「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


日本の海外における危機管理の現状と対策 第三話


海外進出企業の危機管理はPMC活用が鍵


◎チュニジアで発生したテロの日本人負傷者に女性自衛官が含まれていた
 
 3月18日、チュニジアの首都チュニスでテロリストが観光客を狙い撃ちにする襲撃事件が起きた。犠牲者は21人にも上り、その中で日本人の死者3人、負傷者3人が出た。この負傷者の中には3佐の女性医務自衛官が含まれており、彼女は休暇申請をしていたが、海外渡航申請をしていなかったという。この例からすれば、高級幹部自衛官が渡航申請もせずに海外に出かけて行く事が、日常行われているのではないか、との疑いが出てくる。もしそうであれば、危険極まりない行為だと言えよう。もし、彼女がISやアルカイダのような国際テロネットワークを張っている過激派に拘束され、自衛官だとわかったら…と想定してみれば、例え、医務官であり、休暇中であったとしても、国民の生命を守るべき任務を持つ者が、かくもずさんな状態であった事が全世界に知れ渡り、軍人としての矜持が保てないだろう。この場合、海外渡航申請をしていなかった事が大問題となる。拘束された人物が現役軍人であり、本国の当局も渡航していた事実を把握していなかったとしたら、その者は軍の秘密命令を受けたスパイだと判断される可能性が極めて高くなる。つまり、その女性自衛官は自分たちに危害を加えようとする敵と認定される事となる。となれば、先日ISに殺害されたヨルダン軍のパイロットの辿った末路を考えるだけでも恐ろしい。更に言えば、当局が自衛隊員だと認めたとしたら、とたんにテロリスト達は政治的取引のカードとして使い、日本政府に対し、陰に陽にどのような要求を突き付けてくるか想像もつかない。そしてこの事実が表面化すれば、現在安倍政権が進めている安保法制整備そのものが野党の追及を受けて、とん挫する可能性も出てくるのだ。もし、彼女が渡航届を出していたら、自衛隊の情報を利用して、渡航先を変えるなどして、最悪の事態を避ける方策が採れるかもしれないのだ。これらの危険極まりない事態に対し、想像力を働かせることのできない自衛隊高級幹部の存在と、それをみすみす見逃してしまった当局の在り方に驚きを禁じ得ない。この事件は図らずも、自衛隊の中に危機管理意識が欠如している事を世界に知らしめたと言っても大げさではないだろう。


◎規律・マナーを順守する事で最高の危機管理をもたらした実例

 先月号で触れた(本誌3月号参照)カンボジアでの自衛隊PKO部隊は一般住民が自動小銃やロケットランチャーを持ち、国内のあちこちで銃撃戦があり、強盗殺人事件が多発する中で作業していた。当時の派遣部隊は政治的駆け引きの結果、武器使用は厳しく制限されていたのである。人里離れた山中にキャンプを張り、重機を使って岩石を切り出していた施設部隊の分隊長は銃声が響く夜中、襲撃を受け銃で脅された結果、機材を奪われる事を考えるとなかなか寝付けないと嘆いていた。軍人である我々がゲリラに襲われて、一発も撃てず資材を奪われてしまうのは、いたたまれないとの気持ちを私に吐露したのである。

 この様な最悪の事態が起きないように彼らは何をやったのか。PKO部隊全員が考えられる限り厳しく規律を守ったのである。40度もある日中、制服のボタンを規定通りに閉めて作業に当たり、車を運転するに当たっては法定速度を守り、アヒルや牛馬が道を横切るときには停車して通り過ぎるのを待つ。他国のPKO部隊が我が物顔に猛スピードで車を運転し、頻繁に事故を起こしている事実を知る現地の人達は、自衛隊の行動に好感を持った様だ。

 現地の人に話を聞いてみると、規律や運転マナーにはもちろん好感を持っていたが、隊長に当たるような人が部下と同じようにスコップを振るい、汗を流しているところに感動を受けたという人も多かった。長期に亘る内戦で軍隊=過酷な上下関係と殺戮というイメージを持っていた人々には、信じられないような光景に見えていたのである。日本の軍隊にもっと居て欲しい、自衛隊員に迷惑をかけては申し訳ない…という親しみの気持ちが住民の間に広まった。その結果どうなったか、住民が危険情報を率先して知らせてくれるようになったのである。規律を守り、緊張感を持ち、軍人としての矜持を保った事が結果として最高の危機管理をもたらした事になった。実際に見聞きしたこのエピソードは、私が現在大学で受け持っている「ビジネスマンのための危機管理」で危機管理の基礎中の基礎として話す事柄である。負傷した女性自衛官にはお見舞いを申し上げるが、今回の事柄で危機管理上、自衛隊という組織全体が緩んでいるのではないかという危惧を持ったというのが偽らざるところである。



◎期待できない自衛隊の海外活動よりもPMCの活用が現実的

 上記の事件でも明らかのように無差別テロが時と所をかまわず発生し、時間を追うごとに頻繁になってきている現状では世界中安全な所がないとも言えよう。そのような中で、企業の危機管理を考えた場合、通常の民間人が想定しうる様々な施策の想定範囲をはるかに超えたところにある。ましてや、戦後70年に亘って、テロリズムを含む「軍事」に関する事柄がほとんど思考の範疇になかった日本人にとっては、想像すらもつかないのではないだろうか。安倍政権では自衛隊を海外でも活用する法的整備を進めていく方針だが、先月号でも述べたように、法制上はともあれ、技術的な面で言っても現実的な対応は現在の自衛隊には無理である(この点については後日、機会があれば詳細に述べてみたい)。

従って、企業にとって危機管理上のリスクヘッジをするにはプロフェッショナルな集団を雇い、組織的な運用をする事が現実的且つ合理的な選択肢となるだろう。現在、それに対応できるのはPMC(民間軍事会社=暴力を提供する会社をどのように定義し、呼称するかについては議論がある。PMCの呼称を使ったのはDavid Shearerでいち早く定着した。その後、PMCとPSC(Private security Companies=民間警護会社)の間に明らかに違いがあるという議論が起きた。即ちPMCは軍事的任務、PSCは政治的任務を負うという業務の違いを際立たせる論である。が時代が進むに連れてこの業界の会社は様々な業務を提供するようになって、両者を区別する境界線が極めて曖昧になった。その現状を踏まえてPeter SingerがPMF(Privatized Military Firm=民営軍事会社)という用語を編み出した。本稿ではPMCの用語を使用するが、この種の企業が提供する様々なサービスが軍事及び戦場で提供される事と、実際に行動しているのが元軍人もしくは軍隊関係者であった事。更にはこの種の企業の存在の仕方に馴染みのない日本人読者にもイメージしやすいと判断したからである)である。


◎PMCの起源と成立過程

 以下、危機管理上の問題としての活用を検討するにあたり、PMCに対する企業研究の一環として、まずはその起源と現状についてアプローチしてみたい。


 「国家とは、ある一定の領域の内部で―この「領域」という点が特徴なのだが―正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である」とドイツの社会学者マックス・ヴェーバーがその名著「職業としての政治」の中で近代国家を定義づけたように、これまで暴力の制御、認可と行使の権利は国家が独占するのは常識とされていた。しかしながら、冷戦構造崩壊以来、中東を始めとして、アフリカ諸国、東南アジア、中央アジア諸国間では国家の独立、新国家の建設、運営、国民経済の構築、更には石油、天然ガスなどの膨大な利益を生む地下資源開発・管理など、新しい時代に対応するための様々な機構や行政機関を急速に設立する必要に駆られたのである。これらの中で最も必要とされたのは、当面の治安を司る警察機構や安全保障上の各処置である。つまり、警察・軍隊機構の設立と要員の訓練が早急に必要とされてきた。

 これに対応できるのは米国を始め、近代的な機構を持つ国家が適切な要員を派遣してそれらの暴力装置を設立していく事であろうが、これを実行するには日米安保条約のように正式な国家間の条約などの法的な背景を必要とする。しかし、冷戦崩壊後の国家建設は急を要したため時間的余裕がほとんど無いのが常態であった。これらの要求を満たしたのが民間軍事会社(Privet Military Company=PMC、以下PMCと表記する)であった。冷戦後20年間、PMCの活動はマックス・ヴェーバーの定義から逸脱して、暴力を国家から解放し、利益を生むビジネスとしてしまったのである。この全般的な流れは日本人にも無縁ではなかった。2005年5月、イラクで斉藤昭彦氏が死亡した事件がそれである。斉藤氏は自衛隊を経てフランスの外人部隊に所属した後にイギリスのPMCに雇われた傭兵であった。


◎世界的にビジネスとして認知されたPMC

 戦争をビジネスとして請け負うPMCの存在は一般の日本人にはほとんど知られていなかったが、「戦争は絶好のビジネス・チャンス」考える企業は冷戦構造の崩壊を機に急速に増加。特に2001年9月11日に起きた米本土同時多発テロ(以下9.11と表記する)以降、全世界で展開されているテロとの戦いではイラクやアフガニスタンなど、数々の戦場で民間人が戦い、戦争を請け負う企業や、兵士を戦闘に専念させるための戦場サービスを担う企業が巨大な利益を上げている。2004年春の段階で20000人を超えるPMCの従業員がイラクでサービスに従事していた。そのほとんどが退役軍人か元警察で、国籍も多岐に亘り、チリ、フィジー、イスラエル、ネパール、南アフリカ、アメリカ、イギリスなどからなり、その雇用主も60社に登っている。PMCの市場規模は世界でおよそ1000億ドル、日本円で10兆円に達するという。
 
 現在、戦争にビジネスとして参加している企業は大きく言って二種類に分けられる。一つは軍へのサービスや、戦闘終了後の復旧作業に従事する純粋なサービス・建設企業などがある。もう一つはそれらの企業を護衛し、情報収集や場合によってはテロリストの襲撃に対する軍事的な防衛作戦、途上国の警察、軍隊などの訓練を行う軍事専門企業だ。

 前者はアメリカのハリバートン社を筆頭にイラクでは油田のメインテナンスや軍隊食のデリバリー・サービス、物資の輸送などを主な業務としている(第2次世界大戦以来、軍の仕事を請け負って巨大化してきた同業会社がハリバートン社を含めてアメリカには5社ある。ハリバートン社のほかは、ベッチェル・グループ、フルオアー社、パーソンズ社、ルイス・バーガーグループがペンタゴンからの発注を狙って長年の間しのぎを削ってきたのである)。

 後者の代表例として挙げられるのがディン・コープ社だ。この会社の創立は1946年、当時のトルーマン大統領の命令により、第二次大戦の余剰武器や軍関係の機械類を利用して、終戦で失業した兵士達に仕事を与える目的で作られた。それだけに政府との結びつきは深く、この業界では老舗として名が通っている。年間の売り上げも20億ドルにもなり、アフガニスタンのカルザイ元大統領の身辺警護を始め世界各国に散らばる米国務省要人達をガードしている。
 
 これらの企業は米国だけでも35社、その他、イギリス、フランス、南アフリカ等にゼネラル・コントラクター(元受会社)があり、下請けまで入れると全世界には300を超えるエージェントが存在している。それらは軍の中将や大将達が退任後、スポンサーを募って会社を設立し、現役当時のコネを使って各国の防衛当局と契約を結んだり、発展途上国の警察組織や軍の近代化のために訓練を実施するという例が多い。更には国連のPKO活動を丸ごと請け負おうとしているイギリスのアーマーズグループが盛んにロビー活動をしているのだ。これらの会社は、経済誌「フォーチューン」の世界ランキング500社以内に入る大会社と子会社契約を結んでいるところから、ビジネスとして世界的に認知された業種となっている 。特に、米軍撤退後のイラク、アフガニスタン更には、石油産業が新たに立ちあがった南スーダン、カダフィ殺害後のリビア等アフリカ諸国、その他新しく軍や警察組織を創り上げて行く必要がある国や地域が数多くあり、会社にとってビジネスチャンスが急速に増大して行く。


◎今後 日本企業の危機管理に一役買うPMC

 PMCが進出しているこれらの諸国や地域は人口も多く、今後政情の安定と共に巨大なマーケットとなる可能性が大である。少子高齢化で、日本国内市場が縮小していく中で今後は業種を問わず、海外市場の開拓と、現地生産化が日本企業にとって不可欠となる事が予想される。現在流動的な国際情勢と治安情勢を鑑み、日本国内とは全く異なる治安情勢の中で活動していく日本企業にとって、現地での安全確保は必要不可欠条件であり、相当高度な危機管理の概念が必要となってくると思われる。その意味で、本稿は「ビジネスマンの危機管理」の立場から今後直接的であれ間接的であれ、社員や企業資産を守る危機管理を全うするためには日本企業がPMCとかかわりを持たざるを得なくなる、との前提の下で次号ではこれらの特殊企業研究へ向けてもう少し掘り下げてみたい。

<<バックナンバー>>
2015/3日本の海外における危機管理の現状と対策 第二話 自己責任と政府の責任逃れを検証
2015/2日本の海外における危機管理の現状と対策 第一話 ISが後藤氏・湯川氏を殺害、著しく遅れている日本のインテリジェンス
2015/1安倍政権の長期化で本格化する「戦後レジームからの脱却
2014/12イスラム国の成立と中東の情勢 第三話 日本国民からは見えづらいイスラム教の本質
2014/11イスラム国の成立と中東の情勢 第二話 イスラム国の過激思想に各国の貧困層や差別待遇を受ける若者の一部が共感
2014/10イスラム国の成立と中東の情勢 第一話 過激派ゲリラの域を超えたイスラム国(IS)
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2014/8ウクライナ情勢とエネルギー問題 第3話 マレーシア航空機撃墜事件における関係国の思惑
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2014/6ウクライナ情勢とエネルギー問題 第1話 ウクライナとロシア長期に亘る歴史問題と西側諸国の対露政策
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2014/4タイ反政府運動の実態、第3話タイ近代化過程で代表的且つ対照的な二人の政治家、軍人出身のピブン氏と官僚出身のプリディー氏  
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2014/2 タイの反政府運動の実態、第1話 対立軸の中心にあるのは王室の存在
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2013/11第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第1話
2013/10シリアの化学兵器問題から見える大国アメリカの求心力低下
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2013/7北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第3話
2013/6北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第2話
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2012/12 日本と韓国の「本当の姿」
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