「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


拡大する欧州難民問題の経緯と展望 第二話


テロ発生でEU諸国の難民受け入れが硬化


◎仏パリで同時多発テロが発生

 11月13日にパリで起きた同時多発テロ事件はこれまで(2015年11月23日現在)129人の死者を出し、世界に大きなショックを与えた。テロを起こしたのはイスラム過激派組織IS(イスラム国)と関係を持つ、フランス人およびフランスの隣国であるベルギー人と見られ、当局が必死の追撃作戦を実施中である。パリでの同時多発テロは今年1月にイスラム教の教祖ムハンマドを侮辱したとの理由で出版社が襲われ、ユダヤレストランが襲撃された事に次いで今年2回目となる大規模テロである。フランス政府は当然のことながら、テロに対して最高度の警戒態勢をとっていたはずだ。それにも拘わらず起きた惨事は全ヨーロッパに衝撃を与え、先月号でも触れたEUの理念と現実の乖離が移民問題で露呈された象徴的な事件だと言えるだろう。

 もちろん、世界ではこれに匹敵する規模の惨劇が毎日のように発生しているにせよ、直接紛争当事国ではない先進国フランスの首都で、これほどの規模のテロが発生した事は2001年9月11日の米国多発テロ事件以降、最大の衝撃となった。中でも今後の国際政治に与えるインパクトに注目せざるを得ない。


◎オランド大統領「戦争行為」と断定ISへの空爆強化

 それを見ていく前提となるのが状況認識の変化だ。では1月と11月の状況の違いはどこにあるか。それはヨーロッパの中でシリアなどからの大量難民の件が大きくクローズアップされたからである。先月号でも触れたように、これまでも長期に亘ってヨーロッパに渡ってくる難民は数多くいたが、EUの理念である「人道問題」として明確な形で世論形成ができていなかった。それが、トルコの海岸で発見されたシリア人幼児の水死体がメディアで大きく採り上げられ、全世界的な同情を買った。それと前後して、オーストリアでは大量の難民が冷凍車の中で死亡しているのが発見された。難民の悲惨さを象徴するこれら一連の報道で、難民の受け入れはEUの理念の問題としてヨーロッパの中で捉えられたのである。しかし、皮肉なことにこの難民受け入れの気運が、EU域内の富める国と貧しい国の格差をクローズアップする事となり、鋭い対立を生んだ。つまり11月の事件は、ヨーロッパがあらゆる側面で難民問題に揺れ動いていた間隙をぬって発生したテロだと言えよう。

 これらの事を前提にまず、テロが起きたフランスの行動はどうなるか。フランスとしては9・11直後のアメリカのように、直ちに報復行動をとらなければテロに屈した事になるからだ。オランド大統領は即座に犯人をIS と定め、空爆を強化する事を決定した。フランスはテロ翌々日の11月15日ISが首都としているシリア北部の都市ラッカを空爆した。これは今までで最大規模の攻撃となった。更には原子力空母シャルル・ド・ゴールをペルシャ湾に移動させ、少なくとも4か月間駐留させることを決定。空母発進の戦闘部隊での間断の無い空爆を続行、オランド大統領自ら今回のテロを「戦争行為」と断定し、最後まで戦い抜く決意を示したのである。

 フランスは2014年8月、ISに対する空爆を表明したアメリカに続いて9月には有志連合の一員として空爆を開始。その後有志連合の数は増えていったが、アメリカを中心とする有志連合の空爆はあまり効果がなく、ISはその後も支配領域を拡大していき、今日に至っている。


◎テロリストに汚染されたしまったEU諸国

 オランド大統領は今回のテロを全てIS本体からの指示と指導によって行われた組織的なテロとしている。シリアのパスポートを持った男が攻撃犯の中にいる事が判明した事が証拠となった。この事の意味はシリア難民の中にIS兵士として軍事訓練を受けた者が混ざっているのみならず、同時に数箇所を襲っている事から、フランスの国内外にテロリストのサポートチームが組織されている事が明確となって来た。武器弾薬の調達と運搬、逃走経路に関する情報と実行が必要な大規模テロが、現実に起きている事がそれを証明している。

 これらの事実からヨーロッパ全体がテロリストに汚染された状態である事が容易に想像できる。つまり、すでにヨーロッパに住み着いている難民や移民の間でオウン・グロウン(own grown)テロリストが存在し、今後もこの種のテロを繰り返し実行できる事だ。これらの事実を前提にすれば、当然のことながら今後難民に対する姿勢が硬化する。つい先月、ドイツのメルケル首相が人道的な立場から大量難民の受け入れを表明し、それを担保するEUの理念を高らかに掲げたが、この様なきれいごとで事が済まないのは今回のテロで証明された。従って一時的には難民をめぐるEU各国の対立は沈静化し、イスラム国に対抗する具体的な処置を巡っての問題に移行していく事だろう。



◎ISの壊滅がロシアの国益に繋がる

 この状況の中で大きくクローズアップされてくるのがロシアの存在である。1年8か月前、クリミアを併合したロシアのプーチン大統領は当時、「ヒトラーの再来」「世界の孤児」と西側のメディアや政治家たちからののしられていた。しかし、現在クリミアやウクライナの件を持ちだすメディアや政治家がどれほどいるだろうか。そのプーチン大統領が欧米にとって、対IS戦争の同志になりつつある。9月30日、ロシアはシリア国内の基地から空軍機によるIS空爆を開始。1500キロ離れたカスピ海からは長距離巡航ミサイルを発射し、地中海からも巡航ミサイルでの攻撃を加えている。更には地中海に展開したフランスの原子力空母シャルル・ド・ゴールを中心とした空母打撃群の中にロシア軍の将校が乗り込み、シリア政府軍側から得た空爆目標に関する細かい情報を伝えているのである。当面のロシアの狙いはアサド政権を守る事だ。アサド政権が崩壊した結果、ISがシリアを制圧して、そのテロ活動をロシアのイスラム地域に波及させるこ事を阻止するのがロシアの主要目的だ。従ってその最終目的からすれば、ロシアは無制限にアサド政権を維持する必要はない。自国の国益を考えれば、ISをつぶすためにシリアを利用する必要があるのだ。この事からすれば、ロシアの目的はアサド政権そのものを守るのではなくISを潰し、自国の混乱を防ぐことにあると見てよいだろう。ここに、ヨーロッパ諸国が抱える問題解決にロシアが協力する理由がある。更にはある一定の条件(ISを潰す)さえ整えば、アサド打倒を掲げるオバマ政権との利害は一致してくる。アメリカは「独裁政権打倒」の原理原則を貫き、メンツを保つことができ、ヨーロッパはいずれの形であれ、シリア問題が片付き、ISがなくなれば難民問題解決に向かえる。そしてロシアは中東地域の重要プレイヤーとして振る舞えると同時に、チェチェン問題など自国の混乱の拡大を防ぐことができるのだ。米ロ欧の目的はそれぞれ違う側面を持つが、当面の問題解決にはISを壊滅させる事で一致しており、ありていに言ってしまえば、アサド政権の存続問題そのものはさほど重要ではないのである。


◎米・露の戦略的互恵関係が推進

 フランスのオランド大統領は11月17日、ISへの対応を協議するためにアメリカとロシアを訪問する事を表明。11月24にはワシントン入りし、オバマ大統領と会談、26日にはモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談することになっており、IS問題についてアメリカとロシアの協力関係を構築するため、精力的に動くことを示唆している。この一連の流れが進めば、アメリカにとっては、今回のテロでこれまでの効果が上がらなかった空爆を改めざるを得なくなるだろう。このままフランスとロシアが連携して空爆を激化し、現在この地域に展開しているロシア特殊部隊の先導で仏露連合の地上軍が侵攻してISを潰してしまうような事態になれば、アメリカの威信は失墜してしまう。この事は軍事全般の事に弱腰であり続けたオバマ政権としても避けたいところだ。なぜなら、中国の台頭によってヨーロッパ諸国に対するアメリカの影響力が落ちているからである。例えば中国が主導するAIIBにはアメリカの制止を無視してイギリスが真っ先に手を挙げ、ドイツ、フランス、などの親米であるはずのヨーロッパ主要国に加え、韓国までもそれに加わった(全参加国は57カ国)。この事はヨーロッパ諸国が揺れ動いている事を示し、アメリカにとっては重大問題である。アメリカはIS問題解決の主導権を奪還し、ヨーロッパの不信感を取り除く必要に迫られている。そのためにはロシアとも戦略的な互恵関係が必要となる。事実、11月16日の毎日新聞によると、オバマ大統領とプーチン大統領がトルコで開催されたG20の間に会談を持ち、国連の仲介によるアサド政権と反体制派の交渉や停戦が必要との認識で一致し、オバマ大統領がロシアのIS空爆にも一定の理解を示したとされている。これらの事から見るとフランスの同時多発テロによる衝撃はヨーロッパ及び、世界の方向を左右しかねないほど深く大きく広がっていると言えるだろう。




<<バックナンバー>>
2015/11拡大する欧州難民問題の経緯と展望 第一話 難民処遇に温度差が生じているEU諸国
2015/10第二次世界大戦後70年を迎えて-忘れ去られたそれぞれの開戦理由-第四話(ロシア)
2015/9第二次世界大戦後70年を迎えて-忘れ去られたそれぞれの開戦理由-第三話(イタリア・フランス)
2015/8第二次世界大戦後70年を迎えて-忘れ去られたそれぞれの開戦理由-第二話 (アメリカ・イギリス)
2015/7第二次世界大戦後70年を迎えて - 忘れ去られたそれぞれの開戦理由‐第一話 (ドイツ)
2015/6日本の海外における危機管理の現状と対策 第五話PMC活用の具体的なメリット・デメリット
2015/5日本の海外における危機管理の現状と対策 第四話 正規軍を補完する能力を十分に持ち合わせたPMCの存在
2015/4日本の海外における危機管理の現状と対策 第三話 海外進出企業の危機管理はPMC活用が鍵
2015/3日本の海外における危機管理の現状と対策 第二話 自己責任と政府の責任逃れを検証
2015/2日本の海外における危機管理の現状と対策 第一話 ISが後藤氏・湯川氏を殺害、著しく遅れている日本のインテリジェンス
2015/1安倍政権の長期化で本格化する「戦後レジームからの脱却
2014/12イスラム国の成立と中東の情勢 第三話 日本国民からは見えづらいイスラム教の本質
2014/11イスラム国の成立と中東の情勢 第二話 イスラム国の過激思想に各国の貧困層や差別待遇を受ける若者の一部が共感
2014/10イスラム国の成立と中東の情勢 第一話 過激派ゲリラの域を超えたイスラム国(IS)
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2014/8ウクライナ情勢とエネルギー問題 第3話 マレーシア航空機撃墜事件における関係国の思惑
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2014/4タイ反政府運動の実態、第3話タイ近代化過程で代表的且つ対照的な二人の政治家、軍人出身のピブン氏と官僚出身のプリディー氏  
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