「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

イスラム国の成立と中東の情勢 第二話


イスラム国の過激思想に各国の貧困層や差別待遇を受ける
若者の一部が共感



◎米・加東海岸で発生した事件、中国人のイスラム国戦闘員参加は想定を超える出来事

 

10月下旬、カナダの首都オタワで銃を持った男の国会侵入事件が起き、警官隊と銃撃戦の末、犯人が射殺された。続いてニューヨークでは手斧を持った男がパトロール中の警察官を襲撃。この犯人も射殺されたが、警官の一人は斧で頭を切られて重傷を負っている。この何れも犯人はイスラム教徒の若い男。カナダのケースではイスラム国に行こうとしたが、当局がパスポートを発行しなかったのが犯行に至る直接の原因だとされている。米・加両国の当局はテロ事件として警戒を強めているが、マスメディアではこの種の事件が世界中に拡散していくとの予想を立てている。これまでのマスメディアの解説では、イスラム国に集まった若者たちがそれぞれの祖国に帰りテロを行う可能性に重点を置いていた。しかし、この直近のテロ事件に共通しているのは2人ともイスラム教徒に改宗して間もない事、そして、イスラム国には一度も行っていない事だ。つまり、この事件で表面化したのは、これまでの理解とは違って、イスラム国に行かずともイスラム国の理想に共感し、目標達成のためにテロ行為を働いた、と言う事実である。従って、取締る立場からすれば、もはや焦点が絞れず、対象は拡散しているという極めて困難な局面にある現実を直視しなければならない事だ。

 日本でもイスラム国に入国しようとした大学生が当局から事情聴取を受け、更にはすでにシリアの反政府武装勢力に加担し、負傷して帰国したという青年もマスコミに登場した。2014年9月3日付South China Morning Post紙によると9月2日、イラク国防省が戦闘中に捕虜にした中国人イスラム国戦闘員の写真2枚を公開。中国政府は確認していないが中国人と確認できれば、中国人がイスラム国戦闘員として加わっている最初の証拠となる。中国の中東専門家によると100人以上の中国人がイスラム国の戦闘員になっており、そのほとんどがウイグル地区のイスラム教徒だと言う。2014年7月、イスラム国のリーダー、アブ・バカルが「中国、パレスチナ、インドではイスラム教徒の権利が強制的に奪われている」との発言をし、世界中のイスラム教徒が各々のやり方で(戦いに)参加することを訴えている。この事からすれば、共産主義の国中国でも例外なく、イスラム国の攻撃対象となっている事が分かるだろう。

 

 

◎アルカイダから袂を分けたイスラム国、双方の勢力争いが激化

 

 更に深刻なのは、イスラム国の母体となっていたアルカイダとの勢力争いが、最近し烈になっている事である。イスラム国はアルカイダがシリア反政府勢力に加担する過程で2013年2月を期してアルカイダから分かれた組織である。アフガン戦線から帰国したアルカイダのムジャヒデン(聖戦兵士)がイラクで「メソポタミアのアルカイダ」とう組織を結成。アルカイダと連携した行動をとっていた。シリア内戦にアルカイダの支部であるヌスラ戦線と共に反アサド勢力に加わり戦っていたが、アルカイダの指導者ザワヒリにシリア国内の戦闘からから外れ、イラクでの戦闘に専念することを命じられた。そのことを不満に思ったイスラム国の指導者アブバカルが2013年2月、アルカイダと袂を分かった。以降、彼らは、イラクとシリア国内の支配地を「イラク・シリア・イスラム国」から名前を変えて「イスラム国」と名乗るようになったのである。それを期に指導者アブバカルは自らカリフとなり、イスラム最高の指導者を名乗る事となった(2014年10月号参照)。アルカイダもカリフによる絶対政権の樹立を目指していたが、カリフは時間をかけて、周りから選ばれるものであり、自らが宣言してなれるものではなく、現状では時期尚早だとの立場をとっていた。この立場の違いが主な原因となって両者は反目し合う関係となったのである。この事が互いに勢力を競い合う要因となって行く。

 9月11日のロイターによれば、イスラム国がアルカイダとタリバンが勢力範囲としているパキスタンなど南部アジアに進出を始めていると言う。イスラム国の支持者がパキスタン北部のペシャワルでビラを配っていたり、インドとパキスタンで領有権争いをしているカシミール地方で開かれたイスラム教徒の反インド集会で、イスラム国の国旗がはためいていたことが目撃されているのだ。

 

 

◎若者を獲得するため指導者の若返りを謀るアルカイダ

 

一方、アルカイダは現在アフガニスタンから米国主導の外国部隊の大半が今年末に撤退する準備を進める中、その勢力範囲の拡大を目的とした活動を活発化している。具体的には、オサマ・ビンラディンが2011年、米軍の特殊部隊に殺害された後の組織を再編し、アフガニスタンからミャンマーに至る地域で、アルカイダの活動を統括するアルカイダ南アジア支部を新設。最高指導者ザワヒリの指名でアシム・ウマルがこの最重要地域を指導する支部長となった。ウマルの素性はほとんど明らかになっていないが、先のロイター記事などによると、年齢は40代半ば、戦士と言うよりイデオロギー信奉者。南や中央アジアのイスラム社会における雄弁な知識人として知られているようだ。更に彼はパキスタンとイラク、アフガニスタンの神学校と深いつながりがあり、そのつてで若者を集め、アフガニスタンで新兵の訓練を開始したという。アルカイダの新指導者となったウマルはタリバンと密接な関係を結び、南アジアのイスラム世界で強いプレゼンスを持ちつつある。近年、アルカイダの指導者は高齢化が進み、若者の信奉者を増やしつつあるイスラム国への対抗から、アブバカルに拮抗する力を持った若い指導者、ウマルが選出された。彼の下で更に過激で派手なテロに打って出てイスラム国の若者獲得策に対抗する可能性も出てきているのだ。

 この様にイスラム国とアルカイダという2大国際テロ組織がイスラム世界を二分した形で勢力争いを繰り広げているが、その主要目的の一つとなっているのが若者の獲得である。現在ネット上でイスラム国、アルカイダ双方とも宣伝合戦を繰り返しており、イスラム国は処刑などの過激な映像を流し、ハリウッド映画と見まがうような派手な戦闘シーンを頻繁に登場させている。一方、アルカイダは指導者ザワヒリがカメラに向かって長時間に亘り直接メッセージを語り掛けている。ネットを通じて若者に与える影響力は強力であるようだ。事実、オバマ米大統領が国連の会合で、シリアには80カ国から15000人を超える外国人戦闘員が渡っていると述べたが、この数字は米国の様々な情報機関の集めたものとされており、現在では定説となっている。

 

 

◎イスラム国へ共感する若者の根底にある資本主義の壁に対する行き場のない反抗心

 

 先月号でも問題提起したが、若者たちがなぜここまでイスラム国やイスラム教に共感を覚えるのか、深刻に考えなければならない時期に来ている。先に挙げたVICE NEWSのドキュメンタリー(2014年9月号参照)によると、イスラム国に渡っている外国人は欧米に移民したイスラム圏の出身者の2世、3世が多く、本国の社会からは差別されていると感じている者が大半だと言う。彼らのほとんどが週給7ドル前後の低賃金で働き、仕事も清掃員や飲食店の皿洗い、デリバリー食品配達員などの仕事についている者、失業者、犯罪者など、格差社会における典型的な負け組に属している。彼らにとっては欧米の資本主義・民主主義などは理想主義的なお題目に過ぎず、自分自身は乗り越える事が出来ない高い壁に囲まれた閉鎖社会に取り残された存在にしか過ぎない―との認識が強い。

 18世紀に産業革命が起きて資本主義が生まれ、それを基盤とした社会構造の変化がフランス革命を生んだ。この革命によってもたらされた民主主義は資本主義と共に近代社会を推し進める車の両輪として重要な存在であった。しかし、資源の大量消費と自由経済の名のもとに広がる格差社会が社会的矛盾を生んできた。20世紀後半になってその対抗軸として存在していた社会主義・共産主義はソ連の崩壊と中国の改革開放経済推進でまさに理念上のものでしかなくなってしまった。一方、資本主義は21世紀の今日、人口と経済の成長が限界に達しつつあり、その事実を受け入れて一切の成長を断念しようとする「定常型社会」という概念が誕生してきた。人口減による消費の衰退で先進国での商品の生産と流通が頭打ちとなり、IT(情報技術)空間への投資や実体経済からかけ離れた金融分野に活路を見出そうとしている。が、リーマンショックを例に挙げるまでもなく結局は富の増大をもたらすことなくいたずらに富の偏在、貧富の格差増大をもたらすだけであったと言えよう。

 人間を労働力と見なす場合、その労働力に付加価値をつけ、高く売るために教育や訓練を受ける。それが良質であればあるほど高く売れる。この仕組みの中で訓練や教育を受けられない者はいつまでたっても負の連鎖からは抜けられない。つまり、チャンスは誰にでも平等に与えられているが、300年に亘る時間の中で資本主義が硬直化してしまい、チャンスの切っ掛けさえ掴めない者を大量に生んでいるのが21世紀の現実だろう。半世紀ほど前なら、その対立軸として格差をなくして平等な社会の理念を説く社会主義があり、これを基本理念とした国家が実際に存在していた。従って、少なくともこのような若者にとっては「革命」と言う言葉がリアリティを持っていたのである。この様な時代閉塞の中でイスラムの説く世界観は行き場を失った若者にとっては魅力的に映る。イスラム教の聖典コーランの教えでは徹底した平等を唱えているからである。次号は格差社会にあえぐ若者たちにとって、イスラム教の説く世界観がなぜ魅力的に映るのかにアプローチしてみたい。


<<バックナンバー>>
2014/10イスラム国の成立と中東の情勢 第一話 過激派ゲリラの域を超えたイスラム国(IS)
2014/9ウクライナ情勢とエネルギー問題 第4話 日本は欧米と共同歩調を取りながらも今秋プーチン大統領の訪日は大歓迎
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2014/7ウクライナ情勢とエネルギー問題 第2話 ウクライナ問題の根底にある西側のエネルギー戦略
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