「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第3話

 正論だけでは通用しない現実の国際関係

 

◎昨年、明確化した安倍政権の外交姿勢

昨年の東アジア情勢はめまぐるしく変化し、新しい潮流が出来つつあると言えるだろう。その最も大きな端緒として挙げられるのが、一昨年の暮れから去年にかけて日本、中国、北朝鮮、韓国、に新しい指導者が登場した事である。そして、北朝鮮を除いた各国の新指導者たちはこぞって海外に出かけ、首脳外交を展開。其々が自己の世界認識に基づく外交・安保戦略を披露して、自国に有利な国際世論を作り出そうと競い合った。

 中でも第2次安倍政権は発足直後に、今回採り上げた日本の外交・安保政策に関する論文を世界に向けて発表し、その趣旨に見合った活発なアジア外交を推進。安倍政権閣僚として最初の訪問先が岸田外相のフィリピン訪問であった。以来、現在まで中国政府を相手とした正式な外交が行われていない。この事に象徴される安倍政権の外交姿勢は中国を除く大陸周辺国に向けられており、尖閣を巡る中国の態度についての基本的なスタンスを明確に示すものであった。

 具体的には、昨年末の天皇御夫妻のインドご訪問を始めとして、安倍政権の外交姿勢は様々なステージで展開されており、12月に入ってASEAN加盟10カ国首脳を招いて東京で「日・ASEAN特別首脳会談」開催で今年のピークを迎えた。折しも設定された中国の防空識別圏問題を共同声明で取り上げ、公海上空の飛行の自由と民間航空機安全確保に向け協力を強化することを明記。重ねて日・ASEANの防衛相会議開催も提案。安全保障の面でもASEAN諸国と積極的に協調していこうとする姿勢を見せた。

 これら一連の行動が目指すところは地政学的見地に立てばほぼ可視化できる。基本的に地政学は国際関係を地理的要因、軍事的要因のみで分析する。それは、海洋国家(シー・パワー)がユーラシア大陸中央部(ハート・ランド)に位置する大陸国家(ランド・パワー)拡大を抑止するための理論であり、具体的にはハート・ランドの周縁に位置する地域をリム・ランドと名付け、ランド・パワーがリム・ランドを取り込むとシー・パワーにとって著しい脅威となる。逆にシー・パワーではリム・ランドを形成する国々が共同してハート・ランド勢力を包囲し、その拡大を抑止する力が働く。このことを日本が現在直面している国際関係に当てはめると、ランド・パワーである中国が尖閣諸島を制することはリム・ランドであり、シー・パワーである日本とそのバック・グラウンドにいる米国にとっては脅威と成りうる(本誌2013年3月号参照)。従って、日米を始めとするシー・パワー各国にとって確固たる安全保障政策を持つのならば、尖閣諸島は絶対に譲ることができないと明確に認識せねばならない。安倍政権の行動はリム・ランド国家群の強化と安全保障における共同作業の具体的な手順を踏んでいると見るべきであろう。


◎インド洋から西太平洋に至るダイヤモンド構想とは

  その上で日本は米国を筆頭にカナダ、オーストラリアなどのシー・パワーとの関係を強化することが喫緊の課題となってくる。その点について安倍論文ではこう述べられている。

「日本は成熟した海洋民主主義国家であり、親密なパートナーの選択にはこの事実が反映されるべきである。(このことを念頭に置いて)私はオーストラリア、インド、日本そしてハワイ(を結ぶ線)でインド洋地域から西太平洋に至るダイヤモンドの形をした海洋交易の安全を守る戦略を構想している。私は(このように戦略)地域拡大の大きな可能性と、この安全保障のダイヤモンド(形成)に対する日本の能力(向上)に投資をする用意がある」

日本は成熟した民主主義国家であり、海洋国家でもある。従ってパートナーとなるのは同じ条件を備えた国家群でなければならない。その意味から、共通の土台を持つ日本、オーストラリア、インドそれにアメリカのハワイを結ぶダイヤモンドの形をした海洋交易保護地域を設定して共通の利益を守っていく戦略を提言すると言うのだ。安倍首相の言う戦略的パートナー・シップはさらに拡大。以下のように述べる。

「私はまた、英国とフランスにアジアの安全強化の役割分担を担うように要請したいと考えている。(英仏両国と)はるかに海を隔てた民主主義国である日本の位置は両国のプレゼンス再生にはより良い状態となるだろう。英国は今もなおマレーシア、シンガポール、オーストラリア、そしてニュージーランドの5カ国防衛協定(Five Power Defense Arrangements)の中心である。私は日本がこのグループに加わり、メンバーによる定例の対話集会に参加し、そして小規模な軍事訓練の一角を占めることを望んでいる。同時にタヒチのフランス太平洋艦隊が小規模予算による作戦を行っているが、パンチ力はその規模を上回っている」

 ここで言う5カ国防衛協定とはアジア・太平洋地域にある旧英国植民地が形成する英連邦と英国が1971年に締結した軍事同盟のことである。英国は1967年にスエズ以東から軍事的に撤退することを決定したが、当時はインドネシアの政情不安定、インドシナ半島ではベトナム戦争が本格化し、その影響でラオス、カンボジアでの共産党勢力の攻勢が強まり、冷戦の熱戦化が進行していた。こういった状況下でシンガポール、マレーシアの安全保障上の問題が課題となった。独立直後の両国は防衛力強化の余裕がなく、その補完のために英国、オーストラリア、ニュージーランド(各国の頭文字をとってこの3国をANZUKと呼ぶ)の軍隊が両国の防衛に協力する事となった。この協定では上記2カ国が他国からの脅威や攻撃を受けたら、他の締約国が軍隊を出動させることになっている。

 有事の際に行動を迅速にする一環として、撤退した英国極東軍の空白を埋めるために7千人のANZUK軍地上部隊を発足させ、シンガポールに駐留。更には1957年以来、オーストラリア空軍が管理するマレーシア・ペナンにあるバターワース空軍基地にはマレーシア、シンガポールをカバーする統合防空システムが設けられ、オーストラリア空軍の戦闘機・爆撃機も配備された。

 しかし、時代の変化と共に徐々に役割を縮小させ、地上部隊は1989年にニュージーランド部隊の引き揚げをもって完全撤退し、バターワース空軍基地も1988年にマレーシア空軍に移管され、ANZUKとしてはオーストラリア軍のP3C対潜哨戒機が駐留するのみとなった。その一方では1991年以降、5カ国の国防相の会合が3年毎に開かれており、1997年の香港返還を契機にこの軍事協定の役割が見直され、ANZUKの合同軍事訓練を再開。近年ではますます活発化している。

 安倍論文では上記5カ国協定に参加する事で南シナ海からインド洋に至るオーストラリア、東南アジア海域の安全確保を強調し、更にはフランスと組んで南太平洋までの海域をその範囲に含めようとしているのだ。ここで見逃してはならないのが、太平洋安全保障条約(Australia, New Zealand, United States Security Treaty=通称ANZUS条約 )の存在である。1951年9月、オーストラリア、ニュージーランド、米国の間で調印されたこの条約は上記3国の軍事同盟・集団安全保障を確約するものだ。従って日本のANZUKグループへの参加が実現されれば、安倍論文の言う「ダイヤモンド」が事実上形成可能となるわけだ。


◎靖国参拝に対する各国の反応と、日本と中・韓との国民意識の違い

 この様に安倍論文では冷戦下に西側諸国間で結ばれた様々な軍事条約を引っ張り出し、日本がこの条約群の網の目に入りこむ事で中国の拡張を抑え込む地政学上のリム・ランド及び、シー・パワーの役割を積極的に担う姿勢を貫いていると読めるのだ。そして、論文終章部分ではこの構想の要となる日米同盟の更なる強化に努めることを強調している。

 が、問題は彼自身がこの壮大な構想が実現する可能性をどれほどのものだと見積もっているかである。英国、フランス、オーストラリア、インド、ニュージーランドそして米国それぞれの国益に照らし合わせてみれば、中国の存在は実に大きい。尖閣諸島を巡る問題で矢面に立っている日本の主張がいかに正論であっても、日本に組みする事は中国との軋轢を生むと判断し、それをできるだけ避けようとするのが当然だろう。現実の国際関係は理論通り動かないのは数多の歴史的事実が証明している。

 この点において特筆すべきは昨年12月26日の第2次安倍内閣成立1周年目に行われた首相の靖国神社参拝である。この事実に対して、欧米も含めて批判が起きた。当然のことながら中・韓両国は火がついたように過激な表現で非難を繰り返した。

 参拝後に出された安部総理の談話では、英霊に内閣成立1年目の報告をした事、不戦の誓いをした事、A級戦犯を崇拝しているという誤解を解き、中・韓国民の心を傷つけるつもりではなく、国の命令に殉じた者に尊崇の念を表明するのは1国の政治指導者としては当然の事と考えている事、この思いを中・韓国民を始めとして全世界に直接話したいと思っている事、などが大意として述べられていた。

 特に歴史問題を日本に対する外交カードとし、国内政治の安定に利用する中・韓両国政府に対して「誤解」という言葉で反論しており、安倍首相の主張はまさに正論である。日本は戦後一貫して他国に戦争を仕掛けたことがなく、戦争放棄を貫いてきたし、村山首相談話に象徴されるように日本政府は幾度も謝罪を繰り返してきた。この事実には一切目を向けず、民主主義国家には当然存在する意見や見解の相違を自由に述べ合う原則や、開かれた政治的手続きのプロセスで起きる日本国内の歴史認識の相違の片方の部分を大きく取り上げて「妄言を呈する政治家がいるから、日本の謝罪と反省は信頼できない」として日本全体を非難してきた政治姿勢そのものが問題である。従って、自己の歴史認識に合致しないという理由で、首相の靖国神社参拝に対する一方的批判は民主主義国家には当てはまらない。安部首相の政治姿勢は、靖国参拝も含めてこれまで日本の戦後政治を貫いてきた自己主張を極力控える外交姿勢から離れて、明確な価値判断を基に積極的に事態を動かして行こうとするものであり、民主主義政治体制の中で国民の負託を受けた国益を担う政治指導者としては、ごく当たり前の行動を取っているに過ぎない。

 しかし、中・韓両国にとっては歴史認識問題そのものが政府の寄って立つ基盤であり、法と国際秩序よりも自国民の感情に依拠する現在の政体が続く限り、絶対に変更できないと認識すべきである。それは中国共産党政府の成立、及び、韓国の独立の過程を見ていけば、容易に理解できるだろう。このために両国政府は営々と反日教育を施し、日本を敵対化する事で愛国心を掻き立てる政策を長きに亘って続けてきたのである。

 その象徴的な結果として、世界数十カ国の大学・研究グループが参加し、共通の調査票で18歳以上の各国国民の意識を5年毎に調べ、相互に比較する「世界価値観調査」による調査結果がある。ここで採り上げたいのは「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という問いに対する各国の回答結果である。手元にある電通総研・日本リサーチセンター「世界主要国価値観データブック」の資料によると、2005年の調査では「国のために戦う」と答えた比率が日本の場合15.6%と、世界36カ国中最下位。「戦わない」と答えた比率は46.7%とスペインに次いで第2位の高い値であった。それに対して中国の「戦う」と答えた比率は75.3%、韓国では71.7%と、それぞれ4位と5位を占めている。

 この様なバック・グラウンドを持って中・韓政府は日本に対する外交政策を行っているのである。この事は逆に、両国政府の対日政策上の選択肢は極めて限定的であることを示しているのだ。安倍論文で述べられた構想を昨年1年間の外交政策で着実に手を打ってきたとの自負を背景に、靖国参拝の決断をしたとの事であるのなら、中・韓両政府を追い込む結果となるこの決断の結果に対して、安部政権がどのような対処を想定しているのかいささか不安を感ずる。


◎安倍首相の靖国参拝は結果的には時期尚早

 昨年安倍政権がやってきた事は防御を固め、中国を封じ込める基本戦略があった事はこれまで述べて来た通りである。しかし、防御を固める事は相手に対して攻撃をかけるというシグナルとなり、相手の反撃をも想定しなければならない。靖国参拝を更なる日本の攻撃と捉え、それに何も対抗しない政府との非難に追い詰められた中国が軍事的エスカレーションを選択。尖閣を巡って中国が軍事行動を採る事になり、もし死者が出るような事態に進展すれば、先にデータで示したように、日本国内では怯えによる無責任な反戦運動が蔓延し、中国は圧倒的な国民の支持を得て居丈高になって攻撃をかけてくるという、最悪のシナリオも想定出来得るのだ。

 私自身、大学という場で日常的に若者に接しているが、彼らの近・現代史の知識不足、それにより国家と自分との位置のとり方が極めてあいまいな事は身にしみて感じており、先にあげたデータの正しさを認識せざるを得ない。これら、政策のバック・ボーンとなる国民意識を冷静に弱点として捉えれば、日本という国と国民が戦争を含む国際関係の息詰まるような緊張にさらされた時、第2次大戦中の英国民のように政府を信頼しつつ、冷静さをもって長期に耐えられる状況ではない事は容易に想定できる。正論は正論として主張するのは当然のことである。が、政治家としての老獪さを持って現実をしたたかに見据えれば、安倍首相の靖国参拝の時期は尚早であったと言わざるを得ない。

 

 

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