「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師

イスラム国の成立と中東の情勢 第三話


日本国民からは見えづらいイスラム教の本質


◎一般的なイスラム教徒と原理主義者との相違点


 イスラム国やアルカイダなどの過激な行動が大きく報道される度に、一般の日本人はイスラム教徒そのものにある種の違和感や恐怖を覚えるとの指摘がある。これは宗教的な体験をほとんど持たない日本人が多数を占めているからであり、理解を超えた行動に見えてしまうのだ。私の身の回りにいるイスラム教徒は留学生であり、講義の合間に礼拝をする敬虔さと、穏やかな雰囲気を持った者ばかりである。彼らに言わせると、イスラム国のような行動をとる者はイスラム教の特殊な解釈を基にしたもので、大多数のイスラム教徒の考えからは遠く離れた存在だという事になる。

 まず、一般的なイスラム教徒はアラーが宇宙の中心であるとのコーランの教えを信じている。イスラム教徒の聖典であるコーランには信仰深い生涯を送り、死が訪れた時に天国の門に行きつくために、必要な全ての知識が収められていると考えている。イスラム教徒は何よりもアラーを敬い従う事を求められているし、そうすることが当然だと思っている。

 しかし、イスラム国や、アルカイダ、タリバンなどと他の圧倒的大多数のイスラム教徒の間で、教義に関する考え方が共通するのはここまでだろう。世界中の何百万人ものイスラム教徒が自分達はイスラムの教えを忠実に守っていると考えている。が、イスラム国やアルカイダの基本をなしているイスラム原理主義では、そのことを断固として認めず、現在広まっているイスラム法の解釈は寛容すぎると思っているのだ。原理主義者はコーランを極めて厳密に解釈する。コーランは人間が行う多くの行為の中で、特に姦淫、賭け事、人を欺く事、飲酒、豚肉を食べる事、利子を取って金を貸すことを明確に禁じている。だから、イスラム原理主義者の立場をとれば、例えばアメリカなど資本主義的価値観の国は、利子を取って金を貸し、金銭に縛られ、性的に不道徳であり、快楽の追求が支配する、神に背く腐敗した国と見なすのだ(この点に関しては後に詳述する)。



◎西側諸国の中東支援がイスラム信仰心の低下を招く


 戦闘的原理主義者はイスラム教社会が西側諸国の腐敗に汚染されることを極度に嫌う。彼ら原理主義者にとってはイスラム体制が信仰心をなくし、西側の企業と政治的利益に好意的なのは、中東にアメリカを筆頭とする西側の支援が未だに残っているせいだとするのである。従って、西欧列強のイスラム支配の残滓である現在の国境線を本来の位置に戻し、不信神なイスラム教国を糺して行くことがイスラム教徒の正しい道だと説くのだ。オサマ・ビンラディンはアメリカに対して何回か宣戦を布告し、支持者たちにもそうすることを呼びかけた。彼らはこの戦いを「ジハード(聖戦)」と呼び、イスラム教徒の人口が相当数を占める国であればその国をイスラム国家の範囲と見なし、そこからも西側諸国の影響や支配を一掃しなければならないとする。この様に彼らなりのジハードの概念は国際的な広がりを見せているのだ。つまり、この概念からすればイスラム教徒の人口が相当数ある国ならば、どこでもジハードを起こす事が許されるわけである。この考え方はイラクの代表的シーア派神学者ムハマド・バキル師がかつて述べた言葉に象徴されているだろう。

「今日の世界の姿はよそ者、すなわち、非イスラム教徒が造り上げたものだ。我々には2つの選択肢がある。従順に受け入れてイスラム教の死を待つか、イスラム教の求める世界を建設できるように今の世界を破壊するか」

 後者の選択肢をとるとすれば、イスラム諸国にはアメリカを始めとした西側の先進諸国に挑む軍事的・財政的基盤がない。これまでの様な戦闘のやり方では絶対に勝ち目はないのだ。この状況の中で戦う戦闘的原理主義者の戦術のひとつとして、自爆テロという攻撃方法は「9・11米本土同時多発テロ」に象徴されるように画期的な効果を上げる事となった。



◎2種類のジハード「大ジハード」「小ジハード」とは


 しかし、彼ら戦闘的原理主義者達のジハード観は他の多くのイスラム教徒のジハード観とはかなり異なっている事をはっきりさせておかなければならないだろう。宗教戦士はアラビア語で「ムジャヒディーン(聖戦を遂行する者)」呼ばれるが、大半のイスラム教徒は「ジハード」から戦争を連想する事はない。ジハードには2つの種類「大ジハード」と「小ジハード」があるとされている。「大ジハード」は常時、イスラム教徒として恥じない行いができているかどうかを自ら問う精神的な行為で、自己の内面の悪との休みなく続く闘いである。その真髄は信仰に忠実であろうとする信者の個人的探究なのだ。「小ジハード」は二義的なもので、宗教への直接的な脅威に対してのみ遂行される戦争を指す。この違いを分かりやすく説明するために預言者ムハンマドの言葉がよく引用される。
「さて、敵と戦った事は小ジハードに過ぎない。この戦いに勝利した今、私たちは大ジハードに取り掛からねばならない。それは自分の中の敵との闘い、自己浄化の戦いなのだ」

 つまり、かつてあった十字軍を相手に戦うようなことを二義的な「小ジハード」と呼び、これが終われば再び自己の内面との闘いである「大ジハード」に戻る。この様なサイクルがイスラム教徒のあるべき姿とされるのだ。コーランにある有名な「妻を5人持つことができる」という項目の意味するところは、力のある者が小ジハードで戦死した教徒の妻子を保護する相互扶助の考え方である。これがあるから、イスラム教を守るためのムジャヒディーンとして心置きなく戦えるということになる。
 「ジハーディスト(聖戦主義者)」と呼ばれるイスラム過激派は大ジハードと小ジハードを区別していない。彼らにとっては、ジハードとは銃をとり、どんな犠牲を払ってでも外国勢力をイスラムの領土から追放する事である。それはまた、全てのイスラム教徒に原理主義の解釈によるイスラムの精髄に従う事を強いる命令でもある事はこれまで述べてきたイスラム国の基本原理からも証明できるはずだ。



◎イスラム経済では「融資と利子は禁止」


 先にも述べたように、利子を取って金を貸す金融の概念はイスラム教徒の受け入れ難い概念である。この事が彼らが資本主義国を忌み嫌う根源となっている。コーランでは金銭の獲得を追求する拝金主義的行為を禁じている。中でも「利子(リバー=アラビア語)」はイスラム法(シャーリア)に反するものとされているのだ。このリバーの概念は資本主義世界で考えられているものより、より広範囲のもので、現在でもその概念についてはイスラム諸国間でも見解の対立が続いている。が、要は「世界を創った神の意志に沿う経済」という範疇で考えられており、先にもあげた相互扶助の考え方に基づいていると言ってよいだろう。ここで禁じられているのはアラビア語で「自己増殖する」との言葉から派生した「リバー」である。換言すれば、持っているだけで何もせずに儲かるのは許せないという発想だ。これを基にして、イスラム経済では「融資と利子は禁止だが投資と利潤はその限りではない」という発想に立っている。

 融資と投資を説明する場合、マルクスも引用しているシェークピアの「ベニスの商人」の例がよくあげられる。言うまでもなく、「ベニスの商人」では、富豪が商船に『投資』した。その船が沈没したため一瞬にして巨額の債務者に転落してしまう。そして、この元富豪に『融資』したシャイロックが担保として、元富豪の肉を要求する。この話は投資と融資のギャップを物語っている。つまり、投資の方はリスクを伴うが儲かるかもしれない。もし儲かれば融資に対する利子・配当を支払えるが、この例のように大損する可能性もある。それに対して融資はたとえ相手が大損をしてもシャイロックが肉を担保として要求したように、必ず見返りを要求する権利がある。

 この西欧式利子の概念に対抗して、現在では上記のイスラム式発想を基にしたイスラム銀行という資本主義とは違ったシステムの銀行がイスラム世界の経済を支えている。イスラム銀行ではリスク負担の無い『融資』をやらない。貸し手(銀行)が元利を保証される一方で、借り手(事業者)だけがすべてのリスクを負う事はイスラム的公正の概念に反するからだ。この意味ではイスラム銀行はリバー(利子)を取らない。この無利子金融を基本としたイスラム銀行では共同事業の契約を結び、資本提供者(銀行)と事業者(借り手)を共同事業者とする。事業が成功すれば資本提供者は元本を回収した上、儲けを事業者と分け合うが、失敗して損失が出た場合、資本提供者の配分もゼロで、元本さえ保証されない。リスクも両方が負うわけだ。

 元々はキャラバン通商というリスクのあるイスラム商売について、7世紀当時のアラビア半島のヘジャス地方の商習慣の内容を神の名において定式化したものとされ、イスラム教を始めたムハンマド自身がキャラバン頭であり、彼の最初の妻がムハンマドのキャラバン隊の出資者だったと言うのが定説である。



◎資本主義の制度疲労が西側の若者がイスラム原理主義に共感する一因


 イスラム銀行の例を挙げてイスラム経済に於ける利子の概念を挙げたが、現実のイスラム経済では以上の事はあくまでも基本的な発想であって、様々な元本回収方法や担保設定の方法があり、一筋縄ではいかない事が現実だ。しかしながら、貸し倒れや不良債権、債権放棄など、あらゆる金融危機の基となる融資と投資のギャップという金融システムが抱える根本問題を最初からクリアーしているところは、非イスラム圏でもこの仕組みは関心を持たれている。

 言うまでもなく、イスラム国を始めとする各イスラム原理主義過激派はコーランにある「リバー」禁止のシャリアを厳密に解釈した上で、彼らからすれば、種々の解釈変更を施しコーランの基本的な教えに反したと見なすイスラム各国のイスラム銀行、西側の金融システムを堕落したものとして敵視し、攻撃の対象としているのだ。

 この事は過激派のみならず、各イスラム教徒が基本的に持っている西側世界の価値観に対する反感めいた感情的な部分と重なり合う。更には先月号(石油ネット11月号)で挙げた西側世界の格差社会で閉塞感に打ちひしがれている若者たちには、原理主義者なりの経済問題解決の方策を唱える方が魅力的に映るだろう。

 だからこそ、最も深刻な問題は資本主義の制度疲労に対して、現状では資本主義そのものが有効な手立てを見つけていない点だろう。この意味で、イスラム国を巡る問題は、我々の世界に突き付けられた喫緊の問題でもあるのだ。我々はそのことを深く自覚するべき時に来ていると言えるだろう。 

 

 


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