「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」


トランプ政権の苦難は先進国共通の未来予想図


~自由主義やグローバリゼーションに頼る限界~


◎ 実はとても自制的な貿易戦争

 世界がトランプ政権の「保護主義政策」に怯えている。2018年3月第4週の株価は、前週末に比べ、日経平均が5.4%(1,186円)下落し、ダウ工業株30種平均も5.7%(1,413ドル)と大幅に下げた。世界の主だったマスメディアは、米国が中国や日本といった対米貿易黒字額の大きな国々に対して貿易戦争の宣戦布告をしたと受け止めている。主要な標的とされた中国はとくに強く反発し、これまでの柔軟姿勢から一転、報復措置を講じると発表した。

 ところが米中双方が発表した関税措置の中身をよく見てみると、事前には一部で「関税規模そのものが最大600億ドル」と警戒されていた米国による中国に対する関税の規模は、実際には「600億ドルの輸入品に対して25%の課税」となったため、関税規模そのものは150億ドルと4分の1に縮小した。また課税措置の実施は、「即日」ではなく、45日間の猶予までもうけてある。一方の中国も「売られた喧嘩は買う」「お返ししなければ失礼 最後までつきあう」という激しい言葉遣いとは裏腹に、発表された対抗措置の中身は、「米国からのワイン、豚肉などの輸入品に約30億ドル分の関税を課す」という、控えめなものだった。そこには交渉を通じて打開策を探そうとする考えが透けて見える。

 「米中の貿易戦争の勃発」を警戒し、世界経済への多大な影響を懸念する論調も多く見られるが、実際には米中共に派手なファイティングポーズをとっている割には、本気で戦争をするつもりはないのかもしれない。世界を驚愕させるカードを切ったトランプ大統領さえも、貿易不均衡の原因が一方的に相手国にあるとは考えてはいないはずだ。そもそも米国は「貿易不均衡」問い(トル)という現象の裏に、もっと根深くて深刻な課題を抱えている。


◎ 貿易赤字は米国が経済成長を続けるための必要悪

 トランプ大統領が保護主義政策の発動に打って出た理由として挙げた「貿易赤字が米国の経済成長を抑制している」という主張には、共感できる部分もある。米国の貿易収支は1970年代に赤字化し、2000年代に入ってもその拡大に歯止めがかからない。長年にわたって貿易赤字が続いている一番の原因は、米国が先進大国であるということにある。

 米国は、GDPの約7割を消費が占める消費大国であり、個人消費が米国の成長率を牽引してきた。米国が貿易赤字体質に陥る背景には旺盛な消費意欲がある。車、家電、衣料品、その他膨大な消費財の多くは輸入によって支えられている。一方で、米国のような先進国は、高い信用力によって通貨高になる傾向にあり、更には賃金を始めとする生産コストが上昇することから製造業の国際競争力は低下する。消費と消費財の輸入が増え続けるのとは対照的に、製造業は地位を低下させ続け、輸出は減り続ける。これは先進大国として避けては通れない傾向だろう。
 

 19世紀末には世界最大の先進工業国となり、「世界の工場」の地位を英国から奪った米国は,20世紀半ばには世界の総生産の半分以上を占めるようになり、1960年代にかけては製造業の力強い発展と貿易黒字によって世界に確固たる地位を築いた。ところがその後は、比較的に低コストで製造を行う日本に「世界の工場」の地位を譲り渡し、21世に入ってからは中国がその地位についている。

 かつて「世界の工場」と呼ばれた英国や日本はその後パッとしない。しかし、米国だけは特別な存在だ。英国が第一次世界大戦ののち国力を低下させはじめ、第二次世界大戦後はそれほど目立たなくなったことや、日本が製造業で中国に圧倒されるようになってから、国全体として沈滞ムードにあえいでいるのとは対照的に、米国は1970年代以降も旺盛な消費意欲を背景に高い経済成長を続けている。ところが、米国では自国の経済成長を喜べない人が増えている。


 ◎ 貿易赤字をやり玉にあげて解決しようとしているのは国内問題

 貿易収支は経済発展の度合いによって、特徴的に変化する。米国は経済発展を遂げているからこそ貿易赤字になりやすい体質となっているとも言える。しかし、この考え方は一国全体を一つのまとまりとして考える「マス」の論理だ。たしかに米国に本社を置く多国籍企業や一部のエリートにとって、米国の貿易赤字は「やむを得ないもの」で済ますべき問題だろう。だが、米国社会、特に共和党支持者のなかに大きな存在感を示すブルーカラーを中心とした社会保守派の人々は「国家全体にとっての合理性」などにはほとんど関心を示さない。米国全体としては高い経済成長率を保っているとしても、貿易赤字国に転落して以降40年以上、彼らは国家が経済的に発展していることの恩恵にほとんど浴さないばかりか、社会が変質していくなかで犠牲になっている。彼らにとって自由主義経済が維持・発展など「百害あって一利なし」の出来事なのだ。

 産業革命が起こってから、国民所得や生活水準の格差は拡大の一途をたどってきた。世界のもっとも豊かな国々と、最も貧しい国々のあいだの物質的生活水準の格差は、産業革命以前には4対1程度だったが、現在では50対1以上に広がっている。米国などは産業革命以前の10倍ほどになり、多くの民衆を貧困から解放した。しかし、最貧国は200年前と比べてもマイナスになっている。世界の3分の1の人々は完全に取り残された。しかし、先進国で暮らす人々の大半はこの驚くような格差に無関心だった。所得格差は各国間では拡大する一方で、国の内部では縮小していたからだ。産業革命によってもっとも大きな利益を得たのは、資本家ではなく一般の労働者階級だった。1970年台までの社会階層ごとの平均所得の推移をみると、マルクスの主張は見当違いだったことが分かる。ところが、その後グローバリゼーションで事態は一変する。

 グローバリゼーションの進展は各国の内部に混乱と格差をもたらすようになった。世界が一体化することで、各国それぞれで富の偏在に拍車がかかるようになった。米国では企業の幹部は一般的な労働者の170倍もの報酬を得ている。IMFやWTO、そして各国政府が懸命に推し進めたグローバリゼーションは、一部のエリートに特段の恩恵をもたらしたが、自由主義経済の拡大は代償として、同じ国に暮らす非エリート層の暮らしを徐々にだが確実に苦しめるようになった。貿易戦争騒ぎの背後に潜むもっとも大きな問題は、多くの米国国民が我慢の限界を超えてしまった不公平感だ。米国では経済的不平等だけでなく、伝統的な価値観をないがしろにされていることを憂える人が日増しに増えている。


◎ 数値で測れない課題に目を向けるべき時がきた 

 恵まれた環境や地位にいる人たちほど、自分たちの幸運の背後関係に無頓着だ。マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を発表してから今年で170年。ある意味で「階級闘争」とも呼べる状況がトランプ政権を貿易戦争へと駆り立てている。しかし、貿易赤字を解消しても問題の根本は何も解決しないだろう。製造業の不振や格差拡大などを十把ひとからげで外国のせいにして糾弾することはたやすい。トランプ大統領や共和党にとっては手っ取り早い人気取りになるかもしれないが、都合の悪いことは何でもかんでも毛嫌いするよそ者のせいにするだけでは問題の先送りにしかならない。

 東西冷戦が本格化してから今日までの70年間、アメリカの外交政策を動かしているのは常に自己本位な政治的主張だった。内政も多国籍企業や一部のエリート層にとって都合がいい政策が優先されてきた。それらの議論において常に根拠としてもちだされるのは自由主義と経済成長率だ。しかし、国内格差が拡大するにつれて、その恩恵は一部の人々に独占されるようになった。1980年代以降、GDPの数値と並行して国内の不公平感が増大してきた。経済的不平等への不満や、しだいに居場所を失っていくブルーカラーの怒りを数値で表すことはできない。しかし、これらの負の感情がトランプ大統領への期待につながっている。

 関税措置を講じて保護主義政策を強化したところで問題は解決しないということをトランプ大統領は知っているのだろう。自分は国民として正当に扱われていないと感じる国民が増加していることは、やがて、米国の社会・経済システム全体に大きなダメージを与えることになるだろう。人間として社会やコミュニティーのなかで尊重されていると感じることのできない人々は、活力や創造性が格段に低下することが分かっている。これは社会全体の生産性にも大きな影響を及ぼす問題だ。

 社会の発展を経済成長率という数値のみで測り、その推進を自由主義やグローバリゼーションだけに頼っていては、経済そのものの成長もできない。米国はそのダイナミズムによって先進大国であり続けてきた。米国は常に変化を先取りして世界をリードしてきたが、その陰で伝統を重んじる人々の感情を犠牲にし、彼らがもつ潜在能力を放置してきた。保護主義に突き進むことが問題を解決することはないであろうし、米国が本気で自由主義を後退させることもないだろう。しかし、いずれにせよ米国が抱える問題は深刻で具体的で有効な対策を講じることは極めて難しい。これは他山の石ではない。日本をはじめとした先進各国はすべて似たような状況にある。

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