「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

シリアの化学兵器問題から見える大国アメリカの求心力低下

 

冷戦構造崩壊後、強い米国の存在が世界の安定に寄与

米国のオバマ大統領が、シリア政府の化学兵器使用に対し軍事制裁を口にして以降、中東情勢は俄かに慌しい動きを見せ始めた。一連のシリア問題は結局、米国の軍事介入は中止され、ロシアのシナリオ通りに国連に預けられた。普通の日本人の常識的感覚からすれば、米国の軍事介入が避けられた御蔭で、石油の値段も高騰することなく、株価も安定。万事めでたし、めでたし…という事になるだろう。が、パワー・ポリチックスの側面から見て行くと、世界の安定に寄与して来たパクス・アメリカーナ、つまり米国の覇権による世界秩序が音を立てて瓦解して行くプロセスでもあったのだ。

冷戦構造崩壊後、世界唯一の大国として、米国の存在は世界の安定に必要不可欠であった事は言うまでもない。米国の求心力とは一言で言ってしまえばクレディビリティ(米国の力への信頼性)である。つまり、政策が正しいのかどうかは別にして、米国はいざとなれば軍事力行使を示唆し、場合によっては実際に圧倒的な力を行使する事で国際秩序を乱す他国の行動を抑止して来たと言えるだろう。

例えば1970年代以降のアジアに絞って見て行くと、南シナ海の島々を巡る中国と東南アジア諸国との争いはこの地域から米軍が撤退して力の空白が生まれた事と密接に係わっている。ベトナム戦争末期の1973年、パリ和平協定により米軍がベトナムから撤退した。その翌年、中国は西沙(パラセル)諸島に軍事侵攻して当時の南ベトナム軍を駆逐し、全域を支配下に置いた。また、フィリピンで米軍基地反対運動が高まり、92年に米軍が撤退。すると、その3年後にフィリピンが実効支配していた南沙(スプラトリー)諸島のミスチーフ環礁を中国が占領してしまったのである。1996年には、中国人民解放軍が初の台湾総統選挙に圧力をかけるために、台湾周辺の海上に大部隊を展開し、実弾射撃を含む大規模な演習を行っていた。が、米海軍の二個空母打撃群が台湾海峡に入った途端、演習が突如中止された。その過程は私自身台湾海峡でつぶさに目撃している(本誌連載2013年2月号参照)

 

オバマ大統領の発言によって既成事実化した米国のシリア軍事介入

今回のシリア問題では米国の最高指導者であるオバマ大統領が、国際秩序維持のために米国のパワーを使う事が出来ない弱腰の指導者だと言う事が世界中に具体的な例として示された。この点をもう少し見てみよう。シリア問題でオバマ大統領が重大問題だとしたのが、アサド政権が化学兵器を使用して子供も含めて1400人を超す犠牲者が出た、とする点である。が、これはあくまでアメリカの各インテリジェンス機関の情報を総合したものであり、検証しなければならない点は幾つもある。ともあれ、「国際法で禁止された大量破壊兵器が政府軍によって使用された」とアメリカ大統領が認定したという点が重要である。この一点を根拠として、米国大統領は軍に命令を下し、直ちにシリアへの軍事介入が可能である。これを担保したのが、昨年の8月に記者会見で、シリア内戦で化学兵器の使用はレッドラインを超える―とオバマ大統領が述べた事だ。今年5月のニューヨーク・タイムズ紙等の報道によると、当時この発言について大統領の側近達は事前に承知しておらず、不安になって、取り消す事が出来ないものだろうかと考えていた―等の証言がなされていた。その報道が真実であれば、大統領の発言は政治家として練り込まれた発言ではなく、口から出まかせの感がある。しかし、この発言は「化学兵器が使われたら米国はシリアに軍事介入する」となって全世界に流され、既成事実となってしまった。そして今年、前述のようにオバマ大統領が化学兵器使用を認定した事で、軍事行動に出ると世界が見たのは至極当然の流れである。

余談だが、大統領がシリア政府の化学兵器使用を認定した直後から、私のPCに「米国のシリア攻撃が決定した。今すぐこの会社の株を買えば絶対に儲かる」等の英文メイルが連日3通~4通入るようになった。株等には全くの門外漢で、無視していたが、ロシアの提案を米国が飲む事がハッキリした途端、その手のメイルは全く来なくなった。シリアの一件は、私自身が戦争をビジネス・チャンスと捉え、動き回る人達の行動の一端を具体的に知る事となり、更には、米国大統領の発言一つで世界中が動き始める程、その存在の重さを実感できた一瞬でもあった。

今回の問題の重要ポイントはシリア市民の多量殺戮をやめさせるといった人道的なものならば、今回より早い段階で内戦終結のための努力がなされるべきであったという事にある。2008年の大統領選挙でオバマ大統領は軍事的行動より対話重視の外交への回帰を掲げたが、現在までシリア内戦には傍観者の立場を採り、内戦終結のために対話重視の積極的外交力を発揮する事はなかった。こんな中で軍事介入を示唆する唐突なレッドゾーン発言は、大統領の基本的な外交姿勢と自己撞着を起こしてしまったと言わざるを得ない。国際的なリーダー・シップの発揮と自らの価値観を貫くためにシリアに介入する事が責務であるのなら、オバマ大統領は2年以上前に、軍事ではなく、外交の場で介入を始めるべきであったろう。

この視点からすれば、シリア問題について最初から軍事介入は想定の中に入っておらず、記者会見での発言の重さに大統領自身が気付いていなかったのではないか?との疑問がわいてくる。上述の様な外交的失敗を糊塗するために軍事介入を口にし、既成事実化してしまった。そして自らの責任の重大さに気圧されて、大統領権限で攻撃命令を発することが許されているにも関わらず、その決定権を議会と分かち合う事で責任逃れをしようとした…とすれば、対話重視の外交であろうが、軍事介入であろうが重大な局面になると自らが責任を採る形での決断ができない大統領であるとの認識が世界で一般化して行くのは当然の流れだろう。

こうなった最大の問題点は上述のように、シリア問題で軍事介入する米国の目的がはっきりしていなかった点にある。せめて米国のクレディビリティを支えている軍事費削減をできるだけ抑えると言う政策を示せば、何とか米国の信頼を保つ事も可能かもしれないが、その傾向は全く示されないままである。

 

多極化外交を唱えるロシアに軍配

今回のシリア問題の件で、米国の軍事力行使のハードルが極めて高くなっている事が明確となった。この事は米国の力の信頼性を著しく下げ、米国の抑止力を下げている。更には英国議会で軍事介入が拒否され、常に米国と行動を共にしてきた「米英特殊環境」にも一方ならぬマイナスの影響を与えている。仏は軍事力介入を支持したがドイツは米国との同盟関係よりもEUをまとめ上げるのに手一杯であり、ヨーロッパも分裂している。

この様な状況の中で、多極化外交を唱えるロシアは中国と共に強更に米国の軍事介入に反対し、シリアの化学兵器を国際管理する事と最終的には国際管理下での破棄を提案。英国に続いて米議会での承認を得られない可能性があったオバマ大統領はこの案に飛びついてしまった。オバマ政権はシリアが化学兵器破棄に至る一連のプロセスを順守しない場合には、国連で武力行使や経済制裁が可能な国連憲章第7章に基づく処置を課す事が出来るとして、軍事制裁の可能性が残っている事を盛んに強調しているが、第7章を発動するには新たに安保理を開催して決議しなければならない。となれば、ロシア・中国が拒否権を行使してシリアへの軍事介入を阻止する事が出来るのである。

ロシアの狙いは化学兵器を差し出させてアメリカの軍事介入を避け、アサド政権存続の国際的な仕組みを作る事に在った。化学兵器を取り扱えるのは唯一組織だった行動ができる政府軍であり、化学兵器の配備に携わったシリア軍だからこそ、それをシリア全土から集積し、国際機関に差し出す事が出来るのは政府軍のみである。更にはアルカイダ等が参加している反政府勢力に化学兵器が渡れば、全世界のテロ組織にそれが流され、最悪の事態も想定できる。テロ組織に化学兵器が流されないような処置をとれるのは内戦中のシリア国内では政府軍しかいない。これにより、大量破壊兵器拡散阻止の大義名分は政府側に在る事となる。従って、化学兵器の処置が終わるまで、アサド政権と政府軍は存続していなければならない事になるのだ。化学兵器の最終処置が完全に終了するまでに一体どれくらいの時間と資金がかかるのか、現在のところだれも正確な予測はできていない。この事からすれば、シリア問題を処理するロシア案の仕組みは六者協議を通じて北朝鮮の存続を目的とした仕組みと似たような性格を持ったものと言えるだろう。

 

米国のクレディビリティ低下が今後のアジア情勢に悪影響を与える

この仕組みの中で、最も重大な点は化学兵器を実際に使用したとされるシリア政府には何も制裁が加えられないという事実である。この事は核も含めて大量破壊兵器を使用してもこの様な仕組みがあれば、米国は承認してしまう、というシグナルとなるのだ。

この事が北東アジア情勢に重大な影響を与える。大量破壊兵器の使用に対してもシリア問題処理の過程で明らかになった様に、米国の軍事力行使のハードルが高まり、米国のクレディビリティが低下することが北朝鮮にとって有利な環境として判断され、核を含む更なる大量破壊兵器開発に邁進するという事は十分予測可能である。

事実、今年9月18日、日韓政府当局者と米国政府が北朝鮮の黒鉛減速炉再稼働を確認。この黒鉛減速炉の稼働で1年間に核爆弾1個分に相当するプルトニュウム生産が可能となる。更には高性能ロケットエンジンの地上燃焼実験がなされたとの報道もあった。北朝鮮は化学兵器をすでに開発済みで、これに核とミサイルが加わり、日本や韓国、米国もターゲットとして狙える存在となりつつある。今回のシリアを巡る情勢の変化で北朝鮮が大量破壊兵器を実際に使用するためのハードルは、低くなったとの想定には蓋然性がある。

米国は尖閣諸島の件については日米安保条約に基づいて行動すると約束して来た。が、これまで述べて来たように、現在のオバマ政権の実情では重大局面に至った時に決断できるかどうか分からない不安がつきまとう。日米安保条約があるとしても、それは米軍が武力を行使できる法的根拠に過ぎず、最終的に軍を動かすのは最高指揮官である大統領の命令が必要となるのだ。米国式民主主義の仕組みでは最終決断は大統領個人に委ねられ、大統領は世界の頂点に立つ政治家としての資質が問われる。この視点からすれば、今回シリア問題でオバマ大統領が採った行動は中国にとっては先手を打つチャンスと見られる可能性が高いのだ。

日本にとって最悪のシナリオは、中国と尖閣を巡って争いが起きた時、今回の様なシリア問題処理の仕組みで処理される事である。中国が先に行動に出て尖閣を占領し、いち早く既成事実を創り上げる。日本の法体系の現状ではその対処に時間がかかる。この間、オバマ大統領の決断が遅れ日米安保条約発動のチャンスを失い、ロシアなどの第三国がシリアと同じような解決策を提示し、国際機関に解決を委ねる事に米国が同意してしまう。そして問題の「平和的解決」のための国際協議が始まり、時間稼ぎの場に使われ、どちらが法を犯したかの最重要問題は棚上げされる。そして、時間の経過とともに中国人の定住、港湾施設などインフラの整備、軍事基地の建設等が実行され、中国の実効支配が着々と進行するという事態に陥る事である。

上記の事を前提とすれば、日本にとってやれる事は防衛力の強化で中国の行動を抑止し、出来るだけ米軍の負担を減らし、米軍を動かしやすい環境をつくる事であろう。パワーバランスを考え抜いた戦略的な発想を持つ政治、外交、防衛での選択と集中を果敢に行って時間を稼ぎ、次期大統領選挙を念頭に置いて日本に有利な政権誕生を米国に働きかけつつ、少なくともオバマ政権の間は我慢強くしのいでいくという事に尽きるだろう。

 

 

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