「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師



米トランプ氏が突きつけた「日本の核武装」第三話


安保法制成立と安倍政権の安定で日本は主要プレイヤーへ


◎オバマ大統領の「核の先制不使用宣言」に日本は反対の立場


 日本のメディアではあまり大きく扱われていないが、実を言うとオバマ米大統領の「広島演説」を機に、日本を含む東アジアの核問題に関する動きが活発化している。そのきっかけとなったのが2016年7月、複数の米国メディアがオバマ政権内で核の先制不使用宣言が検討されていると報じた事だ。次いで8月15日付の米紙ワシントン・ポストは安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官と会談した際に「(核の先制不使用宣言は)北朝鮮の様な国への抑止力を弱め、紛争のリスクが高まる」との見解を伝えていたと報じた。ハリス米太平洋軍司令官と安倍首相が首相官邸で会談したのは2016年7月26日だったが、日本政府はこの会談の報道用ブリーフィング資料では、核問題に対してどのような形で日本政府の立場を伝えたかを明らかにしていなかった。そして、ワシントン・ポスト紙の記事が公になった翌日の8月16日、今度は日本のメディアが日本政府高官の話として、オバマ大統領が検討しているという核兵器の先制不使用宣言に対して、反対する立場を米政府に伝えたことを明らかにしたと報じた。それによると北朝鮮の核の脅威が増す中、この宣言により、アメリカの核の傘が無力化する恐れが出て来た。日本政府としては核政策の抜本的見直しにならないよう米側と緊密に協議する方針であると米政府に示した事になっている。表現は相当ぼかされた形になっているが、オバマ政権の現実離れした核政策に当事者となっている日本政府の立場を明確にし、今後の核政策に言及した事になるのだ。

 つまり、実質的にはオバマ政権に対する安倍政権からの脅しである。オバマ政権が核の先制不使用宣言検討に言及した7月以降、北朝鮮は数回のミサイル発射を繰り返し、新たな核実験をほのめかしていた。このまま先制核不使用宣言までされた場合、アメリカの核の傘に穴が開き抑止力にならず、日米同盟の否定にも繋がってくる-というのが日本政府の立場である。


◎内向きアメリカの戦略が朝鮮戦争を招いた過去の実例


 過去に米国政府は極東アジアで、政治的に無意味であり、尚且つ軍事的に敵を挑発する結果となった宣言をした実例がある。1950年11月12日、時のディーン・アチソン米国務長官が制海権を手放さない事を前提として「アメリカが責任を持つ防衛ラインはフィリピン、沖縄、日本列島まで」と発言。これをアチソン・ラインと呼び、当時米国内で高まっていた海外展開の米軍兵士の早期帰還を望む声に対応したものだ。が、この様に極めて具体的に軍事的影響力の限定行使を明言する事は、当時すでに始まっていた冷戦構造下の現実政治の中では有害であった。事実、このアチソン・ライン設定を前提に当時の金日成北朝鮮総書記はソ連と中国にねじ込み、アメリカが朝鮮半島情勢に軍事的関与を行わないとの読みを強調。中ソは北朝鮮の主張に折れ軍事援助をする事となった。北朝鮮は直ちに南下作戦を実施した。それが朝鮮戦争の原因の一つとなったのは歴史上の紛れもない事実である。日本を巡る極東アジア情勢の構図は当時とほとんど変わっておらず、北朝鮮が核武装し、日々脅威を増している点がより深刻になっている。従って、オバマ大統領の先制核不使用宣言を検討する事すら、情勢を大きく変えかねない重大な政治的案件であることは言うまでもあるまい。

 今夏に起きた一連の核武装に関する水面下での流れは、日本政府を主要プレイヤーの一人としてトレンドを形成しつつある。その原因の一つは集団的自衛権の行使を具体化できる安保法制の成立と安倍政権の安定である。安倍政権が目指す憲法改正も、今夏の参議院選挙で圧勝した与党の主導の下で現実化できる道具立てが揃ったと言える。従ってアメリカに対してもこれまでと違って、日本なりの自己主張が可能になったと言えるだろう。その意味では昨年末俄かに慰安婦問題を解決し、日本政府と基本的な和解の土台を築き、アメリカからは高高度ミサイル迎撃システム・サード(THAAD)導入に踏み切った韓国も立脚基盤を明確にし、日本と同じ立場に立てた。


◎統一という夢から覚めた韓国の新たな世論と戦略に注視

 北朝鮮の核武装にもっとも直接的に対峙しなければならない国の一つが国境を接している韓国である。一時期は北朝鮮と南北統一を果たし、朝鮮半島全体が核武装して日本に対峙する…というファンタジーが実しやかに言われてきたが、現実に返れば北朝鮮の核は韓国の脅威そのものである事が認識されるようになった。そんな中、韓国内で高まっているのが核武装論だ。与党セヌリ党の一部から出て来た議論だが、韓国最大紙の朝鮮日報がたびたび取り上げ、退役高級将校、政府高官、韓国政府在外機関など知識層を始めとして、韓国国内世論形成に少なからず影響を与えるようになってきた。この論の核となる論点はこうである。北朝鮮の核問題を中国に押し付けて来たアメリカや、北朝鮮による相次ぐ核実験を黙認して来た中国はもう信頼できない。従って我々も北朝鮮に対抗し自前の核兵器を保有するため、国民的な議論を行わざるを得ない状況に直面している。北朝鮮が突然韓国に核攻撃を加えた場合、中国やアメリカがこれを阻止してくれるだろうか。アメリカがシリアやウクライナでやっている事を見れば、例え、アメリカが我々を支援してくれたとしても、それはソウルが灰燼に帰した後だろう…。アメリカがこれまで北朝鮮の核武装に対して韓国に求めてきたのは「戦略的忍耐」という対応策である。しかし、この対応策で北朝鮮の核問題が解決できたわけではなく、アメリカが韓国を自重させ、中国に北朝鮮を押さえつけさせるというアメリカの戦略が失敗した。アメリカは押さえつけ易い韓国を押さえつけるのみで、北朝鮮は中国に丸投げするという「戦略的責任回避」を長期にわたって続けてきた事が明らかになって来た-という主張も韓国内で聞かれ始めている。この様な韓国国内にあるアメリカ不信の感情は日に日に高まりつつあり、オバマ政権の核兵器先制不使用論の検討は韓国内にくすぶる火種に油を注ぐようなものである。その意味で日韓両国は共同してアメリカの核の傘に破れ目ができ、抑止力が弱まる事態を何としても避ける必要がある。従って日韓両国は連携しつつアメリカに強いメッセージを発する事が重要となってくるのだ。


◎ニュークリア・レディ国としての立場を堅持することが得


 この様に日韓両国内には核武装を巡って、アメリカに対するある種の不信感が漂っているのが現状である。日本が核武装を目指して動き出すのは、現状ではまさに先の太平洋戦争に飛び込んで行った事と同様な最悪の選択肢である。当然の事ながら世界から孤立し、経済制裁を始め国家として立ち行かない状況に陥るのは明らかである。第一、核不拡散条約に参加している手前、国際法による秩序の維持を主張しながら中国の活動に対抗しようとしている日本の基本姿勢にも反する事になってくる。しかしながら、日本に対して国策として反日を唱え、国民を教育し、核武装をしている国家が日本周辺1000キロの範囲内に複数存在している事も事実である。この状況の中で安定した政治基盤を持ち、ニュークリア・レディ国としての立場を堅持しつつアメリカの同盟国として、その暴走を許さないという立ち位置を取り続ける事こそ、ここしばらくは日本が採り続ける最良の戦略ではなかろうか。




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