「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


日本の海外における危機管理の現状と対策 第二話


自己責任と政府の責任逃れを検証


◎人間の行動は全てが自己責任

 ISの人質となった日本人2人が惨殺されたことで「自己責任」という言葉が独り歩きしているように思える。今回は私自身の取材経験を踏まえたうえで、この「自己責任」なるものを考えてみたい。

 この論議の核を成しているのは、「外務省が渡航自粛勧告を出していたのにもかかわらず、勝手に出かけて行ったので自業自得だ。政府に迷惑をかけるな。そんな者達を政府が助ける必要はない」という事であろう。この視点にたてば、自己責任を主張する場合の前提として「自己責任でない場合は、政府に生命と安全の保護を求める事ができる」という考え方があると思われる。つまり、国民の自己責任はごく限定された範囲にしかすぎず、政府に頼る範囲が広いと考えているからこそ、上記のような自己責任論が出てくるという事だ。

 この議論が起きてから、旧知の欧米系のメディアに関係している外国人ジャーナリストの何人かに訊いてみた。すると、先ごろ報道された日本外務省からシリア渡航を理由にパスポートの返還を求められたフォト・ジャーナリストの例を挙げ、日本政府は干渉しすぎであるとし、そもそも人間の行動全てに自己責任がある。だから、あらためて特定された問題で自己責任を強調する事に違和感がある。従って、政府がパスポートを採り上げるのは個人の自由の問題だけではなく、今回の人質事件のように、結果的に邦人保護に失敗した場合を想定した政府の責任逃れにも通じる‐という厳しい意見が多かったのである。


◎日本政府は「当事者能力が皆無」という現実と
「テロとの交渉はしない」という意思を国民に徹底すべき


 つまり、政府は万能ではないという事である。政府にできる事には限りがある。それは欧米でも日本でも同じ事だ。今回の事件では日本政府は当事者能力がなかったと言っていいだろう(2015年1月号参照)。が、もし日本政府に交渉能力があり、ISと交渉するとして、いったい何がテーマとなるか考えてみればよい。ISが要求する身代金を支払って、解放を求めるような交渉が成り立ったとしたら、ISが考える事は日本人を次々に拘束し、彼らが都合の良い時に日本政府に身代金を要求して、極めて都合のよいキャッシュディスペンサーとして扱う事になるだろう。となると、日本人の身の危険が一層増すのは容易に想像できるはずだ。それだけではない、日本からの身代金を使って、彼らのテロ活動がますます活発化して日本と世界の人々をテロの危険に晒す事になったはずだ。ISは後に要求を変え、ヨルダンに拘束されているテロリスト死刑囚との交換を条件として出してきた。もし、日本政府があらゆる手を使って、ヨルダンから死刑囚を釈放させ、ISから人質を解放させることに成功したとして、その後の日本に対する国際社会から受けるであろう非難を考えるだけでも身の毛がよだつ。戦後70年に亘って営々と築いてきた日本の国際的信用度は一瞬にして地に落ちるのは火を見るより明らかだろう。従って、そのような交渉は絶対にやるべきではない。

 無残に殺されたお2人とご家族には謹んで哀悼の意を表するが、その事とは別に、感情論を排して現実論に立つと、結局日本政府が人質解放のためにできる事は何もなかったという事だ。しかし、ここで強調しておきたいのは当事者能力のない事と、交渉すべきではなかった事とは明らかに違う。日本政府としては最低限、情報収集能力を高め、テロを未然に防ぐ方策を練る事であり、正確な情報を国民に与える事である。その上で「テロリストとの交渉には応じない」事を相手と日本国民に徹底させ、政府は万能ではないという事を前提にして政府の責任と自己責任を明確にすることである。その結果、日本国民はテロリストが支配するような危険地帯には近寄らないようにしなければならない、という判断基準が導き出される。

 今回私が聞いたジャーナリストたちの自己責任の考え方はこの現実論で成り立っていると言っていいだろう。しかしながら、近づくのがためらわれる危険地帯であるが故に情報が出て来ないからこそ、ジャーナリストは現地に赴き、実態をつぶさに報告する必要があるというのも事実である。ジャーナリストとしての自己責任は危険地帯には入るが、自分の身は自分で守るという覚悟と、危険を見分ける情報収集能力に依拠している。この点は、言わばプロフェッショナルとしての行動原則でもあるのだ。


◎自身の取材体験から~当時のカンボジアは極めて危険

 私自身、危険地帯で有能な警備員の活躍に支えられた経験がある。私は自衛隊のPKO部隊が駐留する前後のカンボジア国内には取材で数回入った。私が最初にカンボジアへ入ったのは1988年で、当時はヘンサムリン政権がようやく優位になった頃で、プノンペンを始め、カンボジア国内はまだまだ安定に程遠い状況だった。

 その後、明石康氏の率いる国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が出来た時、更にはPKO部隊派遣の可否を探る自衛隊の調査団がカンボジアを訪れた時、自衛隊の第一陣がPKO活動を本格化させた時、そしてポルポトの実兄インタビューと回を重ねる毎に安全度は増していった。が、自衛隊のPKO部隊が派遣された当時、ポルポト派はまだ戦闘を続行中であった。治安も悪く夜ともなればプノンペン市内のいたる所に検問所が設けられ、強盗事件や殺人事件が頻発。暗闇の中で銃声やら爆発音と共に太い閃光が走ると言う状況であったのだ。


◎自身の取材体験から~信頼できる仲介者に任せることが得策

 私はプノンペン近郊にあるタケオに駐留する自衛隊PKO本隊を始めとして、近辺の部隊を取材する事になっていた。様々の条件から宿はプノンペン市内にとり、そこから郊外に出かける事となった。早朝プノンペンを出て日のある内に宿へ帰るというスケジュールを立てていたが、実際に行動してみると往路は何の問題もなかった道路が復路では崩れていたり、故障車が出て大渋滞に陥る事もあった。一番怖いのは田舎道で夜になる事だ。強盗、又はゲリラにアンブッシュ攻撃(待ち伏せ攻撃)を受けて殺される事である。当時、私の取材パートナーを勤めてくれていたタイ人カメラマンに相談すると、彼は警護員を雇うことを熱心に勧めた。彼の話によると、プノンペンの中国人社会では経営する商店をガードするために、商店主などが出資しあって民間警備会社のようなものを創っており、彼はそこの指導者と話を付ける事が出来ると言うのだ。値段その他は交渉しだいだと言う。私は彼の言う事を全面的に信頼し、交渉はすべて任せた。中国系タイ人である彼はその指導者とは親しい間柄であると言う。それに、この手の交渉に外国人である私が加わると、まとまるものもまとまらないケースが良くあるのは、これまでの経験から知っていた。彼らには彼ら独特のやり方があるので、こちらは結果だけを待つ事が得策であった。

 すると案の上、3時間ほどで話を決めて来た。カメラマンによると警護員は3人、2人はバイクに乗って車の前後を固め、1人は車に乗り込む事になっていると言う。3人全員がAK47(旧ソ連製自動小銃)を携えて来る。時間は原則8時間100ドルだが、延長すれば、それだけのオプションを付けるとの事だ。彼らへの報酬は1日毎に中国人の紹介者に支払う事になっている。銃の腕は彼が射撃場で確かめてきたから全く問題ないと言う。正直不安はあったが、取材を続けるのなら選択肢はそれしかない。私はその条件を飲む事にした。


◎自身の取材体験から~安全と時間短縮を考慮すると警護員の経費は安い買い物

 翌日現れたのは、やせてはいるが何れも目つきが鋭い男達3人。カメラマンの話によると警察と軍のスナイパーであるらしい。サングラスをかけていた彼らは、ほとんど口を利かなかった。私達の車の前後を固めた警護員達は時々前後を交代しながらバイクを巧みに操って付かず離れず警護してくれる。道路事情などの情報は地元民から収集し、できるだけスムーズに動けるようにさりげなく気配りしているのがよく分かる。我々はホテルで作らせたランチ・ボックスで昼食を採るが、彼らは最低1人我々のそばに残して街のどこかへ行って交代で済ませるのだ。そして、ゲリラや強盗などの情報を採って来る。それを基にルートを決めるのだが、それが実に的確なのだ。まさにプロの仕事である。

 幸い、取材期間中は何事もなく、無事終わったのだが、私は彼等の働きに感謝する意味を込めて計100ドルのボーナスを渡した。5日間の取材で支払った代金は特別オプションも含めて約700ドル。考えてみれば東京の六本木や新宿で使う飲食費と余り変わらず、彼らのおかげで安全が確保でき、時間を短縮できたことを考えればおつりが来るぐらいだ。


◎危険地帯への取材は入念な準備が必要不可欠

 現在、朝日新聞の記者がシリアに入り、貴重な記事を発信し続けている。これに対して一部の同業他社が先に挙げた「日本特有の自己責任論」に基づく批判的な論調を展開していた。が、記事によると、記者達は事前に欧米系のPMCと契約し、対テロ訓練を十分に積み、危険を避けるための情報も提供されているようだ。この様な入念な準備があってこそ、ジャーナリストとしての仕事がこなせるというものだろう。この意味でもPMCの存在は重要度を増している。次回は民間企業と危機管理の問題として、PMCとの関係についてアプローチして行く。


 

<<バックナンバー>>
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