「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


トランプ大統領は世界をどう変えるか 第三話


グローバル化の終焉は日本を小国へ追い込む危機を孕む


◎世界の潮流はブロック化へ

これまで述べてきたように、トランプ大統領のNAFTA脱退やTPP離脱政策は大きな問題を孕んでいる。イギリスのEU脱退や、近々に迫ったフランス大統領選挙で移民を拒み、グローバリゼーションを否定する政党の大躍進など、「世界のブロック化」が現実味を帯びてきている。換言すれば、世界の全ての国が国境を越えて相互依存を深める「グローバル化」から、それぞれの国が「生存圏」確立を目指す「ブロック化」の時代に転換していくと言えるだろう。そして、それは日本が国際社会の中で非常に厳しい状況に陥るという事を意味している。つまり、トランプ大統領の登場で俄かに広まった世界のブロック化が実現していけば、軍事力も資源も充分でない日本は極東の一小国の地位に落ちてしまう可能性が極めて高いのである。


◎大国が確立する生存圏と比べ全てが脆弱な日本

 この理由を「生存圏」の確立という視点で見てみるとこうなる。その際、日本と同じ島国である英国と比較して見るとより分かり易い。イギリスは1931年のウエストミンスター憲章採択後に英連邦王国(Commonwelth real)を成立させ、かつての植民地をまとめ上げた。第二次大戦後独立した国々も加えると最盛期には連邦傘下の国家は33カ国に及んだ。2015年現在は15か国となっているが、何れも呼称は違えても君主はエリべザス女王が務めている。イギリスは英連邦王国の頂点に立つ国で資源大国のカナダ、オーストラリア、南アフリカ、インド、など現在非加盟の国も含めて今後も成長が見込まれるアジアの多くの国々が連邦王国圏内、もしくは影響下にある。アジアの中で、特に、インドは人口世界第二位のハイテク国家だ。更には今後、世界の工場となるとされるアフリカ諸国が連邦王国の影響下にいる。この巨大な経済圏が英国の生存圏である。かつてこの連載の中でも詳述したように、イギリスは連邦王国をブロック経済圏として纏め上げて第二次大戦直前の世界大恐慌を乗り切った経験がある。イギリスのEU離脱を可能にするのもこの生存圏の存在が大きいと言えるのだ。

 アメリカは元々一国のみでも生存可能な資源を持つ国である。唯一の懸念材料はエネルギー問題であり、世界最大の石油輸入国であった。が、現在はエネルギー分野に於いても「シェール革命」により世界有数の産油国に転じ、輸出国になろうとしている。そして、トランプ政権は米国内でのモノづくりを復活させ、360万人の雇用を生み出すという。アメリカはトランプ大統領の言う孤立主義に向かっても充分に自立できる生存圏を持っている国なのである。

 中国が「一帯一路(One Belt One Road)」計画を打ち上げて、大陸と海洋の両方で拡張主義をとるのは12億の人口を賄うための資源確保とインフラ整備の為であり、これも生存圏を固めるための動きである。このところ衰退気味ではあるが、ロシアも確固たる生存圏を持つ国と言えよう。ロシアは中国と2001年に上海協力機構を創設し生存圏強化を図り、G7(先進7か国)と異なる国際経済秩序の理念を示しつつ、自己の生存圏を強固なものにしていこうとしている。トランプ大統領の誕生とイギリスのEU離脱は米英両国にポピュリズムが偶然に台頭してきたが故の現象ではなく、時代の大きな転換点の中での現象と捉えるべきである。巨大な生存圏を持つ国がブロック化に動けば、資源も食料も防衛も独自の力で自立できない日本のような国はなす術がない。このような大きな流れを我々は自覚しなければいけない。


◎在日米軍に頼りきりではなく自衛隊のさらなる充実を

 先の日米首脳会談でトランプ大統領は選挙中の発言から大きく変わり、安全保障面では在日米軍の駐留費負担増要請を引っ込め、日米安保の強化を大々的に打ち出した。日本のメディアはこれを持って一安心という色調に満ち溢れ、国民サイドも不安が取り除かれたような雰囲気が醸し出されていると言えよう。が、上記のトレンドから見れば、トランプ大統領の発言にかかわらず、米軍の日本からの撤退は充分あり得るのだ。2013年9月、オバマ大統領が対シリア内戦への軍事不介入声明を発した際に最早アメリカは世界の警察官ではない‐と宣言し、中東からの米軍撤退、将来的には韓国からの米軍撤退を公表。更には2020年から2026年の間に沖縄から海兵隊を含む全米軍撤退、NATOの閉鎖などを打ち出している。トランプ大統領も未だ世界の警察官を徐々にやめていくという基本方針は変えておらず、米国内では党派を超えたコンセンサスだと言えよう。従ってアメリカ軍に安全保障を委ね切る体制だけでは、今後は通用しないことを示唆している。アメリカが国内の利益をがっちりと固めるブロック化を進展させれば、莫大な予算を使って海外に展開している米軍は巨額な財政赤字の原因と見なされ、縮小していく結果に繋がってくる。在日米軍が縮小され、ついには撤退という事態は現実味を帯びてくるのだ。

 日本は自衛隊のさらなる充実により、尖閣諸島防衛などの局地戦には負ける事はないだろうが、中国がそれでは引かず、日本本土攻撃などの全面戦争の構えを見せて長期化すれば自衛隊だけでは絶対勝ち切ることはできない。それは圧倒的な戦力差があった日中戦争で日本軍は泥沼に入り込んで勝利することができなかった歴史的事実が証明している。全面戦争となれば、自衛隊が中国本土に上陸して全土を軍事的に制圧する事でしか日本の勝利はありえない。この事を考慮に入れれば、戦前と同じく、国家予算の70%以上を軍事に費やして国家総動員体制を整え、強力な軍事国家をつくって中国と自力で戦うというのもオプションの一つだ。しかし、豊かさ、自由、民主主義を享受してこれまで生きて来た日本国民の同意は決して得られないだろう。従って、保守派が主張し続けている「自主防衛」などはありえない。要は国際社会のブロック化が進むトレンドの中では、それが進捗すればするほど日本は安全保障的に孤立して怯える小国にならざるを得ないという事である。



◎ブロック化の進行で日本経済は大打撃

 言うまでもなく、日本は国土が狭く、ほとんどが山で平野が少ない。この中で約1億2000万人が生活しているため、当然の事ながら生活物資の多くは外国から輸入しなければならない。外国から物資を買い入れる資金の調達には大変な努力を擁する。そのため日本は外国から資源を輸入し、それを加工したものを輸出して資金を稼ぐ加工貿易というスタイルを確立。現在の日本人の生活が成り立っているのだ。日本船主協会2012年の資料では日本の海上貿易量の合計は年間約9億6000万トンで、うち、輸入は約7億9000万トン、輸出は約1億6000万トンとなっている。この数字からも分かるように日本は輸入量の約20%を輸出して経済を成り立たせている。日本は輸入して原材料に付加価値を付けて輸出し、経済効果を上げている事がよく理解できるだろう。従って日本に資源を売らないという国が現れる一方、日本から輸出品を買わないという国が出現した場合、たちまち経済が成り立たなくなる。つまり、ブロック化が進めば日本は生きていけなくなるという構図である。日本は輸出主導型の経済システムであり、グローバリゼーションという名のアメリカ中心の相互依存経済の中で生きているのだ。例えば、エネルギー大国となったアメリカがエネルギーを世界中で探す必要が無くなって、世界の警察をやめ、世界中の国からモノを買うのをやめてアメリカ製品を世界に売り始めたらどうなるか。実をいうとアメリカはほとんど困らないが、日本などアメリカに輸出をして経済を成り立たせている国々は窮地に陥ってしまうのだ。この事を先に述べた英連邦王国という巨大な経済圏を持っているイギリスと比較して見ると、いかに日本の経済構造が脆弱であるかは明白だろう。つまりこういう事だ、確固たる生存圏を持つ国が経済をブロック化していったら資源のない小さな島国である日本は生きていけない。だからこそ、日本は何としても自由貿易体制とグローバリゼーションを死守しなければならないという立場なのだ。

 この立場に立てば安保法制を成立させ、トランプ大統領の懐に真っ先に飛び込んで日米安保の深化を明文化させた安倍政権は、安全保障面におけるブロック化への備えを現時点で可能な限り実現化させようという努力であった。TPPの国会承認も野党側の「米国の離脱」を理由とした強硬な反対をはねつけ成立させたのも、自由貿易体制を死守する事こそが日本の自由貿易体制を守り、日本の国益に直結するのだ。日本はTPPを国家として承認し、何としてでもこの枠組みを維持するために米国を説得する以外に生きていく道がない事を知るべきであろう。事実日米会談では麻生財務大臣を中心とする実務者同士の会談の枠組みを作り、TPPから離脱した米国との2国間貿易協定交渉に多国間貿易の枠組みを持ち込む努力を続けようとしている。その間、トランプ大統領の意向はできるだけブロックすると伝えられている。


◎G7で最も安定している日本は独自の外交戦略を

 そのトランプ政権が現状では混乱の度を増してきている。政権発足後ほぼ2か月を経過した現在、数百人とされる各省庁の次官、局長級の承認は大幅に遅れ、政権の具体的な動きが取れていない状態である。イスラム教徒の入国を阻む大統領令が2度に亘って司法当局から拒否され、政権発足直後の最優先課題とされたオバマケアに対する代替案も撤回せざるを得ない事態に追い込まれている。これに関してはトランプ大統領自身の資質などが盛んに言われているが、トランプ政権の現状は先々月号から続いた連載で述べたように、現実との乖離が目立ってきており、信用度が薄れつつある。米国内の事情はともあれ、現状においてはG7メンバーの大国の中では日本が一番安定した政権となっているのは間違いない。対米関係においては日本がこれまでにないフリー・ハンド得るチャンスと見るべきであろう。対米交渉に限らす、対ロ交渉に際しても、これまでことごとく、交渉をブロックして来たアメリカが現状ではその余裕すらない状態である。これまでの連載でも述べたように、ロシアが日本との良好な関係を求めてきているのも大きな流れの一つである。そのことを念頭に今こそ自由な立場で日本独自の交渉が可能である。

 トランプ現象が起きた事はこれまでの国際政治の常識が通用しないとの証明となった。これからは何が起こってもおかしくはない時代に入ったと言えよう。今こそ日本は自らが置かれている状況を明確に自覚し、独自の考えに立って自らの国益を考え追求する時である。





<<バックナンバー>>
  2017/3 トランプ大統領は世界をどう変えるか第二話 トランプ大統領の恫喝を強かに利用する大企業
  2017/2トランプ大統領は世界をどう変えるか第一話 アメリカ製造業のシンボル自動車業界の変遷
  2017/1バングラデシュのテロ事件から検証するアジアのテロリズム第二話 日本型の価値観がテロに巻き込まれる危険性
  2016/12国民から愛されたタイのプミポン国王が逝去 第二話 時の流れと共に国王の役割が変化
  2016/11国民から愛されたタイのプミポン国王が逝去 第一話 国王の輝かしい功績と才能溢れる人間性
  2016/10バングラデシュのテロ事件から検証するアジアのテロリズム 第一話 ダッカ・テロ事件の真相なぜ親日国で日本人が狙われたのか
  2016/9米トランプ氏が突きつけた「日本の核武装」第三話 安保法制成立と安倍政権の安定で日本は主要プレイヤーへ
  2016/8米トランプ氏が突きつけた「日本の核武装」第二話 日本がニュークリア・レディ国を目指した経緯と現状
  2016/7米トランプ氏が突きつけた「日本の核武装」第一話 核保有三カ国を隣国に持つ日本の現実
  2016/6援助国としての中国の限界 ハード・ソフトの両パワーが育たない理由 第二話 潜在的なソフトパワーが開花すると一党独裁体制が崩壊へ
  2016/5援助国としての中国の限界 ハード・ソフトの両パワーが育たない理由 第一話 自国第一主義の援助が仇となり各国とのトラブルが表面化 
  2016/4今や国際政治の主役に躍り出たプーチン大統領 第二話 プーチン復活とその政治手腕
  2016/3今や国際政治の主役に躍り出たプーチン大統領 第一話国際舞台でキープレイヤーに復活したプーチン
2016/2すべてを敵に回す水爆実験で北朝鮮は何を狙うのか
2016/1南シナ海における「航行の自由作戦」の重要性
2015/12拡大する欧州難民問題の経緯と展望 第二話 テロ発生でEU諸国の難民受け入れが硬化
2015/11拡大する欧州難民問題の経緯と展望 第一話 難民処遇に温度差が生じているEU諸国
2015/10第二次世界大戦後70年を迎えて-忘れ去られたそれぞれの開戦理由-第四話(ロシア)
2015/9第二次世界大戦後70年を迎えて-忘れ去られたそれぞれの開戦理由-第三話(イタリア・フランス)
2015/8第二次世界大戦後70年を迎えて-忘れ去られたそれぞれの開戦理由-第二話 (アメリカ・イギリス)
2015/7第二次世界大戦後70年を迎えて - 忘れ去られたそれぞれの開戦理由‐第一話 (ドイツ)
2015/6日本の海外における危機管理の現状と対策 第五話PMC活用の具体的なメリット・デメリット
2015/5日本の海外における危機管理の現状と対策 第四話 正規軍を補完する能力を十分に持ち合わせたPMCの存在
2015/4日本の海外における危機管理の現状と対策 第三話 海外進出企業の危機管理はPMC活用が鍵
2015/3日本の海外における危機管理の現状と対策 第二話 自己責任と政府の責任逃れを検証
2015/2日本の海外における危機管理の現状と対策 第一話 ISが後藤氏・湯川氏を殺害、著しく遅れている日本のインテリジェンス
2015/1安倍政権の長期化で本格化する「戦後レジームからの脱却
2014/12イスラム国の成立と中東の情勢 第三話 日本国民からは見えづらいイスラム教の本質
2014/11イスラム国の成立と中東の情勢 第二話 イスラム国の過激思想に各国の貧困層や差別待遇を受ける若者の一部が共感
2014/10イスラム国の成立と中東の情勢 第一話 過激派ゲリラの域を超えたイスラム国(IS)
2014/9ウクライナ情勢とエネルギー問題 第4話 日本は欧米と共同歩調を取りながらも今秋プーチン大統領の訪日は大歓迎
2014/8ウクライナ情勢とエネルギー問題 第3話 マレーシア航空機撃墜事件における関係国の思惑
2014/7ウクライナ情勢とエネルギー問題 第2話 ウクライナ問題の根底にある西側のエネルギー戦略
2014/6ウクライナ情勢とエネルギー問題 第1話 ウクライナとロシア長期に亘る歴史問題と西側諸国の対露政策
2014/5タイ反政府運動の実態、第4話長期化する政治対立の原因、タクシン政治の明と暗
2014/4タイ反政府運動の実態、第3話タイ近代化過程で代表的且つ対照的な二人の政治家、軍人出身のピブン氏と官僚出身のプリディー氏  
2014/3タイの反政府運動の実態、第2話タイ国近代化と政治プロセスにおける「国王」の存在
2014/2 タイの反政府運動の実態、第1話 対立軸の中心にあるのは王室の存在
2014/1 第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第3話
2013/12第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第2話
2013/11第二次安倍内閣発足直後に発表された論文から紐解く外交の目的と現実性、第1話
2013/10シリアの化学兵器問題から見える大国アメリカの求心力低下
2013/8 北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第4話
2013/7北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第3話
2013/6北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第2話
2013/5北朝鮮をめぐる新たな国際情勢、日米韓露中の現状と思惑、第1話
2013/4中華思想とこれからの中国、第4話
2013/3中華思想とこれからの中国、第3話
2013/2中華思想とこれからの中国、第2話
2013/1中華思想とこれからの中国、第1話 
2012/12 日本と韓国の「本当の姿」
2012/11/01「反日を貫いて生き残れるか 韓流経済が抱える深い影」
2012/10/01女性が開き 男が動く世界が注目! 新時代を告げるミャンマー経済
2012/9/01ミャンマー•ビジネス参入の為の“重要事項”
2012/08/01ホルムズ海峡封鎖を覚悟した 米国のエネルギー戦略と日本
2012/07/01脱原発には スーダンの石油が必要になる理由
2012/06/01 良質な石油が眠るアフリカで PKOがする仕事
2012/05/01北朝鮮のミサイル発射に潜む「中東」の核事情 



会社案内|個人情報|著作権|リンクポリシー
本ページに記載の記事・写真などの無断転載を一切禁じます。
著作権は㈲マジカルネットワークまたはその情報提供者に帰属します。

Copyright (C); 2017,
Magical Network Inc. All Rights Reserved.