「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


第二次世界大戦後70年を迎えて - 忘れ去られたそれぞれの開戦理由‐第一話



敗戦国ドイツが復興し第二次世界大戦で枢軸国の中枢となった理由


◎第一次大戦を終結させたベルサイユ条約に第二次大戦の火種が存在


  今年、2015年は第二次世界大戦後70年を迎える。正式には1939年、ナチスドイツのポーランド侵攻によって始まったとされている第二次大戦だが、専門家は別として、一般の日本人には何時、何故この様な戦争が始まったのかについて詳しく語られていなかった。日本人にとっては満州事変から日中戦争、そして真珠湾攻撃に至る経過としてある程度の事は承知しているが、これがなぜ、世界を相手にドイツ、イタリア、フィンランドなどと枢軸国を組んで戦う事になったのか…このようなグローバルな視点で俯瞰した経験は日本人には少ないのではないだろうか。実を言うと、開戦の経緯が終戦の形を決め、戦後の世界的枠組みを作り上げてきており、今目の前で起きている数々の国際情勢の変化と動きの原因となっているのである。この事を前提として、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ソ連など、第二次大戦の主要プレイヤーがどのような理由で戦争に至ったのかを分析してみようと思う。そしてこれらの分析を通じて、現実を直視し、現在起きている諸問題の解決の糸口を探ってみたい。まずはドイツからである。


 第一次世界大戦がドイツの敗戦で終わったのが1918年11月。1919年6月28日からパリのベルサイユ宮殿で講和会議が開かれた。その結果ベルサイユ条約と呼ばれる講和条約が結ばれた。が、第一次大戦を終結させたこの条約は次の戦争の種をはらんだ取り決めだった。その第一は敗戦国ドイツに法外な賠償金支払いを義務づけた事。金額は結局1921年のロンドン会議で1320億金マルク、年額20億金マルク及び輸出額の26%と定められた。金マルクとは、第一次世界大戦によるハイパーインフレーションの間に貨幣価値が急激に失われる事となったパピエルマルクと区別するための用語である。 金マルクは1マルク=358ミリグラムの純金と等価という金本位通貨であった。一方、パピエルマルクは、マルクと金の兌換が停止された1914年8月4日以降のドイツマルクを示す用語である。ベルサイユ条約に基づく戦争賠償では、ドイツはパピエルマルクではなく金マルクでの支払いを求められたのであった。時の経済状況に変わりなく、金と兌換できるマルクで1987年までの66年間もの間、ドイツは賠償金を支払い続けなければならないとされたわけである。その場に立ち合ったイギリス大蔵省の若い官吏ケインズ(後に近代経済学の父と言われる高名な経済学者)がこの時の様子を「もし、私がドイツ全権大使なら、窓から飛び降りて自殺していたかもしれない」との内容の手紙を友人にあてて書いたほど過酷なものであった。当時の経済学者によると、ドイツの支払い能力はこの10分の1がやっととされ、賠償金は全く非現実的であったのだ。



◎賠償金を支払えないドイツにフランスとベルギーが侵攻

 この賠償金額については特にフランスが強硬姿勢を貫いた。フランスはこの戦争で国土が荒れ果て、経済的にも壊滅的な打撃を受けた。戦争はドイツが仕掛けてきたものだから、戦争の責任はすべてドイツにある。従って全ての損害に対する責任はドイツにあるという立場を絶対に曲げようとはしなかったのだ。当然のことながら、ドイツは早々と支払不能に陥った。これに対して1923年1月、フランスとベルギー両国軍がザール(フランス名ルール)地方に侵入した。ドイツ中西部のザール地方は日本で言えば、東海道ベルト地帯に相当する産業地帯で、炭鉱と鉄鋼の大生産地帯として19世紀以降ドイツ経済を支えてきた。現在もエッセン、デュッセルドルフ、ドルトムントなど大都市が集中するドイツ経済の中心地だ。ここにベルサイユ条約と、その後のロンドン条約で定められた戦後賠償をドイツが払わなかったとして、フランスがベルギーを誘って侵攻し、強制取立てに及んだのだ。

 この事で、ドイツは騒然となり、占領軍に抵抗したドイツ人工場労働者13人がフランス軍に殺されてしまった。フランス・ベルギー連合軍は兵力6万、その占領は25年まで続き、ザール地方は軍政と経済的無秩序の下に置かれ、ドイツ人の憎悪を駆り立てる象徴的存在となっていたのである。当時のドイツ政府は紙幣を大量に発行して超インフレをもたらし、これによってドイツ全土の中産階級が一気に没落してしまった。失業者も700万人を超え、ハイパー・インフレの影響で1923年12月には3ポンドのパンが800万から900万マルクと戦前の10億倍の価格になったほどである。国は混乱に陥って、武装した民間人の暴動や政治的な理由による殺害事件は日常茶飯事であった。 



◎ヒトラー率いるナチスの台頭と日・独・伊三国同盟


 この様な状況の中でアドルフ・ヒトラー率いるナチス(国家社会主義労働者党)が勢力を伸ばしてきた。彼らの主張は「ベルサイユ条約体制の破棄」であった。国民にとっては66年に亘って足かせとなる賠償金、軍隊を10万人に減らし、海外すべての植民地とドイツ本土の周辺国への割譲を強いられ、国民の怨嗟の的となったベルサイユ条約の破棄は魅力的であった事は言うまでもない。更にナチスはドイツ人に自信を持たせる宣伝も盛んに行った。その代表的な一つが「第三帝国」である。

 第一帝国は我々日本人も高等学校の世界史で習う神聖ローマ帝国の事である。962年ドイツ王オットー1世がローマ教皇ヨハネス12世により、ローマ帝国の継承者として皇帝に戴冠したときから始まるとされた神聖ローマ帝国。この帝国は名目上1806年のフランツ2世まで実に844年間続いた。神聖ローマ帝国を引き継いだプロシャがドイツ統一を図り、1866年、普墺戦争(プロシャとオーストリアの戦争)に勝利、引き続き1871年の普仏戦争でフランスに勝利して勝ち取った帝国を「第二帝国」。ナチスはその正当性を引き継ぎ「第三帝国」の建設を目指すとしていた。

 これらの宣伝は敗戦で打ちひしがれ、自信を喪失していたドイツ国民の心に明るい未来を示唆する事となり、ヒトラーの自信にあふれた演説スタイルと相まってヒトラーとナチス党は1930年の連邦下院の選挙でそれまでの12議席から一気に108まで議席を増やした。そして1932年には第一党に進出し、1933年1月30日アドルフ・ヒトラーはドイツ首相となった。この様に、ヒトラー政権は紛れもなく圧倒的な大衆の支持を得て誕生したのである。一旦権力を握ると、ナチスは一党独裁を確立。国家の司法、行政制度はナチスの手に握られ、ユダヤ人を排斥する人種法が設立された。

 1935年ヒトラーは公約通り徴兵制度を復活し、再軍備を開始。ベルサイユ条約を破棄し、ザール地方を国民投票によって取り返した。更には条約破棄の具体的行動として1936年3月7日、ベルサイユ条約で非武装地帯とされていたラインラントにドイツ軍を進駐させた。ラインラントは古代ローマ帝国の時代から都市が建設され、ドイツでは最も古くから文明が栄えた地域でもある。ケルン、マインツなどの歴史ある都市が点在し、中世には神聖ローマ帝国を支える主要地域の一つであった。周辺地域の豊富な地下資源とライン川による物流という地理的優位性から、ドイツにおける工業化の中心地となり、1871年のドイツ帝国成立後も工業地帯として発展した言わばドイツのルーツ的な地域であったのだ。

 ヒトラーはオーストリア全土とチェコスロバキア全土を併合し、バルト海のメーメル港も手に入れた。1939年5月にはイタリアと独伊軍事同盟を締結。その後、1940年9月27日には日本も加えた日独伊3国同盟を結び、第二次世界大戦の枢軸国の原型を作った。1939年8月、ヒトラーはスターリンとポーランド割譲の密約を結び、ポーランドに侵入。ソ連は東ポーランド、ベッサラビア、バルト3国とフィンランドの一部を手にした。ソ連はドイツに対して石油などの戦略物資を提供し、ドイツはソ連に軍事技術を提供するという協力関係にあった。これを機にフランスとイギリスがドイツに宣戦布告。それまで中立を守っていたアメリカが1941年12月10日、日本軍の真珠湾攻撃の2日後、日本に宣戦布告を行ったのに続いてヒトラーはアメリカに宣戦布告し、全世界が戦争に巻き込まれる事となった。



◎内政・経済は国民第一主義を貫いたナチスの意外な側面


 第一次大戦の敗北で徹底的に痛めつけられたドイツをたった23年でヨーロッパを席巻し、全世界を相手に戦えるほどの強大国にしたヒトラーとナチスの背後には、圧倒的なドイツ国民の支持があった。その原点はナチスが恐慌克服に全精力を傾けたところにある。現在も使われている世界最初の高速道路アウトバーン建設など、社会資本整備や、再軍備に特別な赤字国債を原資として投資し、失業者を吸収した。1933年から始まった高速道路網建設には35万人が直接・間接的に雇用された。このため5年間でのべ3000キロメートルものネットワークが完成。当時ナチスの宣伝映画には、自らシャベルをもって盛り土作業を行っているヒトラーの姿が映っており、やり方もナチスらしかった。この高速道路網を一般国民が広く使えるように、安くて高性能な国民車「フォルクス・ワーゲン」の開発を命じたのもナチス政権であったのだ。ナチスは「国民は消費に励むべきであり、企業は雇用を増やすべきだ」消費と雇用の拡大を説いて回った。公共事業を展開する一方で、党組織を極限まで使って国民の意識改革を試みた。「景気」という言葉のように、気持ちも経済状態を表す。ナチスは得意の徹底したプロパガンダで国民の不況感を吹き飛ばしていったのである。


 この様に全体主義的でありながら、ナチスは内政と経済政策に関する限り、一部のユダヤ人、など少数グループを除いて一種の国民第一主義の政策に終始していた。多くの読者の常識に反する事だと思うが、第二次大戦中、ナチス政権は最後まで総力戦、国民総動員の措置を取らなかったのである。アメリカのランド研究所でのドイツ戦時経済の実証的研究からすれば、ドイツが降伏する2年前の1943年までのドイツ経済は事実上平時経済であった。当時、奢侈品を含んだドイツの消費財生産は1939年を100とすると、43年は91、敗戦前1年の44年になっても84までにしか下降していない。これに対して1943年、44年のイギリス経済指標によると1930年を100とした場合、54にしか過ぎないのであった。ドイツが英米並みの戦争経済にようやく近づいたのは戦争末期段階であった。戦車や大砲などの軍需生産は1942年の半ばごろから上昇に転じ、43年の終わりまでに2倍に増加し、英米空軍の大都市、大工業地帯の爆撃下にもかかわらず、44年の後半まで上昇を続けていたのである。


 この事からすれば、ナチス支配下のドイツでは一般にイメージされている隅々まで管理しつくされた抑圧体制、ゲシュタポと秘密警察の支配する全体主義体制とはかなり違ったものであったようだ。ナチスは第一次大戦敗戦後破滅したドイツの経済と希望を失った国民を鼓舞するために、ドイツ社会の近代化、国民生活の向上、生産性の上昇をさらに促進させ、大衆の支持を獲得するために懸命の努力を重ね、人気取りの政治を行ってきたと言う事が出来るだろう。この様な公共事業優先政策はアメリカのルーズベルト大統領の恐慌脱出政策にも通じるものがある。そしてドイツもまた究極の公共事業である戦争に行きつかざるを得なかったと言えよう。この様な公共事業中心の経済政策(ケインズ主義経済)は世界大恐慌の原因となったアメリカ経済立て直しのため大々的に行われたものであった。その結果がアメリカの第二次大戦参戦の根源的な理由となってくる。この点でドイツとアメリカには共通項がある。次回はアメリカの参戦についてアプローチしてみたい。

 

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