組み込まれているからだ。自分の味方であれば「内集団」として大切にし、それ以外の敵、すなわち「外集団」と区別する。ホモ・サピエンスは生まれながらの差別主義者である。肌の色の違う人への差別はこの典型的なパターンだ。黒人などのマイノリティーは米国で暮らす白人にとって身近な存在だからこそ敵(外集団)だと判別されやすく、差別が頻発する。

 人間は、現在に至る数百万年に及ぶ進化の歴史のなかで、常に小さな(10~150人の)集団で生活してきたが、自分が生活する群れ以外の人が敵か味方か判別することは生死に関わる重大事だった。しかし、この判別にとって大切なことは、「敵のことを味方だと勘違い」しないことだ。「味方を敵だと勘違い」しても、友だちの候補を一人失うだけだが、「敵を味方だと勘違い」すれば命を失うかもしれない。そこで役に立つのがステレオタイプ(固定観念)と偏見という便利ツールだ。

 ステレオタイプとは「ある集団に属する人はみんな特定の性格や資質を持っていると直感的に信じる」ことだ。そして偏見とは「そのステレオタイプから生じる好感、嫌悪、憧れ、軽蔑といった感情」である。あらかじめ敵を見た目などで類型化し、敵味方を自動的に判別できれば、簡単に命を落とす危険を小さくできる。そして差別とは「偏見の対象となる相手への攻撃や排除などの行動」だ。つまり偏見や差別はステレオタイプという便利ツールの産物である。


◎米国の「黒人を見たら犯罪者だと思え」というステレオタイプ

 たいていの人が差別は悪いことだと知っているのに、世の中から一向に差別がなくならないのは、差別が人間心理の自動化されたプロセスから生まれるものだからである。このような人間の特性は、本来仲良く付き合えるはずの人を敵だと誤認させ、差別という無意味なのに攻撃性のある行動へと私たちを駆り立てる。したがって、差別に立ち向かっていくためには、それを生みだすもとになるステレオタイプを理解しなければならない。自分がどのようなステレオタイプをもっているのかを知らなければ、差別はいつまでも正当化され続けることになる。

 ステレオタイプが差別という非人道的な行為に至るプロセスは全人類に共通のものだ。ところが、ステレオタイプは、国や地域によって実に様々だ。例えば米国の白人警官は、街でアフリカ系の若者を見かけると不審者だと感じる。だから、米国では黒人が道を歩いていて職務質問を受ける確率は、白人の8倍以上であり、「レイシャル・プロファイリング(差別的犯罪捜査)」が公然と行われている。多くの白人が子どものころから「アフリカ系は怠け者で、犯罪に走る確率が高い」と繰り返し聞かされてきた結果だ。

 ステレオタイプは、その人が生活する社会的環境のなかで作り出されるものだ。そして、判断基準として私たちの深層心理に滲み込んでいる。「黒人=犯罪者、もしくは犯罪予備軍」だと考えることが正しく、当然だと思うようになる。何ともやりきれない話だが、日本は大丈夫だろうか。


◎根深く特殊な日本のステレオタイプ

 私たち日本人は、米国に暮らす白人が黒人に対してもつ差別感情に共感することはできない。多くの場合、差別感情はステレオタイプに起因するが、ステレオタイプは社会集団ごとに固有の産物だから、私たち日本人は米国人の感情を客観視できるが、米国人と同じように感じることはできない。それは米国の白人のようなステレオタイプが私たちには刷り込まれていないからだ。ところが、自分自身がどのようなステレオタイプに思考を乗っ取られているかという話になると、私たち日本人も御多分に洩れず盲目だ。

 自分の感情の出発点にどのようなステレオタイプがあるのかを認識することは難しい。しかし、自分自身では自覚できないのに、他人の目から見ると明らかなことがある。欧米出身の人と話すとよく指摘されるのが、日本人の「普通信仰」だ。欧米人から見ると、日本人には「普通であることが一番」というステレオタイプをもっているというのだ。私はこのステレオタイプが社会変革や技術革新を阻害し、日本のプレゼンス低下を招く最大の要因だと考えている。

 欧米では一人ひとりが個性的であることは当たり前だが、日本では自分の意見を素直に表現すると、生意気だと嫌われる。日本人は自分が周りと同質であること、また、周りが自分と同質であることをことのほか大切にする。自分たちのイメージする「普通」という型にはまらないものを「社会にとって害だ」と排除、あるいは矯正しようとする。今回のコロナ禍で「自粛警察」が大活躍したのは、80年前、戦争に反対する「非国民」を一般市民が追いかけ回して袋叩きにしたのと同じで、「普通であることが一番」というステレオタイプから生れたものだ。

  私たち日本人は自分が社会の中で「普通」という型にはまっていることで、息苦しさを感じつつも大きな安心感を得ることが多い。「普通」を共有できない移民を拒否する。そして、外国人に限らず「普通」でない者を差別する。職場では前例にとらわれず革新の種をまこうとする人に批判の矛先が向かう。この日本人のステレオタイプは、新型コロナウイルスの感染爆発を防いだ「ファクターX」の一つかも知れないが、社会から活力を奪いイノベーションを阻害する大きな要因にもなっている。

   
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