「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

イスラム国の成立と中東の情勢 第一話


過激派ゲリラの域を超えたイスラム国(IS)



◎米軍のISへの空爆で「テロとの闘い」が再燃

2014年、シリアを訪れていた民間軍事会社のCEOと自称する日本人男性がイスラム国(IS)と見られるイスラム過激派に拘束された。流血した彼を訊問している様子がYou Tubeで世界中に流され、日本人の間にイスラム国の存在が強く印象付けられる事となった。2014年9月20日現在、対応に当たっている日本政府に身代金などの要求はなく、彼の安否も不明である。8月19日には米国人ジャーナリストを斬首した動画がネット上に現れ、続いてもう一人、拘束中のアメリカ人が同様に処刑され、その映像が世界中に流された。


 近代的な日常生活の中では想像もつかない酷い映像にショックを受けたアメリカを始めとする西欧諸国はイスラム国に対して軍事的制裁も含めて、即座に行動を起こした。オバマ米大統領は「イスラム国殲滅」を宣言し、イラク国内のイスラム国に対して空爆を開始。数日後、シリア国内のイスラム国への攻撃も始まった。米国防総省は地上軍を派遣しなければ、効果的な空爆は難しいとして、盛んに地上部隊の派遣を働きかけ、野党共和党もこの動きに同調しそうであることから、早晩、地上軍派遣も実行されるとの見方が強い。こうなれば、また米国は戦争の泥沼に踏み込んでいく可能性が強くなる。オバマ大統領の登場によって、前ブッシュ政権が推し進めた「テロとの闘い」が形だけでも収束し、米軍の海外地域における戦闘状態を収束させる方向に傾いていた。ところが、ここに来て、「テロとの闘い」が対立軸として再登場した感がある。世界を10年前の状況に引き戻しかねない存在として大きくクローズアップされてきた「イスラム国」とはいったい何なのか。



◎サイクス・ピコ体制の打破を皮切りにISの壮大な計画


 いち早くイスラム国に入りシリアとイラクに跨る領土を巡って取材したVICE NEWSのドキュメントによると、イスラム国の主張する国家理念はイスラム原理主義に基づく徹底したカリフ国家を目指すことになっている。イスラム共同体、イスラム国家の指導者、最高権威者とするカリフの称号をアブー・バクル・バグダーディ氏に与え、更には彼をムハンマドの再来であるとして預言者と定めた。そして、すべての価値は預言者であるバグダーディ氏が決定し、全国民は預言者に財産や命を含む全てを捧げる。その事でジハード(聖戦)を闘い、全世界をイスラム国が呑み込んで行くという、まさにロシア革命が成功した直後、全世界に共産主義を広める為のコミンテルン運動を彷彿させる壮大な計画である。現在のイスラム国はシリアとイラクの国境を無くし、事実上サイクス・ピコ協定を反故にした形となっている。西欧列強が第一次世界大戦後に設定した中東の国境線をイスラムのやり方で設定しなおそうという意図の表れだろう。先に挙げたVICE NEWSのドキュメンタリーに登場したイスラム国の要人はサイクス・ピコ条約の不合理性を訴え、現行の国境線の廃止をイスラム国建国の重要な柱の一つであるとインタビューに答えている。


 中東地域は第一次世界大戦当時ドイツの同盟国であったオスマントルコの支配下にあった。連合国側は大戦後のオスマン帝国における勢力分割について秘密裏に協議していた。交渉は戦争が勃発して間もなくの1915年11月ごろから始まり、イギリスの中東専門外交官マーク・サイクスとフランスの外交官ジョルジュ・ピコによって案の作成が始められた。その後、ロシア帝国も加わって1916年に協定が成立。それによると、シリア、アナトリア南部、イラクのモスル地区をフランスの勢力範囲にする。シリア南部と現在のイラクの大半を占める南メソポタミアをイギリスの勢力範囲とする。黒海南沿岸、ボスポラス海峡、ダーダネル海峡両岸地域をロシア帝国の勢力範囲とする事になっている。第一次世界大戦の戦後処理はこれに基づいて国境線が引かれ、現在のシリア、レバノン、イラク、ヨルダンといった国々に分割される事となったのだ。中東の地図を見ると良く分かるが、国境線が直線に描かれており、いかにも人工的に見えるのはこの協定があったからだ。この協定はイギリスが中東のアラブ国家独立を約束したマクマホン協定と、ユダヤ資金を戦費として調達する見返りとして、パレスチナにユダヤ人居留地の設定を明記した1917年のバルフォア宣言と一緒に相矛盾するイギリスの三枚舌外交の典型として批判されているものである。


 この様にして、当時、石炭に代わる有力なエネルギー源として石油を重視した西欧列強の中東争奪戦の過程で、イギリスを始めとする連合国は中東の持っている文化と秩序を根こそぎ破壊していったのである。イスラム国が国家樹立の目標の一つとして「サイクス・ピコ体制の打破」を掲げているのは、自らの意志で押し付けられた国境を消し去り、イスラム法による中東の新秩序成立を目指しているからだと言えるだろう。

◎油田を源にした豊富な資金

 2013年、シリアの反政府勢力が初めて制圧した都市がシリア北東部のラッカである。制圧直後にはイスラム急進派から穏健派、更には政府軍から寝返った脱シリア軍等様々な反政府勢力が割拠していたが、1年も経たないうちに敵対する武装勢力を容赦なく排除したイスラム国がラッカを支配するに至った。これが実質的なイスラム国の誕生となった。そして、6月10日にはイラク北部の大都市モスルを制圧し、首都バグダッドに北と西から攻め入るかのような勢いであった。2014年6月14日付けのニューヨークタイムズ紙 の記事「Rebel’s Fast Strike in Iraq Was Years in The Making」によると、数千人の兵士が一瞬のうちにモスルに侵入し、イラクやアメリカの官憲に奇襲攻撃をかけ、彼らを拘束。市内にある銀行を襲って数億ドルを奪取し、刑務所侵入して囚人を開放。更には軍用車両を燃やした。住民たちは彼らをあたかも解放者のように喜んで迎え入れ、退却するイラク軍兵士に石を投げつけたという。モスルに居座った武装集団は6月29日になって「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」から「イスラム国(IS=Islamic State)」へと国名を変え、国家樹立を宣言。7月3日にはシリア東部デリソールにあるシリア最大のオマール油田を占拠した。


 先のVICE NEWSのドキュメンタリーによれば、現在シリアとイラクに跨るイスラム国の支配地域は90650平方キロで隣国ヨルダンとほぼ同じ面積である。イスラム国が支配する地域にある油田は最大日産7万バレル(1バレル159リットル)と言われ、相場価格の3分の1から3分の2の価格で闇市場に流し、イスラム国全体で1日100万ドル以上の収入を得ていると言われているのだ。その豊富な資金源から、兵士たちには月額400ドル、その妻には100ドル、子供一人に50ドルの家族手当を出し、更には支配地域住民の生活保護まで行っているようだ。このように、シリアやイラクで生活するには十分すぎる手当がもらえれば、兵士の補充には苦労しないし、支配地域住民も余裕を持った生活ができる。アメリカのCIA は当初イスラム国の兵力を約1万人としていたが、9月11日になって突如3万1000人と3倍強にした。



◎フセイン政権の残党も多数参加


 先のニューヨークタイムズ紙の記事「Rebel’s Fast Strike in Iraq Was Years in The Making」によると、イスラム国の運用機構には2003年の米英軍によるイラク進攻で追放されたサダム・フセイン政権のもとにいた元イラク軍将校やフセイン政権を担っていたバース党要員や官僚などが多数参加しているという。従って組織、作戦、統治能力が洗練されており、過激派ゲリラの域を超えた水準に達しているようだ。兵器類もモスルで2万人を超えるイラク軍を制圧した時に鹵獲したアメリカ製の優秀な武器が豊富にあり、更にはシリアにおける反政府活動でアメリカを始めとする諸外国から支給された物もあり、イスラム国兵士は元イラク軍将校の援助で軍用ヘリも操縦できるといわれているのだ。


 これらの事に加えて、最も危惧されるのは、イスラム国の影響力が、中東地域のみに留まらず、全世界的な範囲に広がっている事である。その具体例として、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、アジア諸国の若者が続々とイスラム国に参集し、戦闘に加わっている事が挙げられる。いったいなぜ彼らはこの様な行動をとるのかを含めて、新しい時代の過激派集団の基本的な思想にアプローチしてみたい。



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