「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

ウクライナ情勢とエネルギー問題 第2話


ウクライナ問題の根底にある西側のエネルギー戦略

 

◎米政府高官の会話が盗聴、そして驚きの内容が公開

 
今年2月4日、ロシアの情報機関が録音したと思われる音声がネットに公開された。世界中の誰もがアクセスできる状態で盗聴された音声が公開されたのは前代未聞の事である。それだけでも世界中の話題をさらいそうだが、当初はあまり注目されなかった。2月7日のソチ冬季オリンピック開幕日には、ロシアの盗聴騒ぎが新聞記事になったが、その時点ではオリンピック開幕のニュースが各メディアの主要テーマであり、内容があまりにも荒唐無稽で、巷でよく言われる陰謀説さながらだったと受け取られたからである。この音声の主はビクトリア・ヌーランド米国務次官補(欧州・ユーラシア担当)とジェフリー・パイエト駐ウクライナ大使。2人が交わした4分少々の電話での会話がそのままそっくり再生されている。


 この詳細については2月7日付BBC NEWS Europe「Ukraine crisis :Transcript of leaked Nuland-Pyatt call」(http://www.bbc.com/news/world-europe-26079957)でネット上の会話を英語に文字起こしし、外交専門記者Jonathan Marcus氏の解説付きの記事として公表されている。それによると、1月25日に当時のヤヌコビッチ大統領が、反政府側の野党ヤツェニュク氏を新首相に、クリチコ氏を副首相にする案を提出。その翌日、この妥協案が無視された結果、その混乱の責任を取って首相と全閣僚が辞任する。こういった一連の流れの中で、ヤニツェニュク氏が出したシナリオメモを見ながら、その内容について2人が協議する生生しい会話が記されていた。


 このシナリオは、5月の大統領選挙に向けてのもので、ヤヌコビッチ氏追い落としの後、暫定政権を作り、選挙をどのように運営していくかについてのものだ。これによると、人気のある元ボクシング世界チャンピオンのクリチコ氏を差し置いて暫定的にトゥルチノフ氏を大統領代行に配置し、後にヤツェニュク氏を首相に据える。最終的にはユダヤ人脈のバックアップを得てティモシェンコ女史を大統領選挙で勝利させる。クリチコ氏は大統領選挙のチャンスを与え立候補はさせるが、最終的には落選させることで政権から排除する…となっている。



◎盗聴されたシナリオ通りのトゥルチノフ氏の暫定大統領とヤツェニュク氏の首相任命

 
2人の会話はウクライナの政治工作に深く関与して行く過程でクリチコ氏に対する信頼を失い、彼を政権から排除することに賛成し、ヤツェニュク氏を暫定政権の首相にする事を確認。その理由としてヌーランド女史は彼が経済に精通しており、政権で働いた経験がある事を挙げている。そして、彼女はヤツェニュク氏の申し出を受け、本人と面会するためのスケジュール調整をジェフリー・パイエト駐ウクライナ大使に依頼する。更にはロシアに対する経済制裁に足並みが揃わないEUに対して「…and,you know,Fuck the EU(それで、わかっているわよねEUなんてクソ喰らえだわ)」とも言っているのだ。


 現実にはこの後、2月22日のソチオリンピック閉会直前になると反政府組織のデモ運動が急速に激化。突如として憲法違反の議会によってヤヌコビッチ大統領が職を剥奪されて暴力で追放される事態となった。そして、翌日の2月23日には盗聴されたシナリオ通りトゥルチノフ氏が暫定の大統領となり、2月27日には本当にヤツェニュク氏が首相に任命されたのである。


 これらの事実が証明しているように、欧米間で多少の意見の食い違いがあるにせよ旧西側諸国がウクライナの反体制運動に深くコミットしていた事が明るみに出た。このヌーランド次官補はブッシュ前政権の中心におり、イラク戦争を発動させるなどの対外強硬派であるネオコン(新保守派)の有力メンバーであり、ネオコンの理論的指導者と目されるロバート・ケーガン氏の夫人である。ネオコンのバックにはアメリカの軍事産業がついており、産軍複合体の意向を政策に反映させる存在であることがよく知られている。 


 更に言えば、欧米の様々な産業の意を受けた民間団体が水面下で活動している事も次々に表面化している。3月21日付の毎日新聞によれば、ブリュッセルに本拠を置くNGO「民主化のための欧州基金」という組織が昨年11月以降、ウクライナの首都キエフの反体制デモ隊に15万ユーロ(約2000万円)の活動資金を提供した事を認めている。先月号でも触れたが、2004年の「オレンジ革命」当時金融資本を中心とした欧米の各勢力がウクライナの反ロ勢力に肩入れしてきている。ロシアの弱い脇腹であるウクライナは欧米からの攻撃にさらされ続けているわけだ。



◎西側諸国の旧ソ連圏に対する攻勢とプーチン大統領の防御策

 1991年のソ連崩壊から23年間、アメリカを先頭とする西側の旧ソ連圏に対する攻勢は少しも緩まなかった。ソ連崩壊までソ連圏に組み込まれていたポーランド、ハンガリー、チェコ、バルト3国はいずれも独立し、EUやNATO(北大西洋条約機構)などの欧米の機構の構成国となってロシアと対峙する立場となっている。にもかかわらず、ウクライナはEUにも加盟できず、ロシアの衛星国の様な立場に甘んじていたところ、今回の政変である。ここまでロシアを追い込もうとする欧米の狙いはどこにあるのだろうか。


 その答えを象徴するような事柄が、混乱の最中にあるウクライナで起きていた。大統領選挙があった5月、ウクライナでシェールガスの採掘権を持っている企業・BRISMAの取締役としてアメリカ副大統領バイデン氏の次男が就任したのだ。つまり、オバマ政権はウクライナの混乱を演出し、反ロ勢力を基盤とした政権を樹立させ、その隙にロシア圏内の資源に触手を伸ばしていたという事になる。実は似たような構図は過去にもあった。


 ソ連崩壊の直後、エリツィン大統領時代にはソ連時代の国有企業をはじめ各産業の民営化が一気に進み、ロシア国内に新興財閥が次々に誕生した。2003年、その中の一つ、ロシア最大手の石油会社ユコスのボドルコフスキー社長がアメリカの石油メジャーにユコス社を売却しようとした。米国のメジャーがロシア国内のエネルギー会社を手に入れれば、事実上米国政府がバックに付く事になる。これを手始めに欧米の巨大資本がロシアのエネルギー産業をはじめとする様々な分野に入り込み、競争原理のみが絶対の価値となるグローバリズムの大波がロシア全土を覆い尽くすことになりかねない。


 この事に危機感を持ったプーチン大統領は脱税などの容疑でボドルコフスキー氏を逮捕し、ロシア最大の資産であるエネルギー産業を守ったのである。が、この後、欧米勢力が2003年のグルジア、2004年のウクライナ、2005年のキルギスとロシアの勢力圏・旧ソ連圏諸国で革命を起こし、反ロ親米(欧州)政権を次々と樹立させていく。革命で失脚したグルジアのシュワルナゼ元大統領は2003年11月29日付の朝日新聞に、また、キルギスのアカエフ元大統領は時事通信2005年4月7日付配信記事の中で其々米国の情報機関が革命に関与していた事を指摘している。


 2008年のリーマンショックを期にロシアの新興財閥系の企業が次々と経営困難に陥った。この時、プーチン政権は企業に資金をつぎ込む事になるが、各企業の評価基準を設定。ロシアの国益にかなう企業に資金援助を行うとして、「プーチンのリスト」と呼ばれるものを作成して事実上の「国家資本主義体制」を作り上げた。その結果、ロシアの企業は政権の意に沿わない場合は資金難に陥るという構造が出来上がったのである。この処置はプーチンが欧米の経済攻勢への対抗処置と認識されている。



◎米のエネルギー輸出拡大はEU・ウクライナにおけるロシアの影響力低下が狙い

 
 ウクライナ情勢が緊迫する中、アメリカではロシアに対する新たな攻撃手段が採られようとしている。それは5月10日にアメリカ議会に提出されたウクライナや欧州向けの天然ガス輸出法案である。現在アメリカ政府はシェールガスやシェールオイルを始め、米国産エネルギーの国内需要を最優先する事と、環境汚染を防ぐ事を目的とした輸出規制を行っている。この法案は輸出に必要な米政府の許可条件などを見直す事で、エネルギー輸出を加速。それによってウクライナ支援を強化する事になるのだ。ウクライナはガスの消費量の60%、EU諸国は30%をロシア産ガスに依存している。アメリカが輸出を増やせば、その分だけロシアがウクライナやEUに圧力を加えにくくなってくる。更に言えば、アメリカの天然ガス生産量はすでにロシアを抜いて世界第一位。これにシェールガスの増産が加われば、アメリカは2015年までに世界最大のエネルギー産出国になる見通しである。この事からすれば、アメリカがロシアと競合してエネルギー市場での覇権を目指し、今後はますます攻勢を強化。その結果、軍事力を除いてロシア唯一のパワーの源泉であるエネルギー戦略を封じ込める事となる。前述したように、この時期バイデン副大統領の次男がウクライナのエネルギー会社の重役に就任した事はこれら一連の情況を見越した上での行為だとすればまさに整合性が出てくるのだ。


 日本のメディアは今回のウクライナ問題を強硬な国粋主義者プーチンの独裁主義と自由を求めるウクライナ市民の戦いという図式に当てはめて報道し、解説するものが多いが、目をエネルギー争奪戦という視点に置いてこれまでの経過を見れば陰謀と権謀術数が渦巻く、実に古臭く、それだけに生生しい国際関係が見えてくる。次回は5月のプーチン大統領の訪中で中国とロシアが接近した事によって日本の領土問題を含む外交戦略にいかなる影響を与えるのか、引き続きエネルギーの問題を中心にして考察していく。

 


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