「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


日本の海外における危機管理の現状と対策 第一話



ISが後藤氏・湯川氏を殺害、著しく遅れている日本のインテリジェンス


◎今回も日本政府の当事者能力は皆無

 2015年2月1日、フリージャーナリスト後藤健二氏が殺害された。イスラム国に人質として拘束されていた日本人としては湯川遥菜氏に続いて2人目である。日本政府は2人の救出のために、現在でき得る事を全力で行ったとされる。が、ありていに言ってしまえば、当事者能力は皆無に等しかったと言わざるを得ない。人質解放のための交渉は裏表双方ともヨルダン政府に頼り切った形であった。

 ISは後藤氏とヨルダンの刑務所に収監中の自爆テロに失敗した女性死刑囚との交換を要求し、ヨルダン政府はISを攻撃中に墜落したヨルダン空軍のパイロットの交換を申し出た。ヨルダン政府としては自国民を優先せざるを得ないのは当然だ。もし日本とヨルダンが逆の立場であったら、日本の世論もヨルダンと同じ方向を向き、日本政府も同様の行動をとらざるを得ないだろう。様々な裏交渉はあったとしても、事件の推移をたどると、日本政府はあくまでも当事者としての振る舞いはできなかったことは事実である。これと同じことがかつてあった。

 2013年1月16日、アルカイダ系組織に属すると見られるアラブ系の武装集団がアルジェリア東部イナメナスにある天然ガスプラントを襲撃した。約30 人で組織された犯行グループは居住区域を占拠し、施設内にいた800人以上が人質となった。その中には日本人を含む132人の外国人が含まれていたのである。

 事件発生後、アルジェリア軍は施設周辺を包囲、翌17日からはヘリコプターでのテログループへの攻撃を始めた。アルジェリア軍によるテロリスト壊滅作戦は19日まで続き、最後は犯行グループが人質を巻き添えに自爆。4日間でテロリストを含む70人が死亡する大事件となった。死亡した人質の中には10人の日揮関係者がいたのである。

 日揮は1969年からアルジェリアでプラント建設に携わっていた。今回の犯行現場となった天然ガスプラントはその全域が高い塀で囲われ、軍が常駐して居住区に住む関係者たちを保護していた。中に住む外国人達は勝手に外出する事も許されず、全て軍の許可を得なければならなかったのだ。これほど厳しい警護環境の中で起きた襲撃事件であり、大量の犠牲者を出した事で企業に強烈な衝撃を与えたのである。この時も日本政府はアルジェリアに外務省高官その他を派遣して現地対策本部を立ち上げた。が、アルジェリア当局に、人命優先での対策をひたすらお願いするしかなかったのだ。


◎経済情報以外のインテリジェンスは成立しないお粗末な日本の現状

 日本はこれまで中東とは政治的な関わりをほとんど持たず、ひたすら石油の取引を中心とする経済関係のみで関係を築いてきた。だからこそ、中東諸国からはひいき目に見られ、外交関係も比較的良好であった。どこの国とも仲良くする全方位外交が中東で成立したのは事実だが、何処とも仲良くするふりをして、その実、自己の利益だけを追求しているとの日本批判も中東の国々を含め、諸外国からあったのも事実である。従って、経済情報以外のインテリジェンスは成立しづらいのが日本の現状であったのだ。長期に亘って中東と、時には互いに銃を持って渡り合うような、政治・経済において深い利害関係を持ってきた欧米諸国は、インテリジェンスの面においても深く関係しており、互いにあらゆる方面での国益保護には長けているのである。今回の邦人人質殺害事件の絡みで、ヨルダン政府は、もし、空軍パイロットが殺害されていたとしたら、ヨルダン側で拘束しているISの死刑囚はただちに処刑する、と発言し、ISに圧力をかける事をやっているのだ。この様な駆け引きはこれまでの日本の外交姿勢からは到底望むべくもない。今回の事件を契機に、日本外交の今後のあるべき姿をどう示していけるのか、日本の外交の分水嶺となるだろう。

  外務省領事局の発表した資料によると、2011年10月1日現在海外で暮らす日本人は118万人。治安が不安視されている中東地域には1万人の永住・長期滞在者、アフリカには同じく8000人が滞在している。海外在住の日本人が増加すれば、それだけテロや暴力犯罪に巻き込まれる機会が増してくる。最近の事例を拾っただけでも、1999年には中央アジアのキルギスで鉱山技師と通訳が誘拐された(後に解放)。2001年には南米コロンビアで日系企業の現地法人幹部が誘拐され、2年後に遺体で発見された。更には2008年アフガニスタンで人道支援を行っていた日本人スタッフが誘拐され、後に殺害されている。



◎政府のバックアップは期待できない現状から海外進出企業は独自の施策を

 2015年1月には、フランスで出版社と食料品店が武装したテロリストに襲われて、計17人が射殺された。犯人3人も警察当局によって射殺されたが、3人ともイスラム武装勢力を名乗り、うち兄弟の2人はアルカイダ系テロリストを標榜し、1人はイスラム国の戦士と自らを表明している。襲われた出版社と食料品店は、フランスの国内法の下で企業活動を行っており、法的には何の落ち度もなかった。にもかかわらず、突然襲われて多大の被害を出したのである。この事件は思いもよらないところからテロリストに敵視され、攻撃を受けるという典型的な例と言えよう。

 ISは後藤氏殺害を映した動画の中で、日本人も引き続きテロの標的になる事を明言しており、この様な状況の中で日本企業、とりわけ日本の海外進出企業の危機管理は重大な問題となる。日本では今後、少子高齢化に伴い国内の市場がシュリンクしていく事が見込まれ、海外に生産拠点と市場を求めざるを得ない状況だからなおさらだ。先の日揮の事例では現地の軍隊が危機管理を全面的に担うような形であったが、不幸にして事件が起きた。日揮の例では、現地政府のプロジェクトを請け負っている立場から、軍の保護があったが、今後は純粋に民間ベースで企業活動する例も増加し、更に多様化していく事が予想される。この場合は現地の軍の保護は法的にも受けづらい。ましてや自衛隊の保護などは憲法上の問題も含めて今後も期待できるような事柄ではないだろう。安倍内閣は、日揮事件から引き続き、今回の件でも日本人を日本人の手で救出する方策が全くなく、情報収集も含めて当事者としての行動がとれなかったことから、邦人救出のために自衛隊を活用する方法を議論するとしている。が、早速野党の側から憲法違反であるとの反発があり、自衛隊の活用が実現するには相当の時間が必要となるだろう。

 日本人人質殺害事件も含め、これらのテロ事件は対立傾向にある、イスラム国とアルカイダの勢力争いとの側面も強い(2014年11月号参照)事から、今後益々過激なテロが頻発する可能性が強い。この一連の流れから、世界中安全なところは存在しづらい状況になっているとも言えるのではなかろうか。

 かと言って上記のように、日本政府の具体的なバックアップは当面、期待できない状況である。従って、海外で事業展開しようとする日本企業にとっては、それ相応の危機管理の施策をとる必要がある。その事を考えた場合、あらゆる面で専門家集団を活用する必然性が出てくるだろう。



◎自衛隊の海外派遣でもPMCを活用

 犯罪が多発する地域や紛争国で誘拐やテロの危険からスタッフを守るために、現在多くの外国企業がPMC(Private Military Company・後に詳述する)と契約を結び、リスクヘッジに努めている。それは日本政府の海外機関も同じで、最も典型的な例が自衛隊のイラク派遣事業で行われたPMC雇用契約である。当時、外務省は欧米系のPMCを雇用し、バグダッドにおける日本大使館の警備や自衛隊のサマワ駐屯地事務所職員の護衛や情報収集に活用していた。同じく、自衛隊のイラク派遣に際して、クェートやイラク国内等から陸上自衛隊のサマワ宿営地に運び込まれる食料などの事例に対して、輸送を請け負う民間業者がPMCを雇用して車列の警護を実施させている。次回からは企業の危機管理の面からPMC活用の問題を考えてみたい。



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