㈱伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 伊藤 敏憲


疑問が多いエネルギー供給構造高度化法の石油精製業に関わる新・判断基準案

伊藤 敏憲

 



明らかになった高度化法の新判断基準案


 エネルギー供給構造高度化法の石油精製業に関わる新たな判断基準(告示)案が公表されました。過剰精製能力の解消、収益改善などを図る目的で施行された旧・基準が今年3月末に期限を迎えたため、新たに検討されていたものです。新・基準案が達成されると、石油精製業全体の残油処理装置装備率が2017年3月末までに現状の約45%から50%程度まで向上し、仮に石油各社がすべて常圧蒸留装置(原油処理設備)の能力削減のみで対応すると、現在約395万BD(日量バレル)の精製能力が約40万BD削減されることになります。


国民のメリットがみえない 

 この規制が国民にどんなメリットをもたらすのでしょうか。新・基準案を達成するためには、今回、残油処理装置に定義された流動接触分解装置(FCC)、残油流動接触分解装置(RFCC)、熱分解装置(コーカー等)、残油水素化分解装置(H-OIL)、重油直接脱硫装置、溶剤脱れき装置(SDA)を増強するか、原油処理能力を削減する必要があります。

 安定供給を確保するために必要な供給能力を維持することは国益に適うと思われますが、供給能力を削減することによって国民に明確なメリットがもたらされるとは思えません。例えば、もしも精製能力が過少になってしまうと、石油製品の供給に支障が生じたり、需給がひっ迫して価格が高騰したりするリスクがあります。

 なお、今回は、旧・基準と違って、原油処理設備の削減方法に公称能力の削減が認められるようになるようですが、公称能力を削減するだけでは、設備費用、人件費などは削減されません。原油を処理できる量の上限は抑制されますので、石油製品の供給量を抑制する効果は見込めますが、これは石油各社が需給に応じて製油所の稼働状況を調整しさえすれば解決する問題です。したがって、抜本的に収益力を向上するためには、製油所を廃止する必要に迫られるケースも想定されますが、そのためには、社員、関連企業、地元等に説明し了承を得なければいけませんが、2017年3月末までの短期間に容易に実現できるとは思えません。

 しかも新基準案を達成することで、石油産業の収益環境が改善するか、石油各社の収益力が向上するかどうかもわかりません。少なくとも近年の精製マージン、原油の油種間価格差、設備コストなどを当てはめると、残油処理装置を新設したり能力を増強したりすることで、製油所の収益力が上がるとは思えません。石油各社の収益性は、今春以降、設備集約の効果もあって急激に改善しましたので、このタイミングで設備の集約計画を打ち出すことも簡単とは思えません。

 また、同案では、石油各社に事業再編の方針を併せて示すように求めていますが、設備対応より、はるかに重大な経営判断で、かつ、実現するためには秘匿性も求められる再編計画の提出を求めることに合理性があるとも思えません。

 



産業政策は合理的判断促す範囲に

 私は、今回のエネルギー供給構造高度化法の石油精製業に関わる新・判断基準案に旧・基準以上の違和感を覚えています。旧・基準は、行政や有識者による審議会によって基準値が設定されたわけではありませんでした。JX日鉱日石エネルギー、出光興産、昭和シェル石油の3社が、制度施行前に独自に策定・公表していた石油精製部門の合理化計画が基準となっていたからです。すなわち、少なくとも、この3社にとって旧・基準の設備対応は、合理性が確保されていたと考えられるのですが、今回は、現時点で石油精製設備の集約計画を公表している会社はなく、ベンチマークが見当たらないからです。

 事業会社にとって、設備の新増設、廃棄、事業再編などは極めて重要な経営判断です。経営陣はステークホルダーの信託を受けて経営を行っています。石油製品の国内需要は減少傾向で推移すると予想されますので、将来、精製能力の削減が必要になる可能性は高いと思われますが、それは自主的な判断によってなされるべきと思われます。産業政策は、国益に適い、国民の利益の増進につながり、かつ、事業会社の合理的な判断を促したり円滑に進めたりする範囲にとどめるべきではないでしょうか。


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