「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


トランプ大統領は世界をどう変えるか 第一話


アメリカ製造業のシンボル自動車業界の変遷


◎就任後に数々の大統領令を発令

 2017年1月20日ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任した。この政権が誕生するに至るまでの論評や解説は賛否両論含めて無数あった。その中で底流を占めていた見方は、実際に大統領になれば彼も現実的な部分に目を開き過激な発言と政策は鳴りを潜めるだろうというところにあった。トランプ氏の選挙期間中に行った発言や大統領就任演説での施政方針は「アメリカン・ファースト(米国第一)主義」だ。米国がこれまで主張し、時には強引に推進してきたグローバリズムを180度転換し、内向きの国益重視をあからさまにした主張はただちに実行できるか否かは定かではないが、次々と発せられる大統領令で文章としては残り、政治的意味では形となってきている。

 演説では米国製品を買い、米国人を雇用すると訴え、保護主義で国内に雇用を取り戻すと主張。就任直後の23日にはTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱に関する大統領令に署名したほか、カナダ・メキシコとのNAFTA(北米自由貿易協定)再交渉も宣言し、保護貿易主義の動きを加速させている。就任前にはメキシコに工場建設を予定しているアメリカや日本などの大企業をトランプ氏がたった140字のツィッターで非難すると、アメリカ国内で投資を強化すると表明する企業が相次いだ(この件に関しては項を改めて採り上げて見たいと思う)。

 トランプ大統領が掲げた公約がどれだけどのような形で実現するかは今のところ予測がつかない。しかし、トランプ大統領の誕生はこれまで第二次大戦後70年に亘って世界を支えていた基本的枠組みを大きく変えようとするものである。現在世界中のマスメディアを始め、言論界、政界、経済界そして一般の人々も新大統領の独特な言動に目を奪われがちだが、トランプ氏が採り上げているイッシュー(問題点)を現実に即して冷静に見てみるとその派手な物言いとは裏腹に一筋縄では解決できない複雑な問題をはらんでいるのだ。


◎誰もが平等な権利を有するアメリカ経済の原則

  全世界からの移民で成り立っているアメリカ社会は、どんな価値観を持った人でも理解し、納得できる基準を持たざるを得ない。これがアメリカン・スタンダードといわれる自由、効率、公正の基本原則である。アメリカの企業もこの3原則を基準に行動しているのだ。中でも、自由という原則はアメリカの企業活動の象徴と言えるだろう。アメリカの企業は競争原理に則った市場での勝負に勝ち抜く競争力をつける事が最優先課題となる。

 このような土壌の中で、経営者はできるだけ短期間に利益を上げるために徹底的な効率化を図る。最小限の労力と費用で最大限の利潤を得ようとする「効率」がアメリカの経済原理の土台となっている。後に詳述するが、2009年に起きたGM(ゼネラル・モーターズ)の経営破たんはこの効率化に失敗した代表的な例と言えるだろう。

 自由競争を最大の価値とするアメリカにおいて、政府はできるだけ規制を緩和する方向に動くが、この自由と規制の問題を巡っては民主党と共和党では力点の置き方が異なり、政権が変わるごとに変化がおきる。さらに、高級官僚の多くは日本のシステムと異なり政権交代を機に入れ替わる。これらの事が企業の公正さを生み、政府との癒着を防ぎ、年功序列ではなく、高い成果を上げた者が正当に評価される実力・成果主義や個人の創造性・多様性を重視する透明性の高い人事システムになっている。

 個人の実力やアイデア、才能が充分発揮できるシステムの中では古くはトーマス・エジソンやヘンリー・フォードなどほとんど学校へも行かなかった者でさえ、世界史に名が残せる発明家や企業家になれる公正な社会が基盤となっている。しかし、個人の才能が社会を動かせる事がアメリカ経済の活性化を産むと同時に、2008年の世界不況の基となったサブ・プライム・ローンを産む事となった。サブ・プライム・ローンはウォール・ストリートの金融会社にいた、マイケル・ミルケンという数学の得意な金融マンがその特技を活用して産み出した独創的な金融商品がそもそもの発端である。このように、自由、効率、公正の3原則がアメリカ経済を支えているのは事実だ。が、最近は負の部分が目立つようになってきており、アメリカ経済が依然として世界経済の中心となっている現在、各国の経済にとっても重大な関心事だ。


◎GMなどアメリカ自動車メーカーの衰退

   この負の部分としてトランプ大統領が強調しているのが米国の製造業の衰退である。まずはこの衰退がどのようにして起きたのか自動車産業を中心に見てみよう。サブプライム・ローンの破綻と連関してアメリカ製造業の象徴的存在であった自動車産業の崩落が始まった。オバマ政権は2006年6月に世界最大の自動車製造会社GM(ゼネラル・モーターズ)が破産法の適用を受けた後、直ちに国営企業としたのである。アメリカ政府のGM本体への支援額は計約500億ドル(2009年6月のレート換算で約4兆7500億円)に達した。

 1908年に設立されたGM は1933年から実に77年間に亘って販売台数世界一の座を守り続け、1950年代~60年代は売上高、利益で何度もアメリカ一と世界一を記録した。頂点に君臨したGMは日本を始めとした世界中の自動車会社のお手本となり、企業のあり方や、技術開発のシステムなどを学び、世界の自動車業界にとっては特別な存在となっていた。そのGMの破綻は1908年にヘンリー・フォードがベルトコンベア方式で安価なT型フォードを大量販売して成功して以来、営々として築き上げたアメリカの「自動車の世紀」の終焉を強烈に印象付ける出来事だった。この時期、GMとともにビッグ・スリーと呼ばれたクライスラーも破綻し、フォード・モーターは自力再建できるかどうか瀬戸際に立たされていたのである。

 GM没落の原因は最盛期にタネがまかれていたと言うのが多くの専門家の見方だ。生産力の向上を図らねばならなかったGM経営陣は従業員のストを極力避けるために、UAW(全米時自動車労働組合)の賃上げ、医療保険、年金拡充要求を受け入れ続け、耐え難いほどの負の遺産を背負い込んだ。例えば、GMの労働者に対する年金など労務費関連の負債は約470億ドル(ほぼ4兆470億円に相当)にも達していたのだ。賃金そのものも高額で、トヨタなどの日本車やドイツ車、韓国車メーカーのアメリカ工場従業員の平均時給は日本円換算で4400円だが、GMの労働者は7300円であった。このためアメリカ国内で生産されている外国車に比べて生産コストが1台に付き15万円以上高くなっていたのである。

 高水準の労務費を捻出するために、GMの経営陣は車の値上げを繰り返すようになった。その一方では莫大な経費がかかる開発・生産関連への投資を抑えた結果、肝心の自動車そのものの競争力が低下。日本車などの攻勢に耐え切れなくなっていったのである。

 日本メーカーが燃費のよい小型車でアメリカ市場に攻勢をかけたときには、性能では真っ向勝負できず、GMは政治力にものを言わせて、対米輸出自主規制を日本に強制し、それに成功。この成功体験が技術力を主とする物造り志向を削いでいった。1990年代には日本車キラーと呼ばれた低燃費車「サターン」ブランドを開発して市場に投入したが、想定どおりの利益が出ないと見るや、再び大型車依存に戻り、時代と逆行する経営方針に回帰した。このように、GM経営陣は何度かあった軌道修正のチャンスを生かせなかったのである。

 原油高が到来すると、ガソリンをがぶ飲みする大型車はアメリカの消費者からさえも敬遠された。その結果、GMは2005年から4年連続で巨額赤字に陥り、経営危機となった。更には、リーマン・ショック(2008年9月アメリカの投資銀行リーマンブラザーズが破綻。米国内の地方銀行が次々に倒産。この負の連鎖が瞬く間に世界に広がっていった)によって、2008年秋から本格化したアメリカ金融危機による市場の急激な冷え込みで、ついに経営が破綻してしまったのだ。


◎GMの再建策とUAWの存在


 2009年に発足したオバマ政権はこれら一連の経済危機に対処して来たが、経済再建計画そのものの中にこの政権の基本的なスタンスと経済政策が見えてきたようだ。例えば、GMの再建計画に盛り込まれたリストラ策だ。GMは政府に提出した独自の再建策に生産コスト削減のため、人件費の安い中国や韓国の自社拠点から小型車を輸入する計画を盛り込んでいた。ところが、UAWの反発で休止中のアメリカ工場で年16万台小型車を増産する事に変更されてしまった。閉鎖される工場の数は16から14に減り、人件費に関しても、手当てなどが削られた一方で基本給や年金支給額などはほとんど手つかずの状態だった。大型車依存が致命傷となったGMは小型車や、ハイブリッド車など低燃費車の開発と市場投入が最優先されるべきだったろう。が、このように限られたコスト削減策しか打てなければ高収益は確保できず、安定経営には結びつかない。そうなったのも大統領選挙で支援を受けたUAWの圧力にオバマ大統領が配慮した結果、GMのリストラ計画が後退したとの声も強いのだ。実際、民主党は自動車労働者団体から多額の選挙資金を得ており、オバマ大統領自身は自動車生産のメッカ、デトロイトがあるイリノイ州選出の上院議員を務めていた。

 更には、GMの最大株主となったアメリカ政府はGMの再建を果たさなければ、その株式を市場で売却して公的資金を回収する事ができない。そのため、まだ大型車が多いGMが外国勢を含むライバル社に比べ、有利になるような保護主義的な政策を採らざるを得なかったのだ。米政府はNAFTAの積極利用を政策として各企業に促し、メキシコなどへの工場移転を進めたのである。その結果、米国内の産業組合であるUAWの力が生産現場に及ばなくなったのだ。トランプ大統領が就任演説で述べた「Rested-out factories scattered like tombstones across the landscape of our nation」(錆びついた工場が墓石の様な光景となって国中に広がっている)の主な原因の一つがUAWの存在であり、自動車産業に対する保護主義的な政策であったのだ。トランプ大統領の主張はオバマ政権に保護主義政策を迫ったUAWの主張とほぼ同じで、弱体化したUAWを再度強化することにもつながる。従ってNAFTAを潰して米本土に雇用を取り戻しても、人件費を含めた国内製造の割合が増加するにつれてコスト高が発生。結果的にアメリカ国民は必然的に高い製品を買わせられる事となり、一般庶民の期待とは反対に格差はますます広がっていくと言えよう。この様なトランプ大統領の自己撞着はメキシコ国境の壁建設とNAFTA再交渉問題にもあらわれている。次回はこの件について触れてみたい。




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