「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

タイの反政府運動の実態、第1話

対立軸の中心にあるのは王室の存在



◎王室への気遣いと不敬罪という法律

昨年12月3日、タイのバンコクに入った。当時のバンコクは夥しい数の反政府デモ隊が市内繁華街の要所を占拠し、日本大使館がバンコクに滞在している日本人に対して不要な外出は避けるようにとの通達を出したばかりであった。現在起きている激しい反政府運動の直接的な原因はインラック現政権が2013年11月1日にタイ下院を通過させた「恩赦法案の修正」である。この法案はインラック現首相の兄にあたるタクシン元首相の罪を許し、亡命先からの帰国を可能とするものとされている(法案自体はその後、反政府運動の影響を受けて上院で否決。下院に差し戻されたが、下院では審議継続を取りやめ廃案となった)。

 後に詳述するが、タクシン首相の存在はタイ国の近代化の過程で成立してきた国王を中心とする伝統的なタイ社会の新しい仕組みを根本から改革しようとするものであった。それはひいては回り全てがヨーロッパ列強の植民地となった中で、タイ国が最後まで独立を守り通す原動力となっていた王室のあり方そのものまで、変化させる道筋となりうる可能性を秘めている。

 この事態に危機感を覚えた保守派に何としても「タクシン的な政治」を阻止しようとするモメントが働き、改革派は「タクシン的な政治」をより推進しようと国民に働きかけるという対立構造が出来上がってしまったのが現状だ。その対立軸の中心には王室の存在がある。タイには厳しい内容を伴った不敬罪が存在し、王室の事に触れるにはそれ相応の気遣いが必要とされる。不敬罪は外国人にも適用され、タイ在住の外国人大学教授等の王室に対する論文や発言の内容が原因でしばしば不敬罪で起訴され、国外退去処分を受けることがあるのだ。従って今回の問題について書く場合には実名でのコメントなどは引用できない。しかし、この事は実際に現地で取材してみると公には私の取材相手(ジャーナリスト、学者、官僚達)ほぼ全員が口には出さないが、会食などの砕けた場所では表現は様々だったがほぼ全員が認めている。

◎国王の誕生日の前後は一時的に平穏

私の関心もこの点にあった。12月5日は国王の86回目の誕生日である。この日はどんな対立関係にあろうとも、一旦は矛を収めて双方とも国王の誕生日を祝うのが全国民暗黙の了解事項となっている。従って保守派は引くとしても、革新派がこれまでの殻を打ち破って行動を起こすのかどうか、が焦点となる。もし、そうなれば、タイ国の基本思潮が大きく変わる節目となるからだ。

 結論から先に言えば、私が滞在した12月3日から7日の間ほとんど何も起こらなかった。首都の警察機動隊、軍の治安部隊の基地を廻ってみたが基地内ではプロテクターと強化プラスチック製の盾を持った大柄の男たちが整列して待機状態であったし、またほかの場所ではデモ隊を制圧する訓練が行われていた。案内役を買って出てくれたタイ人ジャーナリストによると、治安関係部署はできるだけ目立たないようにして、刺激するのを避ける方針であるとの事だった。やはり、これまで通り国王の誕生日には 争い事を避けるという慣習は頑なに守られていた。毎年の誕生日毎に発せられえる国王のメッセージに注目すべしという現地メディアもあったが、全国民の融和を唱えるあまり変わり映えのしないものであった。

 そして誕生日が終わった翌週からまた激しいデモと道路封鎖が行われ、デモ隊に爆発物が投げ込まれ、死傷者が出るという凄惨な様相を呈し、それに対してインラック首相が60日間の非常事態宣言を発するというように事態は日を追うごとにエスカレートしている。インラック政権は2月2日に解散総選挙を行って事態を収拾しようとしているが、民主党を始めとした野党が選挙のボイコットを決め、立候補者数が定員割れを起こし、選挙が成立しない選挙区も出ている。

◎革新派と保守派の政治的対立の起因

 このような妥協の余地のない鋭い政治的対立の起きた原因として、一般に理解されている事はタクシン首相の政治的スキャンダルが挙げられている。が、本質はそれほど単純なことではない。2001年政権についたタクシン氏は東北地方を選挙基盤としており、農民層に対して米を高値で買い取り、更には低金利の融資、保健医療など、農民の経済利益を最優先する政策を実行。貧困層から圧倒的な支持を得て来た。その反面、ばらまき政策ともいえる中で政府の財政負担が大幅に増加する結果を招いた。

 2006年1月、タクシン一族が経営するIT関連企業をシンガポールの会社に733億バーツ(日本円で約2200億円)で売却。この売却利益に対する課税が節税工作により2500万バーツと異例の少額であった事が表面化し、国民的な批判が起きた。このため、2月24日に下院を解散。が、3月に入るとバンコクで首相退陣を求めるデモが活発化。首相の娘が国内最難関大学チュラロンコーン大学に入校できたのも、首相の圧力があったからだという噂も出る程、タクシン政権の在り方そのものに国民が不信感を抱くようになった。

 解散選挙も野党のボイコットで白票が相次ぎ、与党が勝利したものの、400選挙区中39選挙区で有効票が規定に達しなかったため再選挙が決定。国王がTVに登場して「これは民主主義的な選挙ではない」との異例の発言。それが引き金となって、4月4日深夜に至って、タクシン首相はついに国王に対して涙ながらに退陣を表明。次期首相が決まるまで副首相が代行する事となったが、実質はタクシン氏が職務を行い、この事が国王を謀った行為として国民からの反発を招いた。

 更には、この間、国王の発言を巡ってタクシン首相は「超法規的な存在の弊害」にしばしば言及。これに対して国民の間から不敬罪に相当するとの声が高まり、とりわけ軍の中でタクシン首相に対する反発が強まった。そして2006年9月19日クーデターによりタクシン首相は政権を追われ、汚職などの罪で実刑判決を受け、国外逃亡。そのまま現在までタイに入国できないでいる。インラック首相の恩赦法修正法案はこのような経過を辿って提出されたのであり、当然の事ながら国民を2分する重大法案であったのだ。実質的に国王に反発する事で政権の運営を行ってきた「タクシン的な政治」が、伝統的な国王を頂点とするタイの精神構造に根差す政治構造に挑戦するという構図が現在の混乱の底にある。 次回からはこの事を基本にして、東南アジアの地域大国タイの政治過程にアプローチしていく事とする。

<<バックナンバー>>
2014/1 第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第3話
2013/12第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第2話
2013/11第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第1話
2013/10シリアの化学兵器問題から見える大国アメリカの求心力低下
2013/8 北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第4話
2013/7北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第3話
2013/6北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第2話
2013/5北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第1話
2013/4中華思想とこれからの中国、第4話
2013/3中華思想とこれからの中国、第3話
2013/2中華思想とこれからの中国、第2話
2013/1中華思想とこれからの中国、第1話 
2012/12 日本と韓国の「本当の姿」
2012/11/01「反日を貫いて生き残れるか 韓流経済が抱える深い影」
2012/10/01女性が開き 男が動く世界が注目! 新時代を告げるミャンマー経済
2012/9/01ミャンマー•ビジネス参入の為の“重要事項”
2012/08/01ホルムズ海峡封鎖を覚悟した 米国のエネルギー戦略と日本
2012/07/01脱原発には スーダンの石油が必要になる理由
2012/06/01 良質な石油が眠るアフリカで PKOがする仕事
2012/05/01北朝鮮のミサイル発射に潜む「中東」の核事情 



会社案内個人情報著作権リンクポリシー
本ページに記載の記事・写真などの無断転載を一切禁じます。
著作権は㈲マジカルネットワークまたはその情報提供者に帰属します。

Copyright (C); 2014,
Magical Network Inc. All Rights Reserved.