「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

ウクライナ情勢とエネルギー問題 第1話

ウクライナとロシア長期に亘る歴史問題と西側諸国の対露政策

 

◎G7に協調した日本の制裁処置と今後の日露関係

ウクライナの大統領選挙が行われる前日の5月24日、中国から帰国したばかりのロシアのプーチン大統領はサンクトペテルブルクで日本のメディアを含む報道機関代表と会談した。会談の場でウクライナ情勢を巡って、日本が先進7か国(G7)に協調して追加の対抗処置(日本政府は3月18日、クリミア独立を承認したロシアに対し、ビザ発給要件緩和に関する協議の停止、両国間の新投資協定など3つの協定締結交渉の開始を見合わせる処置を発表。これは 良好な日露関係に配慮し米国やEU諸国よりもはるかに緩やかな内容であった)として、ロシア政府関係者ら計23人にビザ発給を当面停止に踏み切った事にプーチン大統領が言及。「その制裁処置を驚きをもって聞いた」と述べ、北方領土交渉に関し「日本側が交渉を一時的に中断している事も理解できない」と語った-との報道があり、日本側のメディアはこぞってこの発言は北方領土交渉で日本をけん制したものだとの解説をしていた。プーチン大統領はこの発言の直前に中国を訪問し、習近平主席と「対日戦勝70周年」を共同事業とする事に同意しているところからすると、中国とともに日本を含む西側のウクライナ問題対処に対抗する姿勢を鮮明にしたとみることができる。北方領土交渉も、安倍首相の度重なる訪露の末に築き上げてきた良好な日露関係に影が差し、領土交渉が先行き不安定な状態に陥るだろう-という識者のコメントも日本のマスメディアでは流されている。

 このような報道だけを見ていると、遠く離れたウクライナとロシアの間で起きた事が日本にも大きな影響を与え、東シナ海を巡る中国との軋轢にもかかわってくるようで、一般の日本人にとっては戸惑うばかりであろう。しかしながら、ウクライナとロシアの長期に亘る歴史問題と冷戦崩壊後から現在に至るヨーロッパとアメリカの対露戦略を背景に、エネルギー問題を視点の中心にして見ていくと、日本にとってこの状況は外交的好機として見えてくるのだ。

 この見方が成立するにはいくつかの前提条件が必要となる。その第一はウクライナとロシアの歴史的関係から生じたウクライナの離反と分裂、更にはヨーロッパとロシアの狭間にあるウクライナの地政学的な立ち位置。それと密接に繋がるロシアとEUのエネルギー供給問題の基本構造へのアプローチである。

 

◎クリミア住民の大勢が親ロシア派という理由と歴史的背景

 ロシアとウクライナはギリシャ正教を基礎とする文化を持ち、民族的にも「ルーシ」と呼ばれる同族であった。が、ルーシはモンゴル軍の侵攻によって破壊されてしまう。その後、黒海沿岸の草原地帯ではコサックと呼ばれる武士団が登場し、モンゴル支配を脱するとこの地域には小ロシア(小ルーシ)が残った。小ロシアは白ロシア(現在のベラルーシ)と大ロシア(現在のロシア連邦)とともにロシア帝国を成したが、残りの西半分はポーランドやチェコの保護下に入った。ウクライナという概念は12世紀ごろからあったとされているが、国家としての実態を持ちえなかったのである。

 行政単位として初めてウクライナが出現したのは1917年。ロシア革命によってロシア帝国が崩壊した後、レーニンの命によってであった。ソ連邦下で成立したウクライナ領はポーランドやチェコに含まれていた西部地域やクリミアも含まれておらず、現在よりもっと小さかった。第2次大戦中はソ連からの独立を目指す国粋主義者が侵攻してきたナチスドイツ軍に協力したが、戦争終了後はスターリンによって西部がウクライナに返還されることとなった。それに加えて、1954年にはクリミアがウクライナ領に編入されることになったのだ。1953年のスターリンの死後、激しさを増していったソ連共産党内の権力争いの過程でウクライナ出身のニキータ・フルシチョフが頭角を現し、ソ連邦のトップとなった。が、権力の安定のためにはウクライナの党組織及び、ウクライナの行政トップ達の支持を取り付ける必要があったため、強引にクリミアをウクライナ共和国に編入してしまった。当時のクリミア住民にとってクリミアのウクライナへの編入はあまり大きな意味は持たなかった。というのは、ソ連邦内の共和国の間に存在する境界線は地図上の線に過ぎなかったからだ。だが、ロシア人が大半を占めるクリミアの住民にとってウクライナ語の使用を義務付けようとする政権の志向はそんなに執拗ではなかったとしても鬱陶しさを感じていたのだ。オスマン・トルコの支配下にあったクリミアがオスマン・トルコからロシア帝国に編入されたのは18世紀の事でウクライナが建国される遥か以前の事である。2世紀に亘るロシア帰属で、トルコ支配の残滓として残る少数民族タタール人をも含めてクリミアは、ほぼ完全にロシア化していたと言えるだろう。

 

◎オレンジ革命を陰で演出した西側勢力

 ソ連崩壊後クリミアは独立国となったウクライナの一部として残った。その後、ウクライナの政府には国粋主義者が入り、排露派の勢力も強まってきた。何よりも問題であったのはウクライナの経済が悪化の一途をたどり、一向に浮上する気配がなかった事だ。更には政権内部が腐敗し、汚職がはびこった事も原因となって2007年、西部の住民を中心とした親EU派がオレンジ革命といわれる運動を起こし、親ロシア派政権を倒した。このオレンジ革命にはウクライナ領内にいた西側の外交官や、夥しい数のNGO団体の活躍があった。中でも特筆すべきはアメリカの投資家、ジョージ・ソロス氏が親EU派に莫大な資金援助を行い、革命を演出したとされている事である。この事をロシア側から見れば、アメリカを中心とするグローバル資本主義によって創られた政権がロシアの伝統的な民族的存在価値に対しての攻撃と映る。当然のことながら、ウクライナ東部の住民は新政権に反発。ロシアはウクライナに供給しているガス価格の吊り上げや、代金の前払いなどで経済的にウクライナを締め上げた。更にプーチン政権は、混乱に乗じてこれまでロシアが供給していた天然ガスの代金を払わないばかりか、ウクライナ国内を通るヨーロッパ向けのガスパイプからガスを抜き取るなどの無法を重ねたとして、ウクライナ政権にその代金を支払うように詰め寄ったのである。

 政権を握った新政府はEU加盟を目指して交渉に入ったが、EU加盟には「財政赤字がGDP比3%以下」という条件がある。ギリシャがEU に加盟した時、この条件に満たない事を知りつつ数字を粉飾。それが後に露見してユーロが暴落し、EUの経済が危機的状況に陥った苦い経験があり、EUはウクライナに対して厳しい態度を取ったのである。この当時、ウクライナの財政は、対GDP比4%台の赤字。これを3%以下に抑えようとすれば、公務員数の削減、公共料金の値上げなど、ウクライナ国民にとっては大変な負担となる。クリミアを始めとするウクライナ東部の親ロシア派住民にとっては、そこまでの痛みに耐えてEU加盟を果たさなければならない理由がない。政権の方向性に対して親ロシア派の不満が一気に高まったのである。

 そこで行き詰ったウクライナ政府に対して、ロシア政府が財政改革なしの財政支援と天然ガス等のエネルギー値下げを提示。この結果、2010年のウクライナ大統領選挙では親ロシア派のヤヌコビッチが僅差で復活当選し、ロシアから150億ドルの財政支援を取り付けることを条件にEU加盟交渉を打ち切った。しかし、親欧米派が猛反発し、2014年の政変で親ロシア派のヤヌコビッチ政権を打倒し、今日に至っている。

 

◎日本を含め西側メディアが伝えない真相とは

 現在、冒頭にもあげたように、クリミアの帰属問題とウクライナ大統領選挙を巡って日本や西側のメディアが、ロシアのプーチン政権をヒトラーになぞらえる程の悪玉に仕立て上げ、制裁を加えると息巻いているアメリカに加担しているかのように見える。が、今年2月に暴露されたヌーランド米国務長官補と駐ウクライナ米大使の電話による通話記録によると、今回の政変がアメリカ政府の意向に沿って周到に計画されていた事が分かったのだ。この通話記録は米政府も認めヌーランド氏自身もこの事に対して正式に謝罪したというから事実であるし、その語られた内容通りに状況が進展している。次号ではこの通話の内容と、なぜアメリカはこのような対ロシア追い込み攻勢をかけているのか、についてアプローチしてみたい。


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