「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


日本の海外における危機管理の現状と対策 第五話



PMC活用の具体的なメリット・デメリット


◎永世中立を国是とするスイスもPMCと契約

 イラクやアフガニスタンに於いて、PMCが必要なのはアメリカ軍や米国の企業だけではない。戦後の復興を狙って、自国の利益を確保しようとする各国がイラク・アフガン国内に政府機関を置き、様々な情報活動を行っている。例えば、イラク戦争そのものに反対していたフランスも、バグダッドの大使館に外交官を配置しており、その警備にGIGNという憲兵隊の特殊部隊を派遣している。が、その中には多数のPMC従業員が混じっていると言われている。

しかし、フランスのように自前で警備できる国はさほど問題は無いが、日本のように軍隊があっても、憲法上の規定で、一度も実戦を経験していない国や、警備や戦闘のノウ・ハウを持たない小国には民間人である政府職員の安全を確保する方法が無い。そこで、PMCと契約を結ぶ事となる。

例えばスイスの場合、バグダッドにある大使館を閉鎖せずに館員を配置し、その存在感をアピールしているが、自国の警察や軍隊にそれほど危険な地域で活動が出来るような訓練を受けた人員がいない。更に言えば、警護活動に特化した特殊部隊を養成中ではあるが、永世中立を国是としているスイスでは海外派兵には大きな障害があった。そこで政府は南アフリカのメテオテック・タクティカル・ソリューションズ(MTS)社と年間160万スイスフランに及ぶ契約を結ぶ事となった。

 しかし、この会社は反傭兵法を擁する南アフリカ政府の調査対象になっているようなPMCであった。その上、この会社の重役二人が石油がらみで赤道ギニアの大統領に対するクーデター未遂で告発され、65名の南アフリカ人とともにジンバブエの拘置所に入れられていたのである。この事件に関連した者としてイギリスの元首相サッチャー女史の長男マーク・サッチャーが南アフリカ検察特捜部に逮捕された。The New York Times,26 August 2004によると、1995年赤道ギニアのギニア湾で大規模な海底油田が確認され、その開発を巡って国際石油資本が進出したが、それを巡って国内に政争が発生した。マーク・サッチャー容疑者の関与が指摘されているクーデター計画は2004年3月に発覚したものだ。発覚のきっかけはジンバブエ当局がイギリス特殊空挺部隊(SAS)の元隊員サイモン・マンをクーデター容疑で逮捕し、その後、赤道ギニア当局が国内に潜んでいた外国人傭兵を芋づる式に逮捕した事にある。マン容疑者は軍事顧問会社メテオリック・タクティカル・ソリュージョン(MTS)を経営し、1990年代には傭兵をアンゴラやシェラレオネなどに送り込み、アフリカの紛争で稼いできた人物であった。南アフリカ当局によれば、サッチャー容疑者はクーデター計画に約27万5千ドルの資金提供をしたという。マン容疑者とはケープタウンの高級住宅街で近隣に住む間柄で親交があった。スイス国内では外務省がこんな曰く付きの会社を雇った事で政治問題に発展したのである。



◎捕虜虐待など負の側面がアメリカ国内で問題視

 イラクでもPMCが絡んだ重大な問題が発生していた。バグダッド郊外にあるアグブレイブ刑務所で、収容されている捕虜達が、性的行為を強制されたり、犬をけしかけられるなどの拷問を受け、ジュネーブ条約違反に問われたのだ。この事件では米軍の女性兵士がタバコをくゆらせながら裸のイラク兵に首輪を付けて犬のように引きずり回している写真や、全裸のイラク兵をピラミッドのように重なり合わせた上に女性兵士が乗ってにこやかにピース・サインを出している写真などがマスコミで公表され、全世界にショックを与えた。

この事件は当時刑務所の看守役を務めていた米軍兵士などが軍法会議にかけられて有罪判決が下されたが、実は捕虜虐待事件にはPMCに属している民間人が深いかかわりを持っていた事がアメリカ陸軍の報告書(2004年2月26日に公表)に記されていたのである。この報告書によると、事件にかかわりがあった民間人は二人で、うち一人はCACI社の社員スティーブン・ステファニウィッツ。彼は民間の尋問専門職でイラク駐留のアメリカ陸軍第205情報旅団に属していた。

CACI社は国務省の電子メイルシステムなどを操作する情報技術提供を主な事業とするカリフォルニア・アナリシス・センター社として1962年に設立。その後、事業の内容を拡充し、1973年にその頭文字をとってCACIと社名を簡単な名前に変更。会社の業務は多種にわたっており、従業員はおよそ9400人、年間の総収入は2003年度で8億4千300万ドル、会社の事業のうち約63%がペンタゴンとの契約であり、29%が他の省庁との契約分となっている。

CACIが情報サービス部門を設立したのは1990年代末。情報サービス部門の事業の主なものとしては、情報の収集、その分析、現地情報収集の支援、それに、囚人や捕虜などへの尋問によるヒューマン・インテリジェンス収集の支援がある。このためにCACI社は大量に軍事情報部門や政府情報機関の元情報員を雇っている。

もう一人はタイタン社に属していた。この会社は1981年に設立された、CACI社と同じような情報を取り扱う会社で、ペンタゴンの軍事情報機関や、政府情報機関に情報とコミニュケイション・サービスを提供している。従業員は約12000人で総収入は年間約20億ドルである。

報告書によると、これら民間人は刑務所の中をフリーパスで移動できる許可を与えられており、捕虜尋問の現場に立会い、その専門知識を発揮して情報収集のアシスト要員として重要視されていた。が、報告書では捕虜虐待事件に関与した事で、二人に対しては契約を破棄するように勧告していたのだ。

この様に、捕虜虐待などの実態を見ると、PMC従業員はアメリカ政府と雇用者のどちらに対して責任を持つのか、事故が発生した時誰が雇用主に対して責任を取るのかなどが明確になっておらず、PMC利用の是非についての議論がアメリカ国内で出てきている。 



◎米共和党とハリバートン社の揺るぎない関係を築いたチェイニー元副大統領

 前に述べたように現代のPMCは株式市場に登場するような近代的な「企業」としてのビジネスを展開している。この会社は湾岸戦争時のブッシュ(父)政権の国防長官、イラク戦争時のブッシュ(息子)政権の副大統領となったリチャード・B・チェイニー氏が経営陣に名を連ねており、イラク戦争では多大な利益を得ている軍事サービス企業としてつとに有名である。

ハリバートン社はアメリカ・テキサス州の油井掘削会社として1919年に創業。その後、企業買収を重ね、1962年建設大手のKBR社を買収して急成長を遂げるようになった。その結果、現在では海外をも含めて系列子会社は200社を超えている。そして、イラク戦争終了後の油田の修復、補修事業をほぼ独占的に請け負い、イラク復興作業の根幹にかかわりを持ち、利益を上げられる構図の中心に居座る企業となっている。この事が2004年のアメリカ大統領選挙で野党からの攻撃材料とされ、戦争の大儀そのものが国民の疑惑の的となったのである。

事実、ハリバートン社とブッシュ大統領の出身政党である共和党との結びつきは深く、民間団体の調査によると、2004年6月末までにハリバートン社の役員達の政治献金は総計30万ドルに達し、その99%が共和党の国会議員候補者に対するものであった。これとは別に、ハリバートン社は会社としての政治献金団体を持っており、そこからは13万3500ドルが献金され、その90%が共和党向けであった。このことからすると、ブッシュ大統領の再選にハリバートン社が巨額の資金援助を行った事は容易に想像が付く。

共和党のブッシュ政権にハリバートン社が多額の資金援助をする目的は企業としての利益追求にある事は言うまでも無いだろう。2004年8月、連邦政府の契約企業200社について「Government Executive」誌がまとめたところによると、ハリバートン社とペンタゴンとの契約高は2003年度分が31億ドルとなっている。前年度の2002年度分が4億9千100万ドルに留まっている事から、2003年度は約6倍の契約高に跳ね上がった事になる。契約の大部分はイラクとその周辺国に駐留するアメリカ軍兵士への給食を始め、クリーニング、住宅、など陸軍への兵站支援事業と、米軍がイラク侵攻に先立って想定した油田の消火活動や、石油採掘関係の事業に対するものであった。

ハリバートン社が共和党政府に深く関与するきっかけを作ったのは先にも触れたチェイニー氏である。チェイニー氏は1941年ネブラスカ州生まれ、エール大学からウイスコンシン大学大学院博士課程に学び、34歳でフォード大統領主席補佐官に就任、現在までの政界経験は豊富である。

1989年当時のジョージ・ブッシュ大統領から国防長官に指名され、93年1月までその職に就いていた。この間パナマ侵攻作戦、湾岸戦争という大きな軍事作戦の指揮を執る事となったのである。湾岸戦争で発揮した指導力を評価され、1991年7月には大統領自由勲章を授与された。この国防長官就任期にチェイニー氏は軍の物資補給や電気施設工事などを軍以外の民間会社に委託することを促進した。この委託により、軍の補給にかかる経費が10%~20%は減ったといわれている。この時委託会社となったのがハリバートン社の子会社であるケロッグ・ブラウン・&・ルーツ社(以下、KBR社と表記する)であった。チェイニー氏は軍の事業を民営化していく新しい軍運用モデルを創り、同時に民間企業に新たなビジネスチャンスと市場を提供した究極の民営化推進者でもあったのだ。その実力は国防長官辞任後に遺憾なく発揮される。

1995年、クリントン大統領に政権が移った後、チェイニー氏はKBR社の親会社である石油関連サービス会社ハリバートン社の会長兼経営責任者に就任。ここで5年間民間企業の経営者としての資産と人脈を獲得。チェイニー氏が最高経営責任者となってから、ハリバートン・グループ企業の政府関係の契約高が急速に伸びて行った。この間、国防契約企業第78位から第17位へと会社の政府関係契約高が伸びるに従い、チェイニー氏の個人資産も増加。個人として、ハリバートン社の筆頭株主となり、資産高は日本円に換算して約50億円にも上ったという。2000年のブッシュ・ジュニアの大統領選出馬で共和党に日本円で約2500万円に相当する額を寄付。副大統領候補としてそれらの資産を有効に使い、当選を果たしたのである。

ハリバートン社を通じて石油などエネルギー関連業界に深い人脈を培ったチェイニー副大統領はブッシュ政権のエネルギー政策に極めて強い影響力を持つようになった。彼はブッシュ政権のエネルギー政策タスクフォースのリーダーとなり、自らの民間エネルギー会社の人脈の中からそのメンバーを構成したと言われている。そのメンバー・リストについてはチェイニー副大統領が公開を拒否しているため、どの企業がメンバーになっているかハッキリしていない。しかし、ハリバートン関連会社を中心として、粉飾決算で大問題となったエンロン社他、チェイニー副大統領と懇意な数社の企業がメンバーになっていたのは間違いないようである。

チェイニー氏が副大統領に就任後に起きた9・11米国内同時多発テロ以降、ハリバートン社の子会社KBR社は軍からの受注が増え、増益となっており、副大統領になってからも、チェイニー氏はハリバートン社から毎年20万ドル近くの退職者収入をうけとっている。このKBR社の国防省担当者はチェイニー氏が国防長官を勤めていた時の軍事補佐官であった。この様な人脈やチェイニー氏と企業との関係の深さなどから、ハリバートン・グループ企業のペンタゴンからの受注は何時も不鮮明なもの、との疑惑が付いてまわっている。



◎米軍周辺で必要なものを全て提供できるハリバートン社の功罪

 ハリバートン社がイラク石油産業修復の契約を受注した2002年10月以降、株が2倍近くに跳ね上がり、2003年5月13日には株価終値が23.90ドルとなった。ハリバートン社グループがペンタゴンと結んだ契約は原則的にはチェイニー副大統領が国防長官時代に築き上げた米軍兵站文民統合プログラム(以下、LOGCAPと表記する)に基づいたものだ。ペンタゴンの場合、研究開発の段階から特定のメーカーに受注させ、独占的に製品を納入するのが通例となっている。この通例に従って、ペンタゴンはまず、2002年11月、LOGCAPに沿って不測事態対応計画を作成するようKBR社に依頼。この契約に基づいて、KBR社は、2002年11月からイラクの石油インフラ評価とイラク石油産業の操業計画を検討するために現地で活動していた。

このように研究開発の段階から軍との契約が成立すれば、この研究成果に基づく製品の納入も独占的に行えるのである。しかも、一部の兵器や機材の納入に対してペンタゴンが認めている「コスト・プラス報酬制」が適用されるのである。このシステムは納入製品に欠陥があった場合でもその補修・改修コストをペンタゴンが負担する制度だ。 ペンタゴンのLOGCAPはまさにこの「コスト・プラス報酬制」でハリバートン社グループに発注しているのである。

このような体質を持っているハリバートン社は現在44社を超える様々な業種の子会社を持ち、広く世界に展開している。中でも注目されているのがアゼルバイジャン、インドネシア、イラン、イラク、ミャンマー、リビア、ナイジェリアなど、アメリカ政府が人権擁護の立場から好ましく無いとしている国や、テロリスト国家、または敵対国家としている国とビジネスを行っている事である。アメリカ政府が経済制裁を加えている国とのビジネスについて1995年、リビアに対する禁輸措置を破ったとして380万ドルの罰金を科した。にもかかわらず、その4年後、ハリバートン社の子会社の一つがアメリカ政府によりビジネスが禁止されているイランに事務所を開設。2001年には軍事政権下のミャンマーで石油のパイプライン・プロジェクトを開始したのである。このように、利益の上がる事には国禁を犯す道義的責任感の無い経営方針は各方面から非難の対象となっているのだ。

ハリバートン社グループの仕事はエネルギー関連に限らない。イラク戦争でも飛行場の整備、テント設営、宿舎建設とその清掃、兵員への食料や水の供給、調理、郵便、理容、重機の運搬、さらには戦死者の遺体の洗浄と本国への輸送と、まさにトイレ掃除から基地建設まで、アメリカ軍の周辺で必要とされるありとあらゆるものを担っている。それも40年以上に亘ってペンタゴンと契約を交わしているから、この会社の持っている仕事のノウ・ハウは他者の追随を許さないものがある。だからこそ、米軍にとってはまるで痒い所に手が届くようなサービスが何者にも変え難いものと映るわけである。ここに緊密な癒着の構造が出来上がり、ハリバートン社がスキャンダルを起こしても、ペンタゴンが最優先で契約を結ぶ構造が出来上がった。

事実、ハリバートン社グループの社員数千人がバグダッドに最初の爆弾の雨が降るのと同時に、10億ドルに近い契約に基づいてクウェートとトルコに展開するアメリカ軍のすぐ側で働いていたのである。



◎日本の大手企業も参入するイラク復興事業

 この様な状況の中で、石油、軍施設関連以外では、イラク復興事業に於けるアメリカ流の「民営化」が推進されている。しかし、その狙いはアメリカの長期的な権益確保の方向に行く可能性が濃厚だ。事実、アメリカ政府はイラク復興事業の受注先について、アメリカに協力的な企業に限る方針を決定。ペンタゴンは自国が負担する186億ドル(約2兆円)のイラク復興事業について、受注の元請け先を、アメリカ、イラクの他に日本や韓国など、イラク戦争や復興に協力している61カ国の企業に限定すると2003年12月5日付けの文書で発表した。それについてはフランスやドイツ、ロシアなど、イラク戦争に反対していた諸国が猛反発。アメリカ政府は「米国の安全保障上の利益を守るため」と強硬姿勢を貫いた。

このような動きを後押ししているのはアメリカ経済界の圧力だ。今後、中東でも巨大マーケットに成長すると言われている携帯電話事業に関連する争いも熾烈さを増している。世界の携帯電話市場では、アメリカ勢とヨーロッパ勢が通信方式をめぐって激しい競争を繰り広げているのが現状だ。アメリカ軍の攻撃で地上回線が崩壊したイラクは、携帯電話業界にとっては大きな魅力となっている。なぜなら、一旦採用されたら、その通話方式がイラクでは将来にわたっての基本的なシステムとなり、将来的にも計り知れない利益を生む可能性があるからだ。

上述のように、イラク戦争後、イラクのビジネスシーンは一気に参入してきたアメリカ企業が全てを取り仕切るようになり、自分達の都合で決定していくシステムとなってしまった。そんな中、日本の企業も参入を狙っていたことが明らかとなった。2003年11月2日、住友商事とNECがイラク国内での携帯電話事業に使用する通信設備の1部を65万ドル(約7150万円)で受注した事が発表された。これは、イラクの戦後復興を支援するインフラ整備ビジネスで初の日本企業の受注となった。続いて、2004年3月27日、アンマンにある国連開発計画(UNDP)イラク事務所がイラク南部バスラ近郊にあるハルサ発電所の修復プロジェクトを三菱重工に受注させたことを発表。受注額は約600万ドル(約6億3000万円)。日本政府がUNDPに拠出した援助がこれに当てられる。この発電所は1979年に三菱重工が建設したもので、湾岸戦争で破壊されたままになっていたものだが、イラク復興事業で大規模プロジェクトを日本企業が受注したのはこれが始めてだ。

この様に日本企業も含めて、巨額でかつ長期に亘るであろうイラク復興事業を世界の企業が不況脱出のためのビジネスチャンスと見なし、事業に参加しようとしてしのぎを削る状況が今後も続く事は間違いないだろう。



◎テロにより近年増加する邦人被害者

 2013年1月16日アルカイダ系組織に属すると見られるアラブ系の武装集団がアルジェリア東部イナメナスにある天然ガスプラントを襲撃した。約30人で組織された犯行グループは居住区域を占拠し施設内にいた800人以上が人質となった。その中には日本人を含む132人の外国人が含まれていたのである。

 事件発生後、アルジェリア軍は施設周辺を包囲、翌17日からはヘリコプターでのテログループへの攻撃を始めた。アルジェリア軍によるテロリスト壊滅作戦は19日まで続き、最後は犯行グループが人質を巻き添えに自爆。4日間でテロリストを含む70人が死亡する大事件となった。死亡した人質の中には10人の日揮関係者がいた。日揮は 日本のエンジニアリング会社の代表的企業。主な業務は、石油精製プラント、石油化学・化学プラント、LNGプラント、天然ガス処理プラント等である。設立以来、世界70カ国以上2万件におよぶプロジェクトを遂行してきた。また、LNGプラントでは世界有数の実績を誇る。

 日揮は1969年からアルジェリアでプラント建設に携わっていた。今回の犯行現場となった天然ガスプラントはその全域が高い塀で囲われ、軍が常駐して居住区に住む関係者たちを保護し、中に住む外国人達は勝手に外出する事も許されず、全て軍の許可を得なければならなかった。これほど厳しい警護環境の中で起きた襲撃事件であり、企業に強烈な衝撃を与えたのである。

 外務省領事局の発表した資料によると、2011年10月1日現在海外で暮らす日本人は118万人。治安が不安視されている中東地域には1万人の永住・長期滞在者、アフリカには同じく8000人が滞在している。海外在住の日本人が増加すればそれだけテロや暴力犯罪に巻き込まれる機会が増してくる。最近の事例を拾っただけでも、1999年には中央アジアのキルギスで鉱山技師と通訳が誘拐された(後に解放)。2001年には南米コロンビアで日系企業の現地法人幹部が誘拐され、2年後に遺体で発見された。更には2008年アフガニスタンで人道支援を行っていた日本人スタッフが誘拐され、後に殺害されている。そして、2015年には二人の日本人がISによるテロで無残な殺され方をしているのだ。

 この様な状況の中で、日本の海外進出企業の危機管理は重大問題となる。先の日揮の事例では現地の軍隊が危機管理全体を保証するような形であったが、不幸にして事件が起きた。日揮の例では、現地政府のプロジェクトを請け負っている立場から、軍の保護があったが、今後は純粋に民間ベースで企業活動する例も増加し、更に多様化していく事が予想される。この場合は現地の軍の保護は法的にも受けづらい。ましてや自衛隊の保護などは憲法上の問題も含めて今後も期待できるような事柄ではないだろう。



◎経験が少ない自衛隊より戦闘・民生サービス共に能力が高いPMC

 犯罪が多発する地域や紛争国で誘拐やテロの危険からスタッフを守るために現在多くの企業がPMCと契約を結び、リスクヘッジに努めている。それは日本の海外機関も同じで、最も典型的な例が自衛隊のイラク派遣事業で行われたPMC雇用契約である。当時、外務省は欧米系のPMCを雇用し、バグダッドにおける日本大使館の警備や自衛隊のサマワ駐屯地事務所職員の護衛や情報収集に活用していた。同じく、自衛隊のイラク派遣に際して、クェートやイラク国内等から陸上自衛隊のサマワ宿営地に運び込まれる食料などの事例に対して、輸送を請け負う民間業者がPMCを雇用して車列の警護を実施させている。

 この頃、日本の自衛隊がイラクのサマワで給水援助の活動をしていたが、同じ事を民間に任せたら遥かに安上がりで効率が良いから自衛隊がここにいる必要は無い、という議論がしきりになされていた。この論理を押し進めれば同じ仕事を日本の防衛省がPMCに請け負わせばはるかに安く、効率も上がる事になるわけだ。PMCの方が自らは戦闘をしない自衛隊よりはるかに多い戦場経験があり、民生サービスのやり方を知っているからである。イラクにしろアフガニスタンにしろ、前述したハリバートン社の様なPMCは米軍にくっついて真っ先に戦場に入り、米軍兵士にアメリカとほぼ変わり無い生活を送れるようにサービスを提供している。この様な、建設・サービス会社のメリットは軍が同じ事を行うよりも安上がりなところにある。兵士達の健康の維持管理まで含めたきめ細かなサービスは民間のノウ・ハウが最も生かされるところであり、会社は労働力の安いところからそれを調達し、労務管理や労働者の危機管理までもやってくれるのである。PMCは欧米系の場合もあれば、現地人の場合もあり、前者はコストも高いが、信頼度も高い。後者はその逆である。 



◎優良企業であるPMCに世界中から集まる多種多様なスペシャリスト

 先に挙げた最大手の会社の一つであるMPRI社の年間利益はペンタゴンと契約した分だけでも日本円に直して約120億円。会社はナイジェリア、ボスニア、サウジアラビア、台湾、クロアチアなどの軍隊の軍事訓練サービスも手広く提供しているので、会社全体での売り上げを考えると1兆円近くだと推定されている。株もニューヨーク証券取引所に上場している。この会社の創業者は2000年7月に自分の持ち株を別の軍事サービス会社に売って48億円の現金を手にしたとされているところから、如何にMPRI社が経営的には優良企業であるかが分かる。

 この種の企業が最も利益を上げていたのがイラクだ。米軍関係だけに絞っても、2004年の時点でイラクに駐留している正規兵は13万人だが、それをサポートするPMCの社員は2万人を超えていた。その契約費用は、アメリカ政府がイラク復興事業用に用意していた180億ドル(2兆1600億円)の25%に当たる5400億円だとされている。

 収入が多いのは会社だけではない。通常の職員でも軍隊時代の2倍から3倍の給料は約束されている。例えば、アメリカ軍の給料は職種や階級によっても違うが、イラクなどの危険地域に行っても、公務員だから危険手当込みでの年収はせいぜい4万から5万ドルというのが平均(日本円にして450万から560万円程度)だ。しかし、PMCでイラクに派遣されれば、その能力に応じて、危険地手当て付きで日当は500ドル~1500ドル。年収は単純計算で1800万から5600万円クラスとなるから、軍隊を早期退職して加わる者も多い。

 PMC社員は殆どが30代後半から40歳代の男盛りのベテラン戦闘員。それも武器、戦略、爆発物、格闘技などを特殊部隊で訓練され、実戦体験豊富な教官クラスばかりがアメリカだけではなくてフランス、ロシア、英国、南アフリカなど世界中から集まって来ている。彼らの能力はその戦闘能力のみにあるのではなく、情報収集や諜報活動、心理戦などの専門家も多数含まれていることでも高く評価されている。



◎海外進出する日本企業がPMCを活用する際の注意点

 これまでPMCについて検討してきたことを前提にして、日本の海外進出企業がPMCを活用するにあたって、事前に検討すべき課題となるのは、PMCのメリットとデメリットに関する考察であろう。PMCは戦争を巡る世界秩序が変化する中で登場し、発展してきた。PMCはそれを利用する顧客が存在しているから企業として成り立っているのだが、軍事ビジネス特有の難しい問題を抱えている。特にこれまで組織的で、政治的意図を持ったテロ集団の暗躍する状況の中で事業展開をする経験に乏しい日本企業にとっては重要な問題となってくる。先に挙げた日揮の事例のように、これまで紛争地帯での事業を数多くこなし、危険地帯での企業活動においても経験豊富であり、現地の軍に完全に守られていたにもかかわらず、大量の死者を出してしまった例もある。

 PMC活用のメリットとして挙げられるのが、多様な安全保障のサービス提供である。これまで述べてきたように、PMCは国家を始めとして、組織、個人に対して多様な安全サービスを提供する他、民間企業にとっては政情不安定な地域の工場建設、そのメインテナンスまで請け負う事ができる便利な存在である。従って危機管理の側面からすると、多様なサービスが受けられ、専門的な立場からのアドバイスを得られ、様々な意味で、リスクヘッジが可能となる。依頼内容は顧客の要望により、サービスの期間も企業側の都合で自由に決められる。この事を考慮すると、正規の軍隊では対応できない多様な危機管理上のニーズに応えられるPMCならではの利点がある。

 PMCが民間企業ならではのサービス提供が可能なのは、金額次第では質の高い即戦力を用意できる体制をとっている事である。前述のように、特殊部隊上がりの教官クラスのベテラン人員を派遣し、従業員の安全対策指導や、訓練を行う事も可能。更には装甲車、ヘリコプター等を使用した要人警護などもサービスに入っている。

 企業にとってメリットとデメリットを測る重要なメルクマールとして「コスト」がある。PMCに質の高いサービスを求めた場合、それだけの高い契約金が必要である。例えば、ニューヨークのジョンFケネディ空港からニューヨーク市街に出るまでタクシーに乗ると平均35ドルである。しかし、バグダッド国際空港から市街地までの費用は欧米系の有名PMCのサービスを利用した場合その費用は13000ドルになる。有能な人員を使用するには高額な報酬が必要であり、能力が低ければそれだけコストも低くなる。コスト管理を優先すれば、危機管理の目的が果たせなくなり、PMCを利用する意味がなくなってしまう。逆にPMC側から「リスクやコストに見合うだけの利益が上がらない」と判断して勝手に契約を打ち切ってしまう場合も考えられる。日本企業の現状ではこの種の契約に対して不慣れであるばかりか、明確な判断基準を持って判断するノウ・ハウを持ち合わせていない場合が多い。従って契約打ち切りや過大請求を受ける可能性は欧米系企業の場合より多くなることも予想される。現在、米軍のイラク・アフガニスタン撤退等でPMCの市場規模が一時的に縮小しており、欧米系企業の巨大化とPMC市場の寡占化が急速に進んでいる。ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)のような防衛関連企業は、利益率を維持するため、軍事責務サービス事業に乗り出している。中規模の防衛関連企業であったL-3コミュニケーション(指揮通信・監視システム製造企業)が軍事役務提供事業に進出した事により、防衛関連企業として世界23番目の売り上げを記録するようになった。従って、サービスを求める場合、今後益々寡占化が進み、選択肢が急速に狭まって、PMC側の言い分を聞くしかないような傾向が強まっている。

 では企業の危機管理の観点からPMCを活用することを前提として、どのようなPMCを雇用すべきか。それについて考察していく。

<雇用契約>

 PMCを雇用するには能力もさることながら、信頼に足り得る企業かを重点的に見ていく事が必要である。そのためには信頼するに足る親会社や母国を有しているかが一つのメルクマールとなるだろう。業者の選択に当たっては複数企業を常に検討し、契約期間を限って想定でき得る最低期間にしておく事が重要となる。これは経験の少ない日本企業にとっては契約更新毎に修正を加える事が出来、不都合なところを正しながら経験を積むことができるというメリットがある。更には選択の機会を多くすることで常にPMC側に価格競争を強いる立場に立てるという、雇用主としての優位性を保つ事となる。

<品質管理の問題>

 契約したPMCの社員が能力不足で受けるサービスの質が低下してしまう事も予測できる。能力判定基準に於いて、日本企業の危機管理担当者が軍事的な知識が著しくかけている事は十分に想定できるからである。できれば、このような危機管理に直面する担当者は、軍関係のOBか、少なくとも海外の軍事訓練校に通うなどして最低限の軍事的知識と情報の分析・取扱いができる能力を備えている事が望ましい。でなければ、例えば整備させた車両備品が不十分な機能しか発揮しないなどの不測の事態が起きる可能性がある。または、犯罪組織や武装勢力と通じている事も考えられる。これらの事を事前に防ぐノウ・ハウが不足し、深刻な事態を招く可能性が出てくるのだ。実行の監視や監督等サービスの品質に関する規定を契約の中に盛り込んでおくことも必須の条件となるだろう。更には契約先のPMCの能力や内部事情に関する情報収集も徹底して行う事も必要であり、情報収集には他のPMCを利用し、複数監視体制の構築も有効である。

<PMCの管理と法的問題>

 PMCは再三述べてきたように、株式会社等の会社組織として成り立っている。このため、その活動は軍規にとらわれず、あくまでも自由で、傭兵を禁止する国連協定の対象範囲外の存在だ。現状ではPMCを規制する法制度が整っていないのである。しかし、企業として商法上の立場は守られており、企業秘密として、情報を秘匿する権利も持っている。様々なPMCのホームページを見れば、その全てが国際法と現地の国内法を遵守する事を謳っている。が、彼らの仕事場は混とんとした戦場や、治安や政情が不安定な地帯である。従って、日本企業が雇用しているPMCが法を遵守しているかどうかを調査する事は極めて困難である。この事からすれば、発注者がPMCを完全に管理・統制する事は実質的に不可能であり、ましてやこの種の活動に経験不足である事が多い日本企業の危機管理者にとってはなおさらである。このため現状では依頼主からの注文にどのように応えていくかなど、依頼遂行過程の多くの事項がPMC任せとなってくる。この様に、PMCの活動は不透明で外部からの統制が難しいため、これまで数多くの不法行為や人権侵害が行われてきている。その典型的な例が、2007年イラクの首都バグダットでアメリカのブラック・ウォーター社(当時の社名)の社員が正当な理由なく17人の市民を射殺するという事件が起きた事が挙げられる。

 2015年1月、フランスで出版社と食料品店が武装したテロリストに襲われて、計17人が射殺された。犯人3人も警察当局によって射殺されたが、3人ともイスラム武装勢力を名乗り、うち兄弟の2人はアルカイダ系テロリストを標榜し、1人はイラクとシリア国境を破壊してイスラム教原理主義に基づく国家を名乗るイスラム国の戦士と自らを表明している。襲われた、出版社と食料品店はフランスの国内法の下で企業活動を行っており、法的には何の落ち度もなかった。にもかかわらず、突然襲われて多大の被害を出したのである。この事件は思いもよらないところからテロリストに敵視され、攻撃を受けるという典型的な例と言えよう。

 これら一連の事件は対立傾向にある、イスラム国とアルカイダの勢力争いとの側面も強い事から、今後益々過激なテロが頻発する可能性が強い。この一連の流れから、世界中安全なところは存在しづらい状況になっているとも言えるのではなかろうか。従って、海外で事業展開しようとする日本企業にとっては、それ相応の危機管理の施策をとる必要がある。その事を考えた場合、あらゆる面で専門家集団となっているPMCを活用する必然性が出てくるだろう。PMCに対しては本稿で述べてきたように様々の問題点があり、国際社会からの批判も多いが、反面、時代の要求として期待されるところも大きく、危機管理の側面だけを取り出しても引き続き重要なプレイヤーとしての一つとして存続し続けると思われる。これらの事から、筆者はPMCの現状、問題点をふまえた上で日本の民間企業も危機管理の重要ファクターとしてPMCの活用を真剣に考えるべき時期に来ていると考えている。

 

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2015/4日本の海外における危機管理の現状と対策 第三話 海外進出企業の危機管理はPMC活用が鍵
2015/3日本の海外における危機管理の現状と対策 第二話 自己責任と政府の責任逃れを検証
2015/2日本の海外における危機管理の現状と対策 第一話 ISが後藤氏・湯川氏を殺害、著しく遅れている日本のインテリジェンス
2015/1安倍政権の長期化で本格化する「戦後レジームからの脱却
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2014/10イスラム国の成立と中東の情勢 第一話 過激派ゲリラの域を超えたイスラム国(IS)
2014/9ウクライナ情勢とエネルギー問題 第4話 日本は欧米と共同歩調を取りながらも今秋プーチン大統領の訪日は大歓迎
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2014/6ウクライナ情勢とエネルギー問題 第1話 ウクライナとロシア長期に亘る歴史問題と西側諸国の対露政策
2014/5タイ反政府運動の実態、第4話長期化する政治対立の原因、タクシン政治の明と暗
2014/4タイ反政府運動の実態、第3話タイ近代化過程で代表的且つ対照的な二人の政治家、軍人出身のピブン氏と官僚出身のプリディー氏  
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