「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


国民から愛されたタイのプミポン国王が逝去 第二話


時の流れと共に国王の役割が変化


◎崩御前に国王と共にワチラロンコン皇太子の写真が飾られる

 今年8月タイ国を訪問したが、国王の写真と共にワチラロンコン皇太子の写真が大通りの辻々に飾られるようになっていた。この事から次期国王として、皇太子の存在感を国民の間に強めようとする意向が見えていた。この時会った日本人のビジネスマンの多くは、国王の逝去はごくまじかなものであり、タイ国が不安定な状況に陥るのではないかと懸念する人が多かった。クーデターや政情不安は数年おきに繰り返され、大半の在タイ日本企業が経験しているが、国王の死去で何が起こるか予測不可能な状態であったからだ。


◎「民族・仏教・国王」三位一体のタイ式民主主義

 今や東南アジア諸国連合(ASEAN)の中核を担う国家となったタイ。だが1932年の立憲革命以降、未遂も含めて19回のクーデターが起き、現在も軍主導の暫定政権が全権を掌握している。戦後に於いてプミポン国王のカリスマ的な存在が、数々の政治的危機を乗り越える一大要因であったことは先月号も含めてこの連載の中で述べて来た。が、実をいうと西欧型民主主義を目指した立憲革命当時は国王の威信は低下の一途を辿り、第二次大戦後に至ってもなお単なる象徴的な立場に置かれていたのだ。現代タイ政治に国王と仏教を復権させたのは1957年、革命政権であったピブン政権をクーデターで追い落としたサリット陸軍司令官だ。サリットは西欧型民主主義に代わってタイ式民主主義を掲げ、かつてスコータイ王朝のラーマカムヘン王(13世紀)が理想としたポークンの政治の復活を唱えた。ポーはタイ語で父、クンは王であり、国王と国民は「支配するもの・される者」の関係ではなく親子の様な「庇護するもの・される者」の関係であるとした。この主張を支えた理念が「民族・仏教・国王」の三位一体論である。サリットはこの理念を新たな国民統合の中心イデオロギーに据え直し、タイ民族のアイデンティティを構成するのは仏教徒国王であり仏教の最高擁護者として民族を代表するのが国王で、その国王を守るのが政治的指導者及び国民の最大の責務とされた。サリットはこの三位一体論を国民教育の根幹として学校教育その他を通じて徹底的に国民の意識の中に植えつけた。在位10年を迎えた30歳の若いプミポンにその国王の任を体現することが期待されたのである。先月号でも紹介したように、プミポン国王はその期待に十分応え、国王の権威復活をその行動力で着々と果たしていった。


◎政治の重大局面に必ず登場する国王

 その威信がはっきりと国民に印象付けられたのが1973年10月に起きた政府に対する市民・学生の大規模な反対運動の時である。サリットのあとを継いだタノム首相(陸軍司令官も兼任)、プラバート副首相政権下で独裁的行動や不正蓄財が明るみに出た。これに対して、市民や学生の間から連日大規模デモが組織され、デモ隊と軍・警察が衝突し多数の死傷者が出た。国王はTV・ラジオを通じて緊急声明を発し、文民の新首相を任命、タノム、プラバートらに国外脱出を命じたのである。この果断な決断は国民にプミポン国王の威信を印象付け、以降国王は政治的な主導権を発揮して新憲法の制定やクーデターの承認など、政治の重大局面には必ず登場するようになった。

 国王の国父としての威信が発揮された次のハイライトは1992年5月。スチンダ陸軍司令官の軍事政権に反対する市民の集会に軍と警察が無差別発砲を加え、多数の死者を出した「流血の5月」と呼ばれる事件が起きた時である。その当時、私自身は現場で取材をしていたが、あちこちで血だらけの市民が転がっており、救急車が総動員されたが事足りず、ボランティアが自家用車を使って負傷者を病院に送り込むような状態であった。国王はこの時、スチンダと市民側リーダーのチャムロン前バンコク市長を王宮に呼びつけ拝謁する両者に対し、直ちに事態の収拾を図るように指示した。当時の映像は世界中のメディアによって流され、タイ国王の力の大きさを全世界に印象付けたのである。


◎タクシン氏の台頭で国王は調停者から当事者へ

 が、2000年代に入ると官僚や財界人などの既得権益の受益者層と都市や農村部の貧困者層の対立が激しさを増してきた。そして2001年タクシン氏に率いられた農村に基盤を置く新興政治勢力が、圧倒的な力で議会を制した。これまで既得権益の後ろ盾として、その政治的、経済的特権を支えてきたのが軍と王室の威光である。従って、タクシン政権誕生で明確になった対立構造では、もはや国王は「私心なき、超越した調停者」とはなり得ず、対立の一方の当事者とならざるを得なくなったのだ。その事は2006年にタクシン政権を倒したソンティ軍司令官によるクーデターが、国王承認の下で国王側近のプレム枢密院議長の指示で行われた事。それ以降、タクシン派の弾圧に不敬罪が盛んに持ち入れられた事などが、その証左として国民に知られていった。不敬罪の存在は国民にも広く浸透し、どんな私的な場所であってもタイ人は国王の事に関して口を開こうとはしない。私自身、8月のタイ訪問の際タイ人の友人の何人かに話を振ってみたが、私の質問には曖昧にしか答えず、できるだけ話題を変えようとする。時には露骨に「不敬罪があるから…」と言ってはっきりと話題に触れない事を宣言するタイ人もいた程である。この様にタイ国内にはマイナス・イメージで国王の存在に触れないでおこうとする空気があるようだった。


◎政治勢力の変化で国王の調停者としての役割が終焉

 第二次大戦後のタイ政治では政治腐敗が蔓延すると、軍が力で政権を倒し、一定期間の軍政を経て総選挙を実施。その後、民主的手続きを踏んだ民政に戻るが、再び政治腐敗とクーデターという循環を繰り返してきた。国王はそのサイクルの頂点に立って、最終調停者として数多くのクーデターの当否と成否を審判して来た。しかし、ありていに言ってこの政治的サイクルの対立軸は国王を中心とした既得権益集団内の争いであり、その頂点に立った国王が調停者となる事が可能であったのだ。が、農民大衆等、貧困層が既得権益に挑戦するという新たな対立軸が発生した21世紀のタイ国の政治過程では、国王の調停力の効力は限定されてくる。事実、2006年のクーデターでタクシン首相が国外逃亡して以来、彼は海外から支持者にメッセージを送り、デモを組織して反タクシン派の政権や軍と争い、その後、2度の総選挙で圧勝しているのだ。両派の対立でバンコクの中心部が交互に占拠され首都機能がマヒ寸前となり、経済的にも大きな打撃を受けた。その間銃撃戦や爆弾事件が起き死傷者が出て、タイの政治は混乱の度合いを深めた。2014年には再びクーデターでタクシン氏の妹インラック氏の政権を潰したが、もはやこの政治の混乱に国王が調停者として表に出る事はなかったのである。


◎後継者ワチラロンコン皇太子の現状

 「民族・仏教・国王」の三位一体論がプミポン国王の努力で具現化し、第二次大戦直後のタイ政治では共産主義の浸透を防ぐことに国王自らが努力し、タイ国民が敬愛する「国父」としての権威を持つことで政治の安定化が成立して来た。この様なタイ社会に伝統として根付いていた概念・心情が民衆から薄れ、経済的価値を最優先する現在の思潮の中、社会的分断が急速に深まっていくタイ社会で国王の権威を保ち、社会統合を成し遂げる模索は困難な途であろう。王位後継者のワチラロンコン皇太子は当面即位しないことを明らかにしているが、プミポン国王のように努力の末権威を築いてきたパーソナリティーが、次期国王に備わっている事を国民が認めるには極めて困難な現状であると言えよう。

 この事を逆に言えば、政治的混乱の収拾を国王の権威に任せっぱなしであったタイの政治に国民自らが参加し、民主的手続きで政府を選び、その結果には国民自らが責任をとるという民主主義の基本原則を具現化する絶好のチャンスであると言えるのだ。これには相当な困難を伴うだろうが、長期的な視点に立てば、タイ国民が自分のために政治に参加するという本当の意味の国民国家に脱皮できるかどうかの分岐点であり、これに成功すれば、真の意味での政治的安定がもたらされ、東南アジで類まれな指導的国家として振る舞える事になるだろう。





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