「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

不安にはささやかな行動で立ち向かえ


~ 最初の一歩さえ踏み出せれば、不安気質は成功の条件にもなり得る ~


 前回の記事では、日本人が世界一不安を感じやすい性質をもつようになった進化的ないきさつを紹介した。江戸幕府の徹底した政策や失敗を許さない文化によって、日本人のチャレンジ精神は徹底的に封じ込められた。その結果、もともと世界一心配好きな遺伝子の特性は文化によっていっそう強化された。現代社会においてはそのことが、日本でイノベーションが起こりにくい原因となっている。日本の国際競争力は低下の一途をたどっているが、日本の将来展望を怖れているばかりでは何も問題は解決しない。そこで今回は、脳科学や心理学が提案している「不安を克服する方法」について書きたい。


◎不安気質はとにかく損をすることが多い

 最初に、不安を感じやすい性質であることが、どのようにして不幸を増幅させるのか、不安気質がどのようにして現代社会で生きる私たちにデメリットをもたらしているのかを整理してみたい。

不安気質の三大デメリット

①「問題をこじらせる」(問題解決能力の低下)

②「無駄遣いが増える」(経済的合理性の低下)

③「変化の激しい時代に対処できない」(適応能力の低下)

 まずは①の「問題をこじらせる」。これは「問題解決能力の低下」によって引き起こされる現象だ。日本を代表する名門企業各社で立て続けに繰り返される品質・検査偽装事件。中には重大な問題が起こっていることに気づいている人もいたはずだが、「蛇に睨まれた蛙」のように、不安を強く感じる彼らの思考力は縮こまり、問題を冷静に検討し対応することができなくなる。問題への対処は先送りにされ、何も解決しないまま事態は深刻化する。

 次に、②の「無駄遣いが増える」。これは「経済的合理性の低下」によって引き起こされる現象だ。一家の大黒柱にもしものことがあればと心配するのは一見理にかなっているように思えるが、ベンツを10台以上買えるほどの無意味に巨額な生命保険のために費やす毎月の保険料は多くの場合、家計の大きな負担になっている。

 最後に③の「変化の激しい時代に対処できない」。これは「適応能力の低下」によって引き起こされる現象だ。21世紀は「変動性(Volatility)」、「不確実性(Uncertainty)」、「複雑性(Complexity)」、「曖昧性(Ambiguity)」の頭文字をとって「VUCAの時代」と呼ばれている。とにかく昨今のテクノロジーの進歩は急激にスピードを増し、経済情勢は不確実性や不透明性を増している。変化する環境には適応、つまりはイノベーションや変革で応じるのが進化の掟なのに、ただ怖気づいて「ノープレイ・ノーエラー」が目立つ日本人の行動習慣は、ますますお先真っ暗な状況を予感させる。


◎ どのようにして不安気質に対処すればいいのか?

 不安気質といった性格や癖など、なかば生まれ持った遺伝的な性質に対処する上で必要な要素が三つある。「知識」と「自己認識」、そして「仕掛け」だ。

 まずは「知識」。不安に立ち向かおうとするなら、敵、すなわち不安の正体について知っておかなければならない。不安は、「対象のない恐れの感情」と定義されている。似たような言葉に「恐怖」があるが、これは「対象がある場合」に用いられる。「不安」とはネガティブな状況を想像している状態であり、その状況が具体化しているわけではないので、たんなる「妄想」にすぎない場合が多い。

 しかし、「不安」という「妄想」はときとして私たちに具体的で甚大な被害をもたらすことがある。その例えとして、2001年にニューヨークで起きた「911テロ事件」のあと、世界中に「飛行機は危ない!」という妄想が拡散し、本来は飛行機を利用すべき距離を移動するのに自動車を使う人が急増した。無謀とも言える長距離ドライブが増えた結果、テロ事件以降世界中で交通事故が急増。トレードセンターの犠牲者をはるかに上回る数の人が交通事故で亡くなった。不安とは場合によっては私たちに不幸をもたらすものでもある。ところが、不安気質をバネに成功をつかみ取っている人たちがいる。


◎不安気質はデメリットでもあるが“才能”として活かすこともできる

 松下幸之助やスティーブ・ジョブズ、そしてイチローも不安気質だと言われている。つまり、ネガティブな気質をもっているからといって成功できないわけではない。心理学の世界では不安気質には次のような良い面があると言われている。


不安気質の三大メリット

①将来の危機を感じ取る能力が高い

②IQが高く頭のいい

③創造性が高くクリエイティブ

 たしかに、リスクマネジメント能力が高い人、とくに優秀なリーダーには不安気質が多くみられる(①)。また、フランスの児童精神科医の研究によると、「IQの高い子どもには心配性が多い」そうだ(②)、さらに、心の状態を作品に投影することが仕事である芸術家には、ゴッホに限らず不安気質が多い。根っからの楽天家に見えるピカソにも深刻な抑うつを反映した陰鬱な色彩による「青の時代」があったことは不安気質が豊かな想像力の起爆剤になることを示している(③)。

 しかし、私たち凡人の世界では、不安気質を成功と結びつけることが非常に難しい。例えば、高いリスクマネジメント能力には心配性であることが必要なのは確かだが、心配性であればリスクマネジメント能力が高いと断言することはできない。多くの心配性の人を頭に思い浮かべれば直観的にもイメージできることだが、不安気質であるがゆえにリスクマネジメント能力を極端に低下させているケースのほうが圧倒的に多い。


◎日本人は完璧主義にこだわる結果、何も行動を起こせない

 不安気質でありながら成功する人と、成功できない人を分けているのは「不安な場面でも意思決定し行動する力」だ。ただ不安を感じているだけならば、ずっと「不安」という「妄想」に苦しめられたままで、決して成功にたどり着くことはできない。私達凡人は不安になるとついつい行動をためらうが、成功する人は不安だからこそ行動する。成功する人は不安をきっかけに「決断し前へ進み始める力」を発揮している。ところが多くの人は「自分には才能がないからうまくいくはずがない」と最初から諦めて、不確実なことには何ら手をつけようとしない。


 日本人は世界一チャレンジを嫌う国民だと言われることもある。しかし残念なことに、「なぜ日本人は確実だと思える場面でしか行動しないのか」ということが話題になることはまずない。不安気質に対処する上で必要なものの二つ目が「自己認識」だ。ほとんどの人が「行動を起こさなければ何ごとも始まらない」と知っている。ところが、自ら進んで成功する確率をゼロにしてしまっている人が驚くほど多い。たいていの日本人は、自分たちが世界でも珍しい完璧主義者で、極端なぐらいに失敗を恐れているということに気づかない。


◎根性で頑張ることができれば、やがて報われると頑張っている人は非常に不利

 そこで、世界で一番失敗を嫌う日本人が不安気質に対処する上で必要な要素の三つ目として紹介するのが「仕掛け」だ。なぜなら、いくら「知識」があって「自己認識」もできたとしても、理性や意志の力で困難に立ち向かおうとすればたいてい失敗する。ましてや人の性格や価値観を変えることはとても難しい。そんな場面で役に立つのが「仕掛け」だ。多くの人に経験があると思われる身近な例で考えてみよう。

 綺麗に片付いた部屋で暮らすことが好きでも、とにかく片付けや掃除が苦手という人は多い。洗濯物、新聞や雑誌の山、本棚や食器棚の埃が日ごとに増えていくばかり。問題が深刻化するにつれて嫌悪感はまし、さらに掃除する気がなくなり、結局いつまでたっても散らかり放題で埃がたまった部屋でストレスを抱えながら生活することになる。

 このような悪循環を誰でも一度や二度は経験したことがあるだろう。では、私たちは一体何を怖がっているのだろうか。じつは私たちは、「家が完璧に綺麗になるまで片づけて掃除しなければならない」と恐怖しているのだ。私たちは、完璧なゴールにたどり着くまでにけりをつけなければならないすべての作業や、それにかかる時間を思い浮かべると、たちまち怖気づく。これは自分の手に負えないと感じるのだ。とくに日本人は常に完璧を求め、さらに日本人にとっての完璧さとは欠点がないことだから、完璧なゴールにたどり着くまでの道のりは余計困難に感じられる。さらに課題を先延ばしにしてしまうと、焦りや自己嫌悪といったストレスを慢性的にさらされることになる。


◎理性や意志の力を当てにするのはやめて、感情を味方につける

 そこで、心理学者が推奨する「仕掛け」が《5分間トリック》だ。これは困難で手を付けることが難しい課題に対して、「5分間だけ目標に向けた作業をする」という簡単にできそうな課題を設定することで、とにかく重い腰を上げさせる作戦だが、あまりにも上手くいくので驚かされる。

 スマホを用意して部屋の中で最悪に汚れた場所へ行き、タイマーを5分間にセットする。タイマーをスタートさせたらとにかく作業に着手し、タイマーが鳴ったら作業は終わりだ。5分間の作業でたいしたことはできないが、とりあえず「行動」を始めることができる。しかも一旦掃除を始めてしまえば、5分間より長く続ける可能性が高い。その成果、自分の能力への信頼が回復していく。

 《5分間トリック》によって好循環を手に入れることができるのは、目標のハードルを極端に低く設定したからだ。課題を克服できない原因はたいていの場合、「課題の困難さ」よりも「課題に手を付けない」という人間が共通して持つ進化的な特質にある。意外に思われるかもしれないが、人間の行動に関する最終的な決定権は、まず間違いなく感情が握っていることが最新の科学研究によって明らかになっている。

 人間の感情は短期的な見返りのない物事をするのを嫌がる。動物に限らず人間は、報酬を手にするまでの時間が短いほど、その報酬をより貴重だと感じる。つまり、即座に手に入れられる喜びは、遠い未来に得られる満足よりも価値が高いように感じるのだ。そしてこれは苦痛と感じることを回避する場合にも当てはまる。遠い将来に味わう可能性のある甚大な苦痛よりも、目の前にある小さな苦痛を避けようとする傾向がある。だから、親が懸命に「一生懸命勉強しないと将来困りますよ」と子供を説得することに意味はない。子供にとっては大人になってから貧乏生活をすることよりも、今この瞬間に大好きなゲームを取り上げられることのほうが深刻な苦痛なのだ。


◎とにかく小さくてもいいから、前に一歩を踏み出そう

 未来と現在の価値判断がうまくできない感情に重い腰を上げさせて、不安気質による思考・行動停止状態から脱却するには、まずは目の前の課題をこなすことがそんなに大変なことではないと思わせる必要がある。ゲームに夢中になっている子供に勉強させたいなら、まずは《5分間トリック》を使ってみるといい。5分間では大して勉強などできないが、とりあえず腰を上げることができる。その間に大人がポジティブな態度で寄り添ってやれば、30分くらい続けて勉強するかもしれない。

 「どんな場面でも失敗は許されず、常に完璧でなければならない」などという極端な文化の言いなりになっていては、いつまでたっても不安気質の悪循環から抜け出せないだろう。「完璧なゴールだけを目指す」だけではなく、「一歩でもゴールに近づく」ことの価値を認めることができると気楽になる。

 問題解決能力や経済的合理性、そして適応能力を高めていくという目標を達成するのは簡単ではない。不安のもつ性質を理解し、自分たちが不安気質のためにどのような行動をとっているかを認識した上で、さらには、「何事も完璧でなければならず失敗は許されない」という呪縛を解かなければならない。とにかく一歩でも前に踏み出すことに価値を見出すような機会を、一つでも二つでも経験していけば事態は好転するはずだ。行動を起こせないことで不安気質の餌食になっていた人たちも、小さな一歩さえ踏み出すことができれば、遠からず不安気質のメリットを活かせるようになるだろう。

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