「中東、アジアを中心とした国際情勢の本質を掲載 当サイト編集顧問」

国士舘大学政経学部政治学科講師


緊迫状態が続く朝鮮半島 第二話


第3次オフセット戦略の一部が始動

◎技術革新が戦況を一変させた太平洋戦争

 太平洋戦争の最中、1944年6月に起きたマリアナ沖海戦で米軍はそれまでと全く違う戦法で日本軍に壊滅的な打撃を与えた。アメリカ軍はこれまでには考えられなかった新技術を導入し、今までの戦闘方法を変えてしまったのだ。その核となったのは民間企業が開発したエレクトロニクス技術と、それを兵器として運用する防空システムの実用化だ。革新的技術の一つがVT信管の開発であった。これは高射砲弾の中に真空管と電解液を入れた容器を組み込み、発射の衝撃で壊れた容器の中から電解液が出て装置が作動。砲弾の周囲15メートルにドーナツ状に電波を放射。電波が目標に当たるとその反射波を信管が受信して爆薬を破裂させる現在のミサイルやスマート爆弾の基本となるものである。この砲弾の命中率は従来の物の20倍にも達した。更には高性能レーダーを開発し、VT信管付高射砲弾とそれらを組み合わせ画期的な防空システムとして運用した。マリアナ沖海戦では進行方向や速度、高度を正確に把握していたアメリカ軍機に待ち伏せ攻撃を受け、日本軍機の大半が米空母群の上空に達する前に撃墜された。米軍機の攻撃を搔い潜った日本機は次々とVT信管付高射砲弾の餌食となったのである。その結果、2日間の戦闘で日本艦隊は3隻の空母を失い、艦載機395機を失った。アメリカ軍側の損害は空母2隻小破、航空機130機である。日本軍は敗戦後までなぜこのように簡単に攻撃機が撃墜されたのかを知らなかったが、この戦闘は軍の運用を始め戦術・戦法が大きく変化した瞬間であり、これまでのやり方が通用しない、まさに刀が鉄砲に替わったのと同じく戦闘のゲーム・チェンジが行われていたのである。


◎米のサイバー攻撃が功を奏す

 
建国以来の歴史が短いなかでアメリカは数多くの戦争を戦い、勝ち抜いてきたのはこのようなイノベーション活用による新しい戦術・戦法を開発して来たからだと言えよう。このゲーム・チェンジが朝鮮半島の情勢を巡る一連の動きの中で着々と進んでいるようだ。先月号でも触れたが、北朝鮮のミサイル発射実験にアメリカのサイバー攻撃の可能性がある。例えば4月16日に北朝鮮東海岸から発射されたミサイルが4~5秒飛翔して失敗した件。このミサイルについてホワイトハウス高官がロイター通信のインタビューを受け、今回の発射が失敗に終わったことから「今後、今回発射されたスカッドERタイプのミサイルに対して米国としては国力を費やす必要はない」と答えている。アメリカは北朝鮮に対して、弾道ミサイル実験をやめるように軍事圧力を加えながら警鐘を鳴らしてきている。にもかかわらず、失敗したとは言え、北朝鮮はミサイルを発射している。これまでの一連の流れからすればアメリカ政府が非難の言葉のみならず、追加的な制裁を加える事を明確にしてもおかしくはないような事態である。が、アメリカは静観を決め込み対応が極めて緩いのはなぜか。その理由を示す記事がニューヨークタイムズのデービッド・サンガーとウィリアム・ブロードの両記者が書いた記事だ。それによるとオバマ政権は3年前からかつてイランに仕掛けたのと同様のサイバー攻撃を北朝鮮に仕掛けているという。アメリカがイランと北朝鮮のコンピュータ・ネットワークへの侵入を試みているのはほぼ確実だ。なぜなら北朝鮮とイランは互いに核情報を共有、北朝鮮はイランにミサイル技術を提供し、イランは北朝鮮に核技術情報を流しているとされるからだ。従ってアメリカはこの両国をターゲットにしたサイバー攻撃を実施している可能性は極めて高い。アメリカが最初にハッカー攻撃の対象としたのはイランの核開発だった。2009年、アメリカはイランのウラン製造システムのUSBにスタックスネット・ウィルスと呼ばれる不正ウィルスを施設職員のPCに仕込んだ。が、その事に気付かないまま職員がPCをシステムに連動させ、プルトニュウムの遠心分離機多数を破壊したのだ。当時、オバマ政権がイランの核兵器製造問題に表立った活動をほとんどしなかったのは、このようなサイバー攻撃を含めてイランの核兵器製造を阻止する様々な手段を持っているからで、スタックスネット・ウィルスはその手段の一つにしか過ぎない…という説があったほどだ


◎サイバー、AI、無人機など戦法が進化

 核とミサイル開発については、両国がほぼ同じシステムを使っているのでアメリカは北朝鮮の新世代コンピュータ制御型工作機械をコントロールするシステムへの攻撃を行っている蓋然性は高い。先のニューヨークタイムズの記事によるとオバマ政権が北朝鮮にサイバー攻撃をかけると決断したのが2014年だという。実はこの年の11月当時のヘーゲル国防長官が講演を行い、国防総省が国防革新イニシアティヴ(Defense Innovation Initiative=DII)を始動させ第三次オフセット戦略(Third Offset Strategy=TOS)を生み出すとの方針を発表した。オフセット戦略とは兵器、システム、作戦概念を新たな形で組み合わせる事で敵国の軍事的優位を相殺して余りある軍事的能力を確保し、それを基礎に抑止力を生み出す戦略という事になっている。つまり、新旧取り混ぜた各種兵器をまとめ上げて効果的に運用していく戦略だ。冒頭に挙げたマリアナ沖海戦でアメリカ軍が造り上げた防空システムと基本発想は同じだと言えよう。アメリカは戦後大規模なイノベーション革新を2回行ってきた。1950年代にアイゼンハワー政権が通常戦力でNATO軍よりも優位にあったワルシャワ条約軍をアメリカの核戦力行使時期をあいまいにして、ソ連を取り囲む形で西側各国に核ミサイルを含む核攻撃態勢をとった。もしワルシャワ軍が攻め込んできたら核先制攻撃も辞さない事を示しつつ抑止に繋げるいわゆる「ニュー・ルック戦略」で東側の優位を相殺したのが「第一次オフセット戦略」。「第二次オフセット戦略」は1970年代、ベトナム戦争の終結を受けてアメリカが当時の先端技術や指揮統制ネットワークを精密誘導兵器システムとして統合。SDI(Space Defense Initiative-宇宙防衛構想)などを通じてエネルギー指向兵器などの開発を始め、ベトナム戦争後の戦略として米軍を活性化させソ連に対して軍事的な優位を保つ戦略を推進した。この間レールガン(マッハ6で飛翔する弾を発射)や高出力レーザー兵器、電磁パルス兵器などの研究開発が進み、その内のいくつかはほぼ実用化されているという。これらに加え、第3次オフセット戦略では人工知能と兵器を組み合わせた新兵器、例えば人工知能を搭載した小型無人機を多数の無人潜水艦に搭載し、敵国沿岸にまで侵入。潜水艦から小型無人機を打ち上げて膨大な数のスウォーム(Swarm=群れ)を作り出し、これを使って敵国のセンサー類その他を襲い、コンピュータ・システムや情報伝達網などを破断するするための様々な攻撃を仕掛けるものが構想されている。小型無人機と人工知能で精密な誘導ができれば、現在の大型無人機のように1人のパイロットがジョイスティックで無人機1機を操縦するのではなく、マウスで数10機もの小型無人機を操作することも可能だ。当然ながら第3次オフセット戦略のもう一つ大きな柱はサイバー戦能力の向上にあるのは言うまでもないだろう。もし、この戦略が具体的に運用されれば、例え、金正恩がミサイル発射のボタンを押したとしても、命令伝達機能は遮断されていて、ミサイル発射システムが機能しないという事態が起きてくる。

 2014年のヘーゲル国防長官の発表で第3次オフセット戦略の方向性は示されたが、その中身はブラックボックスの中である。しかし、これまでの経過からすれば、米軍が北朝鮮に向かって見えない戦争を仕掛けており、第3次オフセット戦略の一部が実践応用されていると見てもおかしくないだろう。日本では北朝鮮の核ミサイル問題に関する議論は目視可能な範囲のみに限られているが、事態はその範囲を遥かに超えたところにある。この第3次オフセット戦略自体日本の安全保障に重大な影響を持つことは必定であろう。我々は更に真剣に新しいステージに入った軍事状況について議論を進めていく事が必要だが、北朝鮮問題をどう捉え、我が国は北朝鮮をどのような状態にしていけば日本の国益に合致するのか、問題点の整理さえもできてない日本の状況は絶望的ですらある。




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