「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師



援助国としての中国の限界
ハード・ソフトの両パワーが育たない理由 第二話


潜在的なソフトパワーが開花すると一党独裁体制が崩壊へ


◎中国の支援モデルと動機に対し半信半疑の被援助国

 中国を取り巻く海と陸をつなげる一帯一路構想やそのためのインフラを整える資金源としてのAIIB構想など、中国の対外援助が注目を浴びているが、先月号で述べたようにその多くは中国自身の利益を最優先したものであり、被援助国は期待するほどの利益は得られていないのが実情である。2015年11月のAPECでは中国がここ数年で数十億ドルの対外援助・投資を行ってきた事を宣伝。中東に於いては、中国企業がテヘランの地下鉄やサウジの高速鉄道建設を請け負う契約だ。2015年6月にはエジプトとの間で計100億ドルとなる15のプロジェクトに合意した。更にはラテンアメリカで2500億ドルの新たなインフラ取引するとの見通しもある。シルクロード基金とAIIBはそれぞれ400億ドルと500億ドルをこれらのインフラ建設に投資することも約束した。

 しかし、アメリカ・ランド研究所の2013年の資料によると、中国の対外援助と公式ファイナンスの80%以上は原料採取と中国への資源輸送用の道路や橋、港湾の建設に使われている。そして、中国による援助の3分の2は金融プロジェクトと原料に関する借款であり、その半分以上は中国企業から調達するための紐付き援助であるとする資料も存在している。この様に中国の対外援助は自国の国際的役割を強化する一手段に過ぎないため、被援助国も中国の支援モデルと動機について半信半疑となっている。中国が対外援助に乗り出したのは1990年後半以降の事で、それまでは自らを「発展途上国」と位置づけ、未だに日本からODAを受け取っている状況だ。従って、短期間に主要援助国のメンバーになり切るには相当無理がある。インドネシアの高速鉄道建設問題が典型的な例だが、中国は政治的考慮から被援助国に対して約束はするが、それを技術的にも厳格にフォローするだけの経験もノウハウも欠如しているのが実態である。


◎非効率な行政機関の改善と海外投資の継続が課題

 中国が対外援助を通じて実現させようとしているのは経済を政治的な影響力へと転換させる事である。米ボストン大学のグリムス教授によると、それは「取引影響力」、「構造的影響力」、「ソフトパワー」の3つの論点から論じる事ができるとしている(Asan Forum,April 15, 2016)。これによると、取引影響力とは本質的には対価を与える事であり、相手に我が方に都合が良いような行動を採らせるための資源を保持している事が大切である。構造的影響力は2つに大別でき、1つは依存状態を作り出して経済的に弱い国家が強い国家の意向に従って行動するよう仕向ける事。もう一つは大国がルールやシステムを造り、他の国の行動を規定するものである。

 取引影響力に関して言えば、中国の国有企業と政府の結びつきは強いが、内部に目を向けると多くの分裂が存在しており、中央政府の総合的な戦略実効の妨げとなっている。古くから中国には「中央に政策あれば、地方に対策あり」との故事があり、中国の役所の能率が悪い事は中国の行政機関の特徴の一つであり、官僚のサボタージュなどは日常茶飯事である。際限なく待たされる各種許可証や証明書の発行、突然改訂される手続きの流れなど、実際に中国でビジネスを展開している企業の担当者に聞くと、この種の非効率は枚挙に暇がない。ましてや、共産党政権下に於いては公共サービスを提供している唯一の機関として、中国政府は実質的に独占的な地位を占めている。当然のことながら、競争の圧力にさらされる事もなく、能率を向上させるために必要なモチベーションが存在すべくもない。

 構造的影響力の内、経済大国が弱小国に対して経済的依存状態を作り出し、強国の意向に沿わせるという事に関しては、今後の中国経済が、冒頭にあげたような巨額な経済援助並びに海外投資を持続できるかどうかが問題となる。中国経済の陰りが2016年の伊勢志摩サミットでも中心的課題になった事をあげるまでもなく、先行き不透明である。もう一つの大国がルールやシステムを造り、他の国の行動を規定するという事について、中国は現行の欧米主導のルールに反発している事は確かだが、かといって、中国の権威主義的且つ国家資本主義的な発展モデルは周辺国にとっては魅力的なものとはならない。


◎ 中共独裁体制下では真の援助国になれない

 ソフトパワーは本質として他者を引き付け説得する力である。この事を前提とすれば、中国の市民社会の中で自由・活発な活動をした上の成果として実る「アメリカン・ドリーム」的な価値観は存在せず、成熟した市民社会が存在していない中国の現状からして、ソフトパワーとして発揮できる要素にはなり得ない。その原因の一つとなっているのが、中国共産党政府の存在そのものである。共産党政府にとって最大の関心事は国家体制の安定とその下での発展を維持する事であって、人民の幸福な生活でない事は広く世界に知られている。それは中国政府が民主主義に対して強く反対し、強力な権威主義的統治をしている事で中国は西側主導の国際社会から外れた存在となっている事。経済は称賛されているとしても、尖閣諸島やスプラトリー諸島の例を出すまでもなく、対外的に強硬な外交姿勢を見せている事や、少数民族や市民社会に対する弾圧などが報道されて、負のイメージと重なり合っているからだ。

 中国政府が改革開放経済の結果生まれた市民社会に対する抑圧的態度を取り続けている事は、その規模や文化に見合った中国が本来持つべきソフトパワーを損ねる結果となっている。政府は政策としてソフトパワーを推進しようとしているが、例えば資金を援助して孔子学院を海外の大学内の講座として設立し、中国文化の優秀性を拡散させようとしている。が、中国政府との繋がりが強すぎるために学術の独立を阻害するとして非難の対象となっている。もともと孔子の教えそのものは中国共産党の基本的思想であるマルクス主義・毛沢東主義とは全く相いれないものであり、孔子学院の展開そのものが中国政府のプロパガンダと見られているのだ。私が関係している大学でアメリカの大学内にある孔子学院の中国人教授の講演会があり、それに参加したが、テーマは「ジョージ・ワシントンとアメリカ建国における孔子思想の影響」であった。アメリカ史を少しでもかじった事があれば、アメリカ建国の根本思想は「自由」であり、その中核をなすのがピューリタンの思想であり、キリスト教的世界観である事は誰でも知っている。にもかかわらず、「ワシントンの読書歴の中に孔子の書籍があった」とか「孔子が理想とした周(中国の古代王朝)の国がアメリカの原風景に似ている」とか、根拠不明な事を基礎に論を展開していて、アメリカは建国以来中国文化の影響が強かったとの印象を与えようとする狙いが見え見えであった事に辟易し、講演者を務めた中国人教授に同情を禁じ得なかった事を覚えている。世界が中国の共産党及び国家と中国の国民及び文化を分けて考えている事を中国政府は理解するべきだろう。中国のソフトパワーが潜在的な力を持っているのは古来より3大文明の一つであった事実を出すまでもなく、世界中の常識といってもよいだろう。それが国家によってつくられたものではない事を政府が認識し、市民社会を締め付けるのを止めて初めて現実のものになる。中国共産党政府が市民社会を厳しく管理していくのであれば強いソフトパワーを作り出すことはできない。強いソフトパワーを持ち、更なる発展をしたいのであれば、市民社会に多様な意見を許容する治安のシステムに変更する必要がある。しかし、これを実現すれば、共産党の一党独裁体制は崩壊していく可能性が極めて強い。だとすると、先に挙げた3つの論点を中国の現状に照らし合わせて見ていくと、彼らが目指している経済の政治的な影響力への転換は中国の現状では極めて困難な状況に陥るわけだ。共産党政府である限り、冒頭にあげた様々なプロジェクトを推進する「援助国としての中国」は限界点に達しつつあると言えるだろう。




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