「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


安倍政権の長期化で本格化する「戦後レジームからの脱却



◎昨年末の衆院選は過去最低の投票率で与党が圧勝

  昨年暮れに行われた第47回衆議院議員総選挙の結果は自由民主党が総議席475議席の61%に相当する291議席を得て完勝。連立政権を組む公明党の議席35議席を合わせると326議席(68%)となり、総議席の3分の2を優に超えた。

 本年、年明けから本格的に起動する第3次安倍内閣は、上下両院とも安定多数を擁し、政権の支持基盤が高いままで安定した政権は現状では世界中見当たらない。この事を換言すれば、日本は思い切った改革を成しうる強い政権を手に入れた事になる。そして、これは中長期的な政策が実現可能となった事を意味している。

 昨年の選挙について各メディアでは大義なき選挙と言い、意味のない選挙であるので、今回の選挙は600億円を超す選挙費用の無駄遣いである、としたり顔で言う高名な政治評論家も出て、国民が選挙権を行使するせっかくの機会に水を差す事に躍起となっていたようだ。更に言えば、マスコミ、野党も含め今回の選挙を過去2年間のアベノミクスが争点であると断じたために全く盛り上がりに欠け、投票率は52.66%と過去最低を記録した。



◎衆院選の核心的な争点はアベノミクスではなく安全保障

  それも無理はない。多くの経済学者が言うように、アベノミクスの勝負所はこの2年間の成果ではなく、見渡すことが困難な今後数年間、あるいはもっと長期的な日本経済の在りようにあるからである。現在の時点でアベノミクス継続の是非を問われても多くの国民には判断のしようがないだろう。従って、野党とメディアは選挙の争点として相応しくない部分に焦点を絞り込み、その架空の争点を基点に選挙を戦い、報道したという事になる。

 端的に言うと今回の争点は株価や給料という目先の、都合のよい数字の話ではない。その核心的争点は安倍首相が次の4年間で経済以外にやろうとしている事に他ならない。首相の解散の狙いは政権の長期化であり、保守勢力の拡大である。つまり、その意味でこそ、第一次安倍内閣からの主張である「戦後レジュームからの脱却」を目標とした憲法改正、歴史的認識問題や集団的自衛権を含む集団的安全保障問題等の外交・安全保障政策が問われるべき選挙であったと言えるだろう。事実、選挙結果が判明した後、12月15日の記者会見で政権のやるべき課題について首相は「まず経済を強くする事、強い経済があってこそ、強力な外交・安全保障ができる」と言っている。この発言は、アベノミクスは経済政策のみではなくて、経済はあくまでも強い外交・安全保障を実現するための手段であり、総合的な目標は「戦後レジュームからの脱却」にあるとの位置づけを示したものと言えるだろう。 しかし、安倍首相はこれらの核心的問題を選挙の争点から外した。選挙に当たって自民党が発表した「重点政策集2014」では主に経済政策を表面に出して、安倍首相が政権第一期から最重要視してきた憲法改正については、その最後の項目で極めて一般的且つさりげなく簡単に触れているだけである。更に言えば、7月1日の閣議決定に向けて安倍首相が強い意欲を示した集団的自衛権の問題についても自民党の公約は「安全保障法制を速やかに整備する」と間接的に触れただけであった。その公約に基づいた形で、特定秘密保護法の成立、集団的自衛権行使のための憲法解釈変更の閣議決定を経たうえで、今回の総選挙を実施した。これらからすれば、各メディアが言うように突然の解散ではなく、安倍政権は公約の文言等に気配りしながら相当長期に亘って解散の時期を調整していたと言えるのだ。その意味で今回の選挙は真の狙いを隠蔽したままで解散という、安倍政権の政治戦略が大いなる効果を発揮した。


◎集団的自衛権行使に関する法整備など「積極的平和主義」が推進

 与党の圧倒的多数を背景に、今年の国会では集団的自衛権行使に関する法律制定が焦点となるだろう。これは安倍政権が唱えている「積極的平和主義」とセットになっていると考えるべきだ。集団的自衛権は、まず第一に日米同盟の問題であり、第二に日本の安全保障の問題であり、第三には東アジア及び、アジア全体の安全保障の問題、と必然的に拡大していく事となる。この事を前提にすれば、日本の安全保障政策が日米安保の実質的な範囲内では現状にはそぐわなくなるだろう。ましてや、これまで本連載で再三採り上げてきたように、米軍のアジアにおける軍事プレゼンスは低下の一方であり、昨今のオバマ政権の在りようからすれば、その回復も期待できないのが実情である。

 そこで出てきたのが安倍政権の「積極的平和主義」だ。安倍首相は外遊を盛んに行い、様々な機会を通じて安全保障政策における協力関係を各国首脳と協議してきた(本誌2013年11月号~2014年1月号参照)。この発想を基にすれば、価値観を共にする国家群が共同で安全保障政策の実効性を高めて平和の構築を積極的に推し進めていく、外交と防衛が一体となった安全保障政策の遂行という事になる。これは北朝鮮の核武装化、中国の目覚ましい軍拡と、それに伴う東シナ海・南シナ海での軍事プレゼンス拡大を背景とした状況の変化に対応していくものだ。

 集団的自衛権を巡る様々な主観を排し、国際関係の分析に基づく安全保障論として考えれば、集団的自衛権は本質的には米軍を支える日本の役割を強化する事であり、沖縄の米軍基地問題も集団的自衛権の問題と深く関連している事が見えてくる。換言すれば、集団的自衛権で日米同盟が強化され、一方でアジアにおける集団的安全保障網の構築で日本の安全保障上の役割が高まれば、相対的に米軍を支える日本の負担を軽減する事になり、沖縄の負担軽減にも繋がってくるのである。事実、オーストラリアはアメリカ海兵隊の駐留ローテーションを受け入れている。これには沖縄駐留の海兵隊部隊も含まれており、実質的には沖縄米軍基地負担軽減に繋がっているのである。安倍政権はオーストラリアとの安全保障対話を進めており、日本が開発した最新鋭潜水艦技術の移転も視野に入れた防衛協力交渉も進捗している。普天間基地の辺野古への移設問題がなかなか進展しない大きな理由の一つは、辺野古への移設以降に沖縄の負担がさらに軽減されていく見通しが立たなかったことにある。オーストラリアの例にもあるように、その具体的な解決手段として集団的自衛権を前提とした集団的安全保障網による日本の役割強化の側面を論理的に説明していく必要があるだろう。


◎2016年参院選で圧勝し憲法改正を目指す安倍政権 

 当然のことながら、その論理の先にはオーストラリア、韓国、フィリピン、インド等との安全保障協力が必要である。これらの国との二国間協力を深める事はもちろん大切であるが、より重要なのは多国間協力だ。東アジア及び、アジア全体の秩序安定のために日本が集団的自衛権行使を前提に、オーストラリアや韓国と安全保障政策を共有・分担し具体化していけば、米国のプレゼンスを共同負担することが可能となってくる。日米二国間のみであれば、日本にとっては圧倒的な存在である米軍が東アジア地域の共有材となり、日米安保条約そのものもアジア全体の共有材的存在となれば、それだけ日本がフリーハンドになる余地が拡大してくる。この多国間協力の枠組みの中で日本が対米協力へのバランスをとれる可能性も出てくるのだ。ここで安倍首相が言う、米国主導で日本の安全保障・政治・経済全般が決定づけられる「戦後レジュームからの脱却」の道筋が見えてくる。その意味からすれば、本年の国会で成立するであろう集団的自衛権行使の法制化は政権の目標達成に至る重要な一歩である事が浮き彫りになってくるだろう。

 今回の選挙の結果、3分の2以上の議席を獲得した政府与党は衆院で通過した法律を参院で否決された場合でも再可決ができる事となった。従って、集団的自衛権行使の関連法案はほぼ与党の思惑通りに可決する。政権側としては、できるだけ早期に法整備し「戦後レジュームからの脱却」に道筋をつける。その後、今から1年半後にある2016年7月の参議院選挙に向けて経済政策に道筋をつけ、参議院選挙で3分の2となる162議席獲得を目指す。これに成功すれば、衆参両院で与党が3分の2の議席を占め、憲法改正の発議が可能になる。


◎「アベノミクス」の語源と本来の意味

 こう考えてみるとマスコミが名付けた「アベノミクス」を単に経済政策に限定して考えると本質を見誤る事となる。辞書で引いてみるとノミクスの語源はギリシャ語のnomos(習慣、法律)にあり、英語表記でnomicとされている。主としてeco(経済、環境)と結びつけeconomic(経済上の)として用いられている。アベノミクスはエコノミクスとの関連で作られた造語であり、元々は経済だけではなく安倍体制もしくは安倍の法律という意味になる。現在アベノミクスは造語として定着しているが、安倍首相本人が意識したのかどうかは知る由もないが、語源に沿った「安倍体制」に向かって着実に進んでいると言えるだろう。 


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