「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


バングラデシュのテロ事件から検証するアジアのテロリズム第二話


日本型の価値観がテロに巻き込まれる危険性


◎ユニクロなど日系の繊維企業が進出

 今年7月に発生したバングラデシュの首都ダッカでの人質テロ事件の件を連載途中でタイ国王の逝去の報が入り、タイ国を専門エリアとして長年携わってきた者としてこの事は看過できず、急遽2回の連載を挟ましてもらう事となった。タイ国は一時の混乱はあったものの現在は一応小康状態を保っており、このところ、あまり大きな動きはなさそうである。従って、今回からバングラデシュ事件の継続記事とさせて頂こうと思う。

 この事件が我が国にとって衝撃的であったのは、鋭利な刃物等で殺害されたと見られる20人の遺体が現場から見つかり、その内7人がバングラデシュの運輸インフラ整備のために同国入りしていた日本人であったという事である。海外展開を積極化する日本企業にとっては、平素から情報収集・分析の重要さを改めて思い知らされる事件となった。

 バングラデシュに深い関係を持つ日本企業として繊維関連企業が挙げられる。バングラデシュでは繊維関連産業が産業の主要部分を占めており、同国の輸出約80%を占めている。バングラデシュではここ10年近く安い労働力を基礎に縫製産業が育ってきており、取引先は最近までアメリカやヨーロッパが主で、それなりに技術を向上させていたのである。この業界の雇用者数は約400万人に上り、外国市場向け衣料品の供給では中国に次ぎ世界第2位となっている。この様な状況の中、更に追い風が吹いた。中国に生産拠点を持っていた日本の中小アパレル業が賃金の高騰や反日気運の高揚が主な原因となり撤退を始め、バングラデシュに拠点を置き始めたのだ。これまで日本の中小アパレル企業はかなり早い時期から進出しており、日本の細やかな生産技術が現地の工場に伝えられ、製品も高度なものが出来上がる素地が培われてきていた。そこに大手企業のユニクロ(親会社のファースト・リテーリングは2012年8月現在世界で4番目の衣料品企業)が本格的に進出し、年間の仕入れの30%を中国からバングラデシュや東南アジア各国に転換することを決定。バングラデシュも経済的に相当潤う事になったのである。



◎富裕層の若者が実行犯という衝撃

 バングラデシュでは海外市場からの急激な需要増に対応するため、縫製用のミシン不足や一気に大量の電動ミシンが稼働するため電力供給が間に合わず、しばしば停電が起こるなど、インフラ整備不足がネックとなって製品供給能力に問題があった。更に3年前には古いビルに大量の従業員と機械を詰め込んだためビルが崩壊し、1100人以上が死亡する事故が発生。その後、安全点検強化に伴う大量の工場閉鎖などを経て繊維業界は回復の途上にあった。その一方で武装勢力による襲撃事件はこの1年半で大幅に増えており、バングラデシュ国内でも増加しつつある自由なライフスタイルの市民達がテロリストの主な標的となってきている。2015年以降、宗教絡みの殺人事件が急増。2016年には上半期だけでも14件発生しているのだ。

 問題はいかなる組織が何の目的で今回の事件を起こしたかである。IS(イスラム国)のバングラデシュ支部を名乗る組織が日本時間の7月3日未明にインターネット上に犯行を認める声明を出している。だが、これまで国内にはISもアル・カイダも存在しないと言い続けたバングラデシュ政府はこれを完全否定し、国内の過激派「ジャマトゥル・ムジャヒディン・バングラデシュ(JMB)」の犯行だとしている。

 現地メディアによると今回の事件が特徴的なのは、襲撃者の大部分はバングラデシュ国内で育った極めて良い教育機関を出身の富裕層であった事だ。例えばリーダー格と見られるにブラス・イスラム容疑者(22歳)は首都ダッカのインターナショナル・スクールであるターキッシュ・ホープ学校卒業後、最高位だとされる有名私立大学ノース・サウス大学に進学。更に年間学費が約9000ドルもかかるマレーシアのクアラルンプールにあるオーストラリア系のモナシュ大学に留学していた。また、ロハン・イムシアズ容疑者(20歳)の父親は与党アワミ連盟のダッカ市幹部兼バングラデシュ・オリンピック委員会副事務局長。母親はダッカにある英語のみで授業を行う私立名門校の教師であった。同容疑者も母親が勤めるスコラスティカ校を卒業後、ニブラス・イスラム容疑者と同じマレーシアの大学に留学していた。この様に近年の宗教絡みの殺人事件の急増は若者を中心にイスラム過激思想が拡散し、治安が悪化していたことを示しており、政権の不安定なことが大きな原因の一つであると言えよう。


◎欧米・アジアで多発する若年層のテロ

 現在、シリアやイラクでの戦争で劣勢に立たされている状況下、存在感を高めようとするIS戦闘員やIS同調者によるテロ攻撃が欧米やアジアで急増している。欧米ではダッカのテロ事件が起きた6月だけでもISに忠誠を誓う者による犯罪が急増。米フロリダ州オーランドの男性同性愛者が集まるナイトクラブでの乱射事件(6月22日)、フランスのパリ北西に位置するマニャンビルでの警官夫婦刺殺事件(6月13日)などと連続して起きている。12月19日にはドイツの首都ベルリンでクリスマスマーケットを訪れていた買い物客にトラックが突っ込み12人が死亡、48人の負傷者が出るテロ事件が発生。ISが犯行声明を出した。2015年11月13日にはフランスのパリ市内の各地域で同時に自爆テロを含むテロ事件が発生し、130人の死者と300人以上の負傷者を出している。バングラデシュ以外のアジア地域でも同様なケースが散見され、インドネシア、スラバヤで自爆テロを計画していたイスラム過激派3人が逮捕されている。マレーシアでもISとの関連が疑われる15人がテロ容疑で逮捕。日本においても過去にはアル・カイダの傘下組織幹部であるリネオル・デュモン容疑者が、アジア系やアフリカ系のイスラム教徒の助けを借りながら、誰にも気づかれる事無く約14か月にわたって潜伏していた事例がある。バングラデシュテロ事件のハン・イムディアス容疑者(20歳)はフェイス・ブック上で英国とカナダから入国を禁止されているイスラム教説教師ザキール・ナイック氏の過激テロ思想に傾倒していた事を明らかにしていた。そのザキール師が2015年11月、日本ムスリム平和連盟から招待を受けて来日し、国内数か所でイスラム教徒に改宗する事を訴える講演を行っているのだ。その結果10人程が改宗を申し出たと言われている。


◎良かれと思う日本の常識が災いを生む

 インターネット時代の現在、ISやアル・カイダはネット上で盛んに勧誘活動を行っている。バングラデシュのテロで富裕層の若者が過激思想に染まっていたのは、同国での生活レベルからすればインターネットを自由に使える層が限られていることが原因とも言われている。バングラデシュでは現在、安い労働力を求めて日本を含めた各国企業の進出でこの国の歴史上始まって以来の急激な社会的変化に見舞われている。この変化についていけない者たちにとって、外国企業やそこで働く従業員たちが余計なことをしてくれた結果、これまでの伝統的価値観が崩れてしまったと考える者達が増加しているようだ。

 日本の場合、バングラデシュでは繊維、アパレル業界が突出した企業展開をしている。この業界は日本では中小の企業が極めて多い。このため、現地の情報にアクセスする手段が限られている。従って彼ら独自の価値観で動くしかないと言える。例えば、極めて細やかな職人的な価値観からすれば、現地の人達の仕事の出来栄えは遥かに劣ったものに見える。日本独自の技術を伝えて互いに向上していくためには、高度なコミュニケーション能力が必要となってくる。これがないまま進むと日本側の価値観の一方的な押し付けとなり、現地の従業員たちから思いもよらない反発を買う事にもなりかねない。この事にできるだけ早く気付く必要がある。更には女性の社会的進出を喜ばないイスラム的価値観からすれば、アパレル産業に従事する女性が大量になればなるほど、彼らの歴史と伝統的な価値観からすれば拒否されるべきものとなる。女性が男性よりも収入が多い事はこれまでイスラムの伝統的価値観からは考えられない事。ましてや日本政府の政策となっている男女雇用機会均等などを現地で実行するには軋轢が多すぎると見るべきだろう。日本のやり方を実行することが例えその国の経済成長につながるとしても、日本型の価値観が通用せず、今回の事件のように、何の罪の意識がないままに日本人がテロの標的となってしまう可能性が高いのだ。その意味ではバングラデシュのテロ事件は今後、海外に進出する日本企業の教訓とすべき事件でもある。




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