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国士舘大学政経学部政治学科講師

 中華思想とこれからの中国、第3話

 

「中国のレーベンスラウム(生存圏)拡大の地政学的な理由」

 

◎敵対勢力に囲まれている中国

 

読者の手元にある地図を開いて見て欲しい。中国大陸を中心として周辺の海を見ると日本列島・沖縄・台湾・フィリピンに囲まれている事がわかるだろう。更に、この包囲網はベトナムに達している。これらの国を全て敵対国と見做せば、中国は外洋に出る道がふさがれていると考えるのは至極当然の事だ。ましてや、これらの連鎖の外側には大海洋国米国が控えており、鎖の内側にある韓国と軍事同盟を結び、同じく社会主義国である北朝鮮と国境を接しているのである。中国の基本的な海洋に対する認識はこの現実を直視したところにある。

 その現実とは日本との関係に於いては尖閣諸島で対立姿勢を採り、台湾とは併合問題で敵対、フィリピン・ベトナムとはスプラトリー諸島(南沙諸島)領有権問題で軍事的な対決姿勢を一層強くしている事をさす。つまり、中国から見れば周囲は敵だらけであり、敵対勢力に囲い込まれていると認識せざるを得ないのだ。

 地政学的な見方をすれば、中国の歴史は華北政権を構成していたランド・パワーと華南政権を構築したシー・パワーがたがいに覇権を巡って争い、攻防を繰り返した歴史と見る事が出来るだろう。その象徴的な事柄がマルコポーロの冒険である。マルコポーロは1271年にイタリアを出発、陸路を通って北京に到達した事はよく知られている。が、帰路は海路だった事は日本人にはあまり知られていない。彼は1292年ペルシャに嫁ぐ韃靼の王女のエスコート役として杭州を出発、マラッカ・インド洋を通ってペルシャのホルムズに上陸。そこからは陸路で本国に帰国した。杭州出発から帰国までの期間は3年を要している。

 マルコポーロが仕えたのは元のフビライ。元は陸路を通ってヨーロッパにまで攻め入り、中国を席巻した一大ランド・パワーの帝国である。当時、中国南部で権勢を誇っていたのは杭州を中心とした南宋。南宋はペルシャを含むアラビア商人たちと通じて盛んに海洋交易をおこなっていたシー・パワー国家であった。元は1279年に南宋を滅ぼし造船技術や外洋航海技術を取得。この事が1281年の弘安の役に繋がって来る。日本への侵略に失敗した後、元は先祖返りをして外洋に出て行く事はなかったのである。そして、明朝時代には鄭和がアフリカのケニアにまで航海したほどのシー・パワー国家となったが、清朝では外モンゴル・チベットを征服する大ランド・パワーへと変化している。

 

経済成長が著しい中国が主張する「核心的利益」とは

 

現在の中国共産党政権は言うまでもなく北京を拠点とする華北政権で在り、本能的にランド・パワーだという事が出来る。それは先に挙げた中国大陸を囲む島嶼国群を敵対的存在と捉え、尖閣を含む様々な島々を自国の領土にしていこうとする海洋戦略に見て採れる。この様な領土的野心はランド・パワー的本能が成せる事であると言えるだろう。

1949年の建国以来中国が内モンゴル、新疆ウイグル、チベットを自治区という形で併合してきた事は天然資源や労働力の確保も理由の一つではあるが、地政学的視点から見ると「国家は生きている有機体的な存在であり、必然的により大きな生存権を求めるようになる」としたドイツの地理学者フリードリッヒ・ラッツェルの「レーベンスラウム(国家が自活できる生存圏)」拡大論によるランド・パワー特有の安全保障上の意義が大きいと言えるだろう。上記の三地域を併合した時点では現在のように中国の経済、国力、人口が巨大化して行く事は予想できていなかったが、中国共産党政権は本能的に安全保障上の問題として領土拡大を目指していたとの判断には蓋然性が認められるのだ。つまり人口や経済の拡大によって生存圏も拡大させ、安定した国家運営のための安全保障を図っていくという考え方だ。この視点から見れば、尖閣もスプラトリーも中国の言う『核心的利益』に他ならないのである。

そして、この基本的な発想からすれば、現在、中国のエネルギー安全保障上の最重要課題はエネルギーの安定供給とその輸送ルートの安全確保である事は言うまでもないだろう。中国は1980年代から始まった開放経済以来、年9%の経済成長を続けて来た結果、今日では米国に次いで世界第2位のエネルギー消費国となり、産油国として世界第4位でありながらも国内生産分だけでは需要が賄い切れず、現在は石油輸入国となっている。経済発展を続けて行くために必要なエネルギー確保は先にも述べたように自国の生存に関わるものであり、シーレーンの確保も同様な位置づけがなされるわけである。中国が海軍力を増強し、シ―・パワー的戦略を図るのはこのエネルギー問題に対処するためのものである。

この事を言いかえれば、本能としてはランド・パワー的な発想を持ちつつ、現実問題としてシ―・パワー的戦略を採らざるを得ないという事である。経済発展に従って領土を拡大して行くというランド・パワー的発想がシーレーン確保という問題と深く繋がり、中国の存在そのものがその領土も含めて限りない拡大を志向して行かざるを得ない。当然の事ながら、日本も含めてその周辺諸国は中国の領土拡大路線に対応せざるを得ず、その事自体が中国から見れば敵対勢力となるわけである。

 

キューバ危機から学ぶ中国包囲網

 

具体的にはリムランド(この場合地政学的用語を当てはめて、便宜的に中国をハートランドとすれば、中国を取り巻く周辺諸国という意味になる)の対処は地理的な情況を利用して、封じ込めや囲い込み戦略によって中国の拡大を阻止する事になる。冷戦当時アメリカはソ連周辺の西側諸国に核攻撃も可能な軍事基地を張り巡らせ、トマホークや戦略型潜水艦によるSLBMでソ連を包囲し、封じ込めて崩壊に追いやった。

キューバ危機の時、ミサイル供給を米海軍に阻止された事が大きな原因となって、当時のソ連海軍総司令官ゴルシコフ元帥が海軍の近代化を強力に推進し、空母の開発にまで手を染めた。当然の事ながら、ソ連を外から封じ込める米海軍の核戦略ミサイルに対抗する意味があったが、海軍力の増強には莫大な費用がかかり、経済的な裏打ちがなかった当時のソ連にとってゴルシコフ戦略は経済的な負担が大きすぎ、結果的にはソ連崩壊に繋がった。

この事例にもあるように、リムランドからの包囲と封じ込めは中国にとっても脅威であり、これを払拭するための海軍力増強は経済成長が鈍っている現在の中国の命取りにもなりかねない。中国の拡大に対して引っ越すという対応ができない日本と同じように、中国もリムランドからの包囲と封じ込めの脅威から引っ越すという選択肢がない。中国も同じように怯えている事も我々は知っておく必要があるだろう。この観点から見れば、安部政権発足直後に総理と閣僚がリムランド諸国を歴訪し、結束を強める情況をつくりだした事は大きい。

 先に挙げたレーベンスラウムの拡大には自給自足体制の構築とその拡大という意味が在り、ヨーロッパの中央に位置しているドイツの伝統的な発想で在り、ナチス・ドイツが宣伝材料として利用した概念でもある。グローバル経済が進行している今、このような地政学的発想による戦略論は古いものとされている。この19世紀的価値観を現在の中国に充てはめるとなぜその意図や方向性が見えてくるのか…。次回はこの点について中国経済の在り様を中心に論を展開して行く。

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