「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師



今や国際政治の主役に躍り出たプーチン大統領 第二話


プーチン復活とその政治手腕



◎シリア内戦の休止とアメリカ中東戦略の破綻

3月末、曲がりなりにもシリア内戦の休止が成立し、今後の行く末を世界が息を飲んで見つめている間、中東情勢に大きな変化が起きた。和平成立後、ロシアのプーチン大統領が暫定的にロシア軍の引き上げを表明。このロシア軍撤退は、その規模、時期などは明らかにされておらず、世界中のメディアはロシア空軍機がシリアの基地から離陸する映像を流しただけである。従って、ロシア軍撤退にどれほどの実効性があるのか、ないのか現時点では謎のままだ。更に特筆すべきことは3月20日過ぎには、イラク軍とシリア政府軍が同時にIS(イスラム国)攻撃を仕掛けると発表。27日アサド政府軍がロシア空軍の支援を受けながら中部にある世界遺産の古代都市パルミラ一帯をISから奪回に成功。パルミラはエジプトのピラミッドに匹敵する人類文明の遺跡都市と言われている貴重な文化遺産である。シリア政府は直ちに国内の考古学者たちを現地に派遣し、遺跡の破壊状況などの調査を始めたと全世界に表明、人類の遺産を守った事をアピールした。これは政治的に見れば極めて重大な意味を含んでいる。

 つまり、このシリア政府軍によるIS攻撃の成功でアメリカの中東戦略が完全に破綻した事の証明となるからである。アメリカはこれまで、シリアのアサド大統領の退陣、ひいてはシリア政府軍の解体を前提にした内戦終結のシナリオを描いていた。が、この事でシリア政府軍の存在を認めざるを得ず、アサド大統領の正当性を確認する事になる。と同時に、これまでアメリカが支援して来た反政府勢力の存在そのものの正当性が薄れて来たと言えるだろう。アサド大統領はこの状況を見越した上で、4月13日にシリア国会議員選挙の実施を表明。事実上、政権の合法宣言をしたのである。



◎低コストの軍事介入で高評価されたプーチン

 これをヨーロッパ側から見れば、パリ、ブリュッセルと続いた大規模同時多発テロの元凶となっているIS抹殺に必要とされながらも、最も犠牲が大きいと見られる地上軍投入を買って出てくれた事は何といっても有難い事になる。ヨーロッパは自らの手を汚す事無く困難な難民問題と、テロ問題解決に至るステップを一つ進める事になるのだ。3月後半になって俄かに動き出した一連の事柄の背後には、同時多発テロのインパクトを利用したプーチン大統領の政治戦略があると見られる。シリアへの軍事介入では地上軍を派遣せず、空爆を中心に行われ、その費用は1日約100万ドルかかると言われているが、5か月でロシア兵の戦死者は3名という低コスト。イスラム過激派への爆撃と称する攻撃には黒海から初めてロシア製の巡航ミサイルを飛ばし、長距離攻撃を成功させている。この事でロシア製の武器が優秀である事を世界中にアピール。更にはパリ同時多発テロに反応してフランスが原子力空母シャルル・ド・ゴールを地中海に派遣してISを空爆したが、空母にロシア軍情報将校を乗り組ませ、シリア政府軍その他から得たIS国内の情報を逐次空爆部隊に流し、標的を定めるための重要な役割を果たしている。対IS軍事作戦に関する機密情報はアメリカの主導する有志連合の情報よりもはるかに良質で、量も多いと言われているのだ。この例からも分かるように、ロシアの持つ情報はヨーロッパのカウンター・テロにも重要な役割を果たしている。ロシアは今や、シリアにおける最大の軍事的プレイヤーであり、この軍事的影響力を政治的影響力に転換する事でヨーロッパにとっては重大な存在として再度認識させたのだ。低コストの軍事介入でこれほどの政治的な成果を上げているプーチン大統領の存在は、ロシア内外で高く評価されている。

 この事を前提とすれば、シリア内戦の解決とIS退治にロシアが軍事的に大きな役割を果たし、西側にとっても無視できない存在である限り、今後、中東情勢、ひいてはヨーロッパの情勢に対するプーチン大統領の意向を無視しては進められないという見立てが成立する。この読みからすると、一旦は撤退を表明したが、ロシアの軍事介入は継続され、近々に予定されているIS攻撃にはロシア軍の空爆が更なる効果を上げる事をヨーロッパのみならず、国際テロの脅威を感じている各国が期待するところとなるだろう。これと比較すれば、アメリカのオバマ大統領の優柔不断ぶりが際立ち、プーチン大統領の政治家としての現実的な解決を目指す断固とした姿勢が目立つ。クリミアを併合した2年前にはアメリカ、日本を含む西側諸国からの制裁を受け、ヒトラーの再来とまで言われたプーチン大統領がここに至るまで一体何があったのか、それを分析する事で現在最強の政治指導者とされる人物の政治手腕を吟味する。



◎ソ連崩壊後ロシアが大国に復活した経緯

 まず、ソ連が崩壊したのは1991年12月。ゴルバチョフに替わってエリツィンが大統領を務めた1992年から2000年の間、ロシアは財政的な窮地に追い込まれ、欧米日、国際金融機関からの借金なしでは経済が回らない状況に陥っていた。欧米諸国の当局者がこぞってモスクワに乗り込み、資本主義的なカネの概念や商取引、金融市場など資本主義を運営していくための法律制定など、社会主義解体後のルール造りを実行した時期である。当然のことながらアメリカがその中心にあり、ロシアはアメリカの属国的な存在になっていた。しかし、プーチンが大統領になると状況が一変。就任1期目、2期目(2000年から2008年)のロシア経済は年平均7%の成長を果たし、再び世界の大国と認識されるようになった。独自の経済政策を採り始めたプーチン政権に対してアメリカを始めとする西側諸国は国内に居場所がなくなり、冷戦勝利の果実を得づらくなって来た。ロシア最大の石油会社を欧米のメジャーへ売り渡そうとしたロシア人資本家を逮捕し、強制的に売却を中止させた事に象徴される一連の強硬策が実行されている間、様々な軋轢が西側諸国との間で起きるようになった(詳細はこの連載のウクライナ情勢とエネルギー問題、第二話を参照)


 例えば、2003年、グルジア(現・ジョージア・バラ革命、2004年、ウクライナ・オレンジ革命、2005年、年キルギス・チューリップ革命など美しい花の名前が付いた革命はアメリカがそれぞれの国の野党を支援した結果、親米反ロ政権を樹立。それら政府の背後にいるアメリカとロシアとの対立が激しさを増してきた。その中で戦争にまで拡大したのが2008年に起きたロシア・グルジア戦争である。アメリカの戦略は旧ソ連邦に参加していた国々をEUやNATOに参加させ、経済的にも軍事的にもロシアを追い詰めていくという事であった。が、2008年9月のリーマンショックが発生し、双方とも対立するどころではなくなった。この時、プーチンは大統領職から身を引いて首相になり、アメリカに受けのよいメドベージェフが大統領に就任した。2009年から2011年の間、両国の間は良好な関係となり、関係の再構築の時代を迎えた。しかし、2012年、再度プーチンが大統領に返り咲き、2013年にはアメリカのオバマ大統領のシリア攻撃を阻止。プーチンがシリアのアサド大統領を説得して化学兵器破棄に同意させた事でアサド政権の延命に成功したのである。この場面ではオバマとの政治手腕の差が際立ち、アメリカの威信が地に落ちた感があった。



◎ ロシアで歴史的英雄となったプーチン

 2014年2月、ウクライナで親ロシアのヤヌコビッチ政権が崩壊。反ロ派によるクーデター成功とその後のウクライナ新政権誕生にはアメリカが深く関与していたのである(この経緯については、この連載のウクライナ情勢とエネルギー問題、第二話を参照)。反ロ政権がウクライナで成立する事はロシアにとって、地政学的な意味も含めて致命的な結果を招きかねない。ロシア国境に接するウクライナ東部はソ連時代からミサイルを含む軍需産業の中枢部分を担っていると同時に、ロシアの内海である黒海のクリミア半島にはロシア海軍の黒海艦隊の基地がある。とりわけ、クリミア半島がウクライナに属したままだと反ロの立場を採るウクライナ政府は黒海艦隊を追い出してNATO軍を駐留させることにもなりかねない。事実、新政権はその意向を表明していたのである。2014年3月住民投票で97%の圧倒的多数の支持を得た結果を踏まえたとして、プーチン大統領はクリミア半島をロシアに併合(この経緯もこの連載のウクライナ情勢とエネルギー問題、第一話を参照)。この時ロシア国民のプーチンに対する支持率は86%にまで上がりロシア国民の歴史的英雄になったのである。

 と同時にロシアにとって経済的苦難の始まりとなった。クリミアの併合は国際法を無視した暴挙だとして、アメリカ、日本を含めヨーロッパ諸国が経済制裁を課す事となったからである。日本にとっても尖閣諸島、竹島など領有権に関する事柄が存在しており、ロシアの法的根拠のない現状変更を認めれば、これらの島の問題解決に日本が圧倒的に不利な立場となるのだ。この時期プーチン大統領のとった行動は世界中から激しく非難され、プーチンは世界の孤児となった、とメディアでは表現されていた程である。



◎米中の覇権争いを利用してロシアは米との関係を修復

 2015年になってAIIBの設立が具体的になり、アメリカはこのまま放置するとアメリカ主導の世界金融システムを破壊する元凶になりそうだと認識し始めた。更には南シナ海の埋め立て問題も起きて、アメリカは中国がアメリカの覇権に挑戦する意図を持っているとして、明確に敵視するようになった(この事柄に潜在している事象については、この連載の南シナ海における「航行の自由作戦」の重要性で詳述しているので参照)。アメリカにとって中国が最大の敵となり、ロシアとの和解に動き始めたのである。事実、2015年5月ケリー国務長官がロシアを訪問。ロシアへの経済制裁解除もあり得ると発言。それを受けて同年7月米ロは共同でイラン核問題を解決。イランも核開発問題を巡って欧米から経済制裁を受けており、困窮していたところであった。中東問題で失敗したオバマ政権としてはこの地域から早く手を引き、辞任間際のオバマ大統領のレジェンドを残したいとの思いがあったと言えよう。当然のことながら、イランの問題解決はシリア内戦とISの問題に強い影響力を持つ。イランは伝統的にシリアよりであり、ロシアと共同で彼らの思う形の解決方法を採る事はアメリカも予測できたはずだ。同年9月に入ると、ロシアはシリア国内のISへの空爆を開始。欧米諸国はロシアの空爆はISだけでなく、反アサド派を空爆しているとの非難はしたが、ロシアの空爆でISが弱体している事は誰も否定できない。なぜなら、ロシアがISの資金源となっている石油インフラを容赦なく破壊しているからである。

 2015年12月、ケリー米国務長官は再度ロシアを訪問し、プーチンと4時間に亘る会談を行った。2014年、欧米の指導者は誰もプーチンに会おうとしなかった。しかし、2015年欧米の指導者がプーチンと会う事はもはやタブーではなくなった。日本の安倍首相も今年夏前にはプーチン大統領と首脳会談を行い、北方領土問題を始め、様々な経済協力について話し合う事になっている。日本にとっては久方ぶりにロシアと親密度を増すチャンスとなるはずだ。プーチンはクリミア併合から始まったロシアの危機を約1年で切り抜ける事に成功した事になるが、この間のプーチンの動きを見るとオバマ政権のレームダック化とヨーロッパ難民問題という弱点を見据えた上で、毅然とした軍事行動に移った事が良い結果を生んだことが見えてくる。更には中国とアメリカの対立を巧みに利用し、双方を敵対させることで相手の力を削ぐ。これは中国海軍と日本近海での大規模な軍事演習を度々実施する事で中国海軍に力を付けさせ、圧倒的な米韓軍との力の均衡を保たせる。その事によって敵対関係を長引かせる事になる…この1年間のプーチンの行動を見ていくと、焦点を一つに絞りながら、その目標達成のための手段は地球的規模で多岐に亘っていた事が見えてくるのだ。



<<バックナンバー>>
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