「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


すべてを敵に回す水爆実験で北朝鮮は何を狙うのか


◎「核」という外交カードで対米直接対話を模索する北朝鮮


 1月6日正午、北朝鮮中央TVが「特別重大放送」として、例のチマチョゴリを着た初老で丸顔の女性アナウンサーが登場。厳かな調子の声音で「水爆実験を行い成功した」と発表。次いで「水爆実験は我々の核武力の発展をさらに一段階高め、水爆を保有する核保有国の隊列に上がった」、「水爆実験は他の核保有国から我々の生存権を守る自衛的な措置だ」と主張した。これの意味するところは北朝鮮が「核大国」として国際的に認知されたいとの願望である。

 北朝鮮は経済的には一国のみで成り立つ方策は皆無。外交的にも孤立し、真の友好国、パートナーを持たない。国際的にも評価されず、重視されていない。従って核を保有している事のみが国際社会に北朝鮮を注目させる最大のカードである。これまでも核と長距離ミサイルの実験が発表される度に世界が動き、瀬戸際作戦で国際社会を振り回してきた。その目指すところは「核保有国」としてアメリカと対等な立場で交渉したいとの野望である。北朝鮮は隣国韓国に核を保有する在韓米軍がという脅威があり、韓国よりも米国を対話の相手として意識して来た。

 一方アメリカは北朝鮮との対話を行う前提条件として核開発の中止を求めてきた。が、北朝鮮は核開発をやめればイラクやリビアのように体制が崩壊する事を極度に恐れている。だからこそ北朝鮮は核とミサイルの発射実験を同時に行い、核弾頭の小型化とその運搬手段の開発を断固として進めてきたのである。この到達目標は米国本土に届く長距離ミサイルを開発し、それに核弾頭を搭載する事。ミサイル開発では2012年12月に米本土に到達可能とされる射程1万キロメートルの「テポドン2号」の発射実験を行った。更には潜水艦発射弾道ミサイル実験を昨年の5月と11月に実施。これが完成すれば隠密裏にアメリカ近くにまで行って海中から米本土への核攻撃が可能となる。韓国軍事当局では11月の実験は失敗だったとの見解を発表したが、直ちに12月に追加的実験を行っている。この様に執拗に長距離ミサいるに拘り、米国を射程距離範囲内に捉らえようとするのは、アメリカを対話のテーブルに引き出す彼らなりの準備を整えている事になる。

 国際社会にとって北朝鮮は社会的弱者で金もなく、人に認められ、称賛される行動がとれない若者が大音響を立てる改造車を走らせ、注目を集めようとする暴走族と同じステータスにある。暴走族は周りに注目されなければ暴れる意味がなくなり、自然消滅してしまう。今回4回目の核実験が「水爆実験」だとするのは、忘れられかけたころに更なる大音声でエンジンを空吹かしする暴走族と同じ行状と見てよいだろう。けたたましく騒音を立てれば立てるほど北朝鮮の孤立は深まっている。日本には拉致問題を巡る再回答を回避する事で関係が膠着。アメリカに対しては金正恩を風刺する映画「The Interview」に激怒し、映画を製作したソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントのシステムの一部を破壊。大量のデータを入手し、これを公表。その映画を上映する映画館チェーンを脅迫した。オバマ政権はこれを北朝鮮ハッカー部隊による攻撃だと断定、対立を深めている。


◎北と地続きである韓国・中国・ロシアのそれぞれのスタンス

 韓国とは昨年8月にDMZ(非武装地帯)で韓国軍兵士を負傷させる地雷事件を起こし、韓国側は強硬な姿勢を採る事となった。これまで韓国側では北の混乱の影響で自国の混乱が深まる事を嫌って、できるだけ北とは事を構えず、混乱を起こしたくない(起こってほしくない)との期待を込めた意味合いで、北との融和政策を採る事を了とする見方が主流を占めてきた。このため、北の瀬戸際外交はそれなりに効果を発揮できた。しかし乍ら、昨年末の日本との交渉でいわゆる従軍慰安婦問題が政治的に解決し、日・米・韓の安全保障上の協力関係が築けるようになった。その結果、パク・クネ大統領も毅然とした態度で北に対応できるようになったのである。

 北朝鮮周辺国で最も影響力を持つ国中国は北朝鮮のこうした挑発行為は東アジア全体を不安定化させ、自国の国益に反すると懸念。特に今回の核実験については、中国に対して事前通告が無かった事で中国の懸念が深まっている。これまで北朝鮮は中国との関係を重視して来たが、今回の無通告核実験によって今後は中国の制止を聞かず、断固として核実験を実行する意思を持ったという事になる。その意味からすれば、今回の核実験はアメリカというよりは、むしろ中国に向けた反発であるとの見方もできるだろう。

 今回北朝鮮が使用した核実験場は北東部にあり、ロシア国境からは程近い所だ。ロシアとしたらすぐ隣で「水爆」が破裂した事になった。これまで2006年に北が行った複数のミサイル発射実験でコースを外れたミサイルの内1発がロシアの排他的経済水域に落下。ウラジオストク住民が北朝鮮領事館に抗議行動を起こした例がある。いずれにしても北朝鮮の核・ミサイル開発実験は地続きのロシアにとっては大きな懸念となっている。

 ロシアの前身であるソ連は第二次大戦終了直後、沿海州にいた金日成を発掘して北朝鮮に連れ込んだ。そして彼を抗日パルチザンの英雄として徹底的なプロパガンダを行い、北朝鮮成立の立役者に仕立て上げた事実がある。その歴史的経緯で言えば、ロシアは北朝鮮建国の演出者であり、北の友好国という印象が強い。が、先に挙げた地政学的な状況を含めて北の弾道ミサイルや核兵器の開発に関してはロシアの立場は厳しく、2009年の2回目の核実験後は国連安保理で採択された制裁措置に対し、北に対する全面的な武器禁輸措置を現在まで続けている。更に言えば、北朝鮮が核兵器を充実させていく事で核不拡散体制が崩れ、核保有国が増大すれば核大国としてロシアの地位は相対的に低下する。その上、コントロール不能の状態となった北朝鮮の核が国際テロ組織にわたる事が大きな懸念材料となる。とりわけロシアはチェチェンを中心とする北カフカス地域でイスラム過激派に対する対テロ作戦を長年続けてきている。近年に至ってはIS(イスラム国)にも多数の旧ソ連人が参加している事から、テロへの懸念がますます強くなってきているのだ。


◎朝鮮半島での米軍のプレゼンス増大を阻止したい中露

 地政学的な見方からしても北の核挑発は新たな事態を引き起こす材料となる。それは朝鮮半島の軍事的緊張の高まりから、米軍のプレゼンス増大につながるからである。中露が北朝鮮を擁護する基本的な要因は、アメリカの同盟国である韓国と直接国境を接する事への懸念からだ。現状では北朝鮮は中露にとってアメリカとの緩衝地帯となっているが故に価値があるが、その北が朝鮮半島でのアメリカの軍事プレゼンスを増大させるのでは本末転倒である。実を言うとこの懸念はアメリカの軍事圧力増大の問題だけとは中露両国は捉えていない。冷徹な安全保障論上の見方からすれば、北朝鮮の核開発は韓国と日本の核武装に繋がりかねないからだ。もしアメリカが北の核を容認したうえで交渉のテーブルに付いたら、日・韓に対するアメリカのコントロールが外れ、その悪夢は現実となりかねない。アメリカとしても、日・韓の核武装の問題があるからこそ、北朝鮮と交渉のテーブルに付くには北の核開発停止と非核化が絶対の条件となっているのだ。ともあれ、これらの様々な要因から、米・露・中にとっては北朝鮮の核・ミサイル開発は迷惑極まりない行為であると言える。


◎水爆実験は36年ぶりの朝鮮労働党大会に向けた国内事情

 以上のように見ていくと、アメリカと直接交渉をしたいとする北朝鮮の願いはかなり長期に亘って実現しそうもない。しかし現状のままでは北朝鮮は孤立していく一方で、外部からは救いようのない八方ふさがり状態がさらに深化して行くように見える。にもかかわらず、今回の核実験が実行された真の目的は何かという根本的な疑問に突き当たる。それを解く前提としてごく常識的な見方をすれば、「孤立を気にするほどの余裕がない極めて重大な国内問題に追い詰められている」という北朝鮮の内部事情に注目せざるを得ない。北朝鮮にとって現在最も重要な事は国内の引き締めである。北朝鮮は本年5月、実に36年ぶりとなる朝鮮労働党大会を開催する事になっているのだ。金正恩第一書記の生まれる前から一度も開催されたことがない大会だから、現在生きている北朝鮮国民の中でこの大会を経験したものはごく少数であろう。つまり、国家の最高指導者を含めてほとんどの者がこの大会がどうコントロールできるのか、経験値で予測できないわけだ。そこでは憲法よりも上位にある党規約の改定と側近を大幅に入れ替え、世代交代を図る人事が焦点になるとされている。この全党大会で金正恩体制を確立する事が最大課題となるわけだ。

 この際問題となるのは経済だ。北朝鮮の経済は配給制度が行き詰まり、闇市場を通じた生活物資の取引が60%から70%を占めていると言われている。経済の低迷から、金正恩体制になり農家や企業に資材調達や販売自主性を認めた事で、最悪の状態は脱したと言われている。が、その結果、若い主席を支える同世代の若者が労働党員になるよりも金儲け走る傾向が表れ、党や国家に対する忠誠心が低下。事実、在外公館職員の亡命も2013年に8人だったものが、2015年末には20人へと増加している。これに対処するため、金正恩は賞罰人事を頻発するとともに思想教育の強化を図っている。今回の「水爆」実験の目的はこうしたのっぴきならないほど追い詰められた国内事情を反映し、1月8日の金正恩誕生日前に、彼の実績を誇示する事で士気の高揚と忠誠心の向上を図ったものであったとするのが最も蓋然性があると言えよう。


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